20 うん丸こを踏むより嫌なものがあったとは
暗い夜道。
すでに草原地帯は抜け、現在森の中へと突入していた。
「結構歩いたな……あとどのくらいで着きそうなんだ?」
かれこれ三十分以上は歩いているだろうか。
俺はユユから受け取ったランタンのような光源――ユユ曰く魔導具らしい――を片手に、そう尋ねてみる。
「そ、そうですね。もうそろそろだと思います」
ユユは先頭を歩きながら、チラリとこちらを振り返り答えてくれた。
ユユが先導している形になっているのは、ひとえにユユがこの中で一番道に詳しいからだ。
一応目的地であるラガルドの街まで続く大ざっぱに整地された道はあるのだが、徒歩であるならば森を斜めに突っ切った方が早いということで、今現在近道を通っている。
俺が光源を持っているのは、ユユは万が一の戦闘に専念してもらうためで、女神は単純に持つのを嫌がったからだ。本当にどうしようもないやつだが、今に始まったことではないので仕方ない。
「……もう疲れました。本当に乗り物か何かはないんですか?」
……この期に及んでこんなことをのたまりやがる。
「す、すみませんっ。乗り物は先程の馬車くらいしかないんです……」
「はぁ、あのな。何回それ聞けば気が済むんだよ。ユユが収納している中にないって言ってるんだからないんだよ。黙って歩け」
「そうですかね。嘘を吐いていることはないにしても、ユユ程度の頭ではうっかり忘れていたりする可能性はあると思いますが。何度も聞くことで思い出してくれるかもしれません」
「いや、そんなしつこさがあるなら、いろんな事にもっと食らいつけよ」
努力の使い方が間違ってるだろ。
いろいろ食らいついて是非サボり癖を直してくれ。
「ていうかな。ユユをバカみたいな言い方するけど別にバカってわけじゃないんだぞ。見た目がバカそうってだけで頭は詰まってるんだ」
「…………見た目はばか……」
前からポツリと何か聞こえた気がするが気にしない。
「本当に疲れました。ユユおんぶしてください」
……自分勝手にもほどがあるぞこいつ。
「ええ!? わ、私ですか……?」
「ダメだ。ユユは俺たちとは違っていざって時に戦って貰わないといけないんだ。ワガママ言ってんじゃねえぞ」
「ユユなら両手がふさがってても大丈夫でしょう。あなたはアレを見てないからそんなことがいえるんです」
女神が妙に上から発言してくる。
……『アレ』って言ったか…………聞きたくない。
「……あ、あの……」
そうこうしているとユユが遠慮がちに声を掛けてくる。
ユユの方から声を掛けてくるなんて珍しいと思いかけたが、よくよく考えたらそうでもないような気もした。
「ん? なんだ?」
緊急の事態が発生したとかだろうか。だとしたらすっと言って欲しいんだが。
「そ、その…………コタツさんが、アルトさんをおんぶすればいいんじゃないですか?」
――なんか話しかけてきたと思ったらすげえ下らない内容だった……!
「そ、そうだな。何だったらお姫様だっこでもいいぜ」
若干のショックを隠しきれずにいたが、何となくそれっぽい答えを返しておく。
「そんなの地獄に落ちた方がマシです」
「恥ずかしがるなよ。まあ俺も嫌なんだけどさ」
これ以上女神を甘やかしても、ますますサボり癖が加速して面倒くさくなるだけだ。
てかユユも意外とこういうトークに入ってくるんだな。
可愛いとこあるじゃんか。……いや、まあ常時可愛いみたいなとこはあるんだけどな。女神とは違って。
その後も枝葉を踏みしめながら、暗い夜道を進んでいく。
ここまでの道中、不思議なことに魔物には一匹も遭遇しなかった。勿論出ないのは良いことではあるのだが、少し不気味ではある。
そうこうして順調に進んでいくと、ついに――
「つ、着きました。あそこです」
ユユの声に呼応するように前方を覘いてみると、そこには確かに城壁が見えた。
角度がついていないため中の町並みを見ることはできなかったが、外見的には大して違和感を覚えることはない。
「もしかして助かったのか……?」
ラガルドの街は、もしかすると何かの要因で魔物の襲撃から逃れることができたのかもしれない。
――そう思っていた矢先だった。
べちょり。
何かを踏んだ。
「…………」
よく分からない。よく分からないが、下を向いてはいけない気がした。
「おや。これは死んでますね」
女神の無感情な呟き。
俺は背筋にサソリのような気持ち悪い何かが駆け上がっていく錯覚を覚えた。
……嘘だろ。やめてくれ……。
「や、やっぱり……」
ユユがそれを予期していたかのような言葉を発する。
やっぱり、って何だよ……。
俺が踏んでるやつを見て、何でそんな言葉が出てきたんだ……。
「なに固まってるんですか? 足湯気分でいるとしたら大分引きますよ」
そんなわけねえだろ……!
しかし女神にそんなツッコミを入れる余裕すら、今の俺にはなかった。
目を向けたくない。
何もなかったことにしたい。
そんな甘えた気持ちが俺の心を支配していた。
……しかし先に進まないわけにはいかない。
いつまでもこの体勢でいるわけにもいかない。
いつかは動かなければならない。
そうだ。いつかは確かめないといけないなら、今ぱぱっと見てしまった方が良い。現実逃避する時間が多いほど辛くなるだけだ。よし見るぞ……! 俺ならできる! 俺は――見る!
「おっぷ…………オロロロロロロロロロロ――」
屋台の物なんか食べとくんじゃなかったと、もの凄く後悔したのだった。




