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ラジオがともだち

ラジオがともだち

 僕はオリの中に住んでいる。いつからかは知らない。いつまでかも知らない。

 僕はただ、ここにいる。


 毛布と敷布と清拭布と木の食器が僕のショユウブツらしい。ショユウブツというのは僕がジユウにしていいモノらしい。でも、ジユウってなにか僕は知らない。カタヅケルってことかもしれない。僕のショユウブツを決められたところに置いておかないと、ぶたれるから。


 オリの中には僕のショユウブツの他に、ベンジョとラジオがある。ベンジョは嫌い。臭いから。のぞいてみたことがあるけど、冷たくて暗くてどこまでも下が見えなかった。すごくイヤだ。


 ラジオは好き。カベの上の方、黒いモノだ。いつもビーっていっている。ピーともいう。キーの時もある。ラジオは好きだ。

 ラジオがなにかいっていると、あんまりお腹がすかない。だから、好き。


 お腹がすいてるときは嫌い。お腹がいたくなるから。でも、足音がするのは好き。食器をもってオリのそばに行くと、食器の中にエサをもらえる。


 エサを飲んでしまうと、またラジオがなにかいっているのを聞く。足音がしている間はラジオはなにもいわない。ラジオは僕がなにもしていない時だけなにかいう。




「32番、出ろ」


 足音がしたから、食器を持ってオリのそばに行くと、足音じゃない音がした。これはなんだっけ。


「32番、早くしろ!」


 そうだ、声だ。ニンゲンの声。オリに穴が開いてる。あっちに行けって言われたみたい。毛布を持って行こうとすると、毛布はオリの中に放り込まれて、僕だけがオリの穴からあっちに行った。やっぱり、ショユウブツっていうのは元のところに置くことなんだ。


 足音についていく。オリがいくつもあって、こっちには何かがいた。なんだっけ、コレ。毛布や食器やショユウブツがある。


 足音が止まって、ギョーってなにかがいった。急に真っ白になった。目が痛くて目をつぶった。背中を押されてヒザが痛くなった。手も痛い。


「立て、32番」


 腕が上にいった。体も上にいった。目を開けた。もう目は痛くない。

 白かった。ときどき、こちらに来た清拭布みたいだった。白くて、だんだん黒になっていく清拭布。


 大きなラジオがある。足音がするから、今は何もいわない。けど、僕はラジオが好きだ。


「32番、お前は炭鉱採掘係だ。しっかり働けよ。働いたらエサをやる」


 なんだかよくわからなかったけれど、エサが欲しいので、うん、といった。

 足音が大きなベンジョに入って行く。ベンジョは嫌い。でもこのベンジョは歩いて入れて、そんなに臭くない。


 どんどん黒くなる。いろんなのがいて、変な音がする。ガーンとかギューイとか。


「8番、新入りだ。仕事を覚えさせろ」


 足音が黒いヤツにいった。僕は黒いやつを見ていた。


「そこのカゴに石炭を積むから、上まで運べ。おまえの仕事はそれだけだ」


「シゴト」


「ああ、またかよ。言葉くらい教えておけよな、畜生。いいか、そのカゴを上へ持って行く。カゴ、これだ。上、わかるか」


「白い?」


「白?」


「ラジオ」


「ああ、そうだ。ラジオのところ。そこへ持って行く。わかるか?」


 うん、といってカゴを持った。持ったのに、すぐに落ちた。


「腰を入れてふんばれ。こうやるんだ」


 こうやる、といって黒いのはカゴを持った。僕もカゴを持った。上へ行く。


 目が痛くて目をつぶった。


「お前、何をしてる! 働け!」


 背中が痛くなって、カゴが落ちて、手と膝が痛くなった。背中が痛い。背中が痛い。背中が痛い。

 背中が痛いまま、じっとしていると、ラジオが鳴った。ウウウウーという。


「ちっ、石炭を運んでおけよ」


 足音がどこかへ行った。それでもじっとしていた。


「あーあ、お前、もう殴られたのか。とろいなあ」


 黒いのがやって来て、カゴを持った。


「仕方ないか、まだチビだもんな。いいか、これを、全部ひろう」


 黒いのがひろう。同じにする。


「そうだ。それで、あそこ、あそこに持って行く」


 黒いのがカゴを持って行く。いっしょに行く。カゴを黒いのが、黒いのに渡す。


「覚えたか?」


 うん、といった。




 言葉を覚えるのに、そう時間はかからなかった。二日もすれば大体のことは飲み込めた。ただ、それを口に出せるようになるまでには、もう少しかかったけれだ。

 僕たちは奴隷だ。どこからきたのか誰も知らない。気付いたら檻の中にいて、ある日、外へ連れ出され、炭鉱で採掘をさせられる。


 女は別の場所でエサを作ったり、布を織ったりするらしい。女、というものを見たことはないけれど。


「お前、エサっていうの、いいかげんやめろよ」


 8番が言う。けれど、僕らが食べているものが何であろうと、たとえ、看守たちが食べているような良い匂いがするものだろうと、ここにいる限り、エサはエサだ。

 ラジオは今でも好きだ。あれは時刻を知らせる機械だということも分かった。仕事始めに鳴り、エサの時間に鳴り、仕事終了時に鳴る。ラジオだけは僕らの味方だ。この終わりのない痛みにも、休息の時があると教えてくれる。


「8番」


「その呼び方もやめろ。リーダーって言えって何度言ったら分かるんだよ」


「8番」


「しょうがねえなあ。何だよ」


「ジユウって、何?」


「知らねえよ、そんなの。ここにいる誰も知らないことだよ。看守だってそうさ。今度、聞いてみな、殴られるぜ」


 試しに聞いてみた。8番の言う通り、立てなくなるまで殴られた。やっと、理解した。彼らも奴隷なのだ。


 奴隷というものは知っている。僕らだ。ラジオに起こされ、ラジオに働かされ、ラジオに餌を与えられ、ラジオに寝ることを許可される。

 つまり、ラジオがなければ僕らには何もなくなるということ。

 そんな怖いことは考えただけで嫌だった。だから、ラジオは大切にしなくちゃ。


 そして、なんとなく、なんとなくなんだけど、ジユウってラジオと関係がある気がするんだ。もしかしたら、ラジオこそ、ジユウなのかもしれない。


「32番! なにをボっとしている! 働け!」


 今日も看守に殴られる。でも、大丈夫だ。僕にはラジオがあるんだから。

 ジユウのラジオがあるんだから。

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