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洋上訓練

 響は中学三年生になった。義務教育が終われば、響を積極的に前線に出して戦ってもらうことになる。

 ただ、そのためにはまだ様々な問題を解決しなければならなかった。


「近くならUH-2(ユーツー)でも良いですし、V-280(バロー)だって使えますけど、関東圏から離れた場所に連れていくのは反対します」

「しかしだね、最頻出現地が北海道、次いで九州となるとそうも言ってられんだろう」

「街中じゃなければバンバン重火器使えるじゃ無いですか。北海道ならもう、そこら中に三七式戦車(サンナナ)が走ってるんでしょ?」

 

 老朽化した九◯式の代わりに、四十数年ぶりに更新された新型戦車である。

 高度なネットワーク機能を持ち、航空自衛隊との連携により戦場全体を支配する……予定だったが、制式化されたのがドラゴン事件の後だった。

 電波障害のために自慢のネットワーク機能は効果半減……いや、八割減ぐらいになってしまった悲しい戦車だ。


「いっそのこと、戦闘機で送れんのかね? 百里からスクランブルで上げれば、戦闘機ならどこの基地でも行けるんじゃろ?」

「ああ、百里にはF-3があるし良いんじゃ無いですか?」

 腰巾着が追従してくる。


 内閣府に設置されている異世界生物対策委員会の定例会議である。

 理沙は対策室側からのオブザーバーとして出席している。

 内閣府の官僚が議員を誘導するように話を進め、魔法少女に……響に、より大きな負担をかけかねない提案を出してきていた。


「来年になっても、まだ十五歳の女の子ですよ? 世間に知られたら大騒ぎになりますよ?」

「だが、魔法使いなんじゃろ?」

 ダメだこの議員……響の重要性を認知していない……

 なぜこんな議員が異世界生物対策委員会にいるんだよ……

 新自由民主党の一党体制では過半数を維持できず、三党による連立政権となった弊害だろうか。


「F-3で飛んでったところで、基地でまたヘリに乗り換えたりしないとなりませんし、それほど時間が稼げるとも思いません!」

「その辺りは、装備庁になんとかしてもらおう」


 こうして、響を前線に送り込む時には戦闘機も利用されることが決まった。


 現在、百里基地には半世紀ものあいだ飛び続けてきたF-2戦闘機と、配備されて10年のF-3戦闘機が混在していた。

 F-3戦闘機は、多国籍共同開発の予定がトラブルにより、最終的には日本独自での開発となった戦闘機である。

 何度もの仕様変更の末に世界最高レベルのステルス性能を手に入れたはずが、電波障害によってステルス性能が全く必要なくなってしまった不運の戦闘機だ。


「あーもう、あの分からず屋のトンチン代議士がっ!」

 理沙が激怒しているが、たかが内調の職員レベルでは、如何ともし難い。

 こんな時、割とイエスマンになってしまう主幹も、役に立たないし……

 周りの人間に当たり散らそうにも、ここは内閣府庁舎。歩いてる奴らは国内最強レベルのエリート官僚ばかりである。


「あーもうっ! 茨城に帰るっ!」

 時間は十六時過ぎ、今から帰ると基地に着くのは二十時を回るか……土浦あたりに美智子を呼び出して、居酒屋で対策会議でもしてやろうかしら、プンスコ。


        ♦︎

 

 三ヶ月後、防衛装備庁から百里基地に新装備が送られてきた。


「って、何よこれはぁっ!」

 理沙が叫ぶのも無理はなかった。


 全長4m程の銀色の筒。ぱっと見飛行機の増槽にも見えるが……

「こ、こ、この中に響ちゃん詰め込んで、飛んでくですってぇっ⁉︎」

 戦闘機のお腹の下に、女の子を詰め込んだカプセル抱えて、超音速で飛んでいく? 正気の沙汰では無い。

 

「安全性の担保は、響ちゃんのリフレクトマジック頼りぃ⁉︎」

 現着後、カプセルの一部を開放して、響を空中に放り出す機能付きである。


 F-3戦闘機にこの響ポッドとコンフォーマルタンクを装備させると、アフターバーナーなしでマッハ1.2、アフターバーナー全開ならばマッハ1.6ぐらいまで出せるらしい。

 これだと、沖縄、小笠原以外の国内は全て一時間圏内、一時間半あれば国内全域がカバーできるという。


「にしたってだよ? 女の子をこんな中に閉じ込めて一時間半とか、明らかに非人道的でしょうが!」

 本当に酷い話である。

「もう、こんな話が響ちゃんに伝わったら……」


「え? 何それ乗ってみたいっ!」

 やっぱりそうなった……


        ♦︎


 鹿島灘と呼ばれる茨城県の沖合太平洋。一機の戦闘機が高度8,000ftを音速の1.2倍の速度で南東方面へ向かっていた。

 胴体直下には、直径60cm、長さ4m程のパイプに、窓を嵌め込んだような装置がぶら下がっている。装備名マジックキャリアコンテナ、通称マジコンと呼ばれている。

 中には14歳の少女が、腹ばいになって眼下を流れる景色を眺めていた。


「響さん、そろそろ高度下げますよ。予定通り高度3,000ft、速度250ノットでハッチ開けます」

「はい、お願いします!」

 パイロットとは有線でインカムが繋がっている。基地とは上空待機のドローン経由でレーザー通信が確立しているため、基地側でも会話内容はモニターしているはずだ。

 編隊を組んでいるもう一機のF-3戦闘機が少し距離を取り始め、二機揃って高度を下げてゆく。

 

 今日の響はいつもの迷彩服姿にいつものヘルメット。学校の制服仕様の服は、まだ出来上がっていない。


「高度4,000、速度300」

 F-3戦闘機はエアブレーキまで展開して速度を殺しながら高度を下げていく。

「間も無く予定高度、防御魔法展開、インターロック、リリース」

「はい、ロック……解除しました」

 響が20cm程のレバーを押し下げる。

 この部分は物理的に内部、または外部からレバーを動かさなければ開かないようになっている。

 万が一響が防御魔法、リフレクトマジックを展開していない状態でハッチを開いたら、巻き込まれる風だけでも致命的な負傷をする可能性があるためだ。

 

「高度3,000、速度250、ハッチ開放!」

 パイロットが動作手順を復唱しながら響の下方ハッチを開いていく。

 響は両手でグリップを握ったまま、真下に広がる大海原を見回した。

「視界内に飛翔体無し。響、行きます!」

 手を離すと、次の瞬間にはマジコンから放り出され落下を始めた。

 有線でヘルメットに繋がっていたケーブルは、マグネットジョイントで勝手に外れ、通信機が自動的にレーザー通信に切り替わる。

 

 展開したリフレクトマジックを翼代わりに、響はしなやかに身体を制御しはじめる。

 危険物である飛行機からいち早く離れるためには、必須の技能だ。


 リフレクトマジックは魔法吸収部を展開しない虹色膜だけで構成し、虹色も極力抑えているために肉眼ではほぼ見えない。

 周りから見ると、身体一つで人間が空を飛んでいる状態だ。

 響は高度を少し下げて1,000ft。速度は200ノットを少し超えるぐらいまで落として水平安定飛行に入った。


「百里コントロール、こちら響。現在鹿島灘上空1,000ftを南南東に向け200ノットで飛行中。マジコンの乗り心地は微妙でした、どうぞ!」

 あ、乗り心地良く無いんだ……


「響、百里コントロール。続いてドッキングテストを行います。F-3と進路を合わせ、下方から接近してください」

「響了解、進路を合わせ下方から接近します」


 実際にこのスクランブル運用が始まった時は、帰還時には最寄りの基地からヘリコプターが迎えに飛ぶことになっている。

 しかし、もし現場が遥か洋上だったりした時は? ということで、再びマジコンに戻る試験だ。

「響さん、こちらビートル。方位180、高度4,000、速度210」

 ビートルとは、ここまで響を運んできてくれたパイロットのコールサインだ。

 岐阜の飛行開発実験団の試験飛行操縦士であり、今回のマジックキャリアコンテナの試験飛行を担当してくれている。

 響への呼びかけが『響さん』なので、新鮮味が激しい。


「方位180、高度4,000、速度210了解」

 復唱し、ゆっくり向きを変えていくF-3へと追随する。

「ビートル、こちら響。後ろにつきました、アプローチ開始します」

「響、ビートル了解、現進路を維持する」


 簡単に言っているが、実はものすごい危険が伴う行動である。

 飛んでいる飛行機の周りでは、何が起きているか。

 まず、ジェット噴射が目立つ。機体の真後ろに向かって、超音速にもなろうかという勢いで高音のガスが渦巻いている。

 触れれば当然大火傷だし、超高速の向かい風を浴びればこちらの推力が全て剥ぎ取られてしまう。

 翼の周りも風が吹き荒れ、翼端付近では翼上下の圧力差で生まれた地獄の渦巻きが響を巻き込もうとしている。

 それらをかわし、慎重に下から近づいても、機体に突然吸い寄せられて制御を失ってしまう。


 そんな恐ろしい空気の流れだが、響には全て『視えて』いた。

 空気の流れを可視化した上で空間としてそれを認識できる……超センス(ハイパーセンス)と呼ばれる響の超感覚だ。


 渦巻く本流から離れ、波打つ支流を避けて近づいてゆく。

 あと2m、1m、50cm……

「響、帰還しました。ハッチ閉鎖お願いします」

「響、こちらビートル。お帰りなさい。データ取りもうまくいったようです、帰還します」

「ビートル、響です。ありがとうございます」

 ハッチが閉まるとレーザー通信は途絶えてしまう。ハッチのロックレバーを押し上げ、返す手でリールに巻き込まれた通信プラグをヘルメットに差し直す。

「きちんとできましたー」

 機内電話に切り替わったとたん、中学生の様にはしゃぎ出す響。

「はい、とても良いフライトでしたよ。安全手順も完璧でした」

「ビートルさんは優しいですねぇ」

「いやぁ、女子中学生に慣れてないだけですよ」

 それにしても、響が今までに見たことのないタイプの自衛官だ。

 やたらマッチョなのとか、やたら厳しいのとか、やたら距離感バグってるのとかなら数限りなくいるのだが……


「じゃ、自分はこのデータ持ってすぐに各務原に帰りますんで、百里でまた飛び降りてくださいね」


 ……やはり自衛官は信用ならない人種であった……

 響爆弾……酷いですね……可愛い可愛い女子中学生を……


 本人、アトラクションだと思ってそうなとこがアレですが!


 それではまた、お会いいたしましょう

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