勧誘
魔族といったところで、その能力に人間と明確な隔絶があるかと言えば、そんなことはない。あの奴隷商人の館で火炎魔術を準備し終えた魔術師に会敵した時、ニューラも流石に手の打ちようがなくて困ったのだ。幾らか魔術の心得があるとはいえ、本職と正面から対峙できるものでもない。迂回して叩こうにも、相手は細い階段の上に居たから、飛び込むのは躊躇われた。
悪手と知りつつ飛び退いたところ、何故かエリオがニューラを庇うように前に出てくる。疑問を提示する余地なく、何かの魔術が発動された。事ここに至るまで、彼女はこの従者の素性を気にも留めていなかった。魔術師だったんだなぁ。そんな納得を伴って成り行きを見守っていると、不意に視界が真っ白に染まって、それから──
気付くと、見知らぬベッドの上に居た。ふかふかのベッドだった。イルヴェアの南方派遣軍司令部宿舎を借りて以来の感触である。一瞬、自分は死んだのかと思った。次の瞬間、後任として送られる者の過酷を思い、悲しい気分になった。引継できなくてごめんねと心中で謝った。
それはさておき、現世利益を尊ぶ魔族であるところのニューラは、ベッドのふかふかを堪能していた。そんな時分である。扉が開く音がして、栗色の髪をしたメイドさんが出現する。
「あら、目が覚めたようですね」
「ここは?」
「安心して、ここはお城ですよ」
「お城……?」
理解するには暫くの時間を要した。王都メフィルの西側にある、無駄に巨大で偉そうなアレだと気付いた時、流石にニューラは固まった。
戸惑うこの孤児に、メイドさんは簡単に事情を説明してくれる。あの戦闘の時点で既に王立騎士団による突入の準備は進んでいたのだ。眩い光によってニューラが気絶した後、間もなく実行に移された。奴隷商人一派は壊滅、地下に囚われた者達もその全員が無事に救出された。ニューラもまた、その一人である。
まずいことになったなぁと内心焦るニューラをよそに、メイドさんは粛々と続ける。
通常、犯罪被害者を保護した場合、救護措置や取調が終わった後、速やかに身柄を解放するのが通常の取り扱いである。人買いに連れて来られた少女に関しては、その方向で手続きが進んでいるという。しかし、王都で捕獲された孤児に関しては、その処遇について王立騎士団内部で見解が分かれているのだという。放逐したところで、また元の路上生活に戻り、危険と隣り合わせの日常を送るだけである。そんなことを許して良いのかと、人道的な観点から議論が交わされているのだという。
勿論、実際上は困難な部分もある。既存の孤児院や貧窮院は既に収容限界を迎えていて、厳しい予算の中でどうにか運営を維持しているのが現状である。引き受け手を探すのも困難だった。学も礼儀もなく、しかも、少女であるために力仕事にも限界がある。結論として、今後に王国が責任をもつことは困難という現実があるのだ。
一通りそんなシビアな話をした後、不意にメイドさんがニューラに問いかける。
「ニューラ、貴方、騎士になってみようと思いませんか?」
「んなっ」
「貴方なら、十分に務まると思うのですが」
困ったなぁとニューラは固まる。王立騎士団の成員というのは立派な公職であり、その地位は低くない。普通に考えて、その辺の孤児が願ったとしてもそうそう就けるような職ではないのだ。お誘いを受けて、断ることなどできない。しかし、ニューラは魔王軍がこの地に遣わした情報要員なのである。情報収集の面を考えれば都合の良い立場だが、非友好勢力の、しかも、治安組織の内部に潜入して活動を継続するのはあまりにも荷が重い。どうしたものか思案していると、メイドさんが更なる事実を告げる。
「既に皆から聞いています。貴方が囚われた皆を助けようと果敢に危険に踏み込んだこと。皆を護るために率先して先頭に立ったこと。最後までその志を曲げずに戦い抜いたこと。大体全部です」
「そんな。買いかぶり過ぎです」
「いいえ、そんなことありません。貴方は立派な仕事を果たしました。今度は我々がその勇気に報いる番だとは思いませんか?」
外堀は既に埋まっていた。どうやらエリオあたりから事の次第は伝わってしまっているらしい。最後こそ締まらないが、傍目から見れば確かに英雄的な行動だったのかもしれない。
「あーうー、少し考えさせてください」
ニューラにできたのは、僅かながらの時間を稼ぐ程度である。今後を協議すべく、大至急グレースヴィールの本庁と連絡を取りたいが、通信装置は城壁の外にある。城内からでも遠隔起動術式によって利用はできるはずだが、通信班要員でもないニューラには複雑に過ぎるものである。結局、現場裁量によってどうにか乗り切る他なさそうだった。
話の流れで、あの二人に関する顛末を聞くことができたのは僥倖だった。情報要員としての務めもあるが、単純に心配だったのだ。ニューラと彼らの関係も、王国当局は既に把握しているところらしい。国家の要人に係る話だが、存外あっさりと聞き出すことができた。
エリオの方は、あの地下牢でニューラと仲良く気絶していたところを突入した騎士団に保護されたらしい。命に別状はなく、既に回復して、業務に復帰しているのだという。驚いたのは、彼の素性である。ただの従者だと思っていたが、前近衛魔術師隊所属の見習い魔術師だったらしい。だったら、早々に敵を吹き飛ばしてくれたなら良かったのにとニューラは口を尖らせたが、メイドさんは彼にも色々事情があるのだと、やけに含みのある笑みで答えるに留まった。
あの超然としたエルフのお嬢様の方は、やはり、別の部屋で厳重に隔離されていたのだという。概ねニューラの予想した通りの状態だったらしい。あの若干天然っぽい少女が大人しく拘束されていたというのは、正直に言えば意外だった。騎士団が施設を制圧した後に自ら戒めを解き放ったというから、抵抗できないわけではなかったはずである。微かな違和感が残った。
その後に、人目を憚らず素っ裸で馬車まで歩いて行ったというのは、何とも言えない話だった。どんな表情でその話を聞けばよかったのか。何故か語り口が生々しいこともあり、反応に困ってしまった。
何にせよ、二人の無事が判明して安堵した。
その様子を確認したメイドさんはニューラに安静にするよう言って部屋を退出する。言われてみれば、身体の端々が痛む。どうやら無理をし過ぎたらしい。情報収集任務中の巡察将校とはいえ、実際のところ、荒事は得意ではないのだ。どちらかというと、内勤の方が向いていると自負している。元より不安定な生活の影響もあるのだろう。整った環境に置かれた途端、どっと疲れが噴出するのを感じる。
当面はゆっくりしよう。そうニューラは心に決める。脱出するにせよ、潜入するにせよ、第一に必要なのは静養である。幸い、期限には幾らか余裕があるらしい。態度を決めるのは、ゆっくりと英気を養い、時局を見通した後でも構わない筈である。
暫くして、先程のメイドさんがまたやって来る。今度は食事を持って来てくれた。病み上がりに嬉しい、麦のミルク粥である。胡桃と果物も入っている。それは、ほんのり香ばしくて、ほんのり甘かった。
戦後処理はなかなか大変です。




