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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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転機

残酷な描写タグは飾りじゃないです(今更)

 目が覚めると、そこは見慣れない場所だった。体中で感じるひんやりとした触感と、妙に低い目線から、エリオは自分が床に転がっているのだと理解する。後頭部は未だずきずきと痛む。ランプの灯りと、それに照らされた鉄格子をみて、少年は自分が賊に捕まったことを悟った。


 とりあえず起き上がろう、そう思って四肢に力を込めようとするが、どうにも体が言うことを聞かない。芋虫のように床でもじもじしているうちに、高い靴の音が近付いてくる。


「おや、お目覚めかい? お嬢さん」


 薄汚れた身なりの下卑た男である。明らかにエリオを揶揄していた。少年が青い瞳で鋭く睨むと、大仰にのけ反って笑う。相手を苛立たせようという意図が見え透く。しかし、目論見を看破すると不快にならないかと言えば、決してそんなことはない。歯を食い縛って耐える少年を男は愉快そうに見下ろす。


「ああ怖い怖い。やっぱりその首輪をつけておいて正解だったわ」

「首輪?」

「そうそう、麻痺の首輪。鼠にちょろちょろされると煩わしいしな」


 そう言われて、エリオは不意に首筋の冷たい感覚を意識する。重犯罪者の無力化に用いられる魔法器である。上手く動けないのはこれのせいらしい。


 精神を操る感応術関係の術式や機材には不安定さが付き物である。どうやらこの男は挑発で首輪の効きを確かめていたらしい。にやにやと笑みを浮かべながら、牢の中に入ってくる。


「全くそんな恰好しやがって。どういう趣味なんだ、この変態野郎」


 それメイドの呪いですから、とフォローしてくれる勇者様は居ない。一体どうなってしまったのか。目線を泳がせ探していると、不意に男の手が伸びてくる。首に何かを取り付けられると、強引に引き上げられる。じゃりじゃりという音が聞こえたから、鎖らしい。体重が首にかかる格好となって、大変苦しい。


「まあ、何でもいいけどな」


 唐突に手を離されて、どすんと少年の体が崩れ落ちる。再び後頭部を打って、少し涙目である。

男はそんなエリオの体をひっくり返すと、強引に尻を持ち上げる。衣服の裾を引きずりあげて、それから、下着を下ろす。首輪の力で抗拒不能なので、あっという間に尻が丸出しになった。少年は首を捻る。羞恥や恐怖以上に、疑問の念が強かった。正直、彼には男の行動が上手く理解できなかったのだ。


「男でもこっちは使えるんだろ? 折角だから、俺が味見してやるよ」

「味見って?」

「いいねぇ、そういう初々しい反応。わかってるじゃねぇか」


 布擦れの音がする。男が何かを脱いだらしいことは、少年にも伝わる。嫌な予感がするが、打つ手がない。どうしたものかと思案していると、唐突に、ぶしゃあと何かがぶちまけられて、頭から何か温かいものが降りかかる。次の瞬間、ずっしりと背中に重いものがのしかかった。何か濃厚な暖かいものが首筋にどろりと流れて、少年は悪寒がした。それから息を吸い込むと、鉄錆のような濃密な臭気が鼻腔に流れ込む。


「んー、もしかすると、初体験したかったのかなー?」


 後ろからかけられた声は、少年も聞き慣れたものだった。先刻まで慣れない土地を案内してくれた恩人である。どうしてこんな場所に居るのか気になったが、少なくとも、下品な男の声よりは安心できる。


「初体験って? 味見と関係あるの?」

「そうくるかー。君もなかなか大物だねぇ」


 エリオのピンぼけ気味な問いかけに、流石のニューラも苦笑いを禁じ得ない。少なくとも、男の末路を気にしてあげるべきだと思うのだ。


 ニューラは掴んでいた生首をぽいっと牢の片隅に放り投げると、エリオを汚している胴体を力ずくで引き剥がす。魔術で作った風の手刀は、それ自体が対象を断ち切る力を秘めているのだ。鎧や甲殻ならばともかく、人間の体程度なら撫でるだけで音もなく切り裂ける。先手さえ取れるなら、暗殺に使えないこともない。どうやら男は少年の艶姿に夢中らしかったので、そっと後ろに回って首を斬り落としたのだ。


「いやー、ごめんねー。ニルに人攫いが居るから危ないって言われてたの忘れてたよー」

「人攫い?」

「そうそう。まさか本当に奴隷商人の犯行だったなんて、安直な話とは思わなかったけどね」


 気楽な感想を述べながら、ニューラは首なし死体の腰をまさぐる。案の定、鍵束が下げられていた。それを引きちぎって、エリオの首輪に合うものを適当に探す。10回くらい施行したところで、ようやく合うものがあった。おかげで、麻痺からようやく解放される。


「君達が街に不慣れってすっかり忘れててね。危ないところに行く前に連れ戻そうと思ったんだけど、ちょっと間に合わなくて……」


 あの格好で直接城に入れるわけもなく、王立騎士団の詰所を頼ることは目に見えていたのだ。お店の位置からだと、最寄は港湾管区詰所、王城敷地内の本部に続いて大きな騎士団の拠点である。別れるのは構わないが、結局、順路はニューラと殆ど同じはずだったのだ。ところが、振り返ると二人は居なかった。変なところに行く前に連れ戻そうと思ったら、あの襲撃である。周囲を伺うと、大人の男が5人程居た。

正面戦闘はからっきしなニューラがこれに割って入るなど無謀の極みで、仕方がないので男達を尾行した。その結果、現在に至るわけである。


「助けにきてくれたんだ。ありがとう」

「いや、まあ、あれは見捨てると気分が悪いからねー」


エリオが素直な感謝を伝えると、ニューラははにかむ。


「ところで、ヴィオルは?」

「さあ、目が覚めた時にはもう」


 他の牢も見て回るが、何人か見つけたのは見知らぬ女の子ばかりである。属性は様々だった。視察で見たような粗末な身なりの娘も居れば、それより幾らか小奇麗な娘も居た。攫われた浮浪児の他に、農村で買われた娘がここに留め置かれているらしい。


 二人は鍵を開き、枷や首輪を外してあげる。出自や背景は様々だが、帰ってきた反応だけは皆一様だった。恐怖である。血が滴っているのが良くないらしい。確かに、もっともな反応だった。


 あの不愉快な看守の返り血だと説明してどうにか落ち着いてもらうと、あの特異な勇者様の所在を問い合わせてみる。しかし、要領を得ない。どうやら、ここに運ばれたのはエリオだけらしかった。話を聞くうちに、ニューラの表情は露骨に歪んでいく。


「別の場所かぁ、まあそうなるよね」


 魔術による反撃を警戒して、エルフを捕獲した場合は厳重に拘束するのが通例である。多数の見張りがつけられている可能性も高い。それに、何をされているか知れたものでもない。最悪、迷信のような魔法薬の材料として殺されている可能性すらある。


「この子達も放っておけないし」

「うーん、それならこんなのはどうだろう」


 ニューラはこんな腹案を提示する。餅は餅屋、勇者様救出の荒事は王立騎士団にやらせればいいのである。ここを脱出して騎士団に勇者が拉致された旨を伝えれば、彼らも動かざるを得ない筈である。あのエルフの少女には、出自の知れない浮浪児とは比較にならない重みがある。


 幸い、脱出の難度はそう高くはない。この建物の地下には、下水道と繋がる秘密の通路があるのである。表には出せない物品の搬入・搬出経路である。二人の身柄も、そこを経由してこの建物に運び込まれた。それは奇しくも、尾行していたニューラを案内する形ともなった。


「見張りは倒しておいたから、あとしばらくは安全なはずだよ」

「倒したって、一体どうやって?」

「まあ、搦め手ってやつかな」


 本当ならば囚われの姫君を助けに行きたいエリオだが、賢明な彼は身の程を弁えていた。蛮勇は状況を好転させるどころか、最悪の状況を招きかねない。それならば、ここに居る全員で脱出する方がよほど益が大きく、確実だった。内心忸怩たる思いだが、少年はニューラの案を了承する。


 他の者も、異論などあるはずもなかった。悪辣な魔法具の影響が抜け、皆が動けるようになった段階で、移動を開始する。そのように取り決める。


 そんな矢先だった。唐突に新しい足音が地下に降りてくる。複数、三人以上である。最初こそ静かなものだったが、すぐに漂う異臭に気付いて駆けてくる。


 ニューラは舌打ちして、すぐに呪文詠唱に入る。流石のエリオもそれに気付いた。色々な疑問が脳裏を過るが、その術式があまり馴染のないものであることが一際印象に残った。しかし、そんなことを詮索している暇などなく、少年は武器になりそうなものを探す。結局、取り外した首輪をフレイルもどきとして使うことにした。


「抜刀」


 起動文言を呟き、手に肉を割く風を纏わせる。状況は芳しくない。一団が牢に転がる首なし死体に気を取られているうちに、ニューラは一気に駆け寄り、肉薄する。一閃する手刀が、皮の胴鎧ごと一人の横腹を切り裂いた。鮮血が飛び散り、一人の体が崩れ落ちる。


「くそう、しんにゅフゴッ」


 勢いで追随したエリオも、ニューラに気を取られた別の一人をフレイルもどきで殴る。重くて頑丈な首輪は、脳天に直撃すると相応の威力を発揮する。更に、しなやかに回り込んだニューラが容赦なく股下に手を突っ込むと、金的を握り潰す。声にならない悲鳴を上げて、もう一人が崩れ落ちた。


 しかし、相手はまだ残っている。しかも、次は決定的にマズかった。魔術師である。後衛に陣取った男は、しかも、異変を気取って魔術の詠唱を終えている。戦術級軍用火炎魔術である。男の掌で輝く灼熱色の光球が弾ければ、必然的に地下牢は火に呑まれることになる。


 だから、エリオは咄嗟に動いた。普段ならば絶対にやらないが、この時ばかりはこれしかないと思ったのだ。困ったように飛び退くニューラを庇い、エリオが前衛に回る。幸い、座学は得意だった。古魔法言語を用いた圧縮詠唱で瞬く間に術式を構成する。


「炎よ、焼き尽くせ」


 魔術師の起動文言、それに一瞬遅れて、少年が叫ぶ。


「風よ、集いて壁と化せ」


 文字通りの風の壁、その汎用性故に個人用から戦域級まで広く用いられる結界魔術である。不可視の気圧の壁は放たれた光球と衝突し、呑み込み、抑え込む。のみならず、膨れ上がる壁は魔術師を押しやり、吹き飛ばし、おまけに、火炎魔術によって生じた熱波、その余波を術者へと叩き返す。


「あれ?」


 間抜けな声を上げたのはエリオである。彼が使ったのは、勿論そんな激烈な効果のある術式ではない。ただの結界魔術のはずである。それなのに、荒れ狂う風が少年の体に吹き付ける。それすらもただの先触れだった。刹那の後、濃密な密度と衝撃力を伴う空気の塊が衝突する。


 あーあ。また、やっちゃった。


 彼が魔術を行使すると、いつもこうなのである。何かにつけて、意図しないことが起きる。窮地なので最善を尽くしたつもりだが、今回も何かやらかしたらしい。少年は実技において本質的に不器用だった。あの器用な賢者様の考案した回りくどい数学力充填プログラムは、もしかすると数理的感覚を叩き込み、このどうしようもない不器用さを矯正する用を果たすのかもしれないが、何にせよ日が浅かった。


 自らの魔術の暴走に、不思議な感慨と納得を抱いていると、今度は不意に視界が白く染まる。精霊石の髪飾りが輝き始めたのである。しかし、自分の魔術で吹き飛ばされる少年に、そんなことを気にしている余裕などない。今はただ、後ろの皆が自分の失敗に巻き込まれないことを祈るばかりであった。


ガバガバなプロットに困惑しながら、さっさと風呂敷を畳む突貫工事を継続中です。

思えば、初めての戦闘描写なので色々と困りました。

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