師匠
響は中学二年生になった。
訓練に、勉強にと、忙しい毎日が続いている。普通の中学生なら、部活やら受験の準備やらかっこいい男子に入れ込んだりやら、色々やってないといけないはずだが……
「ファーイト、ファイト!」
陸上部でもないのに今日も走っている。
ただ、昨年から始まった特戦隊での訓練が、今日から本格的に始まると聞いて、ワクワクしながらげっそりしていた。
『よーし、じゃ、詩琳ちゃんさんが訓練してた施設いこっか。詩琳ちゃんさんの妹弟子にあたる人が、近接戦闘の極意を教えてくれるって』
去年、初めて特殊作戦群に連れて行かれた時、団長に連れられていった時を思い出す。
スーパー婦警幸田詩琳の師匠、なんか凄そうだ。
そして、その師匠に師事した自衛隊員が、その日から響の師匠になった。
♦︎
「榊原だ。よろしく」
榊原小波三等陸佐、四十八歳。
泣く子も黙る特殊作戦群の女性士官。近接戦闘のエキスパート。銃剣一本握りしめて魔物に忍び寄るその姿は悪鬼にも例えられ、刃を舐めながらニヤリと笑うシーンは……
ってホラーじゃんっ!
ちょっと、ヤバい人なんじゃないの? このオバさ……あーれー
その日、まず命じられたのは断髪であった。
「その綺麗な髪の毛さ、オーク辺りは真っ先に掴みに来るからね、切るよ」
問答無用で切られた。バヨネットで!
いや、ハサミ使えよ! 文明人ならっ!
でも、怖くて何も言えず、コクコクしてる間に肩上まで切られた。
姉とお揃いに揃えていた黒髪。時々友達に結ってもらったりした、長い髪。
感傷も何も、感じる間も無くバッサリと……
「ヨシ、あとで床屋で可愛くしてもらって。詩琳さんも同じぐらいだったはずだから!」
詩琳お姉ちゃんと一緒と聞いて、ちょっと機嫌が戻る。にしても酷すぎね?
「命を守る行動を伝授しろと、そう言われてるからね。全力でやるよ」
この日から響の日常に、本格的な戦闘訓練が仲間入りした。
♦︎
響だって剣道には自信がある。超センスで目に見えない動きでも追い続けられる。反射神経も運動能力も、そこらの人間とは違う実力がある……はずだ。
「あーれー」
竹刀を持って対峙しても、一瞬で回り込まれて首筋にダミーナイフを押し付けられた。
「あー、何も見えてないねぇ。経験に頼って相手の動きを予測してちゃダメよ?」
何が起きたのかわからなかった。
相手の動きは一挙手一投足まできちんと見えていた。だから、その動きを先回りして相手の出てくる場所に竹刀を振り込んだはず……なのに、何故か首筋にナイフが。
毎日、駆け足の後には小波さんの授業を受ける。竹刀だけではなく、バヨネットの使い方やレールガンでの戦い方も見てもらう。
周囲への影響を最小限に抑えつつ、最大の効果を出すためにはどうするか。
今までに自衛隊が駆除してきた魔物のデータを使い、座学やメタバースでのシミュレーション、そして習志野演習場屋内射撃場を使った実弾訓練までもが放課後に組み込まれる。
「はい、じゃ今日はナイフ一本でグリフォンに正対した時の戦い方を……」
「いやいやいやいやいやいや、小波さんそれはちょっといくらなんでもおかしくないです?」
「日本はグリフォンの頻出地だし、あってもおかしくないわ」
グリフォンはトップクラスの大物である。
日本には、年に一度程度は出現している。世界全体でも年間十頭前後の出現数なので、日本への出現率の高さが突出していた。
「でも、今までだってだいたいは重火器で退治してますよね? 小波さんだってナイフ一本じゃ立ち向かってないですよね?」
グリフォンは強力な魔物だ。
そのため、空対空ミサイル、空対地ロケット砲、30mmチェーンガン、自爆型ドローン、対戦車誘導弾等の強力な火器を使って倒す例が多く、小火器だけで倒した例など……
「あるわよ、一度だけ」
あるんだ……
「まぁ、分隊火器で8.6mmは撃ちまくってたけどね」
大型の魔物相手に、対人用の5.56mmNATO弾では威力が不足し、7.62mmNATO弾が主流に戻ったのだが、それでもまだ豆鉄砲と言われる状態だ。
そこで、もともと狙撃用や狩猟用として開発された8.58mmラプア・マグナム弾を採用した突撃銃が開発され、対魔物用として配備が進んできている。
もっとも、こんな巨大な弾を連射することなど生身の人間に出来るわけがない。外骨格型のパワードスーツが開発され、重武装の分隊員が装備していた。
「あたしは不器用だからさ、あんなゴツいスーツ着て動けないじゃん? あの、押し返される感触がどうにも慣れなくてさ」
何のことはない。小波の動きがバグってるだけだ。
「いやいやいやいや、師匠に比べたらあたしなんてお遊戯レベルよ?」
小波の師匠イコール、詩琳の師匠である。
「あの化け物と比べれば、グリフォンなんて可愛いもんよ」
どんな化け物だったんだよ……師匠の師匠は。
現在、マイクロマシンでドーピングされまくった響の身体は、人間では不可能な反応速度となっている。
そもそも、神経の情報伝達にかかる時間がほぼゼロなのだ。この辺りはマイクロマシンによるサイボーグの一種に近い。
脳内での処理も、拡張された脳内空間とマイクロマシンによる演算補助により、桁違いの処理能力を発揮する。
そして、人には出来ない空間の完全把握。
それでも付いていけない師匠の動きが『お遊戯レベル』
「小波さんのお師匠さまって、本当に人間だったんですか?」
「あー、それはあたしも思ってるわ。あれは人間じゃなかったんだろうなぁって」
二人とも酷いな……
「ま、詩琳さんの妹を自称するなら、まずはあたしを超えてもらわないとね。今日は極力動かなく見えるけど、実際は超高速で動いてる足捌きね」
何だよそのわけわかんない動き! ムーンウォークの亜種か? いや、ムーンウォークで前進してきて攻撃するとか怖いんですけど……あーれー。
「足だけ見てても、目だけ見ててもだめよ?」
いや、響は全体を常に把握して戦ってるはず……
「全体だけ見ててもダメ。枝葉末節も見ながら全体も見る! 指先まできちんとフォローして!」
師匠はとても厳しかった。
この中学生が実戦に出た時に、必ず無事に帰って来られるようにするため、全力で鍛え上げる。それが大人のつとめ……そんな勢いで、世界有数の技術が響に伝授されていった。
「あ、響ちゃん、来週は矢臼別でジンギスカンパーティね」
小波さん。なんか、姪っ子可愛がるみたいになってない?
『だって響ちゃん可愛いじゃん?』
まぁ、そりゃヒロインですし可愛くて当たり前ですが……
『あと、食材は現地調達だし』
可愛がりの方向性っ! ってか、羊いないでしょ? 鹿とか熊はいそうだけどっ!
「いそう……じゃなくて、いるから。美味しいわよ」
こうして、師匠に気に入られた響は、日々鍛えられていくのであった。




