23 彼女の正体
「こ、これからどうしたら良いですかね……?」
死体となった巨大ドラゴンの横で、青髪の少女はオロオロと戸惑いを見せている。
そしてしまいには、そんな質問を投げかけてきた。
「あー、そうだなー、首謀格と思われるドラゴンも一切の手ごたえなく瞬殺しちゃったしなー」
「す、すすすみません! う、うっかりやっちゃいました……もっといろいろお話聞いたりした方が良かったですよね……」
「まぁそうだなー、確かにそっちの方が情報とか聞き出せたり――ってうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいッ!」
俺は溜まらず叫んだ。
この状況で叫ばずにいられる奴がこの世の中にいるだろうか。いや、いないだろう。
「ど、どどどうしましたか……っ!? も、もしかして私の手際が悪かったとかですか? そ、そうですよねっ、後々の素材のことを考えると、頭は狙わない方がいいですもんね、す、すみませ――」
「いやそこじゃねぇよッ! ていうかなんでそんなにキョドってられるの!? 明らかにやばそうなドラゴンをワンパンとか絶対おかしいから!」
そう、おかしい、絶対におかしい。何もかもおかしい。ドリンクバーのついていないカラオケ店よりおかしい。
たった今俺が直面している現状というのは、本来絶対にあってはならないような状況なのだ。
これまでは向き合うのが怖くて目を逸らし続けてきた。
しかし。
もうここまできたら、そんなわけにもいかないのではないかと思えてくる。
正直に言ってユユは化け物だ。
いや、それ以上の何かかもしれない。
それは決して比喩的な意味で言っているわけではなく、どう常識的に考えてみたって、明らかに戦力バランスがおかしすぎる。
だって今の敵とか、明らかに人類の存続を脅かすレベルの強者ムーブしてたじゃん!
光り輝く勇者とかがフル装備で決戦に挑みにくるレベルの相手だったぞ? たぶん。
しかしながら、それをひょろっと立ち寄っただけのただの少女がワンパンしちゃいましたとか、もう意味不明すぎて笑い話にすらならない。
しかも今までの旅路の諸々の出来事から考えても、この子が明らかに異常な存在であるということは誰の目から見ても明白だろう。
「お、おかしい……?」
俺の言葉に対し、ユユは白々しくきょとんと小首をかしげている。
これが演技によるものなのか、はたまた本当にただの天然で言っているのか、真偽はわからない。
だが。
俺はここで確かめておくべきだと感じる。
ここを逃してしまったら、もう一生この恐ろしい事実から目を背け続けていく人生になる気がする。
そう、これはある意味チャンスなのだ。
勇気を振り絞るんだ俺。
ユユをユユとして受け入れるために、俺は戦わなければならない。
もう後に引くわけにはいかないんだ!
怖くて目を背けてきたが、ここまできたら絶対に突っ込むべき。それが俺の使命……!
「なあ、ユユ」
俺は至って真剣にユユに向き合う。
「は、はいっ! なんでしょうか……?」
「ちょっとこんなことを言うのもあれかもしれないけどさ。ここまできたら腹を割って話すしかないんじゃないか?」
「は、腹を、ですか……?」
「ああ。つまりお前の正体――お前が隠していることを、だ」
俺は勇気を出して言ってのけた。
鎌をかけるような言い方だが、裏に絶対に何かあるという確信めいたものもある。
正直真実を知るのは怖くはある。けれどここで立ち止まっていても何も始まらない。
そしてそんな俺の強気な言葉に、ユユは一瞬たじろいだかのような反応を見せたあと、若干うつむいた姿勢になった。
「……や、やっぱり言わなくちゃいけませんか」
その小さな口からそんな言葉がこぼれ落ちる。
なるほどな、やっぱり何かあったのか。
そうだとは思ったんだ。ようやく観念したということだろう。
「心配するなユユ。俺はお前のすべてを受け入れる覚悟はある」
確かな口調でユユをまっすぐに見つめる。
だが俺は別にユユを責めたいとかそういうわけではない。
事実を知ったうえで、それをよくかみ砕き呑み込みたいというだけのことだ。
そして自分から聞いた以上は、彼女の正体が一体なんであったとしても、毅然として受け入れるべきだろう。それが真相に入り込んだ者としての務めでもあるだろうから。
「じ、実は私は……」
ユユは決心を固めたように言葉を紡ぎ始める。
「ああ、正直に答えてくれ」
そう、ユユが普通じゃないのはもうわかってるんだ。
だから仮にどんな残酷な本性が隠れていようと、俺は絶対に突き放したりはしない。
……もしもそれが人間と相反するものであったとしても。
「私は――」
これだけ溜めるということはやはり何かある……。
大丈夫、何通りかの返答パターンはすでに予想済み。
仮にその予想を何段階か上回ってきたとしても、とっくに決意を固めた俺には通用しないという自信がある。
さあ、どんとこい!
安心しろ、俺はお前の理解者だ!
ユユの本心を、正体を……ここで聞かせてくれ!!
「わ、私、実は……
……アルトさんのペットなんですっ!!」
…………。
…………。
……ん?
「……え、いや……え?」
「は、はい……? な、なんでしょう? え、え?」
「あ、いや、その……ん?」
「え?」
「え、あ、いや、はははっ、はははははははははははは…………………………え?」
……なんとも言えない空気が流れた。
「そ、そんなにびっくりさせちゃいました……か……?」
「え? あ、ああ、そうだな、びっくりしたな………………え、どういうこと?」
今、何が起こっているのだろう。
どれだけ頑張っても理解が追い付かなかった。
「えーっと、ぺ、ペットって言ったか?」
俺はひとまず全てを捨てて一旦冷静に質問してみた。
「あ、は、はい! じ、実はコタツさんが寝てる間に、アルトさんとそういう話になったんです。『私はあなたの飼い主だから、しっかり言うことを聞いてください』って言われて……そ、その時に了承の意を返したので、その時から私はアルトさんのペットになったんですっ」
「…………」
……おっとっと。
「あ、なるほど、そうだったんだな……え、えーっと、因みになんですけれども、あなた自身に何か特殊な事情だったりとか、秘密だったりとかがあったりとかはしませんでしょうか……?」
「え、えと、特殊……ですか?」
「は、はい。えーっとほら、例えばさっきのみたいに実は魔物が人間に化けてましたとか、実は宇宙からやってきたエイリアンなんです……とか……」
「え、えいりあん……? い、いえ。私は普通の人間ですよ?」
ユユはきっぱりとそう答えた。
「ふ、普通って……何か体を改造されたりとかしてない?」
「か、改造……そ、そんなことができるんですか? 知りませんでした……」
……ああ、なるほど。全てを理解した。
「いやいや全然分かんねえよッ! 何でお前そんなに強いの!? 普通の人間だとしてそんなに強いことの意味が分からないんだが!?」
俺はついに堪忍袋の緒が切れた。
「え!? な、なななんかごめんなさいっ! 私は別に強くなんかないですよっ、ちょっと武術が好きというだけで……」
「武術?」
「あ、はいっ、実は私運動が大好きで、小さい頃からよく妹と特訓してたんです。それでちょっと武術が得意になったっていうか……あっ! と、得意って言っても本当にちょっとだけですけどねっ。妹の方がセンス自体はありましたし……」
ユユの言葉に俺は動揺を隠せなかった。
え、ちょっと待て、本当に何にもないの……?
つまり全ては俺の早とちりで、ユユはただドラゴンを瞬殺できるレベルの強さを持つ普通の少女ってこと……? そんなことある? いや、でもこんなところまできて嘘を吐くとも思えないし、というか冷静に考えてみてユユが人を騙せるようなテクニックを持っているようには全く見えないし、ただ天然ボケを連発しているだけで、強い以外特に代り映えしない一人の可愛い少女がそこにいるだけというかなんというか……。
「その……お前のその強さの秘訣は自分で何だと思う?」
「えっ。つ、強さ……ですか? えーっと、そういうことはもっと強い人に聞いた方がいい気がしますけど……し、強いて言うなら運動が好き、ってことぐらいですかね……?」
「あぁ、へ、へーそうなんだ。う、運動好きってことならこれからいくらでも体動かす機会あると思うけどなぁ。あっほら、俺たちのパーティーでちゃんと戦えるのユユだけだし、嫌でも働かないといけなくなると思うんだけど……」
「ほ、本当ですか?」
ユユは心なしか若干食い気味に反応してきた。
え、なんか嬉しそう?
「う、うん、そうなるだろうな」
「わ、分かりました、ちゃんと働けるように頑張りますっ」
そう言ってユユは大きな瞳に決意を灯して俺を見つめてきた。
……えぇ……思いっきりパシらされてるだけなのになんでそんな反応になるの? なにこの都合のいい人材。どこの組織も欲しがるわ!
なるほど、でもそっか、そうだったんだな。全ては俺が間違ってたんだな。
ユユはユユなのであって、ちょっと強いだけのかわいい女の子だもんな。
何か大げさに反応してる俺がおかしかったんだ。
そんなわけないけどな。
普通にやばいわこの子。
なんで世界を征服しかけようとしてた奴をその辺の女の子が瞬殺しちゃってんの? 自覚のない強さとかただの兵器だろ! 絶対こんな風にチョロチョロのさばらせていい存在じゃないわ!
はぁ、でもまぁもういいや。
なんかもう色々考えるのも面倒くさくなってきた。
実際ユユの強さに助けられてきてるのは事実だし、命まで救われちゃってるからな。これはもうユユ教とか立ち上げて一人の信者としてユユ様を崇めた方がいいパターンだな。それは意味わかんないな。
でもまぁなんか女神にペットにされたみたいな訳わかんないことも言ってたし、もう後のことは女神に丸投げでいいか。なんやかんや二人の相性よさそうだし。図太さを極めた女神の性格に、世界で唯一合わせることができる存在なんじゃないかひょっとして。まぁその女神さんは今現在絶賛失神中なわけだが……
そこまで考えたところで、俺は全てを薙ぎ払うかのようにうんっと一つ気合いを入れた。
「よし! もうなんだっていいよな! とりあえずこれからもよろしくなユユ! そしてドラゴンは倒して危機は去ったから、あとはこれからどうするか考えないとな!」
「え? あ、はい! こちらこそよろしくお願いしますっ、コタツさん!」
と、いうわけで何とか全てを呑み込んだ俺は、今の状況を乗り切るために頭を切り替えていくことにした。
そう、ここは異世界なんだ。
こうやって転生した以上、いろんなことがあって当然なのだ。
それにしては色々ありすぎてるような気もするけど、それはそれでいい経験ができていると思おうじゃないか。実際精神的には嫌でも強くなってる気がするしな。
それに……ユユともちょっと仲良くなれた感じはあるし。まぁ絶対気のせいだけど。




