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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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視察完了

 ジャンに案内された店は、名状し難い不思議な店である。扱う品物はガラクタの類が多い。恐らく出元はどこかの遺跡なのだろう。盗掘品のうち、貴金属や古美術品を除いた余りという趣がある。これに、少々の魔石と古今東西の書物──主に魔術書を加えたものが、店の品揃えである。客層を考えればもっと西、王城近くの魔法街にあるべき類の店である。


 仕事の分掌は概ねあの少年の申告に基づいて行われた。エリオは書類や資料の整理、ヴィオルは倉庫の掃除と整理である。温和な店主のお爺さんだが、やはり出自の知れない孤児など雇うつもりはないのだというのがエリオの印象である。彼に任された仕事は、単に字が読めるだけでは務まらないのだ。異国の文字や、魔法文字、中には古代帝国期に用いられていた旧魔法文字を含むものもある。近衛魔術師隊の要員として魔術書読解の訓練を受けた少年だからこそ扱えているに過ぎない。


 それでも、ジャンの無謀な懇願を、彼の体面を守りつつ棄却するにはこうするしかなかったのだと思い至る。この仕打ちも、見方を変えれば老人の優しさの表れなのだ。そうだとするならば、わざと間違えて雇用しない口実を作った方が良いのだろうか。そんなことを思いながら、エリオは書類と本を整理する。

彼らしい、常識的な推論である。しかし、それがあまりにもっともらしいが故に、その瞬間が訪れるまで、彼は自分の推論を、客観的な事実であると誤解してしまっていた。


「ほうほう、お若いのにやるのう。災厄の」


 後ろからかけられた声に、エリオの背筋が凍る。少女の形をした少年が固まるのをみて、老人はおおっと失敬と陳謝する。本当にすまなそうな声色だが、果たして何に謝っているのか少年には判然としない。


「あまり名誉な二つ名ではなかったな。だが、お主の逸話はちょっと面白くてのう」


 老人はふぉっふぉと笑う。


「簡単な話だ。ちょっとお主を試したのだ。女子の形をしてはいるが、魔術に通じた幼子などそう多くない。それがエリオという名ならもう決まりでのう」

「僕のことをご存じなら」

「勿論、知っておるよ」


 皆まで言うなと老人が遮る。連れの少女のことである。


「話に違わぬ、得体の知れぬ小娘だな。あれはエルフでもないな。奴らも何を考えているか知れたものではないが、それでも、あんな物騒な気配は纏っておらん」

「異界のエルフですから」

「それは、本当にエルフなのかのう?」


 少年は言葉に詰まる。幾らか話を聞かせて貰ってはいるが、それでしか窺い知れない遥かな土地である。実際のことなどまるでわからない。そんな土地に生きる者の正体もまた、わかったものではない。そんな様子を見て、老人は再び笑う。


「無謀は諌められるべきだが、さりとて、臆病も何も生み出さん。ハドリアの奴も面倒な宿題を残して行ったものだのう。この期に及んでは、覚悟して、受け入れるより他あるまい。それが何であろうともな」


 あの『祭事の間』で散った大賢者を思い、ふと、涙が零れる。元より少数より構成される異能集団である。組織として壊滅したわけではないが、その犠牲は小さいものではない。


「すまんな、老婆心とかいうやつかのう。気を悪くせんでおくれ」

「ああ、いえ」


 何か返そうとするが、上手く言葉を紡げない。そんな少年の肩を、老人はぽんぽんと叩く。


「そうそう、安心するといい。儂は外の馬鹿騒ぎには興味なくてのう。それより、早く片付けを終えてくれると助かるでな」


 言われて、エリオは自分の作業が止まっていることに気付く。慌てて整理作業を再開すると、老人はふぉっふぉと笑いながら去って行った。


 幸い、片付が終わるまでにそう時間はかからなかった。急に手持無沙汰になった少年は、次の指示でも仰ごうと店主の老人を探す。雑然とした店内を慎重に歩く。探し人の姿は、地下にある倉庫にあった。今は姉妹のような風貌の、勇者様もご一緒である。そこが彼女の仕事場なのだ。


 こちらも仕事はすっかり終わっているらしい。埃ひとつない綺麗な部屋、並んだ棚には遺跡の破片や用途不明の器具が整然と並ぶ。そんな一角で、老人と少女は一緒に何かを見ていた。


「ふむ、文献は見たことがあるがのう」


 老人が手に取ったのは、飾り気のない青銅の筒である。片方の端部に絞りがついているため、長い杯のようにも見える。横に注ぎ口のようなものがついているが、穴は別種の金属ですっかり塞がっている。円筒の広い方の開口部から覗くと、黒い光沢を放つ非結晶鉱石が、軽石のような疎な構造をもって充填されているのがみてとれる。


「それは一体?」

「推測ですが、自然環境上の魔力を汲み出す、または、増幅するための装置とみられます」


 ヴィオルが答える。一見して得体の知れない物体だが、注ぎ口に詰まっているのが魔力を伝達するとされる導魔銀であるとみたこの少女は、これが一種の魔法器であると看破したのだ。貴重な金属である。導魔銀をこんなに贅沢に用いるのは通常ではありえないことである。


 そんな富豪趣味な機材に興味を持って適当に弄り回すうちに、彼女はその用途らしきものを見つけてしまった。注ぎ口を掴んで杯の底側、絞込みのある方の細い開口部を魔石に近付けると、何やら反応が見られたのである。勿論、最初は意図して行ったものではない。形状や状態を確認しているうちに、たまたま、絞込みの先に魔石があったに過ぎない。それが置物用の風石原石なのは幸いだった。高温を放つ火石やびりびり石ならば、ちょっとした惨劇になる可能性もあった。


「ふむふむ、カーラインあたりに見せると喜ばれそうだのう」


 老人は笑う。よく知る『塔』の魔石研究者の名前を聞いて、エリオはようやく諸々の事情を察した。少年が老店主の顔を伺うと、彼はしわくちゃの顔でにっこりと笑みを返す。そういうことらしい。


「さて、よく働いてくれた。お礼をせんとのう」


 地上に戻ると、丁度、お使いに行っていたニューラも戻ってきた。


「おもーい!」


 部屋に間延びした叫びが響く。荷物は一抱えほどもある大きな魔石の原石である。その重量故に、一度手放したら持ち上げられそうになかったのだ。休むに休めない中、根性で使命を果たしたのである。


「ふぉっふぉ、ありがとうさん。石はその辺に置いておいておくれ」

「もう疲れたよー」


 それでも、報酬は悪くない。各々小銀貨2枚、即ち2リーンに加え、ヴィオルはあの仮称魔力ポンプの発見により4リーンのご褒美を貰った。王城に住む二人には今一つピンとこないが、2リーンで一週間は暮らせるらしい。現在の見かけの境遇からすれば、破格と言ってよい額である。


「次があるなら、よくわからん変装はよして、素直に来るといい」


 去り際に老人はこう言って笑った。すかさず、エリオが正体を気取られたことを告げた。それはともかく、自分もかとニューラが首を傾げていると、彼は一際大きく笑った。

店を出ると、すっかり夜の帳が降りていた。これからどうするのかニューラが尋ねると、ヴィオルは満足したのか、逗留している王城に戻ることを伝えた。頃合いに違いなかった。二人は長い案内に礼を告げると、ニューラと別れた。


 警邏の衛兵は町中に居るが、二人の格好だと何を言ったところで相手にされないことが見えている。適度に高レベルな王立騎士団職員の居る詰所に赴いて事情を話し、そこで保護してもらうことにした。市内の地理に不案内な二人が目をつけたのは、現在の市街の北端、リーム川を跨ぐ橋の先にある市門詰所である。川沿いに歩いて遡上すれば良いので、とにかく見つけ易かったのだ。

港湾区を北に抜け、川沿いに出る。そこは河川を利用した都市内水運のための倉庫街になっている。街灯もなく、眩い月明かりだけが頼りである。


「月が丸くてきれいです」

「今日は色々と見て回ったけど、満足したのかい?」

「さあ、どうでしょう」

「流石にもう、こういう仮装はこりごりだよ」


 そんな他愛のない会話を交わしつつ、川沿いを西に進む。


 エリオの胸中は、ようやく、このよくわからない視察を終えられるという安堵で一杯だった。同時に、今日会った人々が、今、どのように過ごしているのだろうかと思案した。それがこの勇者様の見たかったものなのかは定かではないが、それらは概ね、彼、そして、貴族階級が目を向けようとしなかった世界である。元より、彼は酷薄な人間ではない。目の届く範囲だけに与えられる恩典は偽善なのかもしれないが、何かできないものか、考えずにはいられなかった。


 そんな思考に没頭するあまり、彼は周囲への注意が散漫となっていた。そもそも、彼はここがどんな場所だか、知りもしなかった。平民ならばともかく、王城や貴族街で護られる高貴な人々ならば、およそ関係のない事柄だった。周囲に何が居て、何が居ないか。気配を消して、彼らの背後で蠢くものが、果たして何であるのか。権力の壁に手厚く護られた彼らは、警戒することすら知らなかった。


──ねえ。


 問いかけようと少女の方を向いた時、視界の隅に何か黒いものが見える。金色の視線もやはり何かを目線で追っている。


 何だろう。


 そう思った瞬間、唐突に後頭部に重い衝撃を感じる。みるみるうちに意識が遠ざかる。暗転する視界の中で、傍らの少女もまた、崩れ落ちているのが見えた。自分ですら支えきれないのだ。彼女を支えようとする試みは何ら功を奏さなかった。


「かかりました」


 意識が途切れる瞬間、彼女がそう呟くのをエリオは確かに聞いたような気がした。


賽は、投げられた!

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