サメの海
大洗アクアワールドへとデートに訪れたたぬきさんと吉野くん。
デート……デートだよね?
入場すると、まずはイルカショーのタイムスケジュールを確認する。
「あー、じゃ、この十一時からの回でイルカさん見にこよっか。それまで、大洗の海コーナーからサメとかマンボウとかの水槽いこ?」
「ああ、樽……詠美さんの行きたいとこへ行きたいから」
うっわ、デートだわ。きちんとしたデートだわ。
けどこう、もう少し彼女を引っ張っていく積極性が欲しいかなぁ? ちょっとたぬきの都合を優先しすぎて、自己主張が物足りなく感じるね。
「マンボウ……いつ見てもおっきいねぇ」
「この顔、正面から見るとめちゃくちゃ笑えるよね。なんだろう……ぼんやりぽやぽやな感じがさ」
「ああ、確かに変顔かも。ねね、スケッチしていいかな?」
たぬきさんがトートバッグからスケブを取り出す。
「あ、うん。スケッチしてるとこ見ててもいい?」
「ん、いいよ。と言ってもたいして面白くないと思うけどねぇ」
そう言いながら、サラサラとマンボウの変顔をスケッチしていくたぬきさん。あっという間に一枚の絵にしてしまいました。
普通の人なら写真で済ませるところだが、
『わたしの腕じゃ臨場感のある写真は撮れない』
と割り切ってスケッチをしていくスタイル。これがまた、臨場感のあるスケッチになっているのが凄かったりする。
『このぐらいできないと、臨場感の有るBLは描けないしっ!』
能力を無駄に使うスタイルらしい。
「こんな感じかなぁ」
そう言って開いたページには、マンボウ水槽の前で、変顔するマンボウを眺めている吉野くんの絵がそれはそれは美しく描かれていて……
なるほど、今日は耽美系で攻めていくのね。
「樽……詠美さん、本当に絵が上手だよね」
あ、そこは褒めていくのか。
マンボウ水槽から振り返ると、そこはサメ水槽が並ぶゾーンだ。
この水族館には六十種類以上のサメが飼育展示されており、日本一のサメ水族館として知られている。
「うわぁ……これは怖いわ……こんなのに海のなかで出会ったら……」
「うん、魔法使っちゃうよね……」
いや、普通は使えないし……って言うか響ならともかく、たぬきあたりだと水中戦闘は難しくないかな?
ビリビリ使うと自分も痺れそうだしねぇ。
レールガンは水の抵抗に負けて無理。ファイヤーボールも無理、ウインドショットも空気無いから無理、ストーンバレットも水の抵抗が……
『響に教わったから大丈夫。アイシクルランスがめっちゃ効くって。ただし自分も寒いらしいけど』
寒いのかよっ!
「あれ? この感じ……どこかで……」
「ん? 詠美さん、どうかした?」
「うーん、この感覚にキラキラザラザラと引っかかってくるこれ……最近経験したような……あ、スカイツリーの時の鏡っ!」
たぬきの超センスに引っかかった違和感。
九月に東京のお祭りへと出かけた時に出現した『魔物が出てくる次元断層』の記憶だ。
あの時響に教わったので、近くで何が起きているのかの判断ができた。
「吉野くん、多分近くに魔物が出ますっ! この近くっ! って言うか、目の前っ!」
今、たぬきと吉野くんの目の前にあるのはサメの大水槽。その奥の方に、きらりと輝く……あれは鏡……
鏡の奥から何かの魔物が……
ガボガボガボガボガボ……
河童では無い系統のゴブリンが出てきたと思ったら、溺れ始め……
ガブっ
サメに齧られ、流れ出た体液と断末魔の痙攣が他のサメを刺激し……
ガボガボガボガボ
ガブっ
ガボガボガボガボ
ガブっ
ガボガボガボガボ
ガブっ
「えーと……詠美さん、これは何が起きてるのかわかる?」
「とりあえず、このままだとサメさんの水槽が酷いことになりそうだね。何か対処法あるかな……ああ、響ならなんとかできそうだけど、わたしじゃ難しい気がする」
周囲の人々も水槽の中でなんだかわからない惨劇が発生しているのに気がついたらしい。職員の人も飛んできたもののどうすれば良いのか困っているようだ。
「もう血で濁って何にも見えないね……万が一係の人が、上から水槽に入ろうとしたりすると危ないから、ちょっとバックヤードの動きを止めてもらおう」
たぬきは近くにいる水族館職員の人に声をかけた。
「すみません。わたしは異世界生物対策委員会実働魔法使いの樽木です。水槽の中に異世界からのゲートが発生しているため、大変危険な状態になっています。お客様と職員の方の避難誘導をお願いして良いですか?」
身分証明書を見せながら説明するが、いかんせん見た目がデート中の高校生だ。
しかもまだ一年生な上、魔法使い化しているので幼さが更に倍だ。
「しかしお客様、まだ学生さんですよね? ここは我々職員が対応しますので、あなた方もすぐに避難してください」
まぁ、そうなるよな。
「うー……じゃ、ちょっと基地に連絡入れて対応してもらいますね」
とりあえずヘルメットを取り出す。室内なのでレーザー通信は届かない。魔法通信は、常時受信状態の人がいるのは本部だけなので面倒。
携帯端末をチラッと見ると、赤外線通信が可能なマークが出ているため、携帯端末で百里の対策室に電話をかけた。
『もしもし、樽木です。美智子さん、大洗水族館に魔物発生中です。今水槽の中でゴブリンとサメが戦ってます。応援お願いできますか?』
『ゴブリンとサメが水中戦っ⁉︎ そ、それは聞いたこと無いわね。わかったわ。響ちゃんいるからすぐに行ってもらうわね。指揮は理沙にやらせるからこの回線切らないでおいてもらえる?』
『了解しました。こちらもできるだけ避難誘導やっておきます。ただ、わたしが言っても職員の人が聞いてくれないので、そちらからも施設に連絡入れてもらえますか?』
『了解。すぐにやっとくわね』
これで一安心だ。あとは巻き込まれる人がいないようにとにかく避難のお手伝い。
と、血で濁った水槽の壁にゴブリンの顔が、張り付いた。
それも一頭ではなく、二頭三頭と寄ってくる。
もっとも、寄ってきたところでサメに襲われていくのだが……
「もしかして、これ、吉野くんに惹かれてる?」
「え? 俺?」
「うん、魔法使いから見ると吉野くんって誘蛾灯扱いされてるの」
「誘蛾灯って、酷いな」
「おかげでわたしもふらふらーっと」
いや、この緊迫した場面で何ラブコメ始めてんのっ⁉︎
「あ、それなら俺も詠美さんにふらふらーって」
頼むから後にしてくれ。
そんなコントをやっているところに場内放送が入る。
『ご来場のお客様にお知らせいたします。ただいま、館内サメの海において、魔物の発生が確認されました。ご来場のお客様は最寄りの非常口より館外への避難をお願い申し上げます。繰り返しお知らせします。ただいま、館内サメの海において、魔物の発生が……』
どこかからか悲鳴が聞こえてくる。そして、人々が一斉に非常口を求めて走り始めた。
「うわ、この避難で怪我する人とか出そうだね……とりあえずお客さんの避難は施設の人に任せよう。あ、吉野くんも避難してもらえるかな?」
「いやいやいやいやいや、詠美さんを置いて逃げるとかできるわけないでしょ。俺も戦う」
「多分、戦いは必要ないんじゃ無いかなぁ? あの出現パターンはね、前にも見たことあるの。多分何もしないで全滅するんじゃないかな?」
そう、以前墨田区で起きたオーガの空中散歩事件。出てくるオーガが、出る端から墜落死したあの惨劇と似たような経緯を辿っているのだ。
「しかも、今回はなんか魔法使いの代わりに魔物やっつけてくれてるし」
ガブっ!
『たぬきちゃん、理沙よ。響ちゃん現着。今から中に向かわせます。合流できるかしら?』
『理沙さん、たぬきです。こちらサメの海水槽の前にいます。響と合流したらバックヤード側を確認させてもらうようにします』
『たぬきちゃん、助かるわ。被害は今の所は?』
『理沙さん、たぬきです。被害はおそらくサメの海の設備と展示生物だけだと思います』
『了解。じゃ、逐次報告お願いね』
『はいっ』
そこに響が飛んできた。室内だろうと飛んでくるのが響という生き物だ。
「たぬき遅くなった。ごめんって、吉野くんだ!』
「お、おう」
「今日はデートだったよね! デートどう? ねぇ、わたしら今日は追跡してないから、教えてくれるよね? 約束のご褒美デート嬉しい? ねぇねぇ」
「響、まずは状況片付けてからにしてくんないかな? 今の所大丈夫だけど、バックヤード側に魔物出ちゃったらどうすんの」
濁った水で水面の状況などは全くわからないが、超センスによりこの水槽の外に魔物が出てないことは確認できる。
じゃなければ、さすがの響でもこんな油の売り方はしない……と思う。
「ま、とりあえずゴブリンなんとかするね。バリアっ」
響はゴブリンが出てくる次元断層にピッタリと沿う形に、虹色膜無しのバリア魔法を展開した。
これで、ゴブリンは出てきた時にはバリア魔法の向こう側に……ってなんて恐ろしい魔法の使い方するん?
というか、この間のオーガの空中散歩の時、これやればあんなスプラッタにならなかったんじゃないの?
とにかく目から鱗な魔法の使い方でゴブリンの登場を抑え込んだ。
「あとは血で濁った水槽だねぇ……んー、繊細な魔法制御、できるかな……試しに……そーれっ」
数枚の虹色膜を、スリットを開けながら展開、水魔法の応用でその中へと濁った海水を流し込み……
「おお、なんか濁りが薄くなっていってる!」
「ちょっと濾過フィルタ作ってみた。これで血液分離して……うん、いけそう」
「相変わらず非常識なやつ……あ、理沙さんお疲れ様です」
V-280で飛んできたらしき理沙も入ってきた。
「じゃ、裏入れてもらえるように話つけたから、行くわよ……って、吉野くん?」
「ど、どうも」
「なんでこんなところに非戦闘員が……あ、たぬきちゃんかぁ。ひゅーひゅー」
「理沙さん、そんなことしてる暇、あるんですか?」
なんでこう、揃いも揃ってあれな人たちなんだろう。
その後、三十分ほどで次元境界は消失し、状況終了が宣言された。
「しかし、なんでピンポイントで魔法使いのいる場所に出てきたかねぇ」
「大洗の原研も、そんなに近くないですもんね」
「遠くもないけどね」
理沙と響が考証をしていく。
「まさか本当に吉野くん狙いだったり、しないわよね?」
「いや……まさか……」
それを聞きながら、先ほど水槽に張り付くほど寄ってきたゴブリンを思い出す樽木さん。
……うん、デート邪魔した奴ら、許せないよね。
後日、吉野くんがゴブリンを次々と襲っていく異種族ものの薄い本が、一冊描きあげられた。
展示物に強みがある水族館、良いですよね。
まぁ、サメにはルアー取られまくった記憶しか無いので苦手なんですけどね……
それではまた、お会いいたしましょう。




