リヴァイアサン
日本原子力研究開発機構、大洗研究所。
日本の核燃料研究の最先端である。
今ここに、巨大な魔物が迫って来ていた。
「くそっ、首相とはまだ連絡が取れんのかっ」
異世界生物対策班の主幹、岡田洋一は苛立っていた。
警察庁のデータでは、首相は現在首都高速道路上を走っていることになっている。
首相の乗った車には高性能のレーザー/メーザー通信機が搭載されているのだが、高架下やトンネルの多い地域では圏外になることも少なくない。
警視庁の車両監視管制システムでは、山手トンネル内の渋滞に巻き込まれているらしい。トンネル内にレーザー通信レピーターのドローンを送り込むため、緊急車両を送ったが、その車両も渋滞に巻き込まれたと報告が来ている。
現在、魔物の監視には世界最高峰の魔法使いが貼り付いている。しかし、見ているだけでは何の役にも立たない。
海上自衛隊の対潜水艦部隊は間も無く到着予定だが、ほぼ着底している魔物相手にどこまで戦えるかは未知数である。
「海自のP-4はあとどのぐらいで着きそうか?」
「確認します!」
内閣府にいると、自衛隊とのやりとりにワンクッションかかってしまうのが難点だ。
しかし、官邸危機管理センターを使うためにはやはり首相の指示が必要になり……
「この辺りの法律も、手入れしてもらわんとなぁ」
ぼやいていても話は進まない。
しかし魔物は進んでくる。
現場の響と担当官の間の通信はすべてモニターされている。魔物は海岸から3km、水深60mまで寄って来ている。
「あー、もう武藤首相、早く出て来いって」
♦︎
「理沙さん、響です。大きめの飛行機二機、こちらに向かって来てます。二分ぐらいでそこからも見えるかな?」
「響ちゃん、機種は判る?」
「知らない子です」
響、陸自と空自には随分お世話になっているが、海上自衛隊にはあまり縁がなかった。
そのため対潜哨戒機にはご挨拶が済んでいない。
「響ちゃん、理沙です。主幹から情報が来たわ。海上自衛隊の対潜哨戒機が先制攻撃するみたい。ちょっと安全距離、取れるかしら」
「了解、響、高度を取ります」
それまで高度100ft辺りをフラフラしていた響は、一気に高度を上げていく。目視で見え始めた航空機にアピールするために、アイテムボックスから信号紅炎を取り出し、点火する。
「理沙さん、響です。哨戒機さんに魔物は煙の真下だよって、伝えられますか?」
「響ちゃん了解。本部経由で届けるわ」
通信をモニターしている本部側では、市谷とのホットライン経由で通達、即座に海上自衛隊航空集団第四航空群第三航空隊所属のP-4対潜哨戒機へと伝達された。
低空へと高度を落とし速度も目一杯下げた大きな飛行機が、響の眼下を航過していく。
そのまま一度高度を上げなおしたあと、響に向かって翼を振った。
「理沙さん、響です。翼を振ってくれたので、おそらく見つけてくれたと思います」
「響ちゃん、理沙了解。そのまま監視続けてもらえる?」
「了解です」
二機のP-4は魔物の位置を特定するために、響のマーキングの岸側にソノブイを一列につき十九個、二列合計三十八個を壁状に投下した。
まだレーザー通信機付きソノブイは導入されていないため、ソノブイの位置ライトを高速点滅させての光通信を、ソフトウエアだけで実現している。
「目標確認、水深40m、速度、2ノット以下」
巨大ではあるが速度は低いため、海面の盛り上がりでは観測できない。
しかし水深は極めて浅くなって来ている。そろそろ画像処理で海底を這う魔物が撮影できるはずだ。
P-4哨戒機は数回、魔物の上を航過してから、対潜爆弾を投下した。
十秒ほどの空白ののち、海面が大きく盛り上がり、続いて白く弾けた。
二拍おいて爆発音が響いてきた。響はすぐさま爆心地直上へと移動して観測を続ける。
『ちょっとまだ荒れすぎでわかんないですけど、動いてると思います。いや、間違いなく動いてます。健在です!』
その報告はすぐさま幕僚本部に伝わり、再攻撃の指示が出た。
P-4哨戒機が緩く旋回しながら海中を探っていく。
その頃、とうとう武藤首相の乗った車との連絡がついた。
『異世界生物対策班の岡田です。現在、茨城県大洗沖で巨大生物が原子力研究所に向けて移動中です。沢井響による大規模攻撃の許可を願いたく……』
『周辺への影響は大丈夫なのかね?』
『陸との距離がありますし、相手は海中です。減速材としては十分かと』
『なら仕方あるまい、許可しよう。証書は後で回す。何としても食い止めてくれ』
『かしこまりました。すぐに対処します』
許可が出ればこっちのものだ。回線が繋がったままの理沙へと指示を出す。
『岡田だ。チャージ砲発砲許可が出た。響に応戦させてくれ。なるべく被害が少なくなるように!』
『了解しました、対象を排除します。響ちゃん、こちら理沙。チャージ砲の発砲を許可します。できるだけ陸側からの攻撃をしてください。状況、開始!』
『攻撃指令受領、状況開始します』
海上自衛隊側でも連絡が飛んでいるのか、P-4が大きな迎え角を取り、急速に高度を上げ始めた。
響は一度超センスを広げ、周辺に残された船や人などがないことを確認する。
『響です。目標後方にお船なし、航空機なし。攻撃します!』
水深はそろそろ30m。上から見ていると魔物のシルエットが完全に判る状態になってきた。
現在高度700ft、魔物との距離350m。海水への入射角は45度弱ってとこか。
チャージ砲なら跳弾は無視できる。見えてる影と超センスによる実位置とで齟齬があるが、これは屈折によるものだ。見えている影を無視し、ただまっすぐ、超センスで魔物の動いていく先端あたり……おそらく頭があるだろう付近を狙って……
ピチュンッ
ざわっと海面が泡立ち、規模の小さい水蒸気爆発の線が伸びる。
空気全体が震えるような振動がおき、周囲へと波が広がっていった。
『状況終了。もう動いてません』
響が報告を入れる。
だから、いつも言ってますけど見栄えっ!映えが足りないの! このお話っ!
たいそうなタイトルつけてるくせに、肝心のリヴァイアサンなんてシルエットしか出てないのよ?
でなに、ぴちゅん一発? 140mの巨体が?
最初のドラゴンですら50m少々しかなかったのに、それ上回る大物がそれ? 響ちゃん、空気読んで……
『理沙さん響です。帰投しますね。エンド』
全然聞いてねーし!
麻紀さん辺りなら色々突っ込んでくれるのに……
響の帰投連絡を受けた理沙は、本部に状況報告を済ませる。
同じく通信を傍受していた美智子が戻ってくる頃には響も降りて来た。
「みんなは大丈夫かな? かなり混乱してますよね、前の道」
「そうだね、ちょっとその辺走ってないか確認してもらえる?」
「はい……うーん……500mぐらいしか進めてないですね。ちょっと声かけて来ます」
ヘルメットを脱ぐとアイテムボックスに仕舞い込み、目立たないように駆け出す響に声をかける。
「こっちはヘリコプター飛んでくるから、そのまま合流して帰って良いわよ。また基地で!」
「わかりましたー、じゃ、またあとでー」
「さて、迎えがくる前に仕事済ませますか。みっちゃんは防災センター行って放送入れてもらえる? 魔物の排除できたって」
「了解、理沙はこっち頼むね」
「わかった。じゃ」
美智子と別れると、まずはヘリコプターが降りられるスペースを作る。
アイテムボックスから肩掛け式のメガホンを取り出すと、周囲の人々を誘導し、駐車場に空間を作り出した。
すぐに上空待機になっていた対策室のUH-2が降りてきた。
アスファルト舗装されていると言っても、砂浜沿いだ。ヘリコプターのダウンウォッシュで舞い上がった砂が、辺り一面に吹き荒れ目も開けていられない。
さて、それでは事態収拾と現場案内、やって来ますか!
♦︎
魔物が倒されたのは、水深25mの浅い海だったのが幸いし、翌々日にはサルベージされ、鹿島港へと運び込まれた。
全長140mのうち、頭部はほぼ消滅していたがそれ以外の場所はほとんど無傷であった。水中爆弾の影響もほぼ認められない。
その姿は、東洋の龍そのものだ。鱗に覆われた長い体、鋭い爪のついた手脚。
爪の数は五本。中国の龍が確か五本指だったはずだ。
鱗はやはりとてつもなく硬かった。ダイヤモンドカッターで切り裂き取り出された内臓は、やはりいつもの半導体臓器である。
あのドラゴンよりも巨大な魔物が侵入して来たことは、大きな問題となった。
これにより、やはり魔法使いの戦力を増強しなければならないとの論調が広がり、ついにマジックオペレーティングシステムの一つ『ステータスオープン魔法』の限定的導入が決定された。
お読みいただきありがとうございます。
前作から通して、作品史上最大の敵が倒されましたっ!
なお、見せ場 orz
それではまた、お会いいたしましょう。




