製鉄所
転んでもただでは起きないのが同居人の良いところである。終業後、何故か自分の居室に戻らずにお姫様の部屋を尋ねた同居人は、たっぷりと甘えるついでに、こんなことを彼女に吹き込んだのだ。
「王政府で進めて貰っている手続きが遅れ気味で、製鉄計画に支障が出ているのです」
ちょっとした愚痴である。しかし、お姫様にしてみれば、聞き逃せない内容を含んでいる。折角の暇潰しが遠退きそうなのだ。目新しいものを希求する彼女にとっては死活的問題である。果たして、この後どこでどんな話が展開されたのだろうか。三毛猫が承知しているのは、その翌々日の朝に王政府の役人がやってきて、極めて丁重に『調査中案件に関する中間報告』をしてくれたことくらいである。
この同居人なので言葉を荒げることもなく、それは淡々と実務事項に関して確認と協議を行う場となったのだが、結局のところ、その行為は霞が関から官僚を呼びつけて恫喝する与党代議士とさほど変わるものではない。一部始終を眺めていた三毛猫は、意外な同居人の権勢に感嘆すると共に、万が一下野することがあればたっぷり仕返しされそうだと密かな懸念を抱くのだった。
そんな相手を見送った後は、楽しい秘書官との歓談の時間である。
「実のところ、準備にはまだ時間がかかるので、品物の引き渡しはもう少し後で構わないのです。保管費用を向こう持ちにできたのですから、上々の成果と言えるでしょう」
「しかしまあ、見事な手口だね。頼もしい限りだよ」
同居人は相変わらずしれっとその企みを開示する。彼らに余分な時間を売りつけ、維持費という名の金に変換してみせたのである。エリオは感心したのか呆れたのか、曖昧に笑っている。
「お金が足りないのです。使える物は使わなければなりません」
「……あれで足りないって、君はどんな贅沢をするつもりなんだ」
「製鉄所をひとつ作るのです。本当なら清帝国を殴って賠償金をもぎ取りたいくらいなのです」
「何だかよくわからないけど、製鉄所ってそれほどの物なの?」
「あれ、話していませんでしたか」
「うん、聞いてないよ」
勿論、三毛猫も聞いていない。どうやら、その辺の話は現在のビジネスパートナーたる『塔』の先生方としていたらしい。すみませんと陳謝しつつ、同居人は常の通り幻影魔術を交えながら語り始める。
端的に言えば、同居人は官営八幡製鉄所をご所望らしい。即ち、銑鉄の生産から精錬、製品への加工という一連の作業を同一敷地内で行う、近代的な銑鋼一貫製鉄所が欲しいのである。
鉄を作る。
自然界の鉄が酸化鉄の形態をとる以上、その第一段階は鉄鉱石を還元し、単体鉄を取り出すことである。その原初的形態として、木炭と鉄鉱石をかまどで一緒に焼く手法が用いられる。いわゆる、直接製鉄である。鉄が溶けるような高温は得られないが、それでも十分に還元反応は進行する。
これは省エネルギーで優秀な手法だが、時間効率が良いとは言い難い。そこで、より大規模な生産を目指すには高炉法が用いられる。背の高い炉の頂から原料を投入し、還元剤を兼ねる炭素の燃焼熱を用いて連続的に還元反応を進める手法である。原料が消費されたらまた炉頂から継ぎ足せば良いから、休むことなく連続運転し続けることができる。それだけ、大量に鉄を作れるわけである。
鉄の素材として奥深い点は、その含有する不純物により、その機械的性質を著しく変化させることである。結晶構造に変化が生じるためである。純粋な鉄は柔らかく延性に富むが、これが炭素を多く含むと硬くなる。一見すれば良い事にも思われるが、それは外力に応じて変形しないということでもあり、つまりは脆いことを意味する。用途にもよるが、炭素含有量は程々であることが望ましい。
しかし、高炉法で得られる溶けた鉄、即ち銑鉄は、炉の内部で激しく還元剤たる炭素を取り込み、炭素過多の状態にある。融点も低くなるため鋳造には適しているが、脆いので鍛造には耐えられない。故に、その原因たる炭素を除去する必要がある。それを行うのが第二段階たる精錬過程である。ここで成分を調整されることで、銑鉄は丈夫さとしなやかさを兼ね備えた鉄系合金素材、つまり、鋼へと転換される。
通常、その工程には転炉法が用いられる。耐火煉瓦で内貼りされた鉄製容器に高炉から得られた銑鉄を注ぎ、そこに酸素を吹き込むことで余剰の炭素を燃焼除去するのだ。反応が迅速で、この不純物の燃焼反応により十分高熱を維持できるため、他に燃料を必要としない。優れた製鋼法である。
もっとも、歴史的には他の手法も用いられてきた。反射炉の系譜に連なる平炉法である。今回、同居人が採用するのは、どちらかといえば、こちらの形式に近い物である。
反射炉とは、燃焼する燃料から輻射される熱を一旦炉壁で反射させ、それから対象に照射する形式の精錬炉である。回りくどい形をとるのは、燃料に含まれる不純物が精錬対象物に混じり込むことを防ぐ工夫である。初期の反射炉は木炭や石炭を燃料としたが、平炉では石炭から作った燃料ガスを用いる。
平炉の特徴は、銑鉄が流し込まれる溶解室の下部に、対となる二つの蓄熱室を持つことである。燃料ガスとその燃焼に必要な空気は、耐火煉瓦によって構成される蓄熱材の隙間を通り抜けることで予熱され、その後会合して燃焼する。燃料と空気を予め温めるのは、その方がより高い温度を得られるためである。かくして得られた輻射熱と高温の燃焼ガスによって、銑鉄中の炭素は焼き尽くされる。その後、燃焼ガスは入口と対となる蓄熱室に流れ込み、耐火煉瓦製の蓄熱材を強烈に温めてから、排気系へと回される。後は入口と出口を交互に交換することで、十分な燃料ガスの余熱を続けることができる仕組みである。
別途燃料を必要とするため、エネルギー効率で転炉法に劣る平炉法だが、第二次世界大戦以前では製鋼法の主流を占めた技術である。転炉法には相応の難しさがあるのだ。例えば、耐火煉瓦の強度の問題がある。熱効率を高めるために、転炉の炉体はお辞儀をするように90度回転する。内貼りされる耐火煉瓦はこの衝撃に耐えられなければならない。この点、平炉は可動部品が皆無なので、耐衝撃性はさほど重視されない。つまり、扱い易いのだ。初めて製鋼技術を導入する王国にとって、この簡明さは極めて重要な考慮要素となりうる。
加えて言えば、この世界では転炉法の重要なメリット、エネルギー効率の良さが幾らか相対化される。魔力を理力に転換する現象石、その一種である火石が存在するからである。
「なにこれ?」
「濃縮魔力印加式火石風石併用熱風炉、開発コード、テニアン1号です」
南国の熱風をイメージしたのか、しかし、どういうわけか、B-29の策源地みたいな名前である。
同居人が幻影魔術を用いて提示した機材は、形状だけなら三毛猫にも見覚えがある。赫々たる輝きを放つ大きな火石の宝珠を核として、そこから放射状に支持部品らしき棒が伸びる、何だか幾何学的な印象を覚える装置である。先日図面を目撃した、『塔』と共同開発中の装置である。
蓋を開けば、その機能は実に単純なものである。魔力伝導材料として知られる導魔銀を用いて火石に魔力を流し込み、高温を得るのである。棒状部品には風石も仕込まれており、これで火石が温めた空気を強制的に排出する。燃料は自然界に存在するとされる無限の魔力を利用し、しかも、装置自体はソリッドステートなので、メンテナンスの手間があまりかからない優れものである。文字通り、魔法が実現する夢の装置といったところだろうか。
「でも、自然魔力なんて、魔石を使うには微々たるものじゃないか。まさか、ずっと生贄でも捧げ続けるつもりなの?」
「そうしないために、自然魔力を濃縮するのです。先日見つけたアレの出番なのです」
「アレって……まさか、あの魔力ポンプ?」
「そういうことなのです」
三毛猫には今一つ話が見えないが、どうやら魔力を掻き集める装置が存在するらしい。幻影魔術による同居人の図示によれば、エミッタ、ベース、コレクタという3つの魔力接点を持つ装置であり、ベースに魔力を印加すると、ベース─コレクタ間に魔力流を生じ、この魔力流に釣られて、エミッタ─コレクタ間でも魔力流を生じるという代物である。結果として、コレクタには他の二つの接点から印加された魔力が流れることになる。つまり、魔力増幅器として機能するのである。同居人がつけたらしい接点の名前もそうだが、異種魔石を点接触させる構造となっているあたり、実に半導体素子の気配がする物体である。
ここで、巨大な静的容量をもつ魔力貯蔵容器を用意する。導魔銀を蒸着した板である。魔力伝導材料として多用されるこの金属には、同時に、魔力的に飽和するために、周囲の環境から魔力を奪う性質がある。つまり、大表面積をもつ部品を用意すれば、大量の自然魔力を吸収し、貯蔵できるのである。それでいて、負圧をかければ簡単に魔力を奪うことができるから、魔力捕集素子として機能する。後は、これをエミッタに取り付ければ、自然魔力を無尽蔵に汲み上げ、一所に流し込む動力用魔法器が完成するわけである。
蒸着は同居人の得意技である。どうやら、真空管のついでに、硝子板に導魔銀を蒸着した魔力捕集板も作っていたらしい。これは『塔』が試作した魔力ポンプと接続した結果、一定の増幅効果が認められた。とりあえず、実験室段階での動作確認が済んだ格好である。計画の次のマイルストーンは、より大きな魔力ポンプを製作し、スケーラビリティに関する問題を検討することにある。
このテニアン1号が完成した暁には、安価に高温環境を利用可能となる。石炭の乾留や石炭ガスの生成に利用できることは勿論、究極的には、この装置が発生させる熱風のみで銑鉄の精錬が可能となるのだ。そうなれば、製鉄所の運転に係る燃料費を大いに削減できる。
かくして得られた溶鋼は、鋳型に流し込まれ一定の形を与えられた後、最終製品とするための成型工程に回されることになる。幻影魔術で作られるイメージは、とんがり帽子を被った小人さんが金槌で熱い鉄を叩いている場面なので、この行程に機械の導入は予定されていないらしい。ここにきて、何とも不安な景色である。
──何にせよ、同居人が非常の手段を以って労働力の確保に走った理由も肯ける。こんな巨大な施設を動かすには、相応の人手が必要なのである。果たして、そんなに必死に鉄鋼を生産して何がしたいのか、三毛猫には皆目見当がつかないが、幸いなことに、良質な鋼材は使途に困らない。お姫様に示したように長大な鉄橋を架けても構わないのだ。それが第二常備軍、勇者様のお仕事なのか疑問は残るが、王国にとって利益となることは想像に難くない。
製鉄所の建設予定地は王都東部、リーム川の北岸に位置するメフィル旧市街の遺跡である。元より奴隷商人から奪った奴隷を集住させる施設を設置する予定の場所であり、優しい同居人は職住一致を強力に推進する方針とみえる。現在は王政府を通じ契約した建築業者が敷地を取り囲む壁を建設している段階で、R3を使って眺めると、もうすぐ丸太でできた壁が敷地を囲いつつある様が観察できる。
「そのうち職員の教育にも着手しなければなりませんが、その辺は壁ができてからなのです」
「しかし、便利だよね、これ。出歩かなくても街の様子がわかるよ」
「お陰で、手を抜いたらすぐわかるのです。クレームを入れる準備はできています」
机に載った電話機を叩きながら、同居人は淡々と告げる。実に頼もしい姿である。権力の威風を感じて、上界から眺める三毛猫は思わず身震いする。
「まあ、現在、計画は初期段階、基本的な道具が使えるか検討している段階です。今しばらくはのんびりできることでしょう。でも、本格的な実証試験が始まれば、そうも行きません」
「うん、まあそうだろうね」
「そこで、貴方の力も借りようと思うのです」
「えっ」
その反応に、うにゃ?とレーニンも思わず頭を上げる。少年は意表を突かれたという趣だが、三毛猫にしてみれば、その反応の方が意外である。
「力を借りる?」
「貴方も見習いとはいえ、魔法使いなのです。その能力を活かして、私の助手をして欲しいのです」
「いや、でも、僕は」
「大丈夫、鋏と魔法は使いようです。それに、私に考えがあるのです」
そう告げると、同居人はおもむろに受話器を取り上げ、どこかと連絡を取り始める。話を聞く限り、相手は『塔』の事務局らしい。施設利用に関して何やら照会している。
「考えって、一体何をするつもりなの?」
「思えば、私は貴方が魔術を使うところを見たことがないのです。折角ですから、この機会に見せて貰おうと思うのです」
「いや、そういう短慮はよくないと思うんだ」
「実験と観察から考察を深めることも時には必要なのです」
そんな言い合いをしているうちに、例によって、三毛猫の昼食を携えたサーラがやって来る。今日は肉厚の牛っぽい肉を軽く炙ったものである。芳しい香りに誘われて、レーニンはメイドの足元に駆け寄る。
「大丈夫なのです。そう悪いことにはならないはずなのです」
「そんなに言うなら仕方がないなぁ。本当に危ないから、気を付けてね」
結局、同居人が押し切る形でエリオが了承を示す。レーニンの食事が済むのを待ってから出発する段取りである。しかし、そこはかとなく不穏な気配が漂っているのは、一体どういうことなのだろうか。美味しい肉を食みながら、三毛猫は少しだけ不安な気分となった。
長い茶番を越えて、ようやく本題に辿り着いた格好です。




