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ねこのレーニン  作者: るびー
2章 鉄鋼革命
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騒動の果てに

 主に物理面で激烈だった実験から一夜明け、第二常備軍設立準備室を取り巻く状況は新たな局面を迎え──ているかといえば、そんなことは特にない。良くも悪くも、平穏な日常は継続している。


「うーん、魔術を扱えれば、もっと色々とできるようになると思ったんだけどなぁ」


 水桶をひっくり返し、設立準備室の床を水浸しにしながら、エリオがぼやく。何故かメイド服を着ているのは、例によって同居人の注文によるものである。作業着という口実である。溜息ひとつ、床に水溜りができたことを確認すると、少年は短い杖を取り出し、ぶつぶつと呪文を唱える。それに伴い、その首に嵌められた首輪の、血の色をした宝玉が赫々と輝き始めるが、彼は全く意に介さない。


「水よ、我が意に従い押し流せ」


 起動文言を唱えると、ただ床の汚れを呑み込み、淀み滞留するだけだった水溜りに、流れが生じる。最初は無秩序だったそれは、術者であるエリオがくるくると杖を回すことによって、次第に大きな渦へと変貌する。それから、おもむろに杖で一方を示すと、その方向に向かい流水が一気に流れ出す。


 埃とごみを巻き込みながら床を蹂躙する濁流は、杖の導きに従って幾度もその方向を変える。その光景はまるで戦闘機動を繰り返す軍勢のようでもある。無数の水分子を操り、床を徹底的に責め上げた少年は、床に置いた水桶に近付くと、その上で再び杖で円を描く。すると、流水の群れは垂直な水桶の壁をよじ登り、元の水桶に収まった。後は、この汚れた水を捨てて、全工程を完了させるだけである。


 同居人直伝、流体操作魔術を用いたお掃除術式である。


「下積みは大切なのです。いいではありませんか、お掃除はできますし」

「まあ、確かに便利なんだけど、君がしたいことって、こういうことだったの?」

「現実を思い知らされたので、ちょっと謙虚になっているだけなのです」


 同居人がしれっと言うと、エリオが思わず言葉に詰まる。


 思い返せば、朝の同居人は希望に満ちていたのだ。この少年に色々と面倒事を押し付けようと企んでいた。それは、びりびり石に施すガラス被膜作業や、魔力捕集板を作るための導魔銀蒸着作業である。この種の部品は、幅広い利用が見込める割に、その供給を同居人の手作業に依存している。そのため、供給が慢性的に不足しているのである。エリオを巻き込み製造過程の分業化を推し進めることで、同居人は当座の供給問題を先送りしようと目論んでいた。


 こんな状況となる原因の一つは、同居人が採用した製造プロセスの特殊性に求められる。びりびり石発電素子にせよ、導魔銀魔力捕集板にせよ、同居人はその製法の詳細を開示しているのだ。それでも、誰もこの部品の製造を手掛けないのは、その枢要な部分を占めるレーザー蒸着魔術があまりにも意味不明な代物であるからに他ならない。傍から眺める三毛猫ですら、何をしているのかさっぱり理解できないのだ。こんなものを真似しろと言われたところで、無理という他ないのである。


 勿論、同居人も謎魔術の習得を要求することがどれほど不毛か薄々察している。空気は読めない同居人だが、物事の実現可能性を判断することくらいはできるのだ。それ故に、代替術式を用意した。加熱魔術と流体操作魔術の同時適用、強熱し、どろりと溶けたコーティング剤を流体操作魔術で塗布し、任意の厚みに調整するというアプローチである。加熱も流体操作も、典型四属性現象術と呼ばれるもののうち、ごく初歩的な部類に属する術式なのだ。品質を度外視すれば、これならばいけると踏んだのである。


 しかし、結果は大失敗だった。


「気持ちはわかるけど、やっぱり普通の魔術師には無理だよ。師匠くらいになればわからないけれど」

「今ならば、故国の偉い人が精神論に走る理由がわかるような気がします」


 苦々しく諫言するエリオに、同居人は淡々と返答する。どうやら、お前らもっと気合を出せという本音を頑張って呑み込んでいるらしい。賢明な態度である。この耳の長い小娘は、エルフ設定が罷り通る程に自らの魔術運用能力が卓越していることを一応承知している。それ故に、自己の能力水準を留保なく他者に反映することの愚も理解しているのだ。


 同居人にとって盲点だったのは、異種魔術の同時適用が存外高等技能だったということである。エリオの言を借りれば、右手で文字を綴りながら、左手で絵を描こうとするようなものらしい。光源魔術のような、発動後制御の不要な撃ちっ放し型術式ならばともかく、制御量を術者が制御する必要のある通常の術式は、基本的に同時に複数発動させたりしないのである。原理的に不可能ではないが、エリオの比喩の通り、制御の精度が著しく落ちることになる。


 加えて、魔術の制御粒度が著しく荒いものであることを、同居人は認識していなかった。攻性現象術に代表されるように、焼き払ったり、薙ぎ払ったり、吹き飛ばしたりといった大雑把な操作は得意だが、それ故に、力加減が難しいのである。


 この辺の実態は、術式をエリオに試してもらうことで明らかとなった。砂を溶かそうとすれば熱量が足りず、ならばと出力を高めれば、今度は容器ごと溶け落ちる。流体操作も同様である。ひとまず絶縁できれば良いとはいえ、びりびり石発電素子の全体をべっとりとガラスで固められても、流石に困るのである。


 練兵場をひとつ融解させ、今なお人々に心理的威迫を与え続ける光の柱を建てたこの少年だが、魔術の制御が下手かと言えば、そんなことはない。魔封じの首輪がその若干恵まれ過ぎた魔力を抑えてくれる結果、順当に魔術を扱うことができている。先程も、流体操作魔術を巧みに扱い、設立準備室の床を綺麗にしてみせたばかりである。制御技能の巧拙で言えば、決して悪い方ではないのだ。


 つまり、同居人の代替術式にも、常人による運用を妨げる何か根本的な問題があるのである。努力と根性を注ぎ込めばこの問題を解決できるのかも知れないが、流石に費用対効果の面で難がある。そういうわけで、同居人はさしあたり、この道を諦めたのだ。


「まあ、是非とも術式の同時操作に関しては習熟しておいてください。練習として、アイスクリームの製造など丁度良いかもしれません。私は食べませんが」

「僕には食べ物を粗末にする趣味なんてないよ」


 同居人の提案をあっさり棄却すると、エリオは水桶の汚水を捨てに外へ向かう。飄々とこの小娘を受け流す身軽さに成長を感じ、時局を見守る三毛猫はうにゃんと鳴いて感心する。これでメイド姿でなければ頼もしいのだが、流石にそこまで要求するのは時期尚早らしかった。


「粗末にしないよう、無限の精神力でどうにかすれば良いのです」


 そんな軽口を叩く同居人はといえば、常の如く、粛々と何かを作っている。今回は電子工作である。細い銅線を巧みに曲げて空中配線を形成しつつ、部品の端子を接続していく。冶金魔術の応用なのか、部品の端点が柔らかく変性して銅線の端点と一体化するために、半田ごてのような機材は不要らしい。


 使用される部品はそう多くはない。銅線を巻いたコイル。焼き物の両端から端子が飛び出ている抵抗器。銅と二酸化珪素の薄膜が交互に積み重なったコンデンサは同居人の魔術技能の結晶である。黄金色に輝く何とも言えない形状の部品は可変コンデンサで、今は亡き奴隷商人ドルニアさんが同居人を拘束するのに使った拘束具を魔術で強引に成形したものである。先日から作り溜めていた真空管も、今回ついに使われるらしい。電話でお馴染みの水晶式マイクロフォンはぴんと張られた皮に張り付けられて、大きな振動板を形成している。性能はお察しだが、一応はスピーカーとして機能しそうなものである。


 真空管を用いる以上、電源が必要で、それには例の如くびりびり石発電素子を用いる。しかも、今回はちょっと特別仕様である。『塔』から提供された魔力ポンプ素子を接続することで、導魔銀魔力捕集板が掻き集めた魔力をびりびり石に流し込めるようになっているのだ。高性能タイプの発電素子である。


 組立は滞りなく進み、木製台座の上には空中配線と多少の木製フレームによって支えられる不思議な装置が組み上がる。水を捨ててきたエリオが戻ってきたのは、丁度それが完成した頃合いの事である。

メイド服の少年は首を傾げて問いかける。


「それって一体何?」

「ラジオなのです。初歩的な無線通信装置の一種で、電波を音声に変換することができます」

「つまり、どういうこと?」

「音が出る機械なのです」


 要点だけを述べると、同居人はおもむろに魔力ポンプの導魔銀製端子に指で触れる。この素子を動かすには、呼び水となる魔力流が必要であり、それを身に帯びる生体魔力の印加によって実現するためである。


『つまり、こういうことなのです』


 そんな一言が設立準備室内に響いたのは、その直後のことだった。


 恐らく同居人の声なのだろうと理解できるが、明らかに肉声ではない。同居人が組み上げた装置の、革製振動板が震え、それらしき音声を紡ぎ出しているのである。エリオはといえば、同居人が口を閉じているのに声がするものだから、混乱して左右をきょろきょろと見回している。


『これです。この機械なのです。電話機と同じ要領で音を出しているのです』

「えっ、これ?」

『これは受信機なのですが、送信機はまだありません。仕方がないので、魔術で電波を発振して、私の代わりにこの機械に喋って貰っているわけです』


 昨日の実験で図らずも、光源魔術の正体が電磁波放射魔術であることが発覚したが、同居人は早速これを利用することにしたらしい。同居人が言い終えると、ラジオの上に黄色く輝く雷のアイコンが出現する。これは、電波源の状態を示すシンボルなのだ。信号電波が放出されていると、雷を取り巻く一重のリングから、放射状に小さな雷アイコンが飛び出す。無駄に凝った演出である。


「まあ、魔術でその機械に喋らせてるっていうのはわかったよ。それで……」

『この機械の何が面白いかということですが、電波さえ受信できるなら、この機械は離れたところでも音を出すことができるのです。折角ですから、ちょっとこれを持ってお散歩してきてください』


 同居人はおもむろにラジオを手渡す。木製の台座の上に空中配線が構築されている、どう考えても据え置き用の装置だが、すかすかであるが故に、そう重いものでもない。


「電圧が高くて危ない部位があるので、なるべく台座の部分を持つようにしてください。ただ、銀色の部分に手を触れていないと動かないのです。そこも触るようにしてください」

「そう言われると、ちょっと怖くなってくるね」


 同居人の説明にエリオは怯えた仕草を見せるが、その表情を見ると、この即席感溢れる装置に興味津々であることが窺える。指示通りに少年が魔力ポンプの魔力印加用端子に触れると、革製のダイヤフラムが振動し、この少年に装置の準備が完了したことを伝えた。


『とりあえず、大丈夫なようですね。私はここから貴方の行動をモニタリングしているので、適当に歩き回ってきてください』


 同居人は早速、薄い林檎ノートを取り出すと、流れるようにキーボードを打鍵して上空に待機しているらしいUAVを呼び寄せる。この飛行機、いつも便利なところに居るものであると三毛猫は感心する。

「しかし、散歩ってどこまで行けばいいの?」

『動作確認を兼ねて遠くまで行ってみて欲しいのです』

「うん、じゃあ、『塔』の周りをぐるっと回ってみるよ」


 そう告げると、エリオは颯爽と部屋から退出する。


 それから暫く薄い林檎ノートを激しく打鍵し何かを打ち込んでいた同居人だが、不意にその手を止める。どうやら何かに気付いたらしい。顎に手を当て、何かを思案する。この小娘にしては珍しい仕草だったので、棚の上の三毛猫は思わずうにゃーと鳴いて反応を促してみてしまう。


 一瞬ちらりと三毛猫の方を窺った同居人は、そのまま首を傾げてこんなことを呟く。


「そういえば、彼、メイド服のままなのですが、あれでいいのでしょうか」


 その指摘に、思わずレーニンも固まる。いいのだろうか。三毛猫からすればどちらにせよ得失のない話だからどうでもいいのだが、改めて問われると回答に窮する問いである。


「まあ、問題があれば帰って来るでしょう。その辺は彼が判断することです」


 一通り首を捻った後、同居人の出した結論は、例の如くさっぱりとしたものである。あの少年の自主性に委ねることにしたらしい。ラジオを使えば彼に告知できるはずだが、そういう親切に及ぼうという意思はこの小娘にはさっぱり存在しないようだった。


 そんな同居人の態度決定など露知らず、小一時間ほど経って、一通り『塔』を散歩してきたエリオが戻ってくる。簡単な構造のラジオだけあって、やはり受信感度には難があるらしい。開放空間なら聞こえるが、『塔』に特有の場当たり的な増改築で錯綜した空間に入ると、どんどんノイズが大きくなり、そのうち何も聞こえなくなってしまったと、貴重な報告を頂いた。


 思わず、三毛猫と同居人は顔を見合わせる。彼の語る顛末の中に、服飾に関する内容が全く含まれていなかったからである。寄せられるべき抗議の不存在に、流石の同居人も戸惑っているらしい。


 役目を果たしたエリオはといえば、もはや日課となった数学力充填プログラムに取りかかる。それはまさに設立準備室の日常風景である。恰好以外は──と言いたいところだが、元より華奢で中性的な少年の容姿も相俟って、あまり奇異な印象を受けないことも事実である。ここに至り、一人と一匹の認識は先に行われた態度決定時の原則に回帰した。当人が問題にしなければ、そこに問題など存在しないのである。


 それでも、後から思えば、終課の鐘が鳴り響いた後、結局メイド服のまま退勤してしまったエリオに対して、流石に何か一言くらいかけるべきだったのだ。翌朝、同居人は顔を真っ赤にした秘書官にがっしりと両肩を掴まれて、前後にがくがくと揺さぶられる責めを受けた。どうも、この少年、途中から自分の恰好のことを完全に失念しており、私室に戻って初めて状況に気付いたらしいのだ。相当なうっかりさんである。今になって、この少年の新たな側面を垣間見ることができた格好である。


 筋論で言えばどこまで同居人が責められるべきなのか微妙な話だが、その青い瞳からぽろぽろと零れる涙を前に、流石の同居人も言葉を持たなかった。結局、この小娘にできることは、気が済むまでがくがくと揺さぶられ続けることだけだった。


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