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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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嵐の後に

 あの騒動から暫くの後、例によって王政府庁舎の雑具保管庫にはレオーニ国王、レヴィナ宰相、そして、カイラル王立常備軍総長が集まっていた。最近、王政府部内で『三頭会議』と呼ばれるようになった高レベル非公式折衝である。こういう催しが目立つのは良くないと国王は常々思っているのだが、あの勇者召喚以来、こうして近しい人と討議しなければ方針すら定まらない案件が増えている。今日の議題もまた、その関連だった。


「正気か? あんな要求を呑むなど」

「ううむ、しかし、呑まざるを得なかったのだ。ああ言われてしまっては」

「あのお嬢さんには痛いところを突かれたな」


 三人の口から苦悶が漏れる。事態がちょっと想定外の方向に転んだのである。


 あの騒動に関する諸々の処理は、事件の翌日からさっさと進められた。


 奴隷商人の処分に関しては、特に異論も障害もなかった。貴族を襲うなど、それ自体到底許されることではなかったし、サーラの報告がその認識を更に後押しした。国王は激怒した。あの幼気な勇者への仕打ちは、為政者として、娘をもつ父として、もう憤怒を禁じ得なかった。


 死刑と財産没収はもはや既定路線だった。一応聴取はしたが、彼から聞き出したいようなことは、特になかった。いつまでも生かしておいても仕方がないので、王命により死刑はさっさと執行された。


 勇者の方にもそれはそれで問題があったので処分を下した。厳格な外出禁止処分である。城の敷地から出ることを一切禁止した。常設の警護部隊を付けることも呑ませた。元を辿れば、彼女の放縦が今回の事件を招いたのである。浮浪児に扮して騎士団の捜索を躱していたとの報告を受けた時には、国王は色々な意味で衝撃を受けた。元気なのは結構だが、元気すぎるのも考え物である。


 しかし、この処分を面前で伝えたところ、ついでとばかりに、勇者の側からも要求を突き付けられてしまった。これが大問題だった。何と、没収した奴隷商人の財産を寄越せと言ってきたのである。


「ほら、まあ、第二常備軍に資金は提供できないという約束で」

「既定の予算編成・配分割合に影響を与えない趣旨と理解していたのですが、あれは、偶然の事情で得た物資や資金の提供さえも拒む趣旨だったのですか?」

「いや、まあ、そういうわけではないのだが」

「では何故、ご提供頂けないのですか?」

「この種の没収財産は公売するのが古くからの習わしなのだ」

「しかし、特権を頂ける約束ですよね?」

「ううむ、しかし、それは時と場合を鑑みて判断すべき問題であってだな」

「では、いかなる場合に、どのような特権を頂けるのですか?」

「いや、その、それはだな。それはだね……」

「もしかして、私にお仕事をさせたくないのですか?」

「いや、是非とも貴公の手腕を発揮して頂きたいところなのだが」

「お仕事しないなら、私に存在価値などないですよね?」

「いや、だからね」

「次はレーニンと一緒にお出かけしようと思います」


 国王も、ちょっとした金銀財貨や宝石なら喜んで御進呈するのだが、これが奴隷商人の財産というのが明らかにいけなかった。財産には奴隷が、即ち、人間が含まれるのである。しかも、ドルニアはそれなりに広く商いを行っている商人だった。彼の所有する在庫を掻き集めれば、それなりの数にはなる。それを使えば、現状は書類上の存在に過ぎない第二常備軍にいよいよ実態を与えることになりかねないのだ。これでは不用意に王立常備軍を刺激してしまうし、勇者を単なる象徴として扱おうという王国首脳部の目論見とも外れた展開となってしまう。


 しかし、ここで要求を撥ね付けると、この勇者様は今度こそ出奔してしまいそうだという確信めいた予感があることも事実なのだ。何と言っても、精鋭たる王立騎士団特務班をつけていながら、それをあっさりと振り切った人物である。彼女が本気となった場合に阻止できるか、ちょっと自信がなかった。


 その場は保留ということで乗り切ったが、結論を先送りにして引き延ばす程に、出奔に対する不安が募るだけに終わった。結局、絶対に出奔しないことを保証するための措置とバーターということで、没収財産の全面供与を認めることとなったのである。


「まあ、あのお嬢さんを繋ぎ止められただけでも成果とすべきか」

「しかし、あれは……少々かわいそうなのではないか? まるで犬か何かではないか」

「いいのだ。当然の報いだ。もうあんな事をしでかさないように、しっかり御反省頂こう」


 国王はきっぱりと言い放つ。毅然たる態度は、実際のところは開き直りの反映である。アレなことは百も承知だが、非常の手段を講じて封殺しなければ、正直不安だったのだ。そういうわけで、首輪をつけることにした。物理的に。


 丁度、あの奴隷商人に取り付けられた首輪が外せなくなっているので、再利用させてもらった。鎖を取り付けて、サーラに管理してもらっている。事実上、行動の自由を奪った格好である。どこに行くにもあの従騎士の許可と付き添いが必須となっている。流石に、世話役を害してまでどこかに行こうというつもりもないらしい。今のところは、大人しく従っているようである。


 結局のところお仕置きでもあるのだが、そういう観点からの効用は判然としない。国王は時折、得意の遠視術で様子を窺って見ているが、あの超然とした勇者様は既にこの扱いに慣れてしまっている節もある。時折、あの少女が何かに怯えていたり、サーラが妙に嬉しそうに職務に励んでいたりと、若干気になる部分もあるのだが、その辺は、あえて深く追求しようとは思わなかった。


「あれは素直に反省するような性分にも見えないが」


 レヴィナ師が苦笑する。色素の薄い、どうにも儚い見た目に反して、あの少女は転んでもただでは起きない逞しさを兼ね備えている。なかなか油断ならないのだ。今回は酷い目に遭ってしまったが、その駄賃とばかりにドルニアの財産を掻っ攫って行った。そんな根性の座った娘さんが、果たしてそう簡単に翻意するものだろうか。


「それでも、反省して頂けなければ困る」


 対する国王も苦笑いで応じた。現実の見通しはともかく、あの放縦を諌めるべきというのはこの場の総意でもある。手駒を失う危険を許容出来ないこともあるが、より現実的な問題として警護上の問題もある。今回の事件が図らずも示した通り、制約のない状態では不測の事態が生じかねないのだ。そして、次に遭遇する事態に何か政治的背景がないとも限らない。危険からは引き離す必要がある。


「面倒な小娘だな」


 ぽつりと一言、カイラル将軍が皆の胸中を代弁した。


 それから、三人は簡単に幾つかの事項を確認する。


 あの勇者様への没収財産引き渡しは、特例による手続の緩和を重ねることで、数週間後には実施される見通しである。唯一、カイラル将軍が気にする奴隷の引き渡しに関しては、その入手経路に非合法の疑いがあるため、本当に奴隷身分に該当するか、王立騎士団の助力を仰ぎつつ精査を行っている。国内や帝国出身者に関しては時間を稼げる見通しである。


 もっとも、在庫には異民族や異教徒、亜人も含まれている。この大陸の神による最後の被造物というフィクションを共有できない彼らは、制度上は家畜同然に扱われる。故国の権力や財力を動員できる者、即ち、異境の貴族や商人ならば自ずから別異な取り扱いとなるが、そんな背景を持つものが奴隷商人に囲われているはずもない。調査に時間がかかるという口実には限界があった。


 関連して、奴隷を集住させるための施設を作る話も進行している。場所は港湾区の北側、リーム川北岸に位置する旧市街廃墟の荒れ地である。ドルニアから承継する牢や檻があるが、商品を一時留め置くだけならばともかく、生活の場とするならばもう少し整った居住環境が必要ということらしい。レヴィナ師は木造の素朴な小屋を幾らか建てる方針であると聞いている。施設そのものは、そこに居住する奴隷に建設させるらしい。資材は王政府が窓口となって、市政庁経由で調達を進めている。


「しかし、一体何をしようというのか」


 将軍が首を捻る。曲がりなりにも軍隊もどきを作ろうとしていることは見て取れるが、それに何の意味があるのか見通せない。他の二人も疑問を同じくするところである。神妙に肯く。


「まるで、わからん」

「大言壮語した手前、意地になって引き返せなくなっている……というならまだいいのだが」


 子供の意地なら、早晩どうせ躓くのだ。その時に優しく抱き締めて、間違いを繰り返さないように諭してあげれば良い。しかし、そうでないならばどうしたものか。事態は想定外の領域に踏み込みつつある。


「わけがわからないといえば、貧民対策の強化を訴えたとも聞くが、それはどうだ?」

「ああ、あれか。もっともな話ではあるから、幾らか対応することにした」


 恐らくは、無軌道な視察行の副産物である。あの少女とその秘書官は、期せずして王都の最下層で暮らす者の生活を目の当たりにしたのだ。国王とて知らない話ではないが、実際に見聞きした話を聞くと心を動かされるものがある。例えば、身寄りのない孤児が放棄された下水道で身を寄せ合って暮らしているという話は、胸に刺さる物を感じた。民衆政策の失敗を端的に指摘されている思いだった。


 王国の力をもってしても、この貧困の全てを救済することは難しい。人も国家も、持てる物は限られている。しかし、それは国家が助力を諦める理由ともならない。財政などの状況を勘案しながら、漸進的にその保護と救済を拡大することは可能である筈なのだ。そのために、あの少女が提案したのが教会孤児院や貧窮院の拡充である。せめてパイを増やそうというのだ。さじ加減の問題はあるが、ありえない話ではなかった。


「民を護ることが王の務めだ。彼らとて王国の民には違いないのだ」

「それはそうなのだが……」


 将軍は言い淀む。


「あの小娘、他人を慮るほど情に篤いのか? とても、そうには見えないが」

「民の味方として名前を売りたいなら、それはそれで結構な話だ。民を愛する麗しき勇者が悪しき魔王の影を退ける。良い物語ではないか」

「ならばいいが……」


 他の二人も、将軍の懸念がわからないではなかったが、かといって、慈善事業で何か実のあるものを得られるかと言えば、考え難かったのだ。結局、その動機を慈悲か慈愛、精々、名誉欲に見出す他なかった。


 会談の最後に、例によってロゼニアに駐留する帝国遣南軍団の動向について確認する。やはり動きはない。ニーヴァルンディを巡る攻防が落ち着いていることもあって、当面、帝国内の事情で動くことはないというのが王立常備軍の見解である。


 一通り情報交換と意思確認を終えて、今回の会談は終わる。会談を繰り返す度に、情勢は面妖の度を増している。どうにも晴れない気分のまま、参加者は各自の業務へと戻って行った。


ということで、戦後処理です。大枠としてはこんな感じになりました。

後は挿話的なエピソードを幾つか並べたところで、1章終了を予定しています。

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