ドラゴン再び
ドラゴン。
全長は50mにも及ぶ、空飛ぶ厄災。
遠距離からの攻撃は、魔法障壁で回避し、数百メートルも伸びる炎のブレスで敵を焼き払う。
硬く、厚い鱗に守られた身体は、並大抵の攻撃は無効化してしまう。
二十年前、日本に初めて現れた魔物はこのドラゴンであった。
そのドラゴンは、対空ミサイル二発の攻撃を受け、地上に降りたところでメガソーラー発電所へと踏み込んでしまい、感電という形で討伐された。
しかし、現在瀬戸内海上空を舞っているドラゴンは二頭。それぞれが死角をカバーしながら、時折りブレスを吐き、陸へと近づきつつあった。
今もまた、二発の空対空ミサイルが飛んできたが、的確に張られる虹色鏡により、ドラゴンまで届かせることができなかった。
これまでに二十数発のミサイルが無効化され、うち十二発は同時攻撃にも関わらず、全数が叩き落とされていた。
ドラゴンが飛んでいる場所も悪い。ここは日本の中でも最も密度の高い航路で有る。周辺は陸地に囲まれているため、海面付近からの発砲は、命中しなかった場合には、周辺の都市部へと飛んでいく可能性が高い。
海上自衛隊の艦船も、周辺には多数存在するのだが、手出しがしづらい状況が続いていた。
「ダメか! このままだと上陸される……どこだ……坂出方面?」
香川県坂出市。瀬戸大橋の四国側基点だ。
「番の州工業団地かっ! またエネルギー拠点!」
魔物に襲われる場所として、発電所に次いで良く狙われると言われているのがコンビナートだ。
しかし、魔物にとって石油やガス、電気がなんの役に立つのかは全くわからない。
さらに、狙われたからといって、それらが奪われたりした事も無い。しかし何故か寄ってくる。
『春日、こちらコンドル、ミサイル使い切ったため築城へ戻る』
『コンドル。こちら春日。すぐに三時間待機が上がる。そのまま築城に戻り待機せよ』
すでに小松と新田原からも戦闘機が向かっているとの連絡もあった。ミサイルを使い切った機体が空域に残っている必要はなかった。
『春日。こちら百里対策ウォッシュ。マジカル響を空輸中。あと五分で落とす。空域あけといてくれ』
『ウォッシュ。こちら春日。ありがたい。響、こちら春日。討伐方法は何かあるかい?』
『響です。んー……一頭につきレールガン二発で落とせるとは思いますけど、落として良いでしょうか? 大きいから下に被害出ませんか?』
『そうか……そこまで考える余裕が有るのか……徐々に高度落とさせることとかできるかな?』
『翅狙ってやってみます。確か昔のドラゴンが、そうやって着陸したらしいですから』
『ああ、もしも陸上に上がられていたら、それで頼む。被害は少ない方がいい……』
『響了解。海上なら駆除を優先しますね。じゃ、行きますっ』
響は一瞬深呼吸をした。
『響です。虹色展開、インターロック解除します』
マジコンの室内にある、レバーを倒す。これでマジコンの下ドアは電磁ロックだけで閉じていることになった。
『よーし、響ちゃん、行くよ? さん、に、いち、イジェクト』
がこん。マジコンのドアが開き、瀬戸内海の海が視界いっぱいに広がった。明石海峡大橋をを超えたあたりのようだ。響の超センスには、100kmほど先を飛んでいるドラゴンが明確に視えていた。
もう、最近はまともに速度を落とさないままの分離が当たり前になってきている。
今も音速の八割近い速度のまま、大空へと飛び出して行った。
「さぁて、お兄ちゃんお姉ちゃんの仇……なのかな?」
響はまだドラゴンを見た事がない。
映像や写真は散々見せられているし、生きているドラゴンを直接見た理沙さんにも色々聞いてはいる。
しかし正対するのは初めてだ。
「しかも、一撃は狙わずにね……まぁ、やりまっしょ」
くるりとロールし、空にお腹を向けてから一気に高度を落としていく。
速度は一瞬で音速を超え、辺りに衝撃波が広がっていった。
第十五即応機動連隊の機動戦闘車隊が、瀬戸大橋にずらりと並んだ。
52口径105mmライフル砲は、ドラゴンがやってくるであろう方向を向き、現れるのが今か今かと待ち構えている。
距離的にはもう本当にすぐそこにいるはずだ。
明後日を満月に控え、今もかなり明るい月が暗い海面を照らしている。
全車両を繋ぐ赤外線レーザーリンクが、統制射撃のタイミングを知らせてきた。
発射五秒前。四、三、二、一……
ズン。橋が暴れる。
数十門もの105mm砲発射の衝撃は、特急列車の通過にも耐える橋を揺さぶり、搭乗員達が車内でシェイクされていく。
それぞれ、少しずつ狙いをずらした射撃はドラゴンの張った虹色膜を突き破るものの、内側に輝く鏡がその後に飛んでくる砲弾を次々と飲み込んでいっていた。
「あちゃー。あれ、バリアっぽい……わたし、バリアの攻略法考えてなかったよ……」
ドラゴンまで残り20km。響にはドラゴンの周りで起きている事が、手に取るようにわかる距離になってきた。
今、ドラゴンが張った障壁は、ほぼ間違いなく四国沖鏡と同じものだろう。
虹色膜の内側は、全てを飲み込む奈落の鏡。ありとあらゆるものを飲み込むが、決して元に戻すことの無い鏡。
「あれ、チャージ砲でも抜けないんだよね……」
元々、異世界にいる姉達が、チャージ砲対策として作った防御魔法だ。
「となると……ビリビリかぁ。まぁ、そんなに速くないしいけるかな?」
そんなことを言いつつも、毎秒300mずつ近づいていく。
あと一分で完全に接敵だ。
『理沙さん取れますか? 響です。まもなく接敵します。ビリビリで直接落としに行きます』
『響ちゃん、取れてるわ。了解、気をつけてね』
ビリビリ……変形イグナイト魔法はピンポイントの場所に電気を流す事ができる。しかし、逆に言えばピンポイントで狙わなければならない魔法だ。
狙い方は二種類。絶対座標指定か相対座標指定か。
絶対座標の場合は、周囲環境を基準とした場所の指定になる。動いていない、または動きが鈍い状況ならばこれが間違いがない。
相対座標は、自分に対してどの位置に流すかとなる。
絶対座標で求められない攻撃予定箇所を狙うには、これしかない。
しかし、相手も自分も動いているとなると、それはそれは難易度が爆上がりしていく。
この難易度を軽減するために、相手の心臓にマークをする事もあるが、それだって音速に近いような相対速度では気のせいみたいなものである。
「えいっ」
「ビビクンっ!」
「ビビクンっ!」
じゃぼーん、だばーん。
まぁ、響にとっちゃ関係ない話ですけどね。ワイバーンの群れみたいに、何百匹も飛んでるわけじゃないんだし。
と言うわけで、二頭のトカゲ……ドラゴンが瀬戸大橋に引っかかりそうな位置で墜落し、その活動を止めた。
『西部航空警戒管制団、こちらマジカル響。対象を無力化しました』
『マジカル響! もうやっちゃった? うわ……戦意マシマシで今六機向かってるよ……』
『流石にそこまで面倒見きれませんよ?』
『マジカル響、春日了解した。戦闘機は呼び戻す』
『お願いします。理沙さん、響です。ビリビリで落としました。まだ浮いてますけど、潮に巻かれて流されそうです。海自にも応援お願いできますか?』
『響ちゃん、理沙です。了解。わたしももうすぐ瀬戸大橋記念公園のグラウンドに降りる予定です。そちらで落ち合いましょう。お疲れ様』
こうして、正月早々の魔物退治は完了した……が、相手が相手だけに後始末は大変そうだ。
垂直離着陸モードに切り替えて高度を落とし始めたV-280の中で、理沙がつぶやく。
「ドラゴン……全ての始まりの魔物……か……」
理沙がこの道に入った原因。世界中で発生している異変の根源。
「とりあえず、挨拶だけしとこうかしらね」
窓の下に、闇に沈む海面が浮かぶが、すぐに巨大な石油タンクの向こう側へと消えていった。
20年前のドラゴンについては、拙作
兄の目的、妹の手段 -空飛ぶ兄は、妹に物理で殴られる-
の第一話をご参照いただけますと幸いです。
そろそろ物語も佳境に入って参りました。今しばらくお付き合いくださいませ。
それではまた、お会いいたしましょう。




