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21 陰湿な嫌がらせ

 言ってしまえばそれは成れの果てだった。


 命が絶たれて間もないと思われる生々しい肉感。


 他にもいろいろアレな感じで、とにかくハンパなかったと言っておく。


「……げぇ……げぇ……最悪だ……」


 現在俺は少し離れた木陰で息を整えていた。

 ようやくまともな思考が戻ってはきたが、未だ目に涙が滲んでおり喉がいがいがする。


 当然人のそれなど見たのは初めてだったため、自分でも驚くほどのショックが襲ってきているところだ。

 ……あるならあるって言えよ。マジで。


「普通にダサすぎて笑うんですが。たかだか人の死体くらいで――」


「言うなし……! 言っちゃダメなやつだからなそれ!」


 こんなところで冷静になれるはずもなく、女神に対し俺は思わずがなり立てる。

 うぅ……女々しいと思うなら何とでも言いやがれ。

 アレはダメだ。許容範囲を明らかに超えてきている。


「お、お水飲みますか……?」


 そんな中、ユユが優しく水の入った容器を差し出してくれた。

 見下すような視線を送ってくる女神とは打って変わってこの神対応。

 俺は別の意味で涙が溢れそうだった。


「サンキュ……ユユ」


 水をがぶがぶと飲み下し、少しゆっくりしてると段々と気持ちも落ち着いてきた。

 革靴に付着している赤い液体がどうしてもちらつきはするが、これぐらいでメソメソしていてはこれからをやっていけないのかもしれない。

 ここは異世界。平和ボケしている日本とはまた別の領域なのだ。


 俺はいまだ若干ふらつくのを堪えながら、どうにか二本足で地面に立つ。


「……悪かったな、不甲斐ないところを見せて。もう大丈夫だ」


「いえ、私たちは全然大丈夫ではありませんが。あなたの想像以上のへたれさに面食らっているところです」


 ぐ、仕方ないだろ……俺だってこんな強烈な体験初めてなんだ。


「ていうか『私たち』って、面食らってるのはお前だけだろ? ユユまで混ぜんなよ」


「何言ってるんですか? ユユもがっつり引いてますよ」


 ……何言ってんの? はは、まさか……


「いやいや、ユユがそんな酷い子なわけ――」


「ユユ、あなたはこの人を見てどう思いましたか?」


「え、ええ!? べ、別にどうということは……」


「正直にいっていいですよ」


 女神がそう言うとユユは黙り込む。


 ……何で考えてんの? おかしくない? うそだ、うそだと言ってくれ――






「……ちょっとキモチワルイです」






 ……ちょっとキモチワルイです。



 ……ちょっとキモチワルイです。



 ……ちょっとキモチワルイです。



 ……キモチワルイです。



 ……ワルイです……です……です…………







「そういうことです」


「ご、ごごごめんなさいっ! べ、別に汚いとかいういう意味ではなくて――」


「ほんとうは?」


「き、汚いというよりかはキモいですね。単純に」






 ――もう、人間やめようかな。






「……何やってるんですか。もう十分ゲロったでしょう。あなたがいくらキモくても構いませんが足だけは引っ張らないでください」


「だ、大丈夫ですか?」


「……ああ、悪い。大丈夫だ」


 もう人を信用しないことにしよう。

 そうすれば傷つくことはないはずだ。


 俺は決心を固めた。



 ○



 とぼとぼとラガルドの街へ向かって歩く。


 下は極力向かないように努めながら、地面に薄らと何か・・が見えたらそれをよけるというだけの作業を続けた。


 遠目からは暗くて分からなかったが、森と街までの間の平地には割といろいろあった。


 いろいろが何かは言わない。

 というか言うわけにはいかない。絶対に。


「すごい量の死体ですね」


「お、恐らく街から逃げようとした人が魔物に捕まって殺されてしまったんだと思います」


「魔物の死体はほとんどありませんしね。戦闘というよりかは非力な人間が蹂躙されたといった感じでしょうか」



 ……はは、すごくよく喋りますね。女神さん。



「見てくださいあれ。目が飛び出てますよ」


「ほ、本当ですね……後頭部からの衝撃で中身を弾き飛ばされたんだと思います」


「おいー! 頼むからやめてくれ! マジでやばいんです!」


 ぜ、絶対わざとだろ……! こっちはもう強烈な腐臭だけで大分ヤバいっていうのに。


 くそっ、ユユもユユでなんか合いの手みたいなのいれてくるし。

 俺のこの状況が理解できてないのか? やっぱりあほの子なのか?


「何いってるんですか? 私たちは楽しく談笑しているだけですが。人の会話に首を突っ込んでガタガタいってくるとか人として最低ですね」


「……今度覚えとけよ」


 女神だけは絶対にゆるさん。ユユは……まあ今回だけな。



 その後もまさに地獄の道を通りながら歩みを進め、何とか街の城壁の付近にまで到着する。

 な、長かったわー……。


 ……待てよ? ひょっとして中も…………まあ普通そうだよな……


「何やってるんですか、早く進んでください。あなたのおかげでただでさえ時間をくってるんですよ。人に迷惑をかける天才ですね」


 ――お前にだけは言われたくねえよ……


 とはいえ今の俺も強く言い返せる状況ではない。

 それを良いことに散々に言われ放題だが、この借りはいつかきっちり返させて貰おう。具体的には女神が失敗したときにめっちゃ煽る。


「や、やっぱり衛兵の姿は見えませんね……」


 ユユがおそるおそるといった感じで報告してきた。

 この子こう見えて全然ビビってないからな。逆見かけ倒しとでもいうのだろうか。たぶん喝上げ撃退回数全世界トップだ。間違いない。


「その下半身がない人が衛兵なんじゃないですか?」


 ……お前はもう黙ってろ。


 そして先行したユユに続いて、俺も城門をくぐる。

 もちろんユユの後ろ姿だけをうすら目で見つめながら、だ。


「うぅ……ヤバッ……!」


 町内に入った瞬間、これまでにないほどの強烈な悪臭が俺の鼻を突き抜けてきた。

 思わず片腕で口元を覆うほどだ。


 これはもう絶対に周りを見渡すわけにはいかない。


「あ、あれは……!」


 俺が唯一視界に収めているユユが、そんな声を上げる。


 なんだ? もしかして俺をはめようとしているのか?

 『どうした!?』とかいって見てみたらグロい物体がありました、とかいうオチじゃないだろうな。


 ……ユユに限ってそんなことないか。

 俺もこんな状況で被害妄想が激しくなっているのかもしれない。


「ほんとうですね。あれは何でしょうか」


 女神までもが声をあげる。

 これは……見ない方がいい気がする……!


 俺は目を瞑りながら探りをいれてみた。


「お、おい。何があるってんだよ。もしかして衛兵の下半身とかか?」


「ち、違いますっ! 上です」


「…………うえ?」


 俺はここで初めて目を開ける。

 地面にもいろいろと転がっているが、そんなことよりもユユが指さす方向に目が釘付けになった。


 上空。俺たちがやってきた方向とは反対方向から、こちらに向かって何かが飛んできていた。

 よく目を凝らして、その何かを目で追ってみる。するとそれは――




 ――光り輝く、一人の人間だった。


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