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ねこのレーニン  作者: るびー
2章 鉄鋼革命
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誤算

 仕掛はごく単純なものである。この勇者様に、あの少年の所在を探してもらうのだ。


 どうしてこんな茶番を仕組まなければならないかといえば、勇者様がどういうわけかディート姫を避け続けているからである。最初の誘いこそ特別講義として一応叶えられることになったが、その後は多忙を理由に拒絶を続けている。実際、忙しい身分には違いない。しかし、王族の誘いを撥ね付け続けるほどかといえば、そうでもない。世話係を兼務するサーラにはよくわかる。ディート姫の名を出す度にこの勇者様が見せる微かな感情、それは、どういうわけか純然たる恐怖なのである。


 そこで、エリオ秘書官の出番である。この王国で、この世界で、彼こそが最も勇者様に近しい存在なのだ。彼の身に何か変事があれば、案じるにせよ、怠慢に憤るにせよ、とにかく彼女は行動を起こすに違いない。言うならば、彼は釣りの餌なのである。或いは、祭壇に捧げられた生贄といったところか。そんな彼に誘われ、勇者様は自らディート姫の茶会に闖入する、そういう筋書きが用意されている。


 元より水面下で緩やかに検討と準備が進められていた二人の姫君の対面は、内覧の実施が決まったことで俄かに現実味を帯びた。日中は殆ど常時行動を共にしている二人をどうやって引き離すか、その難問に自ずと解が示されたからである。後は実行あるのみだった。サーラが勇者様の誘導を、ディート姫付のメイドであるマルタが少年の身柄確保を担当する。それは成功を期した万全の布陣に他ならなかった。


 しかし、それがどうしたことだろうか。仕掛人は腕の中の勇者様に気付かれぬよう、溜息を押し殺す。確かに、時機を活かすべく拙速に練り上げた策である。いざ事を起こしてみれば、思わぬ綻びが顕になる。サーラは困惑と一抹の怒りをもって、茜色に染まった空を見上げた。

昼過ぎには戻る予定だったのだ。それが何故こんな刻限になったかといえば、荷物の搬出作業に殊の外手間取ったからである。


 サーラはそれをピエトロの責任であると断ずる。作業を請け負った彼があまりにものろのろと仕事をするものだから、勇者様が暇を持て余し、戯れに家探しを始めてしまったのだ。彼女は目聡い。奴隷商人の館に埋もれた値打ち品を次々と発掘し、ピエトロが運び出す側から一時集荷場所に荷物を積み上げて行った。結果、運ぶべき総量は膨れ上がり、城から追加で荷馬車を手配することを余儀なくされた。


 こんな調子で、徒に時間を費消してしまったのだ。この護衛騎士がもう少し機敏に働いていれば、情勢は全く異なっていたに違いない。半ば無理筋の八つ当たりなのだと理解はしてはいる。しかし、この苛立ちを誰かにぶつけずにはいられないのだ。


「姫様、本当に全部今日中に運び込むつもりなのかな? 明日じゃ駄目かい?」

「勿論です。無理を言って荷馬車を貸してもらっているのです。早く返してしまわねばなりません」

「で、それを運ぶのは誰なのかな?」

「自明ではありませんか?」

「うん、そうだよね。そうだよね……」


 実際に怒りをぶつけると、あっさり吹き飛んでしまいそうな状況が更に苛立たしい。搬出した品物は須らく所定の場所に搬入しなければならないのだ。その役目は勿論、この護衛騎士に押し付けられていた。


 そんな調子で歩むこと暫し、一行は『塔』の迷宮を抜け、C研究棟の屋上に出る。押し寄せる薄暗闇の中に、第二常備軍設立準備室棟は佇んでいた。扉を開けば、出迎えるのはただ静寂だけである。別働隊は首尾よく事を成し遂げたらしい。


「ふむ、エリオはもう帰りましたか」

「まだちょっと早いと思うんですが」


 未だ終課を告げる教会の鐘は鳴っていない。サーラは油断なく、あの少年に異状があったことを仄めかす。随分遅れてしまったとはいえ、段取りそのものが狂ったわけではないのだ。着地点がどうなるにせよ、探しに出かけてもらわなければ困る。


「おや、あの坊やはサボりかい? 見かけによらずなかなかやるねぇ」


 気楽な感想を述べたのはピエトロである。それから、抱えていた書籍をどすんと事務職員用の机に置いた。彼の視線は自然と普段そこを利用する秘書官の席に向く。流石に昼食の後は片付けられていたが、数学問題演習に使っている小さな黒板とチョークは無造作に残されたままとなっていた。


「しかし、片付けが中途半端っていうのは、らしくないなあ」

「まあ、彼が居ても居なくても大勢には影響ありません。気にする意味はないでしょう」


 状況を訝しむ護衛騎士に、勇者様は怜悧に告げる。それは作戦遂行上極めて不都合な認識なのだが、同時に厳然たる事実でもある。彼が今の地位に就けられたのは、実務能力とは全く別個の観点によるものなのだ。それ故に、サーラは口を挟めない。


「それよりも、今は荷物の搬入こそが懸案事項です」


 淡々と続ける勇者様は、その鋭い金色の双眸で護衛騎士を睨む。その圧力に、彼は思わずたじろぐ。


「貴方がサボると大勢に影響が出るのです」

「うん、サボらない。ちゃんとやるから。だからそんな怖い目で見ないでよ、姫様」


 やれやれと首を振ると、ピエトロは踵を返す。その途中、縋るような視線を同僚騎士に送っていたが、相手は使命のある身である。サーラはそれとなく抱えた勇者様を示して彼の援助要請を一蹴した。その顔に浮かぶのは満面の笑みである。ピエトロはがっくりと肩を落として退出しようとする。


「ピエトロ」


 そんな彼を、不意に少女が呼び止める。怜悧な声で紡ぐのは、あまりにも当然の事項の確認である。


「貴方には兵卒への指揮権はないのですか?」

「あるよ。一応は騎士だからね。でも、警務とか捜査と違って、決まった部下は居ないんだ」

「ならば結構。私の名を使って構いません。警備の兵に助力を仰いでみては如何でしょうか」


 城内警備は騎士団の中でも警務総隊の管轄である。特務とは指揮系統が異なるため、非常時でもなければ警邏の兵に指揮などできない。しかし、位置付けの曖昧なこの勇者様が絡むなら、話は自ずと異なる。何と言っても、国王から種々の便宜を約束されている人物なのだ。道理を曲げる梃子に使い得る。


「おや、いいのかい?」

「ここへの搬入が至上命題なのです。何としても今日中に終わらせてください。荷物は二階の空室に適当に運び込んで頂ければ構いません。細かい整理は明日にでもエリオにやってもらいます」

「ああ、なんとかなる気がしてきたよ。姫様、ありがとう」

「お構いなく。あと、私は疲れたので部屋に戻ります。後のことはお任せします」

「うん、姫様の僕への信頼の篤さを思うと涙が出てくるよ」


 喜色を浮かべて、今度こそ護衛騎士は部屋を出る。それから暫くして、彼は単に面倒事を体よく押し付けられただけということに気付くのだが、その時にはもう後の祭りだった。


「そういう次第です。我々も部屋に戻りましょう」

「しかし、本当にいいんですか? エリオ君を探してあげなくて」

「いいのです。事情は明日にでも問い質せば済む話です」


 軌道修正を試みるサーラの問いかけに、勇者様は無情な答えを返す。ここに至り、サーラは計画の基礎に重大な瑕疵があったことを認めざるを得なくなっていた。どうやら、この少女は秘書官の安否に興味などないらしい。日の高いうちから堂々と抱き付いていたのは何だったのか。紛らわしいことこの上ない。

大いなる誤算にサーラが絶句していると、勇者様はどこからともなく異界の技術で作られた硝子板を取り出し、その表面を魔術的な手つきでなぞり始めた。完全に暇潰しの姿勢である。


「それもそうですね。では、帰りましょうか」


 少女の頭を撫でながら、サーラは優しく同意する。計画の続行は不可能と悟ったのだ。ディート姫には残念な報告をすることとなるが、無理に連行してこの妖精姫の機嫌を損ねると惨事を招きかねない。そうと決まれば、行動あるのみである。軽やかに身を翻し、設立準備室を退出する。


 しかし、玄関を抜け、王立魔術院C研究棟の屋根に出たところで、サーラは不意にその歩を止める。何か喪失感のようなものを感じたのだ。その不思議な感覚に、暫し黙考する。


「ああ、そうか。レーニン君も居ないんだ」


 普段ならば、付かず離れず、微妙な間合いを保ちながらついてくる三毛猫の姿が、今日は何故か見当たらない。王命により城内で待機とのことで、本来ならば設立準備室に居る筈なのだが、どこかに出かけてしまっているらしい。


「そういえば、レーニンはどこなのですか?」


 俄かに勇者様も反応を見せる。相変わらず表情は変わらないが、その長い耳が忙しなく動いている。その心境はサーラには今一つ判然としないが、何にせよ、少年に対するものとは雲泥の差である。


「さあ。もしかすると、エリオ君がどこかに連れて行ったのかもしれません」


 そう告げたのは、単に予測に基づいたものである。少年はあの三毛猫君の遊び相手を任されていたのだ。可能性の一つとして、彼についていったという展開はありうる。


「ふむ。では、彼を捕獲して尋問する必要がありそうです」

「あれ、彼のこと探してあげるんですか?」

「勿論です。レーニンのもふもふは何よりも優先されるべき事柄なのです」


 なるほど、猫ならば探すのか。サーラの胸中を感慨が過る。


 思えば、異界から一緒にやって来た愛猫なのだ。この世界の誰よりも愛着をもって接していても何の不思議もない。サーラ達は餌の選定を根本的に間違えていたわけである。


「うーん、じゃあ、戻って手がかりを探してみましょうか」


 実際のところ、あの小動物がどこに居るのか見当もつかないが、心当たりは潰さなければならない。少年の側が第一候補であり、次点は後宮に構えた勇者様の私室である。また、食堂で丸くなっている可能性も考慮されなければならない。それで見つからなければ、いよいよ特務班総動員での猫探しである。


 何にせよ、概ね既定のシナリオに復帰したことには違いない。早急に別働隊と接触し、今後の対応を協議しなければならない。彼らが少年を引きとめていてくれるなら嬉しい限りだが、この時間である、流石に期待できない。それでも、せめて足取りに関する情報を得なければならないのだ。その際に、この妖精姫の身柄をディート姫に預けることができれば、万事が丸く収まる。


 随分と予定は狂ってしまったが、ようやく展望が見えてきた。決意を新たに、サーラは設立準備室へと引き返すのだった。


茶番は、続くよ! もうちょっと、続くよ!

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