表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
23/60

猫と王様

 国王執務室というといかにも権力の中枢めいた響きがあるが、実際のところは机と棚のあるただの小部屋である。目につくのはとにかく紙の山だろうか。何かを書きつけた紙片と、それらを綴じたものが人の背丈ほども積み上がっている。整理しようという努力は垣間見えるが、とにかく量が多いのだ。お陰で、どうしても雑然という印象を禁じ得ない。


「汚い部屋ですまんな。どうにかしようと試みてはいるが、生憎と、どうにもならんのだ」


 転がる三毛猫を拾い上げると、部屋の主は神妙に告白する。にゃーんと鳴いて三毛猫は同意を示した。片付けに一家言あるらしい同居人ならばどうにかするかもしれないが、常人には到底望み得ない。そんな思いが通じたのだろうか。白獅子のような王様はそっと三毛猫を抱き締める。その厳つい見た目とは裏腹に、繊細な、気遣いを感じる抱擁である。同居人にも見習ってもらいたい。そんな思いが去来する。


 どうして一介の三毛猫風情が王国の最高権力者と戯れているかといえば、運命の悪戯であるというほかない。発端は、食堂へと敢行した保身なきフィールドワークである。不衛生として叩き出されることを覚悟で飛び込んだが、存外人間の反応は温和だった。満足すべき成果も得られた。料理長の計らいで、白身魚の焼き物と牛っぽい動物の臓物煮込みを頂いた。大変美味であった。


 満足したこの三毛猫は、邪魔にならないよう食堂の片隅に移動すると、幸せな気分のまま丸くなった。食後の昼寝である。そんな折、唐突にサーラが現れた。隠れていたわけでもないから、発見されるまでにそう時間はかからなかった。寧ろ、にゃーと鳴いて存在をアピールすることすら行った。歩くのが億劫だったので、設立準備室でも、後宮の居室でも、どこか適当なところに運んでくれはしないかと期待したからである。


 その結果が、このもふもふ王との触れ合い体験会である。同居人が豪快に監視を振り切ってしまったため、王国の皆さんは同居人の出奔を疑わずにはいられなくなっていたらしい。この怠惰な三毛猫の発見はそのような観測を否定する材料として極めて重く受け止められた。その証拠として、レーニンの身柄が国王に提出されたわけである。


「お前さんの御主人にも困ったものだな。今一つ何を考えているのかわからん」


 優しく猫の頭を撫でながら、王様がぼやく。レーニンもにゃーと鳴いて肯定を示した。元よりアレは三毛猫の知るような尋常の理屈では動いていない。


 同居人の動向に関しては逐次伝えられている。先程も人が来て報告を受け取った。どうやら同居人はやっと下水道から這い出て、王都南部の職人街を見て回っていたらしい。発見の端緒は、同街住民による不審者通報である。工房を覗いて回るエルフの少女と言われると、確かに不審と言うほかない。


 捜索を担当する王立騎士団は大慌てで職人街の人員を増員、徹底的な捜索に乗り出したが、どうやら一歩遅かったらしい。捜索は継続中だが、既に取り逃がしたとの観測が伝えられている。地下の包囲が完了する前に突破されたか、或いは、市政庁すら把握していない抜け道を使われたか。何にせよ、足取りは掴めていない。


 同居人が監視を嫌気しているのは明らかである。しかし、その真意がどこにあるかは正直この三毛猫にもよくわからない。あまり合理的には見えないのである。それ程までに、同居人の調査活動は拙速に過ぎる。本気で産業の現状を把握し、動員の可能性を見積もりたいならば、もう少し腰を据えて取り組む必要があるのではないか。追手を気にするあまり、十分な調査時間をとれない現状は最善とは言い難い。


 ひょっとすると、何か思い違いをしているのかもしれない。不意にそんな可能性がレーニンの脳裏を過る。動員のための視察など単なる方便で、何か別の目的があるのではないか。そのような可能性である。

本当はエリオと逢引を楽しみたいというなら可愛らしいが、あの小娘に限ってはそんな色気などあり得ない。現状を踏まえれば、城外で、王国当局の監視下ではできない──即ち、制止される類のことをしようとしているはずである。レーニンは薄い林檎ノートに収められたメタ情報を思い出す。同居人が騎士団の活動範囲を調べていたのは、この状況下で行動のフリーハンドを得るためではなかったか。


 しかし、結局のところ、アレが何をしたいのか、その核心部分がよくわからない。国王を裏切る線は考え難い。確かに第二常備軍への予算と人員提供は渋っているが、賢者称号をはじめ、同居人は満足すべき便益を享受しているのである。それに、城外に伝手を持たない同居人がよりよいスポンサーを見つけたとは考え難い。破壊活動も論外である。今、同居人が壊して得をするものは、この王都にはない。


「お前さんにもわからんか。お互い苦労するな」


 首を捻り、黙考するレーニンを見て、王様が笑う。どうにもその景色が愉快だったらしい。胸を伝わり響く振動が三毛猫の意識を現実へと引き戻す。


「何にせよ、我々はあの困ったお嬢さんを見つけるだけだ。寂しい思いをさせるつもりはないから安心するといい」


 それとも、うちの子になるかねと冗談めかして付け加える。今のところその気はないので、レーニンは王様の手から転げ落ちてみた。


「むう、振られてしまったか」


 台詞は残念そうだが、その表情はどこか楽しげだった。


 それから暫く、レーニンはレオーニ国王陛下の日々の仕事を観察することにした。


 基本は優雅なものである。積み上がった紙の山から適当な束を取り出すと、ぺらぺらと捲り内容を確認する。貴人の業務とは有象無象の書類の決裁と相場が決まっているようにも思われるが、実際にこの部屋に積み上がっているのは手紙や報告書、それか論文の類であるらしい。これらの紙片を通じて国王はその統治する国の現状を知覚しているわけである。


 具体的に何が書いてあるかは、三毛猫の知るところではない。しかし、想像はできる。ごろごろと床を転がりながら王様の表情を窺っていたところ、何度か表情が険しくなる場面があったのだ。思えば、勇者召喚なる無茶を余儀なくされる状況なのである。同居人のこと以外でも色々と不愉快な事柄が進行しているのは想像に難くない。内外の状況は決して愉快ではないというのが実情なのだろう。


「あのお嬢さんの愛猫だ。お前さんもこれからは少し用心した方が良いかもしれんな」


 というように、火の粉がレーニンに飛んでくる場面もあった。あまりに不穏なので、流石の三毛猫も固まってしまった。二本ある尻尾がまっすぐに屹立する。それでも、その強烈な反応が一服の清涼剤になったらしい。王様自身は楽しそうにその様子を眺めていた。


 とはいえ、基本的は紙を捲る音を聞きながら、ふかふかした絨毯の上を転がっているだけである。最高権力者の常務を間近に観察するというのは興味深い経験だが、かといって、レーニンの意思は本能を屈服させる程には強くない。昼寝を邪魔されたこともある。段々と眠くなって仕方がないのだ。


 床で丸くなった三毛猫はそのうち遂に動かなくなる。気付いた王様は何も言わなかった。


 結局、レーニンが目を覚ましたのは日が西の山脈に沈み始めた頃合いのことである。王様はサーラを呼びつけて、寝惚けた三毛猫の身柄を引き渡す。去り際に、気が向いたらまた来るといいと頭を撫でられた。三毛猫はにゃーんと肯定を返して、メイドの腕の中で丸くなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ