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ねこのレーニン  作者: るびー
2章 鉄鋼革命
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短剣を求めて

 王立騎士団とは何かといえば、王家に直属する武装組織、国家の暴力装置である。この点は、同じく王家に直属する武装組織、王立常備軍と性格を同じくするところであるが、何が違うかと言えば、平時の任務の性格が異なる。常備軍の使命が外敵の抑止と国境の守護であるのに対して、騎士団の本分は国内の治安維持にある。一応は重装騎兵団という本来の性格を残してはいるが、現在の騎士団は、本質的には一種の警察組織なのである。そして、刑事警察機能の中枢、犯罪捜査を担う捜査部は、騎士団でも第一級の花形部署である。格としては、王族警護を担当する近衛の次あたりだろうか。


 今回、ニューラに与えられた任務は、その捜査部の手伝いである。とある事件で見つかったというダガーについて、その流通経路を探って貰いたいというのが具体的な内容である。


 どうして末席の騎士見習に捜査部の案件が回ってくるかといえば、有体に言ってそういう仕組みだからである。捜査部は組織上、警務総隊の一部門で、認知された犯罪のうち、即決が困難なものの精査と追跡調査を担当する。比較的少数精鋭、選抜された人員で構成される組織であり、大きな事が起こると、どうしても人手が不足する。並木街の爆発事件を調査している今などは、まさにそういう状態である。その人員の不足を、適宜、警務総隊が補うのである。ニューラ自身は配属未定の無任所騎士だが、この種の雑務を任せるには丁度いい格でもある。補充人員として臨時に充当されたらしい。


 何にせよ、捜査部の手伝いができるのである。ニューラとしても、今回の任務には格別に気合が入る。打算というよりは、趣味の問題である。幼少の頃、ニューラは警察官に憧れていた。探偵小説が好きだったのである。とりわけ、リヴリル警視庁刑事部1課の刑事達が現場を回り、丹念に証拠を拾い上げて真相に迫る作品群、いわゆる、フーカー警部シリーズが好きだった。真実は現場で眠っている。長らく使う機会のなかった台詞を遂に使える日が来たと思うと、胸の奥が熱くなる。


 うんざりするほど澄み切った青空の下、ニューラが聞き込み活動に励んでいるのは、このような事情の帰結である。容赦なく照り付ける日差しも、情熱に燃える騎士見習を阻むものとはなりえない。日頃の見回り業務の反省を踏まえて、水筒を持参することにしたからである。それに、移動の労力は概ね全部、事実上の愛馬であるところのカロテン君が代替してくれる。


 任された仕事はそう難しいものではない。探し物の要点、ダガーのスケッチや製造元のものと思しき刻印を記した紙面を提示して、流通関係者に心当たりの有無を問うだけである。王都は国際貿易拠点でもある。販路も雑然としているが故に聞き込むべき相手は多いが、そこは他の要員と分担を決めてある。ニューラの担当は港湾区、市場の露店商や輸入品を扱う雑貨商を回っている。


「それで、これなんですけれど……」

「んー、どれどれ。うーん、本当に普通のダガーだねぇ。どれ、ちょっと俺っちのものと比べてみるか」


 今もまた、適当な露店商のおじさんに声をかけて、紙面の内容を吟味して貰っている。知らないと即答されることも多いので、在庫と刻印を照合して貰えるのは随分と良い対応である。もっとも、それで目的の物が見つかるのなら苦労はしない。一通り在庫を検分したおじさんは、案の定、ゆっくりと首を振る。


「しかし、また、騎士団がなんでこんなもんを?」

「あー、何かの事件の証拠品らしいのですが……」

「あー、すまない、立ち入ったことを聞いちゃったかな?」

「いえいえ。ただ、詳しいことは知らされてないのですよね。下っ端なので」


 妙な探し物を不可解に思うのは当然なのだが、本当に知らされていないので、答えようがないのである。ダガーに関する詳細は、紙面にあるものを除けば捜査部限りとして秘されている。これには実働部隊を担う警務総隊でも反発がないではないのだが、機微な情報があると言えばそれまでである。何にせよ、部外者には意外な理由であろう。おじさんは目を丸くする。


「そうかそうか。なら、頑張って手柄を立てて、偉くなってくれよ!」


 下っ端の境遇に同情して貰えたらしい。その激励に礼を述べたところで、ニューラは露店を後にする。隠し事の多い捜査部が、数をこなしてくれと要望しているのである。颯爽とカロテン君に跨って、高い視点から次なる聞き込み対象を探る。


 確かなことは何も知らされてはいないが、実を言えば、おおよその部分は想像しうるところでもある。この時期に、これほど大規模に人員を動員するのだから、探し物はまず間違いなくその規模に相応しい事件、つまるところ、先日の爆発に関連するものである。


 件の事件に関する捜査は、現在、難局を迎えている。捜査部は沈黙を保っているが、騎士団内部の要員なら否応なくその気配を感じるところである。事件の当日、早々に容疑者と目された地下組織の幹部連中を片っ端から拘束したところまではよかったが、埃の多い彼らを幾ら叩いてみても、今回の件に繋がる話が出てこなかったらしい。地下組織間の抗争という見立てが完全に外れた格好である。


 この状況を打開する手掛かりが、恐らくは、このダガーなのだろう。素性ははっきりしないが、現場の遺留品と考えるのが自然である。数打ち品の安物からすんなりと犯人を特定できるかといえば疑問だが、貴重な物証には違いない。探さないわけにはいかない、というところだろうか。


 この辺までは状況からの推測といったところだが、さらに踏み込んだ、不穏な憶測もある。今回の一件が、ライデール帝国の意向によって引き起こされたとする見解である。根拠は何もない。ただ、能力と蓋然性を考えると、次の犯人候補が彼らだというだけの話である。本庁分析部の黒鳥ですら「次に怪しいのはライデールにゃー」と気軽に陰謀論をぶち上げていたから、順当な筋ではあるらしい。捜査部が現場に情報を渡さないのは、もしかすると、この種の憶測に材料を与えないためなのかもしれない。


 ニューラ自身はといえば、この種の帝国犯行説には懐疑的である。何よりも、単純に益がない。それに、どうせ爆破するならば、並木街よりも狙うべき対象があるはずである。王城や大聖堂といった枢要な統治機関はもとより、今ならば、外交上の重要な駒であるところの勇者様を狙う手もある。海沿いにできたという製鉄所の防備など知れたものである。標的とするなら、こちらの方が遥かにおいしい。


 連合王国の現地情報要員として気になることは多々あるが、基本的に、真実解明は捜査部の仕事である。ニューラがなすべきは、見習騎士として忠実に職務を果たすことである。どれだけ尋ねてみても目的の物が見つかる気配はさっぱりないが、別に一人で探しているわけでもない。他の誰かが見つけていればよく、それが組織捜査というものである。この辺はフーカー警部から学んだことでもある。


 それに、現場では意外な事実に出会うこともある。聞き込みの最中、ニューラは奇妙な景色を目の当たりにする。裏通りの一角にあるこぢんまりとした商店を、武装した一団が封鎖しているのである。全員が白いマントに白銀の銅鎧を着用する装備の良さで、傭兵というよりはどこかの諸侯の兵という趣である。


 さらに言えば、ニューラにはその装備に見覚えがあった。王城の重要区画を警備する近衛兵、その装備にそっくりなのである。近衛など、本来、街中で見かけるようなものではないのだが、ふとニューラは思い出す。件の爆発事件を契機に、要人警護体制も強化されている。中には人員繰りの都合という名目で、何故か近衛騎士隊の所管とされた貴族が居なかったか。それは確か──


 あと一息で思い出せる。そんなところで、店の扉が唐突に開く。中から出てきたのは赤毛の騎士である。そのマントも赤いので、レアリティ的に見て、彼が一団の長なのだろうと察しが付く。最初に周囲を見回した騎士は、ニューラの姿を見止めると、すたすたと歩いてくる。何か用があるらしい。嫌な予感がするが、まさか、逃げ出すわけにもいかない。カロテン君から降りて、その到着を待つ。


「失礼、近衛のフランコです。貴殿はニューラさん、で、よろしいでしょうか」

「はい。ええっと?」

「公務中に申し訳ありません。マーラフェルト卿がお会いしたいと。それで話が通じるとのことですが」

「えー。別に通じてないですが、まあ、少しなら」


 何用かは知らないが、あの妖精姫が呼んでいるらしい。そう言われてしまうと、無下にはできない。勇者云々の話をおいても、相手は王族と繋がった上級貴族で、こちらは騎士階級の下っ端である。力関係を思えば、多少のご機嫌取りくらいはやむを得ない。ついでに、ニューラの側にも聞きたいことがある。


「しかし、どうして私が近くに居ると?」

「さあ。私も唐突に頼まれましたので」


 あまりにも気になるので、つい疑問が口から漏れてしまう。先導してくれるフランコが返事をしてくれて、寧ろ、ニューラはどきっとしてしまった。


「まあ、勘が鋭いというか、何か特別なものが見えているのかもしれません。先日も地下室を掘り当てて、ダークエルフを保護していました」

「ダークエルフ? それはどういう」

「詳しいことは本人に確認してみてください。どうぞ、着きました」


 気付けば、もう一団の封鎖する店の前である。扉を開き、恭しい所作で招くフランコに従って、ニューラは建物へと踏み入る。中はひどく薄暗い。棚には一見して用途の知れない雑貨が並んでいて、魔術街の裏通りを思わせる怪しい気配が漂う。実際、その多くが魔術関係の品物だったはずである。ニューラはこの店に覚えがある。先日の妖精姫の出奔騒ぎ、その最中で立ち寄った怪しい雑貨屋である。奥の方を覗き込むと、店主の老人と、もう一人、見知った少年が並んで立っていた。


「嘘だろ。本当に来た。あいつ一体何なんだ?」

「あれ、ジャンが居る気がする。幻覚?」

「居るぞ。勝手に幻にすんな」


 語気強く、確かな実在を主張する友人は、紛うことなく本物である。それ故に、ニューラは首を捻る。様子というか、雰囲気が違うのである。無駄に布が上等な衣装のせいだろうか。貴族の、しかも、財力のある権門に仕える小姓のように見える。良くも悪くも単純な労働を貴ぶジャンの気性と結びつかない。

その辺は当人も承知のことなのだろう。苦い顔をしながら、少年は補足してくれる。


「あいつに雇われたんだ、小間使いとして」

「じゃあ、保護されたダークエルフって、やっぱり」

「ニルだぞ。家の天井を外して踏み込んできた」

「なにそれ」


 相変わらずあのお姫様のすることは意味がわからない。更に、その当人が見当たらないと思えば、ジャン曰く、今は店舗の奥で何かもふもふしたものをどうにかしている最中だという。やはり意味がわからない。後ろでは精悍な近衛騎士が頭を押さえていて、その苦労が察せられる。


 何はともあれ、肝心の主役が不在ではどうしようもない。知己も居るので、ニューラは他愛のない歓談を楽しむこととする。時折、店の裏からガタッとかゴスッという鈍い物音が聞こえてくるのが無性に気になったが、この件に関する詮索は、曖昧に微笑む老店主によって見事にはぐらかされた。


 そんな物音もいつしか止む。気まぐれな妖精姫が姿を見せたのは、それからややあってのことだった。


「申し訳ありません。欲望に負けました」


 熱もなく淡々と詫びた妖精姫は、それからふさりと大きな尻尾を振る。謝罪にしては斬新な口上である。そもそも、欲望とは何か。そのまま思考の迷宮に入りかけたニューラは、はたと気付く。


「尻尾?」

「魔法のつけ尻尾なのです。もふもふで、しかも動くのです」


 わさわさと動く尻尾は、いわゆる魔法の装身具らしい。遠い異国で退治された13の尾を持つ妖狐、その妖力を秘めた尻尾を加工して、人の身でも扱えるようにしたものだという。そういう来歴を、ふぉっふぉと笑う老店主が教えてくれた。ちなみに、立派な木箱と整備用の櫛、アクセサリと思しき紅白の紐がついてお値段1本48リーンだそうである。今回入荷した3本全てを、この妖精姫が買い上げた。うち2本は既にこのお姫様が着用済みで、残りの1本は後ろで恥ずかしそうに控えるメイドの臀部でわさわさと揺れている。いかにも不本意そうな様子からは、先程の物音の真相を察することができた。


 概ねの事情を把握したところで、ニューラはおもむろに問いかける。


「ところで、私を呼んだ用件、聞かせてもらってもいいかな?」


 妖狐の巨大な尻尾は実にボリューミーで触り心地が良い。妖精姫の提唱するフリーもふもふ理念のもと、その感触を堪能させて貰っているのは良いのだが、いつまでもモフり続けるわけにもいかない。公務中でもあるし、少々確かめるべきこともできた。涙を呑んで、話を先に進めなければならないのである。


「まあ、大体わかるような気もするんだけど」

「いえ、尻尾は特に関係ありません」

「それじゃあ、一体何用?」

「実は、仲裁を頼みたいのです」

「仲裁」


 これまた唐突に、不穏なワードが飛び出した。


 国王の威光を背に受けて、地味な権勢を誇るこのお姫様が自力で解決できない問題とは何だろうか。明らかに面倒事の予感がするが、しかし、この要請を突っ撥ねられるほど、ニューラの立場は強くない。


「まあ、私にできることなら」


 穏当な回答を返しながら、ニューラは尻尾をモフる手が加速するのを感じる。無意識に視線を向けたジャンが露骨に目を背けてきて、一体何に巻き込まれようとしているのか、否応なく考えざるを得なかった。


【妖狐の尻尾】(装備品/アクセサリ)

 大昔に退治された13の尾を持つ狐の尻尾をアクセサリにしたもの。魔法の高機能つけ尻尾。

 根元部分が透明な樹脂素材でできたシールのようになっており、これを尾てい骨部分に張り付けて装着する。

 尻尾の操作と感覚フィードバック機能は勿論のこと、毛色の自動チューニング機能もついている。ただし、尻尾の先端部分は白色固定である。


 各尻尾には元となった妖狐の権能が分割して収められており、装着することで、その権能を行使することが可能となる。もっとも、尻尾には装着者を依り代として復活しようとする妖狐の思念も封じられており、尻尾を大量に装着するほどにその影響が強くなる。復活条件は13本全ての尻尾を装着すること。


 割とめんどくさい呪物なので魔道具としては捨て値で取引される。もふもふ勢には嬉しい低価格。

 桐箱に入った付属品は手入れ用の櫛と封印用のまじない紐である。単品ではそれほど価値はない。



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(ぼちぼち没稿を積み上げていたら、いつの間にか年刊コースに入っておりました。流石にアレなので、季刊コースに遷移できるように頑張りたいと思います)

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