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ねこのレーニン  作者: るびー
2章 鉄鋼革命
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戦線の彼方では

 北国の夏は短い。まるで一時の夢である。


 そんな幻のような季節を謳歌するグレースヴィールのとある一角を、不意に届いた知らせが沸かせていた。南方の異境で消息を絶った調査部二課別室室長、ニューラ巡察大尉の無事が確認されたのである。幾つかの驚くべき報告と共に、本人が伝えてきた。


 彼女の任地であるレンブール王国は、目下、グレースヴィール高官がその動向を最も注視している地域である。勇者召喚をきっかけに、かの王国は俄かにライデール帝国と距離を置き始めているのだ。それが停滞する南方の戦局を打破するきっかけとなるのではと期待されているのである。


 それだけに、彼女との連絡途絶は大きな問題だった。ニューラ室長は王国に展開するただ一人の情報要員である。帝国の背後という地理関係から、迅速な調査や救出も儘ならない。直ちに後任を送るにしても、問題は山積している。帝国の誇る悪辣な勇者、黒髪の貴公子にかき乱されて、対外関係局調査部は人手不足に陥っているのだ。ニューラ室長に代わる人材はなかなかいなかった。


 大変だったのだ。サグリム次官はどうにかして欲しいと急かしてくるが、グレムフェルト前遠征軍総司令官の更迭劇もあって、本国巡察使の対応は渋い。連合王国捜査局にも当たってみたが、後任のあてはさっぱり見つからなかった。これには、剛腕の異名を誇るフェインノット対外関係局長も流石に頭を抱えていた。そんなところに、イルヴェアに展開中の二課通信班から書状が届いたわけである。これで皆が救われた。内容を云々する以前に、その存在そのものが吉報だったのだ。


 そして、お偉方の他にも、ニューラ室長からの連絡を心待ちにしていた者達がいる。対外関係局分析部、前線からの情報を収集して情勢判断資料を編纂する専門組織の面々である。


「にゃー。しかし、ニューラちゃんの印象通り、確かに面倒な小娘だにゃー」


 グレースヴィール開拓庁本庁舎11階、内壁で仕切られた小部屋の中で興奮気味に羽をばたつかせる鳥もまた、分析部の一員である。名をフィルビロエンという。翼端長1.5m、宵闇色の羽毛に太く鋭いくちばし、長い鉤爪を併せ持つ怪鳥である。一見すると恐ろしげだが、可愛げもある。視野角の広い両の眼はつぶらで、他のところとは異なり、腹の羽毛は雪のように白くもこもこしている。野郎には絶対に触らせない、フィルビロエンの誇る聖域である。


 南の感覚では理解し難いものだが、彼は職員のペットか何かではなく、紛うことなき王立政策研究院出身、PhD持ちの分析官である。レンブール王国政治情勢分析の専任担当で、事実上、分析部における調査部二課別室の支援部門を担っている。


 そんな彼をばたばたさせているのは、調査部から回されてきた報告書の写しである。現地要員の無事を確認してほっと一息の高官達とは異なり、分析官であるフィルビロエンの仕事はこれからである。現地の貴重な情報を手掛かりに、南の現実を解明しなければならない。連絡が途絶している間に色々と事が進んでしまったのだから尚の事である。そういうわけで、早速報告書を読み始めたのだが、その内容は存外深刻で、思わず暴れたくなってしまったのだ。


「はいはい博士、いいからばたばたしないでください。羽が散らかります。ペンにするにしてももう供給過剰なんですから。換金できないものを片付ける身にもなってくださいよ」

「みゃーの羽は高級品なのだにゃー。探せば新規販路を開拓できるはずなのだにゃー」

「なら自分で探してくださいよ」


 筆記担当助手のニヴィアに言われて、鳥はしゅんと大人しくなる。テンションが下がるとそれはそれで面倒なので、助手はすかさず乾燥木の実を鳥の口に捻じ込んだ。


「それで、何があったんですか?」


 とどめとばかりに、助手は素面で問いかける。強引に話を進めて押し切る算段である。若干首を傾げつつも、ばさばさと騒々しく羽ばたきながら、フィルビロエンは説明を始める。


 事故と呼ぶべきか、僥倖と呼ぶべきか。何にせよ、ニューラ室長が王立騎士団に潜り込んだ結果、レンブールの勇者様、ヴィオル・マーラフェルト卿について、確度の高い情報が集まりつつある。例えば、賢者にして一般限定解除指定付一級魔術師、無詠唱現象術どころか、本来ならば大変に手間暇がかかる冶金変成術式をあっさりと行使してみせる、魔族の水準から見ても規格外の存在であることが判明している。


 フィルビロエンは政治の専門家であって、魔術や軍事は畑違いだから、そのこと自体の重みは判断しない。迂闊に街を出歩いて奴隷商人に捕まるくらいだから、資質には恵まれていても、荒事はさっぱりなのだろうと推測するのみである。だから、彼が注目するのはマーラフェルト卿と王国諸機関の関係性、もっと言えば、あのエルフのお姫様の権力基盤の構造である。


「にゃー。こいつ絶対、黒髪のあっちよりヤバいにゃー」


 フィルビロエンはそう断言する。


 今現在、彼女は王国政治における主要なプレーヤーの一人である。国王レオーニ陛下は未だ彼女を御しきれていない。軍事作戦上の自由はあるらしいが、基本的には皇帝の意思に従属している黒髪の貴公子と、ここが明らかに異なる。元の社会から完全に個人を切り離し、衣食住、生殺与奪を握っている状況で、なおその意思を制圧できないとは、流石は凡庸王であると皮肉りたくもなるが、恐らくそれは適当ではない。国王に彼女の意向を忖度させる程の何かが存在しているのである。


 一つは、召喚の経緯に関わるものであろう。当日、ニューラ室長は現場で大きな爆発を伴う騒動が生じたことを伝えている。公には『塔』の魔術実験の暴走であると、そして、内部の治安部門向けには魔王軍による襲撃であると説明されているあの事件について、未だ詳細は明らかにはなっていない。どうやら、国王に近い筋の命令で箝口令が敷かれているらしい。ニューラ室長は調査の困難を伝えてきている。何にせよ、あの二人の関係が構築された初日の返事である。影響がないはずがない。


 もう一つは、異界技術の生き字引としての価値であろう。フィルビロエンが懸念するのはこちらの要素である。勿論、異界技術の利用という意味では黒髪の貴公子も似たようなもので、彼もまた異界の用兵思想を以って兵を率いている。しかし、こちらのお嬢様はそれとは格が違うのだ。どんな引き出しがあるものか、知れたものではない。


 電信。


 マーラフェルト卿が最初に世に放った異界技術の結晶は、地味ながら、世界を大きく変えるインパクトをもつ。通信の速度と円滑性は、統治や軍の指揮統制の面で重要な意義を有するのだ。現地や前線の情報が素早く中央に上がり、その情報を元に下された決定が即座に末端へと伝達される。それは国家が戦争という荒馬を御するのに極めて有用なツールである。


 恐らく凡庸王もそのことを承知しているのだろう。現在は城内の主要部署、旧帝宮に駐屯する王立常備軍、港湾区の王立海軍を結ぶべく動いているらしいが、王政府電信電話室なる部署を置いた以上、その先を見据えていることは明らかである。早晩、その整備計画は王国全土に拡大することとなる。


 そんなものを召喚から一週間もしないうちに作ってくれたわけである。対する側からしてみれば、勇者の名に恥じない見事な不確定要素である。


 そんな彼女は、騒動のどさくさに紛れて奴隷商人の財産を召し上げ、『塔』や王立工房への接近を強めつつ、今度は鉄を作ろうと奮闘している。技術回りは門外漢なので、開発局の人に聞いてみたところ、高炉法による本格的な連続製鉄を試みていると指摘された。鉄の大量生産、それは要するに、軍備拡張の前段階である。少なくとも、フィルビロエンにはそうとしか見えない。


「こいつはきな臭いにゃー」

「考え過ぎじゃないですか? ほらここ、首輪を付けられてメイドに引き回されていたとか、ディート姫に手籠めにされたとか書いてありますし。普通に飼い馴らされているような」

「そこは見なかったことにするにゃー。黒歴史を抉るのはよくないにゃー」


 フィルビロエンはただの鳥ではない。気遣いのできる鳥である。


 私生活の実態に関してはまた別途検討の余地があるが、この王国の小さな勇者様が未知なる技術を梃子に独自の影響力を持ちつつあることは確かである。少なくとも、凡庸王にはそれを妨げることができていない。ある意味では当然の話である。王国の技術部門を巻き込んで、大々的に技術提供を行っている形なのだから、その技術が有用である限り、止める道理がない。


「逆境にも関わらず、この小娘は随分と上手くやってるにゃー。これはどういうことなのか、少し考えてみる必要がありそうだにゃー」

「ふむ、意図の確認ですか」

「そうだにゃー。みゃーにはこいつが何を狙ってるのか、さっぱりなのだにゃー」


 これが凡庸王からの無茶振りに抗うための抑止力獲得の手段なら、外国たる連合王国としては内部の主導権争いとしてただ暖かく見守るだけで良い。しかし、本当にそうなのかという疑問が拭えない。召喚初日の演説もあるが、何よりも、順調に軍事インフラ整備を主導し続けていることが懸念を誘う。何かの偶然であることを切に祈りたいが、現段階でそう決めてかかるのは明らかに早計である。


「ちょっとパス部長と相談する必要がありそうにゃー」

「部長に?」

「技術政策に強い分析官が必要なのだにゃー。みゃーにはよくわからないにゃー」

「なるほど、博士は舌先三寸でどうにかできないことは苦手ですからね」

「にゃ?」


 助手の素朴な感想に、フィルビロエンが鳥らしいつぶらな瞳で見つめてくる。しかし、助手も慣れたものである。焦らず騒がず、丸くてふかふかしている頭部を撫でて、誤魔化した。


 幸いというべきか、マーラフェルト卿のまわりを除けば、事態は概ね事前予想の範囲内で推移している。糧食など軍需消耗品の提供や海上貨物輸送における治安維持、船腹量の提供など、主要な協力事項を維持しつつも、王国は徐々に帝国と距離をとりつつあるのだ。


 それは物理的というよりは、精神的な問題である。強大な帝国に対して、王国は常に侵攻と併呑の可能性を懸念している。事実、帝国はそのような営みを繰り返すことで現在の規模に膨張した国家だからである。そんな帝国の力による現状変更に対する精神的抵抗、独立維持のためのツールとして勇者が存在する。直接相手となるのは連合王国遠征軍となるだろうが、その主敵は間違いなく帝国である。


 少なくとも、国王周辺のトレンドに変化はない。近々、レンブール教会関係者とマーラフェルト卿の会談が予定されているとの報告が、ニューラ室長から寄せられている。殆ど事故のような人選だが、国王はシナリオを変更するつもりは毛頭ないらしい。教会側の意向は会談の結果を見なければ判断できないが、基本線は事前の取り決めに従うであろう。予定が遅れているだけで、状況に変化がないからである。


 順当に行けば、教会がマーラフェルト卿を勇者として承認した後、水面下で勇者の帝国派遣に関する交渉が始まるはずである。フィルビロエンはそう予測している。王国が欲するのは、戦後、彼らが帝国から軽々に扱われないための、確かな戦果である。それを演出するためには、勇者を戦場、即ち、帝国領内に存在するウェルネア戦線に送り付けるのが早道だからである。


 帝国がこれを素直に呑むはずもないが、勇者の派遣が形式上は帝国への援軍である以上、表立っては断り辛い。更に、今の王国には交渉材料が存在する。戦争協力の停止をちらつかせるのだ。ウェルネア戦線が帝国の東西を分断している状況を利用し、帝国東部に存在した旧王国の王党派を支援しても良い。普段なら小火に過ぎない騒ぎも、陸路が帝都から遮断されている現状なら、大火となりうる。


「で、予定通り行くんですか?」

「よくわからないにゃー」


 通常ならば、これは概ね既定路線と言える流れである。しかし、本来ならば駒に過ぎない筈の勇者が独自の意向を持っているため、状況は予断を許さない。これまでの経緯からみて、あのお嬢様は自分の与り知らぬところで決められた事柄を素直に受け入れたりはしないのだ。国王がその動きを抑えられるかが焦点となるが、そんなことができるなら、こんなことに頭を悩ませる必要はない。


「まあ、とりあえず、報告書を書くにゃー。ニヴィアたん、筆記宜しくだにゃー」

「はい博士」


 他の雑務も請け負うが、この助手の本分はフィルビロエンの口述筆記である。何と言っても鳥である。自分では文字は綴れないので、手先の器用な種族に代筆して貰う他ないのである。ニヴィアはそっと席につくと、引き出しから原稿用紙とインク壺を取り出し、筆記の準備に入る。


 かくして、戦線から離れた遥か北端の街で、新たな動きが始まりつつあった。未知なるものを解明し、その趨勢を見通すことで、祖国に降りかかる火の粉を打ち払う試みである。にゃーにゃーと鳴く鳥と、その言を淡々と綴る助手の姿は穏やかなものだが、それこそが、武器を手に取らない彼ら分析官にとっての戦争に他ならなかった。


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