習志野の夏休み
百里基地から習志野駐屯までは、大体60km。ヘリコプターなら20分もかからない距離である。
『では、上がります。響ちゃん、お嬢さん方の対応、任せたよ』
操縦士がコレクティブレバーを引き上げ、スパッと地面から離れた。
「おうっ! と、飛んでるっ⁉︎」
飛びますよ、航空機ですもん。
バタバタとうるさかったUH-1と比べ、UH-2はザラザラした感じながらも割と静かに飛ぶ。
「ヘリコプターって、うるさいのね……」
割と静かなんですよ、これでもっ!
CH-47とか乗せてあげましょうか?
「で、習志野行ってどんな訓練するの?」
いや、話聞けよっ! 中坊っ!
「この暑い日に訓練してない友達連れてくとなると、そんな激しいのはやらないと思うよ。春休みとかだったら、間違いなく駆け足だったろうけど」
響の体は特別製である。ちょっとやそっとの訓練ではへこたれない。
しかし、普通の女子中学生が陸自の訓練についていける訳がない。
「まぁ、師匠の紹介からかな? あ、髪の毛は切らないように言っとかないと……」
そんな会話をしている間に、ヘリコプターは習志野駐屯地へと着陸した。
UH-2のすごいところとして、きちんとエアコンが効くという部分がある。
ガラっとスライドドアを開くと、真夏の日差しに焼かれた空気が、一気に入り込んできた。
「あっつっ! 百里も暑いけど、ここも暑いっ!」
「じゃ、まず団長に挨拶行って、それから特戦群かな。二人ともついて来て」
操縦士に三人でお礼を言うと、目尻が下がってデレデレになっていた。
最初に向かうは団長室。駐屯地司令でもある第一空挺団団長、長田陸将補の部屋だ。
「長田さん、こんにちはっ!」
「いらっしゃい、響ちゃん。そちらの娘さんは?」
「学校のお友達です! 今日は一緒に訓練してみようかと……」
ガタタッ! っと長田陸将補が立ち上がった。
「おお、それは良いっ! ヨシ、やろうじゃないか!」
「あっついから、駆け足はなしですからね! 腕立てとか穴掘りも、今日は無しでっ!」
途端にしょんぼりする陸将補。そんなに喜怒哀楽見せても良いんですか?
と言う訳で、楽しそうな遊園地へ行くことになった……
「ゆゆゆゆ、遊園地って……たたた、高いんだけど……」
たぬきちゃんが、ガクガク膝を震わせている。
ここは習志野駐屯地にある『跳び出し塔』と呼ばれる施設である。
高さ11mにある、航空機を模した建築物。ここから飛び降りて、ワイヤーに沿って地上まで滑り降りていくアトラクションだ。
まず、地上にある模擬施設でプロテクタ類の装着と基本動作の練習をした。
コンクリートブロック一個分程度の高さから、ぴょんっと飛び降りるだけの至って簡単なものだ。
「いちっ……にっ……さんっ……よんっ!」
「降下っ!」
「降下します!」
ぴょんっ
一つ一つの動作に番号を振り、機械的に動作できるように意識しながら基礎を習い、11m上へと階段を登った。
「まず響ちゃん、見本見せてあげて」
と言われたので、響が飛ぶ。きちんとハーネスつけて飛ぶ。
「見ててねー」
両手を体の前でクロスさせ、肩の前に拳を置く。
「沢井響、降下します!」
ぴょんっ、がこんっ、ぷらーんぷらーんぷらーん
。
数メートル落下したところで装身具でぶら下がり、するするとガイドワイヤに引かれて着地点まで滑り降りてゆく。
着地点で待っている隊員さんに引いてもらい、地面に降りた。
「班長さんありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、すぐにふわりと宙に浮かんだ。
「こんな感じだよー」
言いながら、跳び出し塔に戻る。
「よーし、では次、宇佐美さん跳んでみようか」
「は、は、はいっ」
うさやはドキドキしながらもワクワクしていた。
ギャルギャルしい彼女であるが育ちの良さは隠せない。何かの拍子に良いとこのお嬢さん口調になってしまう。
「姿勢、取れ」
「はいっ、いちっ、にっ、さんっ、よんっ」
「準備っ……降下っ」
「う、宇佐美彩香、参りますねっ」
緊張のあまりお嬢言葉になりつつ、目を瞑ってぴょいっ……がこんっ!
良い度胸をしている。
11mの高さは、相当怖い。
10mの飛び込み台の上に立ったことがある人なら理解できるか。
三階建ての家の、屋根の上と言い換えても良いだろう。その端に立って、下を覗き見ながら両手を離す。慣れていなければ両足ガクガクである。そう、今、端っこに立たされているたぬきちゃんのように。
「たぬき、大丈夫! わたしが手を繋いで落ちてあげるからっ!」
「あわわわわわ」
響が目で指揮役さんに合図する。軽く頷いた隊員が口を開く。
「姿勢、取れ」
「ははは、はいっ、いち……ににに、さんっよん!」
「準備っ! 降下っ!」
「たたたた樽木詠美、こ、降下します」
前にふらっと重心を移動し、下を覗き込んで後ろに戻る……これを三回繰り返したところで、飛び出し塔の前に浮かんだ響が動いた。
「大丈夫、ほらっ」
重心を前に移したたぬきの手を取り、手前に引っ張った。
「うぎゃゃゃぁぁぁぁ」
たぬきの断末魔のような悲鳴をあげながら、たぬきが塔から落下し、装身具にぶら下がって滑り降りてゆく。
滑っていくたぬきと並行して飛びながら、響がにこやかに声をかけた。
「ね、楽しいでしょっ!」
「響のアホー、死ぬかと思ったわ!」
「安全なスリルなんだから、遊園地と一緒だよー。これが、あっちだとそうも言ってられないけど……」
響が指差す先には、習志野名物、高さ80mの降下訓練塔が聳え立っている。
あちらでは、本物のパラシュートを装着して、本物と同じ様にフリーに落とされる。
しかも、飛び出し塔と違い、心の準備ができていなくても落とされるのだ。
「いや、わたしだって心の準備できてなかったわよっ!」
「あれ? 怖かった?」
「怖いわっ!」
着地点まで滑り落ち、隊員さんにワイヤを外してもらった。
「あの、先に降りた女の子知りませんか?」
「ああ、あの娘なら『もっかい行ってくる』って、戻ってったよ」
うさやは結構気に入ったらしい……
結局、うさやは七回跳んで満足した様だ。たぬきも手を引かれ、もう一度跳ばされた。今度はきちんと自分の意思で跳躍できたので、隊員さんにめっちゃ褒められ、調子に乗って更にもう一度跳んだ。
「あー、結構楽しかったかな……また来たいなって、思うぐらいには……」
「いやー、楽しかったしー。あーし、これのために通っても良いわー」
楽しめたと聞いた響も、楽しくなって来た。
「じゃ、いつか三人であっちも跳ぼうねっ!」
指差す先には高さ80mの降下訓練塔が鎮座していた。
今まさに、そこから切り離された落下傘が、風に揺られながら降りていくところであった。
さぁ、忘れてたけど、次は師匠のところだ。
お読みいただきありがとうございます。
跳び出し塔は一度は飛んでみたいと、思いませんか?
それではまた、お会いいたしましょう。




