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19 おろおろ娘は既に必須要員

 俺たちは厳正なる話し合いの結果、ギルドからの召集に応じて隣町まで救援をしに行くことに決めた。


 ……しかし今現在。

 元いたペトロの街を出てすぐに行きついた草原地帯を、俺たちはめちゃくちゃのんびりと進行している。

 客車の窓から外を見れば明らかに分かる。逆に馬がしんどいんじゃないかと思えるほどの遅々とした速度だ。

 その原因としては、女神が“できる限りゆっくり進め”とユユに言い聞かせたためである。

 御者のユユはそれを従順に守り、本当にギリギリまで速度を抑えるように馬をコントロールしていた。


「……なんかちょっとイライラするんだが俺だけか?」


 流石にこれだけ遅いと、スムーズに進まないもどかしさというか、焦れったさが沸々と沸き上がってくる。

 例えるなら、時間内に余裕で解ける難易度のテストを、早く解くと後が暇だからという理由で、掛けなくてもいい時間を掛けて超ゆっくり解いているような感覚だろうか。そんなことするくらいなら、もうとっとと解き終わって、暇な時間は何か他の事を考えた方が有意義なのではないかと思えてくる。


「勝手にイライラしてたらいいです。嫌なら馬車の外に出ていってください。幾分か空気が浄化されてちょうどいいです」


「……どういう意味だよそれ」


 まるで人を汚物みたいな言い方するな。

 言っておくが俺は無臭だぞ。たぶん。


「あーあ。この調子だと到着は深夜とかになるんじゃないか? 今のうちに寝とくのもありだな……」


 ユユが言うには、普通に馬車で移動して二時間くらい掛かるらしい。

 今は体感その二分の一以下の速度で走ってるだろうから、到着までは四時間以上掛かると見積もった方がいい。

 そうなれば、今すでに段々と夜が深まっていることを考えるに到着は間違いなく真夜中になるだろう。そして到着後何かしら活動することを考えると、次に睡眠時間を確保できる時間帯がいつになるか分かったものではない。

 しかもなんと都合が良いことに、馬車のスピードが抑えられていることにより揺れも少なくなっている。さらに走っているのは平原で、より一層揺れに対する耐性が底上げされていた。


 ――これはもう寝ろと言われているようなもんだな。


「……はうぁ……そう考えると眠くなってきたな……んじゃちょっと寝るから。着いたら起こしてくれ」


 因みにだが、食事はユユが大量に買わされた露店の商品を消化することによって既に済ませてある。味はそこそこうまかった。特に良かったのが、なんかよくわからんモンスターの串焼き? みたいなやつ? タレの濃さがいい感じであれはやみつきになったな。


「何いってるんですか。今のうちに馬車の引き方を習っておいてください。あなたはそのくらいしか使い道はないんですから」


「じゃあ俺の分もお前が習っといてくれよ。俺は魔王を倒したいっていうお前のワガママに仕方なく付き合ってるだけなんだからな。大元のお前はもっと頑張るべきだ」


 ま、俺も転生者に会ってみたいっていう思いはなくもないのだが。


 そこまで話したところで急に睡魔が襲ってきた。

 ゆっくり進んでいる馬車のほどよい揺れが、揺りかごのように眠気を掻き立ててくる。


 ――まあ寝ちゃってもいいよな。


 そして俺の意識は闇に落ちたのだった。





 ○





「……さん……ください……」



 ――むにゃむにゃ……いいねぇ……むにゃむにゃ……やっぱメロンパンは皮だけ残さないとな……むにゃむにゃ……。



「コタツさんっ……! 起きてください!」



「………………へ……?」



 なんだ? お母さん……じゃない?


 俺は寝ぼけまなこで、薄らと目を開く。

 眼前に飛び込んで来たのは、青い髪の美少女だった。


「……ああ、ユユか」


 思い出した。そういや俺異世界転生したんだっけ。

 で……そうそう。馬車の中でひと眠りしたんだったな。


「もう着いたのか」


 馬車はすでに停止しているようだった。

 俺は起き上がり軽く伸びをしながらポキポキと凝り固まった体をほぐしていく。


「そ、そそ外が……」


 ん? なんかユユが妙に慌ててる気がするんだが、気のせいか?


「なんだ? 無事着いたんだろ? ……あれ、女神はもう外か」


 馬車の中を見渡しても女神の姿は見当たらなかった。

 おそらく先に街に降り立ったんだろう。


「あ、はい。アルトさんはもう外に……ってそうじゃないんですっ! 外が大変なことになっててですね……! ど、どうしたらいいでしょうか?」


「外が……大変?」


 なんだ、ユユのこの焦りよう。

 よく分からないが外で何かあったとでもいうのだろうか。


 小窓から射し込む光的には、馬車の外はかなり明るいと思われた。


「あれ、夜じゃないのか?」


「え、えと、夜……なんですけど、魔導具で周囲に光を焚いてるんです」


「あーそういうことか」


 適当に相槌を返しながら、俺は何とはなしに、馬車の乗車口から外へと足を踏み出してみる。


「……はぅあ、よく寝たな………………」


 大きなあくびをこぼしながら、目の焦点を前へと合わせ――



 ――周りを確認した瞬間、俺は思わず固まった。



 固まらざるを得なかった、というべきか。


「……え、これ……え?」


 上手く言葉が出てこない。

 何が起こっているのか、どういう事態が発生しているのか、すぐに理解が追いつかなかった。

 それは仮に寝起きじゃなくても、同じ反応をしていたことだろう。






 ――目の前には大量の魔物が転がっていた。






「え、いや……はい?」


 種々様々な大量の魔物。

 トカゲ人間のようなやつから、全身緑の小柄なエイリアンみたいなやつ。

 馬鹿でかい昆虫だったり、十メートルは優に超えそうな巨大な大蛇だったり。

 よく見れば少し前に遭遇したフォレストゴリラなども混ざっている。


 それら――合計数百匹にも昇るであろう超大量の魔物が、いくつも設置されているランタンのような光源に照らされながら、周囲一帯の草原に埋め尽くされていた。


「……あのー……これはどういうことなんですかね……?」


 眼前に広がる世紀末のような絵面から目を剃らしながら、俺はおそるおそる、続いて馬車から降りてきたユユに問いかけてみる。


「あ、は、はい。ラガルドの街に近づいたところでこの魔物達が一斉に襲ってきたんです」


「……これ全部ですか?」


「あ、はいっ。それで私どうすればいいのか分からなくて……」


 しょんぼりといった様子でユユは顔を伏せる。


 ――いや、俺の方がどうすればいいのか分かんないんですけど……!


 え、俺が寝てる間にこんなヤバい事態が起こってたってこと?


 俺からしたら一匹でも絶望レベルの怪物達が、寄ってたかってこの馬車に襲いかかって来てたってことだよな?


「え、ちょっと待って。一つだけ全く理解できないことがあるんだけどさ……何でこいつら全員死んでるの?」


 周囲を圧倒的な物量で埋め尽くしている魔物達だったが、その悉くが体を引きちぎられていたり、血を撒き散らしていたりと、散々な有様だった。その上でピクリとも動いていないため、恐らく完全に死に絶えているのだろう。


 どうしてこんな謎の現象が起こっているのか気になっての質問だったのだが――




「あっ、それは一応私が撃退しておきました」




 あっけらかんとユユは言い放った。


「……マジで?」


「え、えーと……はい。マ、マジです」


「これ全部?」


「ぜ、全部です」




 ――ふぅ。なるほどな。




 俺は目の前に広がる地獄のような風景に目を凝らしながら、様々な気持ちをごまかすように大きく溜息をつく。




「……そういうこともあるか」




 もう深く考えないことにした。




「それで、女神は?」


「あ、アルトさんなら近くにいるはずですが……」


「――私がどうかしましたか?」


「うおッ! びっくりした!」


 女神が俺の背後から急に現れた。

 全身一気に鳥肌が立つ。

 この状況も相まってマジで心臓に悪いから勘弁してくれ……。


「お前、大丈夫だったのか?」


「他人の心配をするとはずいぶんと余裕があるんですね。流石こんな時でもぐーすか寝ていただけのことはあります」


 ……まあ言い返せないんだけどさ。


 とはいえ全員が無事っていうなら、ひとまずは良かったとするべきだろう。


「えーと、悪いんだがこれが起こったのってどのくらい前?」


「つ、ついさっきまでです。一通り片が付いたと判断したので、コタツさんを起こしたのですが……」


 うーん、そうか。さっきまでこいつらが周りをうようよしていたんだな。

 ……胃がズキズキするんだが。

 

 でも一体何でそんなに大量の魔物が?


「……あれか、普通に考えてスタンピードとやらが絡んでる可能性があるのか」


「そ、そうですね。その可能性は高いと思います」


 だよな……。ん? でも待てよ?


「確か山脈から大量の魔物が降りてきたって書いてたよな? となるとさっきの地図から見てみても、こいつらはラガルドの街を通過してここまで来たってことにならないか?」


「そ、そうなりますね……」


 ……おいおいマジかよ。つまり今周りでくたばってる魔物どもは、その街を無事に通過してここに辿り着いたということに……


「……ラガルドの街は大丈夫なのか?」


 俺がそう言うとユユは困ったといった顔で沈黙した。

 ユユも薄々察していたのか……。

 これだけの魔物の雪崩に呑み込まれたラガルドの街は果たしてどうなっているのか。

 最悪の事態を予想するのは、そう難しくはなかった。


「寝起きのくせになに推理顔で得意がってるんですか? 気持ち悪いです」


 ……お前はいちいちうるせえんだよ。


「本当はさほど街のことなんか心配していないくせに、妙にそれっぽい雰囲気をつくるのだけはうまいですね」


「いやーな。同じ人間として多少は思うことくらいあるっての。てかお前こそ外に出て何してたんだよ」


 心外だ、俺だって人間なんだぞ。

 いつものように毒舌を吐いてきた女神に、こっちからも尋ねてみる。


「なにもしないあなたに代わって馬車の様子を見ていただけですが。少しマズいかもしれませんね」


「馬車がか?」


 女神にしては勤勉だななどと思いながら馬車の方を確かめてみると、馬車を引いていた馬に少し異変がある事に気付いた。


「……なんだ? 怪我してるじゃんか」


 光源に照らされ浮かび上がっていた馬の顔は、皮膚が溶けたかのように真っ赤に垂れ下がっており、すごい苦しそうだった。

 よく見れば馬車本体の方にも、所々溶けたかのような傷みが見受けられる。


「そ、そそそそれは私のミスですっ! 相手の酸攻撃から馬さんを守りきれませんでした……」


 ユユが申し訳なさそうに謝ってきた。


「あー、そういうことか…………なんとかしてこいつの傷直せないのか?」


 馬の顔はただれており、見るにも耐えないほどだった。めちゃくちゃかわいそうだ。できることなら直してあげたいと思ってのことだったが……


「す、すいません……私の魔法は攻撃に特化していて回復系の魔法が殆ど使えないんです……。直すのは少し厳しいかもしれません……本当にすみませんっ!」


 ユユは全力で謝っていた。

 そんな顔をされるとこっちまで申し訳ない気持ちになってくる。


「いやいや、お前が気にすることじゃないぞ全然。俺とか女神なんて何にもできやしないノミも同然なんだからな。ユユがいなかったら間違いなく俺たちは全滅してた。むしろ感謝したいくらいだよ。ありがとな」


 そう言って俺はユユの頭に手を置き優しく撫でてやる。

 柔らかな青の髪が、スルスルと指の間に入り込んできて少しくすぐったかった。


「えっ……あ…………はい……ありがとうございます……」


 ユユは唐突なことに目を白黒させていたが、恥ずかしそうに顔を伏せると消え入りそうな声でポツリと呟いていた。




 ――え、何この子めっちゃ可愛いんですけど……!




 俺は思わず胸がきゅんとしてしまった。

 それと同時に自分で自分がやった行動に驚く。


 あれ、俺今めっちゃナチュラルに女の子の頭に手を乗せれてるんですけど。

 勿論、こんなこと今までやった経験はない。

 にも関わらず一体何でだ?

 ユユが余りにチョロいから、ということだろうか。


 まあ何にせよ俺もやればできるじゃないか。


 ……我に返るとだいぶ恥ずかしいことしてるけどな。


 俺は何事もなかったかのようにユユの頭から手をどかすと、馬車の状態を再度確認する。


「これじゃ移動は厳しいか」


 馬車の方はまだ何とか保つだろうが、肝心の馬の方が潰れかけてしまっている。


「そうですね。かわいそうですがここに置いていくしかないのかもしれません」


 女神にしては珍しく馬に気を遣った発言をしていた。

 動物に対しては優しいのだろうか。


「だとしたら徒歩になるわけだが……一応ラガルドの街まではあとどのくらいの距離があるんだ?」


「…………へ? あっ! そ、そうですね。ラガルドまでは結構近づいていると思います。と、徒歩でも十分に辿り着ける距離かと」


 はっ、と現実に戻ってきた様子のユユが質問に答えてくれる。


「そうか……じゃあ行ってみるか……?」


「……はぁ、めんどいですが仕方ないですね」


 女神もこれには賛同の意を示す。

 いずれにせよここにずっと突っ立っているわけにもいかないだろう。

 最寄りの街があるならば、そこに避難するべきだ。

 ――避難できる状態かは定かではないが。


「そ、そうですね。じゃあ一応馬車だけ回収しておきます……」


 そう言ってユユは馬だけを残し、馬車をまるっと収納魔法で収納していた。

 聞いたところによると、生物の類は収納することができない仕組みらしい。


 そうして残った馬に別れを告げた俺たち三人は、近くの街――ラガルドへと徒歩で向かうことになったのだった。


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