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ねこのレーニン  作者: るびー
2章 鉄鋼革命
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監視役

 設立準備室の主たる勇者様がお出かけの間、その秘書官たるエリオが何をしていたかといえば、ちょっとした頼まれごとを処理していた。カーライン博士の主導で進められている濃縮魔力印加式火石風石併用型熱風炉、その核となる魔石回路の実験に、室長の名代として立ち会ってきたのである。製鉄計画の根幹を担う重要な装置である。本来ならば、彼女自身も実験に立ち会う筈だったのだが、国王サイドから大司教との会談を強く要求されたため、そちらに出向かざるを得なかったのだ。


 実験の内容は単純なもので、機材の大型化による高出力化の検討である。一般に、巨大な魔石は、強力な効果を生じさせる。その例に倣い、各種コンポーネントの大きさを変えて試験を繰り返すことで、性能や特性の変化を検出するのである。


 結果は概ね順当なものだった。大した検出装置があるわけでもないので定性的な観察となるが、魔力濃縮系の初段、自然魔力を吸着する魔力捕集板を積み増すことで、魔石の引き起こす理力現象は一見して有意な増大を見せた。投入魔力量が増大する以上、当然の結果である。


 もっとも、これには幾らか留保がつく。魔力を汲み上げ、駆動部品へと流す魔力ポンプ素子の能力に依存する話だからである。実験により、その最大能力は、やはりポンプ素子の大きさに比例するらしいことが明らかになっている。尺度の不在により、面積比例なのか体積比例なのかという点に関して考察が進んでいないが、何にせよ、ここでも巨大なほど強力という基本特性は維持されている。


 駆動部品たる魔石、熱に関する現象石たる火石については、従来とは異なる知見が確認できた。同量の魔力捕集板、同型の魔力ポンプを用いたとき、得られる温度そのものは小さいものほど高くなることが確認されたのだ。こぶし大の火石でも鉄を赤熱させる程の熱量を得られたが、これが摘む程の小石になると、文字通り鉄を溶かす程の高温となった。おまけに、導魔銀製の魔力導線も融解し、熱源たる火石結晶そのものが高温で焼損する結果となったが、その辺は些細なことである。


 難しいのは、得られる総熱量そのものは大きな火石結晶の方が有利とみられる事である。見た目の派手さにも関わらず、小粒の火石では直接的な輻射熱の他には特に感じるものはなかったのだ。これが大きな火石になると、実験室の強制換気が必須となる程の熱気を発生させた。


 そんな実験の一部始終をレポートに纏めて、室長に提出することが今回のエリオの任務である。実のところ、学術的知見を踏まえた本命のレポートはカーライン博士が書いてくれるので、実質的には文書作成の訓練のようなものである。


 幸いにして、魔術師の卵である。研究職ではなく、実践を生業とする近衛魔術師隊の出身だが、それでも、事物や知見を文書によって記録する場面は少なくない。少年自身、文書を綴るのはそう嫌いなものではない。設立準備室に戻ったエリオは、紙の上で羽ペンを滑らせ、流麗な字体で文言を綴る。


 そんな時分である。


 「失礼します」

 「はい」


 唐突に、設立準備室を尋ねる者があった。エリオは反射的に返事をして、顔を上げる。自然、その視線は入ってきた人物と合うことになる。留守を預かる者として応対しようとした少年は、そこで固まった。


「マーラフェルト卿はまだお戻りになっていませんか。暫くここで待たせて頂いてよろしいですか?」


 淡々と問いかけるその人物に、エリオはただ大きく肯いて対応する。本当は「どうぞ」と言いたかったのだが、声が出なかった。それから彼は、事務室の窓を見遣る。


 傍目から見てその位置付けが今一つよくわからない第二常備軍設立準備室だが、一応は貴人の執務場所である。加えて、最近ではびりびり石発電素子や水晶式ダイヤフラムといった、特殊な魔法器の生産拠点ともなっている。サーラは曖昧に微笑んで詳細を教えてくれないが、一応は王立騎士団特務班がこの場を警護しているはずである。最重要警護対象たる勇者が不在でもそれは変わらない。


 それなのに何故。エリオはそう心中で自問する。


 突然の来訪者は男性である。一見してまだ若い。ばっさりと刈り上げた髪は赤みの強い茶髪で、青い瞳と共に、レンブール人としては比較的ありふれた色彩である。白い聖衣を纏い、首から金色の聖印を下げていることから、教会の聖職者であろうことが窺える。


 しかし、とてもそのようには見えないのだ。纏う気配があまりにも険しすぎる。聖典を掲げて神の愛と恩寵を説くよりも、メイスを片手に神敵を撲殺している方がそれらしい。何よりも、目つきが鋭過ぎるのだ。室長閣下の金色の瞳も大概恐ろしいが、あちらは深淵を覗くような根源的なものであるのに対し、こちらは首を縊り殺されそうな即物的なものである。どちらにせよ、怖いものは怖い。


 レポートを書く手も止めて、少年はじっと時間が流れるのを待つ。果たして、どれほどの間そうして固まっていただろうか。だからこそ、気まずい時の中で、微かに、しかし、確かに、にゃーという聞き慣れた声を聞き取って、エリオは内心で安堵の溜息を漏らした。


「おや、もう着いていましたか」


 三毛猫を抱えて入ってきた室長は、相変わらず淡々とした口ぶりで来訪者に問いかける。どうやら、一旦私室に戻って着替えてきたらしい。白い木綿のローブと葉っぱのケープという、身軽な装いである。


「何分一人ですから、身軽なものです」


 そんな彼女に、男も表情を変えることなく、平坦な声色で返答する。誰何しないところを見るに、この勇者様は男の素性を知っているらしい。少年がぎこちない動作で振り向くと、意を察したのか、少女は説明を始める。


「レンブール教会のフレネル助祭です。平たく言えば、私の監視役です」

「申し遅れました。教会聖務局のフレネルです。ペンネ大司教の御指示により、この設立準備室の事務を補佐することとなりました。以後、お見知りおきを。お嬢さん」

「は、はい」


 とりあえず、エリオは曖昧に返事を返す。二人の言は微妙に噛み合っていない。思わず首を傾げると、この種の事柄には敏い室長がすかさず補足の説明を加えてくる。


『彼の言っていることも誤りではありません。監視の合間に、こちらの手伝いをして貰うよう大司教に取り払って頂いただけです。その辺は心配せずとも大丈夫です』


 そもそもどうして監視という話になるのだろうか。話の根本からしてよくわからないが、涼しげな表情で佇む勇者様は黙して語らない。さしあたり、そういう面倒な説明は後回しということらしい。


『ところでエリオ、私の方からも説明を求めたいのです』


 疑問を差し挟む間もなく、今度は少女が問いかけてくる。ほぼ条件反射で、少年もなーにー?と朗らか応じる。少なくとも、そのように行為しようと試みたはずなのだ。特に違和感を覚えることもなかった。だからこそ、エリオは自らが一言も発することができなかったことに、すぐに気付くことができなかった。


 どういうことか。少年は首を傾げようとする。そこでようやく全てを察した。いつの間にか体が麻痺して動かせなくなっていたのだ。神経に作用する感応術系統の術式である。


『騒がれると大変なので先手を打っておきました。ちなみに、この声も魔術による合成音声です。耳元に小さな音源を作っています。彼には聞こえていないので安心してください』


 少女はさらりと凄いことを言ってみせる。ただでさえ不確実で難しいとされる感応術の中でも、身体操作を阻害し、奪取する肉体制御魔術は格段に困難で、危険とされるものである。いくら賢者称号もちとはいえ、戯れに他人に施して良いものではない。辛うじて動かせるエリオの目つきが俄かに厳しくなる。


 しかし、それで心を動かされるほど、この少女は甘くはない。抗議の視線を金色の瞳の威嚇力であっさりとねじ伏せると、一呼吸おいて、彼女は話を切り出す。


『して、エリオ、その格好はどういうわけなのですか』


 首を傾げながらの問いかけられるその内容は、至極端的なものである。視線を下に向ければ、彼女の腕に抱かれる三毛猫も同じ角度で首を傾げている。主人と同様の見解に立つものらしい。


 どうしてそんなことを問うのか、この少年が察するまでには幾らか時間を要した。だからこそ、その理由に気付いた時、少年は思わず叫びそうになってしまった。身動きを魔術によって封じられているため、そんな衝動が外部に表出されることはないが、それでも赤面を禁じ得ない。


『予防措置を講じておいて正解でしたね』


 眼前の室長は怜悧な感想を述べる。乱暴な手口だが、その気遣いに感謝せざるを得ない。


 ──思い返せば、製鉄用熱源装置の実験に立ち会ってきたのだ、当然ながら、実験室は暑かった。魔術を用いて強制換気していたものの、機材のオペレーションを担当するカーライン博士も、実験に立ち会うエリオも、途中から汗だくとなっていた。だから、設立準備室に戻ったエリオは着替えることにしたのだ。魔術師用のローブより格段に裾も袖も短い、涼しげで機能的な衣装に。今となっては、半ば普段着のようなものである。正直なところ、その選択にあまり抵抗を感じることはなかった。


 そういうわけで、現在、この少年はメイド服という装いなのである。フレネル神父が少女と勘違いするのも無理はない。元より中性的な容姿も相俟って、外観上、識別はそう容易ではないからである。


「どうかされましたか?」

「いえ、特に何も」


 流石に不審の種を感じ取ったらしいフレネル神父を、室長は淡々と誤魔化しにかかる。平素からの見事な鉄面皮が奏功した格好である。些かの陰りも見えない否定に、神父はそれ以上の追及を控える。


『まあ、細かい聴取は後に回しましょう。当座の懸案は、貴方のことを彼にどう説明すべきかなのです。大した話でもありませんし、そのまま事情を明かしてしまおうと思うのですが……』


 そう言われて、エリオはちらりと神父を見遣る。


 この行状を『塔』の魔術師に知られる分には、百歩譲って許容しうる話である。真理の探究者たる魔術師は、あまり俗世の倫理や慣習に縛られないのだ。精神衛生上はともかく、実害は少ない。しかし、聖職者はそうではない。倫理と秩序の守護者、善良を定義し裁定する神の刃である。しかも、静かに佇むこの男は、荒事に疎い少年の目から見て、とても堅気には思えない。そんな相手に真実を知らせる勇気は、この少年には存在しないのだ。口を封じられたエリオは涙目で訴える。


『やはりだめですか。小細工は傷口を広げるだけと思うのですが……まあ良いでしょう』


 そんな秘書官の意向を、この室長も無視はできないらしい。淡々と、弥縫策の提示に移る。


『とりあえず、適当に設定を盛って、ここに居るのはエリオ・ディ・ミーディアではない誰かということにして切り抜けましょう。拘束を解くので、適当に話を合わせてください』


 是非もなく、エリオは同意を視線で伝える。


「ところで、マーラフェルト卿。こちらのお嬢さんは?」

「私の世話係としてつけて頂いたエリーです。何分、人手が足りないので、この部署の事務を手伝って貰ってもいます。そういうわけで、エリー、ご挨拶を」


 フレネル神父の問いかけを奇禍として、室長は流麗な所作で設定をでっち上げて行く。これに、エリオも畳みかけるように追随する。


「ヴィオル様のお世話をさせて頂いているエリーです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。神父様」

「いえ、こちらこそ、驚かせてしまったようで申し訳ありません」


 慇懃に詫びるフレネル神父だが、やはりその表情には些かの変化もない。やはり異端審問官か何かではないか。そんな懸念を裏側に隠しつつ、エリオは朗らかに微笑む。


「ところで、こちらには他にミーディア秘書官が在籍なさっていると聞いていますが」

「彼は『塔』の技術部門との連絡要員として現在出向中です。当面は向こうに詰めることになります」

「そうですか。ご挨拶できれば良かったのですが」


 室長閣下と神父は淡々と言葉を交わす。表面的には静かなやり取りだが、その実質は言語による熾烈な格闘戦である。傍から見ている少年としては、実に心臓に悪い。


 それでも、情勢としては室長閣下の優位にある。即興で紡がれる嘘の質と物量に、フレネル神父もこの少女の言をすっかり信じてしまったらしい。暢気にペンネ大司教からの言伝──奴隷使役の適正を評価するために第二常備軍設立準備室において必要な措置、つまり、監査のためのアクセスの確保に関する要求を伝えると、今後の予定について早速協議を始める。二人とも言葉を飾ることをしないため、話は極めて早い。室長は現物を確認するため、面談の実施を王政府側に要求する意向であることを伝えると、これにフレネル神父が同行することが合意された。後は手続を済ませるだけである。室長席まで歩いて行った少女は電話機を取り出すと、王政府側担当者を呼び出し始める。有言実行である。


「ところでエリー、どうして貴方はそんな首輪を?」


 そんな合間に、フレネル神父から興味を向けられて、エリオは思わずビクっと固まってしまう。思えば無理もない疑問ではある。勇者様の世話係がどうしてこんな無駄に邪悪な意匠の首輪を着けているか、尋常の理屈では説明できない。


「えっと」

『素人でも魔術を扱えるようになる機材という方向で行きましょう。どうせ誰も全貌は把握していません。城の宝物庫から発掘されたといえばどうとでも言い繕えます』

「これを着けていると、簡単な魔術を使えるようになるので、便利なんです」


 室長の助言を敷衍しつつ、エリオは更にあっさりとした回答に落とし込む。嘘は言っていないので気が楽である。この魔封じの首輪がなければ局地的災害を誘発するのだから、魔術は使えない。


 折角なので、少年は短杖を取り出し、実際に魔術を行使してみる。風を操り、つむじ風を作ってみせたのだ。比較的大きな埃やゴミ、それから、三毛猫の抜け毛を集めるのに便利なお掃除魔術である。


「なるほど、これは驚きました」


 魔術の才脳は希少なものである。装具の助けを借りているとしても、その理は揺らがない。見た目が少々アレであろうとも、その実利の前には色々な事柄が正当化されるのである。


 どうにか誤魔化し通せて、エリオは小さく息を吐く。


 室長の方を窺ってみれば、どうやら、彼女も首尾よく王政府の役人を言い包めたらしい。受話器を置くと、神父に面談を明日実施する旨を伝える。思えば、彼女はずっと役人と折衝していたのだ。先程の伝声魔術による演技指導は、その合間に行われたものである。器用なものだとエリオは舌を巻く。魔術のことを抜きにしても、同時に違う話を聞き、同時に違うことを喋っているのだから、およそ人間業ではない。

これで、フレネル神父の本業に関する協議は一通り片付いたことになる。ここから先はおまけの話である。室長はついでとばかりに、机の上の紙束を手に取ると、そっと彼の眼前に差し出す。


「さて、私の方からも、貴方に担当して頂きたい仕事があるのです」


 それは、日々細々と積み上がる需品納入関係の書類である。大抵の事務処理は『塔』事務局が特別に代行してくれているが、それでも、設立準備室側で処理すべき案件は存在する。


「現物を確認したら書類に署名をお願いします。貴方のもので構いません。事務局には、これから私が話を通します」


 室長は再び受話器を手に取り、今度は事務局の担当者を呼び出し始める。要するに、チュチーリア女史のことである。しかし、生憎と席を外しているらしい。少々待たされるようである。


「もし余裕があるなら、エリーにも幾らか業務の手ほどきをしてあげてください。文字の読み書きはできるはずです。私が指導すべきところですが、この通り、手一杯なのです」


 そんな合間に、この少女は追加注文を忘れない。フレネル神父は聖職者と同時に、教会官僚でもある。丁度良い機会だと、事務職員としての研修をお任せすることにもしたのだ。


「ええ、お安い御用です」

「では、エリーもしっかりフレネル助祭の手伝いをお願いしますね」


 快諾する神父の横で、目を白黒させているのがエリオである。よりにもよって、素性を隠すべき相手の身近につけるというのだから、当然の反応である。この少女は一体何を考えているのだろうか。


「はい、承りました。ヴィオル様」


 それでも、どうにか平静を装って応答できるのだから、自らの成長を感じるところである。それに、ここで不審の念を抱かれては元も子もないのだ。細い綱を渡る気分で、少年は必死に演技を続ける。


『ご不満はわかりますが、こちらは予定していた措置なのです。名目はどうあれ、折角、教会官僚を一人拝借してきたのですから、使い倒さなければ損なのです』


 フォローのつもりなのか、室長閣下は伝声魔術で淡々とその判断に至った理由を説明してくれる。しかし、その論旨は、それはそれで如何なものかという疑念を禁じ得ないものである。フレネル神父の顔も怖いが、この少女の頭の構造も随分と恐ろしい。


 随分と面倒なことになってしまったが、今のエリオにできることはさほど多くはない。どうにも事態に流されっ放しの感が漂うが、大抵の物事はなるようになるのである。そう気楽に思い直すと、少年は再び羽ペンをとる。実験のレポートを書かなければならないからである。それが、彼のとれる数少ない選択肢の一つだった。


やっと、続きが書けたよ!!

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