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22 化け物の子

 ラガルドの街の中に入った俺たちだったが、その直後遠くの方から一人の人間が飛んできていた。

 体全体が青白く光り輝いており、その容姿はうまく見通せなかったものの、存在自体は暗い夜の中でよく目立つ。

 その人物がこちらに飛んできているということだけは明らかだった。


「……空飛ぶ人間っているのか……?」


「え、えと、可能性としてはいろいろありますが……どこか妙ですね」


 ユユの方を見てみると、目を細めて一生懸命相手の正体を見出そうとしているところだった。

 ……こんな仕草もするんだな……いいぞ。


 そして、段々と近づいてきたその人物は、俺たちの真上辺りまでくるとそのままスピードを緩めゆっくりと下降してきた。

 やはりこっちに用があるみたいだ。


 そうしてついに、俺たちがいる城門近くの広間に降りてきたその少年・・は、こちらを見下ろすような位置で宙に静止する。

 少年はにっこり笑ったかと思うと口を開いた。


「やあ、こんにちは」


 少年は笑顔で馴れ馴れしく挨拶をしてくる。


 ……え、何この人。


 城門近くの広間ということで街灯も多数設置されており、周囲はかなり明るい。そのため急に声を掛けてきた少年の容姿もよく把握できた。


 髪は光沢のある青色。

 顔立ちは美少年と言って申し分ないほどに整っており、服装は青と白が眩しい豪華そうなローブを着ていた。


 ……人間、だよな?


 突然の闖入者に言葉を詰まらせている俺たちに対し、少年は不思議がるように首を傾げる。


「あれ、おかしいな? 人間の挨拶はこうだと本に書いてあったんだけど……。ああ! 時代と共に人間の文化も遷移していったってこともあるのか。ごめんごめん、僕の知識はちょっと古いんだ。ずっと引きこもってたからね」


 やはりコミュ力たっぷりの口調で話しかけてくる少年。

 何言ってんだコイツ……人間? 引きこもり? 意味が分からない。


 ただ一つだけ分かるのは、コイツは明らかにヤバそうだということだ。


 そして女神とユユはといえば、こういう時に限って黙り込んだままだった。

 さっきまでの流暢りゅうちょうな発見報告は何だったんだと殴りを入れたくなるが……仕方ないここは俺がでるしかないか……


 ひとまず慎重に話しかけてみることにする。


「……えーと、あなたは何者なんですか?」


「お! やっと喋ったね! そう警戒しなくてもいいのに。僕が何者かはこの際どうでもいいよね。僕がわざわざここまで足を運んだのはね。君達に聞きたいことがあったからなんだ」


 少年はまるで友達に対するような砕けた口調だった。

 ……聞きたいこと……?


「僕たちに……ですか?」


「そうそう! 実はさ、この近辺で僕が纏めておいた魔物たちがどういうわけか全滅しちゃったんだよね。折角指示をだしておいたのにさ。てわけなんだけど、君たちは何か知らない?」


 ――ギクリ。


 俺の背筋がピンと張り詰める。

 冷や汗も息を合わせたように流れ出した。




 ……コ、コイツが首謀者かよおおぉぉ……!




 俺は泣いて謝りたい気分になった。


 つまりだ。

 おそらくコイツが魔物の暴走――スタンピードとやらを起こした張本人。


 この辺で纏められていた魔物と言えば、ユユがさっきお掃除してしまった大量の魔物たちのことに違いない。そして、コイツは何を思ってかその魔物たちにこのラガルドの街を襲わせたのだ。


 まずい、マズすぎる。

 人間の街を壊滅させたというだけでもコイツが異常なのは確かだが、あれだけの魔物を束ねられるとなるとその潜在能力も計り知れない。


 そう考えてみると、確かに少年の不適な笑みからはどことなく強者感が溢れ出ているような気がしなくもなかった。


 そして俺たちは今コイツを――敵に回している……!



 これはヤバい。もしだ……もし俺たちがその魔物たちを蹴散らしてしまったことが相手にバレれば、それはもうどういう雰囲気になるのかは目に見えている。


 俺の超個人的な情報網から仕入れた情報によると、こういう天然な雰囲気のやつに限って本性がヤバかったりするものだ。

 口ぶりからしてコイツは明らかに人外の生き物。

 怒らせたりすればどうなるか分かったものはない。


 ここは全力で誤魔化すんだ。

 そして知らんぷりで乗り切ろう。


 それしか……ない……!


 俺はにこっと最強のスマイルを浮かべて口を開いた。


「す、すみませんが、よく分かんないですね……隕石にでも当たって全滅しちゃったんですかね、はは」



「…………」




 ――くそっ、何だよ俺! 大根役者か!

 演技力がないにも程があるぞ。こんな重要な場面で信じられん。


 俺は心の中でひっそりと、次に地球に転生したときの部活は演劇部に入ることを誓った。


 ――だがしかし。


 俺の心配をよそに、少年はにこやかな笑みを浮かべる。


「そっかー。丁度魔物達のルートが君達がきた方向を通ってたから、もしかしたら何か知ってるのかなって思ったんだけど。つまんないこと聞いてごめんね」


「え? あ、いえいえ。こちらこそ何かすみません。僕達も何か知ってれば良かったんですけど――」




「――とでも言うと思った?」




 その言葉が放たれた瞬間、少年の目つきが変わった。

 細く、鋭い、得物を射殺すかのような覇気のある目。


 俺は心臓を鷲掴みにされた気分だった。


 弱者は強者には叶わない。

 そんな当然のことわりを、まざまざと突きつけられる。


「僕が君たちの動向を分析できなかったとでも? 君たちに付着している因子の一部は僕が纏め上げた魔物のものだ。特にそこの君」


 そう言って少年が目を向けたのは、俺の斜め前で黙って立っているユユだった。

 名指しされたユユは「えっ!?」と驚きの声を上げる。


「君からは特に僕の魔物たちの匂いがかぎ取れる。まあそれもそうだろうね。後ろのザコ二人に対して君だけが戦闘能力において突出している。多分だけど君がこのグループのリーダー格だったりするんだろう? 足手まとい二人を抱えて何を望んでいるのかは分からないけど」


 ……こちらの情報も完全にばれている。

 リーダーがユユだというのは外れてはいるけども。ユユがリーダーになる時は目的地がランダムな時くらいだろう。流されに流されまくった末、どこに行ってしまうのかまるで予想できない。


 ……しかし、コイツはヤバい。


 何なんだ……何なんだよコイツは一体……


「ねえ、君たちはこの僕を騙そうとしたよね? それがどういう意味か分かってるのかな?」


 少年が俺の方を見据えて問いかけてきた。


 ――ゴクリ。


 俺は息が詰まり言葉を返すことができなかった。

 いや、もし仮に口を開けていたとしても、どう返答することができたというのだろう。


 蛇に睨まれたかえる

 それが今の俺の立ち位置だ。


 ――そんな時。

 ふと後ろから、聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んで来た。



「はぁ、やっぱりいちいち絡んできて面倒な人ですね。パッと見でそんな気がしたので今までだまっていましたが、結局こうなりますか。あのですね、そもそもあなたが余計なことをするせいで、こんな街まで遠回りするハメになったんです。そう考えると無性に腹がたってきました」



 ……おっとっと。

 俺は冷や汗が滝つぼ温泉のように吹き出した。



「……面倒な人? もしかしてだけどそれは僕に言っているのかい?」



「あたりま……もごッ……!」



 俺は反射的に女神の口を押さえにかかる。

 何しちゃってんだよこいつ! 怒らせてどうするんだ!


 今回だけは冗談抜きでヤバい!


 この相手は別格中の別格。

 あの魔物の集団を掌握しているのもそうだし、ユユの力の程度を見破った上であの余裕な態度。

 それはひとえにユユ以上の戦闘能力を持っていることに他ならない。



「そうか。君たちは僕を舐めて掛かっているということか。それというのは、僕のことを侮辱しているという認識でいいかい?」



 ヤバい、どうにか言葉をひねり出さないと、



「そ、そんなことはないですよ。凄く偉大だと思っています……!」


「へえ、そうか。嘘を見破られた上でまた嘘をつき直すっていうのは、それほど僕を容易く騙せると思ってるってことだよね?」


「ち、ちが――」


「ハハハ、いいよいいよ。君がここでどういう選択をしようが結果は変わらなかったんだからね。僕は鼻からそのつもりでここに来たんだから」



 少年は不機嫌さを一切顔に出さず、余裕の面で愉快げに笑う。



「まあ、どうせなら見せてあげようかな――見た目だけで舐められっぱなしってのも癪に障るしねッ!!」



 その瞬間、少年に変化が訪れる。



 まず周囲の雰囲気が一変。



 風が吹き荒れ、電灯の光がチカチカと明滅しだす。



 そんな中において、バキバキと激しい電流が少年の体を包み込んだかと思うと、次の瞬間には眩いばかりの青白い光が少年から発せられた。



 思わず腕で顔を隠さなければならないほどの強烈な光。



 そして一際大きな轟音が轟き、俺がゆっくりと視線を前に映したときには――





 ――一匹いっぴきの巨大なドラゴンがそこにいた。





 ……マジ……かよ。



 全長十メートルは下らないほどの巨体。

 青く光り輝く鱗に、巨大な翼。


 どちらかと言えばスリムな体型ではあるが、今までに感じたことのないド迫力な威圧感が俺の視線を離させてくれなかった。



 そのドラゴン――元少年は頭に直接響く声で上空から語りかけてくる。



『フン、驚いたかな? これが僕の本来の姿。《ブルーホワイトドラゴン》などという種族名らしいね。竜族の中でも七大竜の一冠に君臨している誇り高き種族さ』



 元少年の言葉一つ一つはまるでおもりが詰め込まれているかのように重く、俺の頭にずっしりと響いてきた。

 その羽ばたき一つで全てをなぎ払える気もするし、何だったらその存在感だけであらゆる生物を押しつぶせそうだ。


 ……これが……ドラゴン…………


 次元が違う。そうとしか言いようがない。



『この姿を見せることは滅多にないんだけどね。今回は僕の旅立ちの記念ってことで、特別サービスさ。言っとくけど人間の姿じゃ君たちを殺せなかったというわけではないからね。どちらにせよ君たちは消し炭すら残らないんだけど、ここいらで僕の世界統一の祝砲をあげとくのも悪くないと思っただけだよ』



 世界統一……だと?

 

 その後も元少年は景気よくペラペラと詳細を話してくれる。

 どのみち俺たちを口封じできるからということなのだろう。



『実は僕が纏め上げた魔物はこのブロックだけじゃないんだ。すでに多数の場所で魔物による侵攻が始まっている。だから今となってはもう手遅れだろうね。すでにかなりの範囲で統治が完了しているはずだよ。いやー君たちには悪いんだけど、僕もまあ暇でね。ずーっと山脈で眠り続けているというのも飽きてきたから、軽く世界でも貰っておこうと思ったってわけ。突飛な思いつきなわりにはよくできた暇つぶしだと思わない?』



 嘘だろ……他にも多数、ってことは、この街みたいな事態が他の場所でも相次いでいるということか。


 そんなのもはや魔物などという括りの領域ではない。


 世界が崩壊するレベルの――それこそ魔王などと呼ばれる部類の領域だ。



『僕がここに来たのもそれを邪魔されて腹が立ったったから、ってのもまああるんだけど。実は久しぶりに体を動かしておきたいと思ってね。もう凝り固まっちゃって仕方ないんだ。あれだけの魔物を仕留めた相手なら多少は期待できるんじゃないかと思ったけど……まあ所詮は有象無象の一部だったね。これじゃやり甲斐がないよ』



 このままだと世界が終わる。

 それはまだ許せるが、問題は俺たちがこんな絶望的な状況であっさり殺されてしまうということだ。


 ――これじゃまるで、バッドエンドみたいじゃないか。


『それじゃあ、僕の出発のにえになっておくれ。ほまれに思うがいい、欠片程度でも歴史的な伝説の手伝いができるのだから……!』


 その直後、元少年は大きく息を吸い込んだかと思うと『ギュオオオオオオオオッ!!!』という咆哮を上げた。


 絶対的な王者の君臨を予兆させる、圧倒的な迫力。



 俺は今から死ぬ。

 その事実を否が応でも叩きつけられる。



 俺はいつの間にか地面に膝をついていた。

 上を見上げるのがひどく怖い。

 そりゃそうだ、誰が死ぬ瞬間を目に焼き付けたいなどと思うだろうか。





 ……あーあ、俺は何を間違ったんだろうな。


 魔物を倒しておきながら知らないって嘘を吐いたことだろうか。


 タイミング悪くこのラガルドの街に足を運んでしまったことだろうか。


 それとも、冒険者ギルドの要請に応じてこの街に行くことを決心したあの瞬間が間違っていたのだろうか。



 ……いや、全部違うな。



 ここに辿り着くまでの流れは至って自然だった。

 特に何か間違えたという感覚もない。


 魔王を倒したい。

 そのためには転生者の協力が必要。

 しかし転生者のもとに辿り着くのは戦力的に無理がある。

 だから冒険者になって仲間を調達。

 その仲間と共に意気揚々と出発したところで、強制招集がかかる。

 仕方なく現地に向かう。


 流れのままに普通に生きて、普通にこうなっただけだ。



 ……うん、そうだな。



 だからきっと、結局のところは――もうこの世界に転生してしまったこと自体、それ自体が、全ての間違いだったということなのだろう。



 ま、そんな何が良いとか悪いとか今更考えたところでもうどうしようもないんだけどな。



 はぁ、何だったんだろうな俺の人生。


 俺はもう死ぬんだ。


 死んだらどうなるんだろうな。


 まあ、どうにもならないか。


 この世界にこれたのも相当な確立を経てだもんな。


 女神とかは生き返るんだろうけど。


 でも俺を護衛できず死んだ場合女神の座を陥落させられるんだっけ。


 俺みたい奴のために何か申し訳ないが、許してくれ。


 思い残したことは……特にないな。


 元々特にこころざしとかもなく転生したんだし当然か。


 じゃあ後はもう、死ぬだけ……か……………………










 ――あ、あのっ。アルトさんが苦しそうですよ。








「…………え?」



 自分の世界に入り込んでいたところで、横から声をかけられた気がした。


 何かと思って見てみると、青髪の少女が膝を付く俺の顔を覗き込んできている。



「……ユユ」



「え……あ、はいっ! な、何でしょうか?」



 ユユはこんな状況であるにも関わらず、随分と呑気に受け答えをしていた。


 流石はユユ。こんな時にまで天然を貫き通せるとは。



「あ、いえっ! そ、そうじゃなくて、アルトさんが……」



 女神? 女神がどうかしたというのだろうか…………あ。



 何とはなしに手元を見てみると、俺は女神の頭を思いっきり抱き寄せたままだった。

 口を塞いだ時からそのままだったのだろう。


 女神は目を回して失神していた。


 もしかすると恐怖により必要以上に力を込めて塞いでいたのかもしれない。


 いや、すまん。悪気はなかったんだ。

 そこまで気を回す余裕がなかっただけで……



「まあ死ぬ間際を経験しなくていいんだから、そこは大目にみてくれ」



 俺は失神した女神を優しく地面に横たえる。



「……し、死ぬまぎわ……?」



 ユユが小首を傾げてそんなことを呟く。

 いや、流石に鈍感すぎるだろ。こんな状況だぞ。



「ユユは怖くないのか。いざ死ぬってなって」



「え、え? ま、まあ死ぬのは嫌ですけど……」



 そうだよな。流石のユユでも死ぬのは怖いよな。



「はは、なら何でそんなに平気な顔してられんだよ。おかしいだろ」



「え? お、おかしいですかね?」



 ユユは上目で再度考える素振りを見せる。

 素で言ってるなこれ。


 ここまでくれば天然も本物だ。

 そんな呑気な性格が今となっては羨まし――



「だって、今死ぬわけではないですし」



 ……………………ん……?



「……え、何言ってんの?」



 現実逃避の一環で、あのドラゴンをやり過ごせるとでも思い込んでいるのだろうか。


 それだとしたら少し心配になるんだが。



「あのな、ユユ。お前にあのドラゴンは倒せないんだ」


 俺は優しい口調でユユを諭してやる。


 ユユではあのドラゴンに敵わない。

 その事実は先程のやりとりから明らかだ。

 勝てる勝てない以前の問題。


 あんな異次元の生物に刃向かうこと自体が間違っている。



 …………あれ? ていうかさっきから妙にユユと会話できている気がするんだが……



 それに周囲も妙に静かなような――




 …………。




 …………。




 …………。




「……あれ?」




 たった今、例のドラゴンのいるはずの上空を見上げているのだが、


 ――いなかった。


 もしかして逆の方角と勘違いしてたんじゃ……


 ――いなかった。


 俺はゆっくりと、首を固まらせながら、頭をユユの方に戻す。




「そのーですね……」



「は、はいっ!」



「……つかぬ事をお聞きしますが、さきほどのドラゴンさんはどちらに……?」



 俺自身何がなんだか分かっていない。

 意味が分からない。

 だから、おそるおそる、ホンットーにおそるおそるその件を尋ねてみた。


 して、その答えは――







「え、えーと……ごめんなさい。うっかり倒しちゃいました」







 ――ドシン。



 ユユが真横に向かって手をかざす。



 すると、その手の横の空間に巨大な何かが一瞬にして現れ、大地を揺らした。



 その巨体は紛れもなく、壮大な威圧感を放ち俺たちを殺そうとしていたはずの、元少年だったあのドラゴンそのものだった。その頭部は思いっきり無くなってはいたが。




「…………」




「あ、あのっ! そのまま落下させると衝撃が危険だと判断して、その、急いで収納したんですが…………だ、ダメだったでしょうか?」




 眉を八の字にしたユユが遠慮がちにそう尋ねてくる。












 ――ふっ、ばかやろう。





 俺は静かに吐息をこぼしたあと、これまでにない最強のスマイルを返してやったのだった。




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