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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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ハーフエルフのつくりかた

黒さましまし(当社比)でお送りします。

 世界の理に干渉、介入し、因果律を、事象を書き換える魔法の御業は、軍事を考える上で欠かすことのできない要素である。小細工程度の現象術でも、覚えておけば兵卒の取りうる選択肢は格段に増える。更に、その道を究めれば、生身の人間一人で、破城槌やバリスタ、カタパルトといった手間のかかる攻城兵器連中と互角以上の威力を発揮する。機動性の向上、兵站負荷の軽減、継戦能力の向上と、運用上の恩恵はあまりにも大きいといえる。


 勿論、そんな化け物がそうそう居るかと問われれば、そんなことはない。有望な原石を掻き集めて、時に潰れる程の負荷をかけ、そこから選良を掬い取ることで、ようやく手数が揃う程度である。うまい話には裏がある。切り札を手に入れるのはとてつもなく高くつく。失う時は一瞬である。そんな博打のような存在だからこそ、頼り切ることができない。


 何故、世の中こうもままならないのか。とあるロクデナシが考えた。考え抜いて辿り着いた結論が、人間では仕方がないという厳然たる事実である。特異的に魔術をよく操る個体が現れるが、種としてみた時、必ずしも人間は魔術に最適化されているとは言い難い。もっと優秀な種族が存在する。例えば、そう、森の奥に住むというあの長耳さん、あのエルフとかである。


 人造魔導兵製造計画。耳狩作戦。エルフ家畜化計画。ハーフエルフ量産計画。公式、通称、様々な呼称があるが、どれも要するに高品位の魔術兵力を安定的に供給するための、ライデール帝国の国家努力を示す用語である。大陸に覇を唱え、現代に古代帝国の威光を復活させるためには、切り札たる魔術兵力の増強がどうしても必要と考えられたのである。


 ライデール帝国がまだ大陸の一列強に過ぎなかった、数百年前の話である。


 当初は人間そのものの強化やエルフ勢力の調略・属国化、大規模洗脳の実施など様々な方向性が模索された供給安定化計画は、間もなく人類の従属種族たるハーフエルフの製造法確立、生産体制の確立への収斂されていった。


 結局は消去法なのである。当時の帝国には生物としての人間を弄り回すだけの生命科学研究の蓄積がなかったし、教会をはじめとする『良識派』が生命倫理を声高に叫んで潰しにかかってきた。エルフを飼い馴らすのも不可能だった。彼らの社会を相手に戦争をするのは少々荷が重かった。勝算ではなく、損得勘定の次元の問題である。莫大な戦費と犠牲を認めればあの森の妖精を根絶することができようが、根絶してしまってはそこから利益を掬い上げることなど叶わない。


 それらに比べて、ハーフエルフを作るのは簡単だった。古の伝承より、エルフと人間の間で一代雑種を生じることは、広く知られた事実である。得体の知れない薬剤も、凝った手術も必要ない。ただ、ごく普通に交わればよい。どちらが男で、どちらが女とか、そんな細かい指定もない。実際上はどうにか棒を差し込んでもらうよりも、無理矢理棒を差し込む方が簡単なので、攫うのはエルフの女性と相場が決まっていた。しかし、それも単に手順構成上の問題に由来する話である。


 もし、上手く行ったなら、ハーフエルフというのは実に都合のいいソリューションだったのだ。


 法制面のフォローはばっちりである。神はこの大陸を作る仕上に生命をお作りになられた。その最後のものが人間である。この大陸の人間は全て偉大な神の子なのである。神の前に等しく平等である。しかし、エルフは人間ではない。ハーフエルフもまた人間ではない。半分は人間由来かもしれないが、そんなことを気にするのは大人として褒められた態度ではない。下賤な亜人に人としての扱いが求められるわけもなく、煮ようと焼こうと好きにして大丈夫である。


 運用コストも悪くはない。純血のエルフほどではないが、ハーフエルフもそれなりに長命種なのである。半分は人間なので、ひたすらに脆いエルフよりは幾分頑丈でもある。潰れるまで長く使い倒すことができる。安全装置として、一代雑種という性質も魅力的だった。要するに、生殖能力がないのである。勝手に交わって増えることがないから、補充が効かない。叛乱を起こされても、囲い込んで漸減作戦を繰り返せばそのうち潰せる。何世代にも渡り、自らの森で頑強に抵抗する純血エルフを思えば、決して軽視できない側面である。


 しかし、ライデールは最終的にハーフエルフの運用を諦めた。


 結局、この中途半端な亜人は金食い虫のゴミクズに過ぎなかったのだ。平均で見れば普通の人間より遥かに高い魔術適正を示すが、それは簡単な魔術を問題なく扱えるというだけで、切り札たり得るような絶対的な力ではなかった。


 求めていた異能は、結局手に入らなかったのだ。ライデールがハーフエルフを捨てるには十分な理由だった。


 もっとも、捨てる神も居れば拾う神も居る。研究終了後、ライデール当局は、研究用として生産されたハーフエルフを遅滞なく奴隷市場に放出した。もはや何の意味もない維持費をカットしつつ、喪った研究費を幾許でも回収するためである。幸いにして、彼らの容姿は片方の祖であるエルフに準じて、美麗な水準にあった。市場に大量投入された彼らは、廉価なエルフの代用品として受容された。


 一握りはその長寿を見込まれて貴族の従者となったが、多くは性的な目的のために消費された。長寿故に若い容姿を長く保つことが好感された他、一代雑種という性質が、ここで極めて有益に作用した。何をしても、面倒な子供が生まれないのである。その簡便さが人気を集めた。


 需要のあるところに供給は存在する。当局に代わり、民間業者が販売目的でハーフエルフを製造するようになった。当局が軍事機密に該当しない範囲の研究情報を販売したため、ノウハウも広範囲に広まった。今では他の神の大地、南の大陸ですら現地のダークエルフを用いたハーフエルフ製造が行われている。


 公開された研究情報の中で最も重要なのは、母体たるエルフの取扱手順である。軍事目的と商業目的では事情が違い、業者の不断の努力で改良された部分も多いが、基本線としてはやはりライデールの研究成果を踏襲している。捕獲初期段階の取扱手順などは、その典型例である。


 そう、基本線は手順書通りやっているのである。突然のことで必ずしも準備は万全とは言えないが、大過ないとドルニアは信じている。


 エルフの武器は、何と言ってもその強力な魔術である。人間のものとは仕組みが違うという話もある。手順書が再三に渡り強調するのは、油断によって生じた帝国兵の犠牲である。とにかく、最初のうちは魔術を絶対に使わせてはいけないのだ。手順書は家畜に温情をかけるなと警句を放つ。


 その結果がこれなのだが、ライデール人って野蛮だなという印象をドルニアは禁じ得ない。


 急遽用意した猛獣用の鉄檻の中には、小さな赤毛の少女がぺたりと座り込んでいる。その金色の双眸は虚空を仰ぎ、詠唱封じのため取り付けた口枷のせいでとめどなく垂れた涎が檻の床に水たまりを作っている。本音で言えば外してあげたいが、外すと恐らく自分が死ぬので、ドルニアには外せない。給餌や水分補給にも支障があるので、要改善事項ではある。


 手順書がやめるように再三再四強調しているので、服は着せていない。どうやら、刺青を印として用いて無詠唱で術式を実行する刻印魔術なる技術があるらしく、帝国によるエルフ狩りの激化とともに広く彼らに普及しているらしい。一見してもわからない隠し彫の技術も登場し、使用時に浮き出る燐光を検出して早急に意識を飛ばすしか対処法がないようである。誇り高い彼らは、概ね一週間以内に扱いに耐えかねてこの切り札を使うので、その後ならば服を着せても大丈夫とされている。それまで、風邪などひかれては困るので、季節外れながら暖炉に火を入れている。


 檻がある以上いらない気もするが、一応、保険としてつけておいた手枷と足枷は貴金属を使った最高級のものである。水に漬けても錆びないので、湯浴みの時にも外す必要はないのが便利である。


 首輪の方は、幸運にも最適な品が手元にあった。古代帝国の時代、叛逆を企てた大魔術師だか何だかを封じるのに使われたという魔封じの首輪である。お抱え魔術師のラニーで試してみたところ、この1級魔術師をただのおっさんにしてしまったので間違いなく本物である。これがエルフにもきちんと効くなら、この少女の扱いも早々にマシにできるかもしれなかった。そうなれば、精神衛生上も、商品管理上も状況が改善して、ドルニアとしても嬉しい限りである。


「しかし、こいつは大丈夫なのか?」


 檻に近付き、ドルニアは恐る恐る中を窺う。敵意や恐怖を向けられるのは苦手だが、それは商品の活きの良さを示す指標でもある。最近、小銭稼ぎのために捕獲している鼠は勿論、ある程度事前に吹き込まれている貧農の子供でも、やはり何かしらの感情を向けてくる。しかし、目の前の少女にはそれがない。そこに佇んでいるだけの、まるで肉でできた人形である。


 手順書に示されるエルフ取扱いの第一テーゼが『魔術を使わせるな』ならば、第二テーゼは『心痛を与えるな』である。ライデールの層の厚い研究データは、この人に良く似た長耳がいかに繊細な種族であるかを雄弁に語っている。過度なストレスをかけると簡単に死ぬのだ。心因性の衰弱死とみられている。


 ハーフエルフの製造に莫大な初期投資が必要なのは、そういう事情の反映である。森を築くのに適した広い中庭と、堅固な城壁をもつ城が最低限必要とされる。地下牢に詰め込むだけですぐ死んでしまう連中なのだ。母体の維持には、どうしても人が掌握できる程度の仮初の森が必要となる。それに、森から出るのを嫌がる種族なのだ。時間をかけて慣らしてやれば、自分から救出を拒むようにもなる。


 そういった費用と手間暇をかけて、ようやくハーフエルフの生産が可能となる。それまでに母体が喪われるようなことがあれば、残るのは負債だけである。ドルニアは思案する。果たして、この少女は母体として用を果たすまで生きているのだろうかと。手順書付録は心因性衰弱死の兆候について言及しており、無気力無関心、外界の刺激への無反応、摂食拒絶、睡眠障害、筋弛緩などが挙げられている。既にこのルートに乗ってしまっているのではないかとの疑いを禁じ得ない。


 ハーフエルフの製造は、エルフの使途としては最も収益が高いが、これが唯一の使途というわけでもない。やはりライデールの豊富なデータがその無意味を示唆しているが、不老長寿の霊薬としてエルフの生き血を欲しがる金持ちも世の中にはたくさん居るのである。肉や骨の使途は聞かないが、これも薬の原料に使いたいという向きがあるかもしれない。この辺は営業の問題である。


 もう一度、この不思議なエルフを見遣って、ドルニアは溜息をつく。


 正直、こんな面倒なものが欲しいわけではなかったのだ。彼が何をしていたかと言えば、王都で鼠を捕まえて、異国の地で売り捌くという常道に沿った堅実な商売に過ぎない。この国やライデールの好事家が黒や褐色といった異境の肌色を好むように、彼の地の好事家もこの大陸の比較的白い肌色を好むのである。その橋渡しをして、ちょっとした小銭を貰うわけである。


 厳密なことを言えば、あんな鼠でも奴隷とすることは王法に反するが、実際の法運用はそこまで厳格なものではない。それに、どうせ販売先は外国である。向こうに着いて、向こうの制度と慣習に従って奴隷身分として処理されれば、どうとでも言い逃れができる。没落貴族相手に使う身分ロンダリングの応用ロジックである。外国の法制と、身分承継に関する王国や帝国の古法を用いると、原始的に相手が奴隷身分であったと言い張ることができるのである。ちょっとした制度の魔法である。


「そういえば、もう一匹捕まえたんだったか」

「はい。あっちもとんでもない上物ですな。地下の専用牢に入れてあります」

「男だっけ?」

「はい。女のガキみたいなナリをしてましたが、しっかりとついてました」

「本当にそれ人間なの?」

「わからんですな。少なくともこいつみたいに耳は長くないですが」

「結構。うーん、どうしたものかねぇ」


 一緒に捕まえた少年の処遇も検討課題である。どうせ鼠である。売り捌くのが順当だが、この少女と深い関係があるなら、別の使い道もありうる。世話係にしてもいいかもしれない。ドルニアはふと思いつく。近親者が居ればこの少女も無気力ぶりも幾らか改善するかもしれない。


 数年後まで生きていることがあれば、交わらせるのも一興であろう。商品の状態把握は商人の義務である。ドルニアはこの少女が処女であることをきちんと確認している。初めての相手はどんな者が良いか、高度に哲学的な問題だが、どこの馬の骨とも知れない輩よりは見知った相手の方が良いだろう。


 なるようになればいい。そんな風に気楽に考え直す。金のなる木を正面にぶら下げられてしまっては、もはや引き下がることなど叶わないのだ。油断なく、その利益を最大化するために手を打っていくまでである。それが今まで歩んできて、これからも歩んでいく道である。そう己に言い聞かせる。




 もしかすると、彼は、本当は気付いていたのかもしれない。これが毒樹で、自分が既にどうしようもないヘマを犯してしまっていることに。ただ、それはあまりにも馬鹿げた考えで、人間の発達した理性は到底そのような考えを受け入れられるものではなかった。彼は手勢に囲まれ、対象を制圧し、管理し、その命運を、生殺与奪を恣にしているのである。


 だから、彼は泰然としてそこに在った。檻の中の生物を憐れみもした。しかし、自らの置かれた立場を顧みようとは決してしなかった。


 彼が全てを知った時にはあまりにも手遅れで、そして、その時はもうすぐそこまで近付いていた。

この世界の身分関係や種族政策関係は混沌としているので、そのうちきちんと取り扱いたいなって思います(フラグ)

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