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小型船舶操縦士

「左舷落水!」

「左舷落水! 機関中立左転舵!」

 おみはクラッチレバーを中立にし、ステアリングホイールを目一杯左へ切り込んだ。

 左肩へ振り返り、落水者に見立てたブイの位置を確認。波の方向から風向きを調べる。このまま落水者に近づくと、追い風での救助になってしまうために難易度が上がる。

「要救助者確認、風下から救助します」

 ステアリングを右に大きく切り直し、クラッチを前進に切り替え、アイドリングのままぐるっと回り込んでいった。


 おみはただいま、二級小型船舶操縦士免許試験中であった。

 今やっているのは落水者救助。これを失敗すると一発試験中止となるため、緊張の一瞬である。

 要救助者の風下からアプローチ。断続的にクラッチを入り切りさせ、ゆっくりとボートを寄せていく。

 ここで寄せ過ぎるとブイを轢き殺してしまうため、ほんのりと舳先をずらしながら前へ。

「機関中立。左舷(さげん)寄せます」

 ここで普段みたいに『ひだりげん』とか言っちゃうとドン引きされる。

「落水者救助」

 試験官が落水者を確保してボートへと引き上げてくれた。

「落水者救助、完了しました」

「はい、オッケーです。次のコースへ向かってください」

 続いて向かうは蛇行運転。決められたブイの間を通り、右へ左へ。十分に速度を乗せて、ブイからの距離を睨みつつ大きな半円を三つ描く。ドキドキしながら最後にまた直線コースへと戻す。

「はい、では港に戻って左舷着岸してください」

 ここまでは大きなミスはしていないはず。さっきの救助だって、風魔法で微調整とかやってないし。本当だしっ!


 出航してきたマリーナの指定された桟橋までは、他の水上交通に注意しながら巡航速度で向かう。

「はい、今ボートが進んでいる方向は何度ですか?」

「はいっ、今向かっているのは方位フタハチマルです」

「…………」

「あ、二百八十度です……」

 緊張しているらしい。

 なんて言っていたらもうマリーナだ。着岸するのは、離岸してきた桟橋だ。停める位置もバッチリわかっているし、ここまできたらもう安心。

「左舷着岸します。機関中立……」

 モーターボートはプロペラで前に進んでいる時以外は、舵の効きが微妙になる。そして、ブレーキなんてものは付いていないので、かなり手前から舵が効きづらい状態が発生する。

 アプローチする方向を自分で選べた人命救助と違い、風向きによって桟橋の向きは変わってくれない。突然左からの横風を受けて、桟橋に突っ込むコースへと向きが変わり始め……おや? 反対側からも何故か風が……きっと神風だな。うん。そうに違いない。

「機関リバース、停止。左舷着岸しました」

 宣言すると即座にシートを立ち、ロープを桟橋のクリートへと引っ掛けてボートを更に桟橋に寄せていく。

 フェンダが桟橋にあたったところで巻き結びでボートを保持。試験管の顔色を伺った。


「はい、お疲れ様でした。結果はこの後午後一番で発表になります」

 大きな失敗がなければ落ちることは無い……と先輩釣り師達は言っていた。

「ありがとうございました」

 お礼をして、桟橋を戻り事務所の方へ……この気配……魔物が出るっ!


 おみは慌ててヘルメットを被る。マニュアル通りに即座に離陸するとレーザー通信機を立ち上げ、基地を呼び出す。

『百里コントロール、おみです。土浦のボートマリーナに次元鏡が出現しました。まだ魔物は確認できていません。対策室呼び出してもらえますか?』

『おみちゃん、百里コントロール。すぐに回線回す。現場は土浦市のマリーナ了解。すぐに航空偵察も出す。ヨシ、替わる……がぴっ、おみちゃん、美智子です。魔法通信に切り替えてください』

 おみは即座に魔法通信へと切り替え、通話を続けた。

『美智子さん、おみです。土浦マリーナの多分水中に次元鏡が出てます。あ、魔物の反応も出ました。あー……これ覚えあるなぁ。カッパです』 

『おみちゃん、かっぱ了解。対処できそうかな?』

『やってみます』

『無理しないでね。すぐに指揮あげますが、それまで避難誘導優先でお願い』

『おみ了解しました』


 百里からは近いため、理沙は上がりさえすればもう指揮圏内だ。それまではとにかく一般の方の避難誘導を……

「って、何これ……鏡が……増えてる……」

 高度200ftあたりで通信を終え、降りるために下を向いたところ、水面に多数の鏡が出現しているのが見えてきた。

「水の中にも気配が……」

 見えている場所だけではなく、濁った水の中からも鏡の気配が伝わってくる。

『美智子さん、おみです。次元鏡が複数出現。いえ、多数出現! 中からカッパと、カッパより大きい奴が次々と出てきます!』

『おみちゃん、美智子よ。理沙は今あがっ『おみちゃん、理沙です。すぐ行きます。足止めできそうならお願い』』

『り、了解です』


 眼下には数十もの鏡が見えている。水中を含めれば百に近いかもしれない。

「あー、この間のスタンピードもこんな感じだったのかな?」

 あの時は頼れる仲間達がすぐそばにいた。しかし今はおみ一人だ。ここだと土浦駐屯地からの応援も来てくれるだろうが、まだ時間がかかるはず。何とか少しでも時間を稼がなければならない。


「んー……水の中なら爆雷攻撃とか効かないかな。水中は爆発の威力がとても激しく伝わるって習ったし」

 急がなければカッパが上陸してしまう。これだけの数を一匹ずつ倒していくには時間が無さすぎた。

「とりあえず水の中の一定の範囲を指定して……ここに一気に熱をぶっかければ水蒸気爆発でダメージが……」


 ドーンっと水と泥の塊が噴き上がった。

 この近辺は水深せいぜい4m。周辺に衝撃を伝えることなく、辺りの水が吹き飛んだだけで終わってしまった。

『おみちゃん、響ちゃんが今上がったわ。四十秒耐えて』

『おみ了解です!』

 さて、四十秒間、少しでも数を減らしましょうか。

 今吹き飛ばしちゃったマリーナのボート達が目立たない様に……


 百里から土浦マリーナまでは20km少々だ。響なら、百里を上がって即座に全力加速をすれば、一分半ほどで到着できる。

 逆に言えば四十秒では辿りつかない。

『おみ、鏡確認したよ。マーク手伝って。できるだけ多くの鏡を視界に入れて意識してっ!』

 なのに、きっかり四十秒後に響から通信が入った。

 通信を聞いたおみは、良くわからないけど高度を上げ視界内の次元鏡に意識を向ける。

『ありがとっ! バリアっ』


 パキンっと音が聞こえるような勢いで、虹色無しのバリアが一斉に展開されていく。

『響っ、おみ。次元鏡はほぼ無効化されたっぽい。やっぱ響凄いっ!』

『ふぃー、良かった。この距離でできるかどうかちょっと自信無かったよ……理沙さん、響です。四十秒とか無茶振りするコマンダーは、あとで新田さんとデートすればいいと思います』

『あー、ウォッシュ君ねぇ。あの人、先週矢田先生にも声かけてたからね……』

『それはギルティです。デートしちゃダメだと思います』


 くだらないことを言っているうちに、響もマリーナへと到着した。


「うっわ……おみ、随分やらかした?」

「ちょっと……派手に波がたっちゃって……」

「けどまだ数百匹は残ってるねぇ。ちょっと怖いけど、あの魔法使おっか……熱湯三分!」

 以前、大切な友人達を煮込みそうになったあの魔法だ。

 見えている範囲の霞ヶ浦の水が、一気にお湯に……熱湯に変わっていく。

 100℃を超えたら、おみのやった水蒸気爆発魔法と変わらなくなってしまうため、温度は95℃までに留める。

 ぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつ

 ぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつ

 ぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつ

 じっくりトロトロ煮込まれたカッパは、くすんだ緑色の肌が鮮やかな緑に変わり、プカリプカリと水面へと浮かび上がってきた。


「あー、お魚も煮えちゃう……」

「いや、その前におみの爆発で、ほとんど生き残ってないんじゃ無いかな? かな?」


 この日、同一箇所に複数の次元鏡が出現する事例が、初めて確認された。

 おそらく、前回の霞ヶ浦スタンピードも同じ様な事態が発生していた可能性が高いと判断される。


 また、異世界生物対策委員会の悩みが増え……いや、人類の危機が足音を立てて近づいてきていた。


 あ、おみは無事に船長さんの資格を取ることができました!

 おみちゃんはまだ十六歳。なので5トン以下の小型船舶に制限されますが、彼女の乗りたいお船は5トン以下で十分だから問題ないですね。

 多分、成人したら一級も取りに行くでしょうけど……


 霞なら、200馬力のバスボートもレンタル可能ですし。


 それではまた、お会いいたしましょう。

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