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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
28/60

決着

 突如として発生した閃光は、中の事態が大きく動いたことを示唆していた。作戦計画はプランB、即ち強襲に移行する。彼らはあっさりと壁を飛び越え、奴隷商人の倉庫を兼ねた大きな邸宅に侵入する。その姿に気付いてしまったお友達には、漏れなく投げナイフがプレゼントされた。


 強引に、しかし、鮮やかに侵入した彼らは、間もなく敷地の正門、裏門、通用門、厩舎と車庫を掌握する。番兵の方々には丁重にこの世からお引き取り願った。鍵は壊され、閂は外される。通行自由となった扉から流れ込むのは、金属鎧とトゲ鉄球付のメイス、巨大な金属盾で武装した、完全武装の兵隊である。四方から魔術の光球が投げ込まれ、その雄姿がくっきりと浮かび上がる。


 王立騎士団警務総隊。その中でも技量の高い者を集めて編成される強制介入部隊である。早い話が、硬くて強い出入りの先鋒部隊だった。その衝力は見事なもので、シールドチャージだけでも対応に出てきた先方の戦力を蹴散らしている。


 動きは鈍く、弓兵、とりわけ、鎧を射貫可能なクロスボウを扱う連中が天敵なのだが、その辺も抜かりない。あの頑丈な前衛集団には魔術師も混じっているのである。風の系統に連なる対飛翔体無力化魔術で部隊への危害を最小限に抑えている。前線での防御と、正体の露見による狙撃を抑えるため、その姿は概ね前衛を担う他の要員と変わらない。重装鎧を着こんで、ひたすら見方を護るための防護魔術を行使し続ける様は、軍組織に組み込まれた魔術師の一つの在り方を示している。即応性と多様性、曲芸じみた芸当を要求される近衛魔術師隊とはまた異なる、専門に特化したプロフェッショナルの在り方である。


 応急措置のみならず火点潰しにも余念がない。周囲の施設の屋上には弓を携えた狙撃手も配備されている。名前こそ王立騎士団だが、その実質は王立常備軍に並び立つ、小さな諸兵科連合軍なのである。その矛先に立たされた奴隷商人の私兵達はあっという間に切り崩され、無力化されていく。


 その戦場の熱気を冷ややかに眺めながら、にゃーと三毛猫は鳴く。ちょっとした親切心だったのだが、存外事が大きくなってしまった。別に、それで腹が痛むこともないのだが、ちょっとこう落ち着かないものがある。黒幕の気分というやつだろうか。


 方々大騒ぎとなってしまった今回の同居人の気まぐれだが、実は、その大部分を視界に収めている便利なものが存在している。同居人が絶対の自信をもって送り出し、今、その指示に従って王都上空に展開している無人偵察機、あのR3である。


 にゃーにゃーと暴れて、後宮の居室ではなく、設立準備室に連れてきてもらったレーニンは、親切心からR3のモニタ情報をサーラに見せてあげたのだ。文明の利器とは縁遠く最初は首を傾げていたこのメイドだが、レーニンがタイムシフト機能を見つけて操作してあげると、途端にその意味と重要性に気付いたらしい。同居人が地下から出てきて散策してる様子も、追撃を躱すべく愉快な仮装をしている様子もしっかりと記録に残っていた。いつの間にかSubject Charlieを示すマーカーが増えていたが、大らかな三毛猫はその辺は気にしなかった。


 便利なことに、R3は増光式暗視装置も熱源映像装置も装備していた。おかげで、同居人とエリオが何者かに襲われて、そのままお持ち帰りされるところもしっかりと確認できた。勿論、勇敢なCharlieがこれを油断なく尾行している様子も丸見えである。途中で地下に潜ってしまったため行き先は掴めなかったが、QVA推論エンジンとやらが王都中部にある大きなお屋敷をサジェストしていた。人工知能の考えはよくわからない。どうやら、何かの反応を検出したらしかった。


 R3偵察情報はサーラから勇者捜索の陣頭指揮をとる王立騎士団ジンガ団長に伝わり、そこから更にレオーニ国王に伝わった。猫の操作する得体の知れない機械が示す、イレギュラー極まりない情報である。その取扱いについて関係者の見解は分かれたが、これを全面的に信用すべきと主張したのは、意外にもあのもふもふ王陛下である。そこで、R3がサジェストするあのお家を軸に、王立騎士団捜査部による裏付け調査が実施された。


 結果は真っ黒だった。あのお屋敷の所有者はドルニアという奴隷商人である。その商売は存外手広く、国内のみならず、海運による国際奴隷取引にも熱心に取り組んでいるらしい。捜査部も彼に関する未確認の噂くらいは掴んでいた。その業務の一部たる性奴隷取引において、商品の調達を非合法な手段、すなわち、市内の浮浪児の略取によって賄っているというものである。もっともらしい筋書きではあるが、捜査部は事ここに至るまでこの案件を放置していた。


 この種の噂が犯罪捜査の端緒とするには少々弱いというのは事実である。奴隷商人というのはそもそも毀誉褒貶が激しく、出所不明真偽不明の噂が常につきまとっている。同業者間競争の一側面で、要するに相手を蹴落としにかかっているのだ。しかも、ドルニア氏は最近俄かに力をつけた商人である。風当たりが強いこともまた、理解できないことではなかった。


 また、王立騎士団が噂に言われるような事案を認知していないことも極めて大きかった。被害者とされるような浮浪児はあまり公権力を頼みにはしないし、彼らの身に何かあっても案ずるような市民も少ない。結果として誰も被害を申し立てなかったため、事態が放置されていたのである。


 何にせよ、本件にドルニア氏が関与している可能性が高いとして、強制捜査に向けた調整が開始された。


 そんな折に、もう一押しの証拠が出てきた。万一に備えて、ついでに、サーラの趣味が高じて、エリオにはちょっとした仕掛けが施してあったのだ。あの精霊石を用いた髪飾りである。持ち主を護るというのはただの迷信で、一般に出回る精霊石は結局単なる宝石なのだが、あれに限って言えば王国の宝物庫に収蔵された本物の魔法器である。実際に危険時の保護効果がある。しかし、勇者警護を担当する王立騎士団特務班にとって重要なのは、そのおまけ効果である。装着者の危険度の高まりと共に外部に位置を知らせる、一種のビーコンとしての性質があるのだ。


 その検出器に、俄かに反応が見られた。勇者警護チームがかけておいた保険がここにきてようやく役立った格好である。反応はやはりドルニア氏邸の方位を示していた。この段階で、既に王国上層部の認識は固まっていた。後はもう、どうやってカチ込みの口実を作るかという話でしかなかった。期せずしてその謀議の場に傍観者として立ち会うこととなった三毛猫は、偉いおじさんがキレると怖いなぁという月並みな印象を抱くほかなかった。


 最終的に、警務総隊による包囲が完了した後、特務班が邸宅内部に侵入、同居人とエリオの身柄を確保した後、強制介入部隊による突入を実施、施設を制圧する旨の作戦案が作成される。もし内部で戦闘の兆候があれば、救出ミッションの進度に関わりなく、即座に制圧を開始する旨も定められた。


 そういうわけで、部隊の配置を整え、特務班による突入が開始されようかという段階で、あの発光現象が起きたのである。あれは精霊石による保護効果発動を強く示唆するものである。こうなると、もはや物理で殴って全てを迅速に片付けるより他ない。


「さて、私達も行きましょうか」


 護衛についてくれているサーラが朗らかに言うので、レーニンもにゃーと応えた。


 基本的に野次馬根性である。分を弁えてR3による中継を眺めても良いが、折角のカチ込みなので、生で眺めて見たかったのである。サーラも参加するらしいので、くっついてみた。偉いおじさん達の、ご主人が心配なのだろうという解釈に関しては些か異論があるが、大筋ではそう違っているわけでもないので、強いて異論は述べなかった。愛らしい小動物のお願い作戦は見事に奏功し、護衛付の特等席を得たわけである。


 普段はメイドとしてあれこれしているサーラだが、最初に同居人が看破した通り、本業は王立騎士団特務班所属の従騎士である。流石に戦場でメイド服という嗜好はないようで、すらっとしたパンツとチュニック、その上に革製の胴鎧を着込んでいる。腰に佩いているのは細長いレイピアである。女性騎士である。力よりも速さ、迅速に相手の急所を貫いて無力化していくスタイルなのであろうことが窺えた。


 実際、動き出すとびっくりするほど速かった。カツカツと軍靴の音を響かせてサーラは制圧された庭を駆け抜ける。頭の上に陣取った三毛猫は快適だった。武人らしい身のこなしと言うべきか、サスペンションが効いているかの如く頭が揺れなかったからである。


 戦線は既に屋内に移りつつある。正面玄関からの突入部隊は若干の苦戦を強いられているらしい、ドルニアさんは手駒に魔術師を加えているらしく、それが抵抗しているので突入できないのである。そんなものを相手にするつもりはないので、サーラは迂回路を目指す。庭の置物を経由して跳躍し、さっさと2階のテラスに乗ってみせたのである。猫もびっくりの軽業である。


 テラスにあった優雅な椅子をぶん投げて、サーラは窓をぶち破る。ドルニアさんの手勢は玄関の防衛に総出動しているらしく、妨害に来る者は居ない。それでも、何故か中から気配のする扉があったのだ。折角だからと、蹴り破ってみる。


 中には大きな檻があった。その中で同居人が転がっていた。早速の大当たりだった。


「レーニン!」


 サーラが叫ぶので三毛猫はすかさず飛び退く。荒事は専門家にお任せである。部屋には恰幅のいいおじさんと、金属鎧を着用した私兵が3人、扉の横にも1人が伏せていた。すかさず、のこのこと部屋に踏み入ってきた女性騎士に天誅が下る……が、サーラの素早さの方が数段上だった。振り下ろされた斬撃を紙一重で躱すと、サーラは素早く男の眼球を、その背後にある脳を串刺しにする。男の両腕がだらんと垂れて、そのまま尻から崩れ落ちる。


 残りの3人はサーラを半包囲しようと駆け寄るが、ナイフを投げて牽制し、彼らの足並みを乱す。その隙を突いて包囲を脱すると、すれ違いざまに鎧の隙間を突いて手傷を負わせた。おまけに、背中を蹴り飛ばして、残りの2人にけしかける。それを回避しようと隊列が乱れたところで、更にサーラの剣が一閃した。鎧の隙間から喉を切り裂いて一人を沈黙させる。流れるような動作で倒れた男に止めを刺し、最後に残った一人と向き合う。結果は既に見えていた。サーラはその構えを猛然と突き崩し、剣を落としたところで回し蹴りを食らわせる。男は部屋の中央にある檻に勢いよく衝突し、気絶した。


「おひほふぉへふえ」


 サーラの殺陣を見守っていた同居人が何か感想を述べるが、口枷のせいでまともな言葉にならない。


 改めて三毛猫は同居人を見遣るが、まったく酷い格好である。素っ裸に拘束具しかつけていない。おまけに、閉じられない口から垂れた涎が汚い。そんな同居人の珍しい醜態を見物してあげようと、三毛猫はそろりと檻の中に入る。後ろ手に拘束された小娘は、流石に無力化されていると踏んだのである。


 しかし、甘かった。がきんと景気の良い音がすると、同居人は手枷の鎖を引きちぎって腕を大きく広げ、次の瞬間、侵入者を全力で抱き締める。三毛猫は既にキルゾーンに入ってしまっていたのだ。回避はできなかった。呼吸が止まり、胸骨が軋む。おまけに、頭からは涎が降り注いでくる。


「ほふほふへふ」


 サーラはそんな様子を確認してにっこりと微笑むと、一人残された恰幅の良いおじさんと向き合う。すっかり戦意を挫かれたらしい。壁にもたれかかり、床に腰を下ろしている。


「まったく、突然何なんだ、あんたらは」

「王立騎士団従騎士、サーラ・アクィラムです。ドルニアさんですね? 早速ですが、貴方の身柄を拘束させて頂きます」

「王立騎士団?」


 思わぬ名前に、奴隷商人は目を丸くする。どうやら、こんなに素早く動くとは思っていなかったらしい。実際、国王の意向もあって急転直下で決まった急襲作戦である。驚くのは無理もなかった。


「なるほど。しかし、私はあんたらに拘束されるようなことをした覚えはないのだが?」

「この状況で、そう言いますか」

「エルフと言っても、所詮は亜人だ。いつからここは亜人の国になった?」


 奴隷商人はいつの間にか現れた三毛猫と戯れる同居人を睨む。これの何がいけないのか。彼の目に、一瞬だけ疑問と激昂の色が浮かぶ。人間の法で護られるのは人間だけである。猫に法の保護が及ばないように、亜人にも法の保護は及ばない。


 確かに、物語に登場するような美しい森の妖精を害したいという人間はそう多くないが、それと法制上の話は別論である。その態度からは、道理に合わない論難への憤慨がみてとれる。


 そんな彼に、サーラは諭すように、優しく続ける。


「そういうことではありません。貴方は、我らが国王陛下の客人を害したのです」

「客人? この亜人の娘が?」


 声が裏返る。彼からしてみれば、意表を突く展開だった。


「ええ。陛下は彼女に故国と同等の、貴族としての権利をお認めになっています」

「なるほど」


 それだけ言うと、奴隷商人はがっくりと項垂れ、押し黙った。ようやく自分が虎の尾を踏んだことを理解したらしい。納得はできないだろうとレーニンは同情を覚える。半ば、事故か災害のようなものである。王国首脳部の絡むあの強引な決定を見てしまった三毛猫には、そんな感想しか浮かんでこない。


 優しい三毛猫はにゃーと慰めてあげる。しかし、反応はなかった。絶望は深そうだった。


 趨勢は既に概ね決していた。入念に整備された奴隷商人の私兵部隊は、なかなか見事なものだった。寄せ集めのゴロツキ集団かと思えば、最後は魔術師を核に、陣を組んで頑強に抵抗した。しかし、相手は編成も規模も、装備も練度も上回る王立騎士団である。長時間の抵抗など、元より不可能だった。


 別働隊による側面からの奇襲、狙撃による魔術師の排除成功によって、防衛線は一気に崩壊する。


 衛兵はすぐに2階、同居人が拘束されている部屋にもやってくる。ドルニア氏は彼らに拘束され、そのまま外に連れて行かれた。


 同居人の解放はなかなか難儀した。一連の騒動で、鍵がどこに行ったのかわからなくなったのである。


「勇者様、お出かけすると見つからなくて皆難儀してしまいますし、暫くそこに居てもいいかもしれません」

「……ほへは、ほあひまひゅ」


 サーラが意地悪な冗談を言うと、同居人は慌てて足枷の鎖を引きちぎり、ついでに、檻の鉄格子を曲げて、自力で脱出する。冶金魔術による力技である。考えてもみれば当然の話だった。賢者の称号を持つこの小娘は、詠唱などなしに、多彩な魔術を扱えるのである。口枷など、何の妨げでもない。


 自由を取り戻した同居人は、そのまますたすたと部屋を退出しようとする。


「あれ? ゆ、勇者様! 裸、裸ですよ~?」


 サーラが狼狽するが、そんなものを気にする同居人でもない。迷いなく正面玄関に向けて突き進んでいく。時折すれ違う衛兵が驚愕の表情で見守ってくれるが、やはり同居人は気にしない。思えば、風呂上りに素っ裸で宅配便への対応に出向いてしまう程度には、羞恥心とかない小娘なのである。幼児体型ながら、エルフ設定が通る程度には美麗な姿態を惜しみなく披露している。


 天然極まりない行動で騒動の後片付けに追われる騎士団職員を困惑させつつ、同居人は玄関から外に出る。庭には死体やら捕虜やらの他、邸宅の地下で囚われていた少女達が集められていた。その程近くに、横たえられる二つの人影がある。


「あー、もう、勇者様、自分の格好を自覚してください!」


 サーラがどこかから適当に引っぺがしてきたカーテン布で同居人を覆う。閉じ込められてはたまらないので、レーニンは同居人の熱い抱擁から強引に脱出した。三色の毛玉が芝生の上をごろりと転がる。


 同居人は徐に魔術の光球を作って、転がる人影に向けて放り投げる。淡い光に照らされて、その正体が明らかとなる。エリオと謎のCharlieさんである。両者ともに胸が微かに上下しているので、息はあるらしい。それだけ確認すると、同居人は正門に向けて歩き始める。


「さて、茶番は終わりです。帰りましょう」


 サーラが慌てて馬車を呼びに走る。同居人の思いつきによって始まった一連の騒動は、ここにようやく終局を迎えようとしていた。


ちょっと強引ですが、長かった視察もようやく終了です。

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