響ちゃんのお師匠さん
響の師匠は戦闘狂だ
『違います』
姉弟子の幸田詩琳はどちらかといえば隠密に偏っているが、この榊原小波は銃剣に偏っている。
『偏ってません』
そもそも、普通の隊員はナイフばっかり三本も身につけていない。
『いい加減にしないと喉笛掻き切りますよ?』
「小波さん、こんにちはー。今日は友達連れて来ましたー」
習志野駐屯地の奥にある、特戦群の入っている建屋の更に奥。妖怪の住処に足を踏み入れる。
『妖怪じゃないしっ! ってか、さっきからナレーション酷すぎない?』
小波はナレーションにツッコミを入れつつ、響たち三人を出迎えた。
「いらっしゃい、響。お友達、紹介してくれるかな?」
明るい茶髪を巻き上げてクリップ止め。かなりスレンダーなギャル系メイクの少女。
黒髪ロングのストレート。割とふわっとした体型ながら、締まるとこはビシッとしまったノーメイク美少女。
二人とも身長はすごく平均的で、背の高い響と比べるとかなり可愛らしい。
「アーシは宇佐美彩香っす。うさやって呼ばれてます」
「樽木詠美です。たぬきとか言われてますが、お好きに呼んでください」
「とまぁ、二人ともわたしの幼馴染だよ。優しくしてあげてね」
「はいはい」
小波は左手で響をあしらいながら自己紹介する。
「はい、彩香ちゃん、詠美ちゃん、丁寧にありがとうね。響と仲良くしてくれて嬉しいわぁ。わたしは陸上自衛隊の榊原小波だよ。響には今聞いた通り、小波って呼ばれてる。よろしくね」
「「よろしくお願いします」」
二人ともいい娘だ。
「で、お友達連れて来てどうするの? 一本行っとく?」
「あー、この二人に、ちょっと格闘体験してもらおうかな? って思って……」
いやいやいやいやいや、響さん?
ここ、街の空手道場とかじゃないからね? 初心者指導とか、無理でしょ? このおばさ (めしゃっ)
「ふふ、良い度胸だわ。じゃあ、護身術の基礎でも教えましょうか?」
護身術。実はうさやには護身術の先生がいる。なんと言っても大金持ちなのだ。いつ狙われてもおかしくないため、自宅の道場で週に一回の授業を受けてきている。
「と言ってもね、複数の男性に襲われたりしたら、普通は絶対に勝てないのよ。だから、逃げるための隙を作る技術なら、伝授するわ」
絶対的な体重が、筋肉量が違うのだ。正面から戦って勝てるわけがない。
下手に反撃すると、倍になって帰ってくる可能性も高い。
となると逃げの一手である。
「じゃ、響ちゃん実験台ね」
こうして、少女たちへの教育が始まった。
「彩香ちゃん、あなたは家庭の事情で狙われやすいなら、きちんとそれ相応の行動を取らないとダメよ」
「詠美ちゃん、あなた、将来絶対に男につけ回されるわ。今から対処法をきちんと学びなさい」
「二人とも、これから時々響とここに来なさい。わかったわね?」
「ぜはぁ、ぜはぁ、き、きっつ……いわ……ね」
綺麗な黒髪を振り乱し、たぬきがへたり込んでいた。
「うーん……今日は随分、ゆるかったかなぁ。本気の小波さんは、悪魔だからさ」
「悪魔なの?」
「そ、悪魔。全力で動くわたしが、逃げられないのよ」
たぬきもうさやも、全力の響がどれだけ非常識だか知っている。
じゃんけんでは負け知らず。相手より数ミリ秒の後出しを繰り返すタイプの後出しジャンケンなだけだが、常人では不可能な動作だ。
100m走は六秒を切る事が可能だ。もっとも、走ってるのは最初の数歩だけだが。
「その、最初の数歩で勝負ついてるのよね」
「響っちの反射神経でっ⁉︎」
「うん、全く逃げられない」
それは確かに悪魔かもしれない。少なくとも人間ではなさそうな気がする。
「時々来いって言われたし、週一ぐらいで通おっか」
こうして、習志野通いの中学生が、三人になった。
師匠の訓練は日に日に過激になっていく。本格的に敵役の男性を用意し、誘拐される様なシチュエーションを作り出して対策を練っていく。
「って、こんな誘拐犯いたら泣きますよっ!」
そう叫ぶたぬきの前に、三人の空挺男子が並んでいた。
「こんなイケてる誘拐犯なら、誘拐されたくなるっしょ? 詠美ちゃん」
いやいやいや、Tシャツの上から胸筋の形が見て取れるとか、こんなん、こんなん……
「あー、良いかも……うん、お兄さんたちのスケッチして良いです?」
たぬきがスケブを取り出す。
「ネコでもタチでも行けそうなそっちのお兄さん、真ん中へ!」
なんか指示出し始めた!
ってか、指示の出し方が不穏すぎるっ!
うさやと響は、この後のたぬきの表情が手に取るようにわかる。完全にあっちの世界に行っちゃった蕩けた表情だ。
そして、男子に大人気な表情だったりもするのだ。あまりにもえっちくて、レーティング的にアウトな表情である。
空挺の男性方がたぬきに魅了されていき、こちらも表情が怪しくなって来たところに師匠が戻って来た。
一瞬で空挺三人に接近し、足払い一発で三人を転がす。
「はーい、詠美ちゃんもそこまで! はぁ……うちの団員一瞬で堕とすとか本当に中学生なのかしら」
へ? 何が? みたいな顔したたぬきと、ぶんぶんと頭を縦に振るうさやと響。
「この子、わたしよりも対策室の上の方に預けた方が伸びるんじゃないかしら」
対策室の上の方……内閣情報調査室である。
「だ、ダメですよっ。たぬきはえっちなお姉さんの部署には入れませんよっ」
内調の実行部隊には、かつてはハニートラップを仕掛ける要員も存在していた。
しかし、現在はそのような諜報活動を行うこともなくなり、響の心配するような事態にはならない……筈である。
「うーん、どちらかというとね、えっちなことに巻き込まれないための訓練もしてくれるわ」
「そんなの無理です。だってたぬき、腐ってるから」
いや響さんや、仲の良い友人に向かってそれは酷くね?
「それを隠せる様にするための訓練よ。うちの女性自衛官にも腐女子はそこそこいるけどね」
あ、いるんだ……
その件については、また後で理沙と美智子に相談することにして、今は訓練訓練。
「女の子ってほら、ポケットとか少ないでしょ? だからガーターにナイフホルダーはマストよ」
いやいやいやいやいやいや。
「大丈夫。職質に遭ってもスカートの中まで調べる事は少ないから」
いやいやいやいやいやいや。
「とにかく逃げる時間稼ぐためだからね。皮膚を切っても意味ないから、足の腱を切るとか、喉笛掻き切るとかすれば追って来ないわ」
いやいやいやいやいやいや。
何物騒な事教えてんのっ! ここ、自衛隊だよね? 悪の秘密結社とかじゃないよね? 実は日本はもう悪の手に落ちてるとか、そんなことないよね?
「だから、安全な刃物の運用を伝授します」
何その安全衛生講習みたいな訓練は。
流石に中学生にフルサイズの銃剣を持たせるのは不味かろうと考えた小波は、小さめのサバイバルナイフを三本用意して子供達にプレゼントした。刃長10cmちょいの鞘付きナイフ。スウェーデン製で軍用にも使われているものだ。
「いやあの、小波さん? 女子中学生が持ち歩くにはゴツすぎませんか?」
「だからちっちゃいの選んだんだよ?」
思いっきり銃刀法に引っかかるサイズである。
「だから、不意におっことしたりしない様な、良くできた鞘付きの物を選んだんだ」
なんとなくドヤ顔する小波であった。
「うーん、わたしならアイテムボックスでなんとでもなるんだけどねぇ……今度二人にも魔法教えていいか聞いてみようかな……」
以前同じことを聞いた時は、まだ政府方針が決まっていないためとして止められた。しかしあれから一年以上。そろそろ色々決まっていてもおかしくないだろう。
「ねぇ、響。その時わたしにも教えられるか確認してくれるかしら?」
響の後ろに小波が近づく。その表情は美しくも壮絶な悪魔の様な姿だったという。
お読みいただきましてありがとうございます。
響の師匠は、まぁ、変な人です。
ただ、変じゃない人が一人も出てこないので目立ちませんが……
それではまた、お会いいたしましょう。




