カレーしか作れない脳みその独り言
カレーしか作れない脳みその独り言
料理が出来なっくなって、もう五年は経つ。
独り暮らしを始めてから五年目のことだった。
だから、今年は独り暮らしを始めてから十年目ということだ。たぶん、計算は合っているだろう。
料理とは偉大なものだ。頭がシャンとしていないと、とてもできることではない。材料を買い集め、切り方、調理法、仕上がありの量を考え、調味料はどれくらい入れるのか、どれくらい加熱するのか、どんな器に盛るのか。
そんなことを全部暗誦できなければいけないんだから。
健康な時は、なんでもなかったそんなことの凄さをしみじみ噛みしめる。
脳みそがおかしくなってからというもの、できないことがどんどん増えていく。
記憶力も、思考力も、握力も、運動能力さえ減退した。なんでかはよくわからない。
脳みその病気にもいろいろあるけれど、私の頭の悪い部分は精神科に分類されるらしい。脳のホルモンだか細胞だか、よくわからないものが減ったり、増えすぎたりするせいで起きるらしいのだから、脳神経科かなにかかと思うのだが、違うらしい。
とにかく、言われた通りに薬を飲んで、言われた通りに通院をする。仕事はしない。してはならないそうだ。理由はよくわからない。
それでも独り暮らしを続けているのは、実家の老父と老母に養ってもらえるあてがないからだ。独り暮らしならば国に面倒をみてもらえる。
食べていける最低限の補助、ということだが、私の場合、本当に食べることくらいにしかお金を使わないで、あとは日に当たってぼーっとしているだけなので、お金が貯まる。
余った分を国に返還したいと医師に相談したら、就職できる状態になったらスーツを買わなければならないから取っておくようにと言われた。なるほどと思う。
そう、料理のことだった。
独り暮らしなのだから、当然、食事の世話は自分でしなければならない。ヘルパーさんを頼むことも出来るというが、そこまで切羽詰まってはいない。歩けるのだから買ってくればいいだけの話だ。
だが、たまには作り立ての料理を食べたくなることもある。そんな時に、作れるのはみそ汁かカレーだ。
味噌汁はあまり料理を作ったという満足感が得られないので、そんな気分になった時は、主にカレーを作ることになる。
材料はお決まりの、にんじん、たまねぎ、じゃがいも、肉。てきとうに切って、適当に煮て、適当にカレールーを溶かしたら出来上がる。すばらしい料理だと思う。
たまにご飯を炊き忘れるので、カレーライスになり損ねた、ただのカレー汁のこともあるが、おおむね満足できる出来になる。
なんの話だったか。
そう、料理を作れるということはすごいということだ。
健康な時は料理というのは腕で作るものだと思っていた。けれど脳みそでつくるのだと知った今では、料理を脳みそで味わうことが出来ず、原始的に舌先だけで味わっている。
盛り付けの美しさを楽しんだり、味付けの構成を分析したり、そういったことが出来なくなった。
まあ、なんでも美味いといって食べられるのだから、幸せなことだ。
何の話だったか。
さて、なんだったか。
まあ、いいか。なんでも。
今日の晩飯はカレーだ。ご飯も炊いた。カレーライスだ。
なかなか立派に料理できたではないか。
私もなかなか腕のいい料理人と言っていいのではなかろうか。
カレーは大鍋一杯作った。
明々後日くらいまでは食べられる。
料理をする必要がないということは幸せなことだ。
難しい問題を先延ばしに出来るのだから。
さて、なにを先延ばしにするんだったか。
まあ、いいか。
カレーを食べよう。
いただきます。




