武藤麻紀
「響ちゃんおかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それともわ⭐︎た⭐︎し⭐︎?」
体育祭を終えて自宅に帰ってきた響を出迎えたのは武藤麻紀。首相令嬢で内閣府の連絡員である。
あや、おかしいだろ? 性別はともかく、あんたもう三十三でしょ? 響より十八も上とか、ロリコン扱いされても文句言えないよ?
『わたしは響ちゃんのことを愛でられれば別にロリコン扱いされても構わないしっ』
いや、普通に犯罪だから。
『手は出してないからセーフだし』
前にもこんなやりとりした気がする。
「あ、じゃ、お風呂入りたいです。一人で」
予防線張られてやんの。
『うっさいわっ! 徐々に仲良くなってるんだから良いのよっ!』
「はい、お湯張って保温中になってるから、すぐ入れるわよ。お洗濯はしとくからそのまま置いといて」
ロリコンだけど、甲斐甲斐しく働く良いロリコンかもしれない。
麻紀の父親は、元々は大手スーパーの経営者だった。
父から受け継いだ同族経営のスーパーを弟に任せ、国会議員に立候補したのが三十四の時。なんの間違いか、ただのスーパーの跡取りが国会議員になってしまった。
その後、大きな政党が自壊する時に、政党の大御所のスキャンダル対応で上手く立ち回り、新自由民主党の立党メンバーに。そして厚生労働大臣を二期務めたところで総裁選に推挙され、気がついたら総理大臣になっていた。
国が、世界が本当に大変なこの時、押し付けられたんじゃないか? との推測が広がっているが、概ねその通りなので何も言えない。
そんな武藤家の長女が麻紀だ。
小学生の頃から父親は国会議員。当然多くを求められ続けた。
彼氏を作る暇もなく、中学高校と女子校に押し込められ、大学入学時には青年実業家の許婚まで決められてしまっていた。
卒業と同時に結婚と言われ、少しでも反抗するために法科大学院まで行って司法を学んだ。
院を卒業し、六月には許婚と結婚し、七月に司法試験を受けるために新婚旅行にも行かず勉強をした。
司法試験合格から一年間、今度は父の伝手のない法律事務所に飛び込み司法修習生として学習して弁護士資格を取得。
最初は叔父のスーパーで顧問弁護士でもやろうかと思っていたところ、夫の不倫疑惑が発覚。
興信所で調べてもらったら、出るわ出るわで、囲ってるお妾さんが四人! 妾ではないけど頻繁に行き来する女子大生二人!
いや、流石にこれは酷いと思い父親に相談したところ、父親の大義も激怒した。
大義は娘が可愛くて可愛くて、本当は嫁になんて出したくなかった。
しかし世話になっている派閥の大御所からの紹介なんてそうそう断れるものではない。
泣く泣く嫁に出した娘が、この仕打ち……
この不届きものの青年実業家のみならず、派閥の大御所にも反旗を翻し大政党崩壊の道筋をつけた張本人である。
離婚調停はスムーズに進んだ。
そして麻紀は、割と多額の慰謝料と自由を手に入れた。
もう、箱入り扱いされることも無くなったため、自由に……って、なんでそこで内調入るん?
『せっかく司法の勉強したのに何もしないの、悲しいじゃん?』
いや、他にもあるでしょ? それこそ、最初のスーパーの顧問弁護士とかさ。
『家から離れて自由にやりたかったんだよ』
それで親父の部下になるのもどうかと思うんだけど?
『わたしが内調入った頃は、まだ厚生労働大臣だったし』
とまあそんな経緯で内調に入ったものの、新しい恋に生きるでもなく仕事の鬼と化し五年。
総理大臣になった父親に呼び出されたと思ったら、突然申しつけられた新しい仕事。沢井チルドレン一号のお目付け役。
そんなの異世界生物対策委員会から出せばいいのに……と思いつつも、業務命令なら仕方ない。
厨房女子とか、めんどくさいのが目に見えてるしなぁ……なんてボヤきながら百里基地へと向かった。
沢井チルドレン一号と初めて会った感想は『とても可愛いけど、でかい!』であった。
中三になったばかりの響の身長は165cm。
麻紀の身長は156cm。
ハイヒール履いてもトントンでしかない。
家に入って靴を脱いだら、明らかに見上げる高さだ。
そして、この娘がまたイイコだったのだ。
普段から明らかに特別扱いされることが多い子供は、色々と問題を抱えることが多い。
かく言う麻紀もそうだった。軽い選民思想みたいなものを持っていた。
しかし響は……確かに年相応のイタズラを仕掛けたり、ぷくっと膨れたりなどはあるが、本当に素晴らしく良い娘で……これはわたしがなりたかった娘なのかもしれない。
いや、わたしの守るべき娘……違う、わたしの嫁だわっ!
飛躍! 論理が飛躍しすぎっ! 弁護士としてその論理の飛び方はどうなん? ちょっとおかしくない?
『はぁ、響ちゃんかわいい……』
だめだこの人、もう手遅れだ……
そして、持ち前のバイタリティと愛想の良さで沢井の両親に取り入り、あっという間に沢井家へと入り込むその手腕。本当に仕事ができる人なのだろう。
ただし、その能力を仕事に向ければであるが……
お風呂から出た響が、風魔法で髪を乾かしているところにやってきた麻紀さん、甲斐甲斐しく髪を梳きはじめる。
「はい、できました。ご飯もできてるからね。お義父さまとお義母さまはもう一杯始めてますよ」
何だろう、この優秀な婿殿は。
「ありがとう麻紀さん」
「いいえぇ、もっと甘えてくれていいのよ?」
ロリコンおばさんだけど。
夕飯は運動会メニューっぽく、おむすびが並び、鶏からが山になっている。タコさんウインナーとウズラのゆで卵が串に刺してあり、アスパラのベーコンまきが隣に並ぶ。
これがまた、普通に美味しい。何なら母のご飯より美味しくいただけるレベル。
中学高校とお嬢様学校に通った時に、叩き込まれた料理の技術である。
両親のビールのおつまみにも好評で、とても楽しい夕飯の時間となった。
「明日は振替休日でおやすみだよね? 響ちゃんは習志野行くかな?」
「あ、明日は百里で待機の指示が出てます。最近魔物の出現多いから」
「そか、気をつけてね。わたしは明日は永田町行かないとならないから、一緒にいてあげられなくてごめんね」
「いえ、お仕事頑張ってくださいね」
「ありがとう、響ちゃん。じゃ、おやすみなさい」
「へへ。あ、そうだ……麻紀さんの好感度、そろそろ理沙さんたちと並ぶとこまできましたよ、いつも本当にありがとうございます♪」
「………………………………」
「麻紀さん? 麻紀さん⁉︎ しっかりして! 麻紀さん!」
麻紀が住民票を小美玉市に移したのは、翌週のことであった。
むーとう麻紀麻紀むーとう麻紀麻紀ひーてひーてトントントン。
麻紀さんが学生時代に歌われ続けたお歌です。
と言うわけで、麻紀さんでした。
それではまた、お会いいたしましょう。




