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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
21/60

下水道にて

 下水道に住むというのはなかなか前衛的な発想だが、この王都に関して言えば、強ち不合理な選択とも言い切れない。手軽に雨風を凌げて、かつ、地中なので気温が安定しているといった地下構造物一般の恩恵がある。それに、歴史的な理由により、下水道らしい不衛生な箇所というのは存外局限されているのだ。つまり、広大な下水道施設の大部分はもはや使われていないのである。古代帝国崩壊後、この都市で急激に進んだ市域縮小の賜物である。


 ニューラがじゃぶじゃぶと歩いているのも、そんな放棄された下水道の一区間である。構造に顕著な差異があるわけではないが、そこに汚水を流す者が存在しないため、流れているのは雨水と湧水の混合物である。適度に冷たくて心地良い。粘りつくような生暖かさのある市街地直下の水と違って、川遊びのような気楽さで進むことができる。


 壁に手をつき、記憶を頼りに分岐と合流を繰り返す順路を進む。やがて水は枯れ、間もなく行き止まりに突き当たる。天井が崩落して、水路が埋まっているのである。しかし、ニューラは慌てない。そっと壁を探ると、小柄な人間ならば這って進める程度の細い配管が見つかるのだ。そこにもぞもぞと潜り込み、匍匐前進の要領で更に進む。その先が目的地である。顔と頭で跳ね上げ扉を押し上げると、唐突に視界が光で満ちる。旧時代の遺物、今や使途すら忘れられた魔法器の放つ、淡い燐光である。


「あら、ニューラ、お久しぶり」

「お久しぶり、ニル」


 そう軽く挨拶すると、ニューラはそのまま部屋に転がり込む。床には粗末ながら絨毯が敷かれていて、石畳よりは柔らかくて暖かい。ニューラは丸くなって、遠慮なくその上で転がり始める。


「貴方、本当にその絨毯好きね」

「だってこれは癒しだものー」


 何とも図々しい振る舞いだが、ここの住人はその程度で怒ったりはしないのだ。ニルも、どちらかというと小動物を慈しむような目でニューラを眺めている。


 下水道の付属施設、恐らくは水位調整か何かを司っていたのであろうこの部屋は、今では身寄りのない孤児の溜まり場となっている。昼は各々気儘に街に繰り出し、夜は安全なこの部屋に戻ってきて一緒に寝るのだ。幾らかの需品の融通や情報交換の場でもあり、一種の互助会のような集まりともいえる。


 社会福祉基盤に乏しい王都では、この種の集団はさほど珍しくもない。集団毎に多少の色もあり、港の荷役業者や商会と繋がりを持ち、雑務を請け負っているものも存在する。娼館との繋がりもある。ニューラも将来有望と熱心に誘われて、断るのに難儀した。


 ここはといえば、特にそういった繋がりはない。寧ろ、仮宿のような集まりである。どこか他に良い場所を見つけると、皆、ふらっとここを去っていく。ニューラ自身もそうである。実際には任務の都合上離れざるを得なかっただけだが、外形上は何の差異もない。


 それでも、ニューラは気が向くと決まってここを訪ねている。実利は怪しいが、色々と愛着があるのだ。王都に漂着して最初の夜、本当に行き倒れていたところを介抱してもらったのがこの場所である。それから暫くをここで過ごした。粗末な絨毯の、けれど、柔らかい触感を気に入っていることもまた事実である。


 或いは、ニルの存在に惹かれているということもあるかもしれない。転がるニューラは薄く目を開け、壁際で穏やかに佇む少女を見遣る。異貌である。一目でここの生まれでないことがわかる。


 淡い光によく映える白髪は長くウェーブを描き、それと対照をなすように肌の色は黒い。海の彼方、炎の神に祝福された南方の民によく見られる色彩である。お世辞にも栄養状態が良いとは言い難く、線の細さが目立つが、それでも異教の女神を思わせる静謐と神秘を湛えている。


 しかしながら、注目すべき点は他にある。白い髪の房から飛び出るその耳である。人間のように丸くもなければ、エルフのように長くもない、中途半端に尖った耳。それが彼女の出自を明瞭に物語っている。いわゆるダークエルフと人間のハーフなのである。


 結局、ニューラがニルに惹かれるのも、人間優位の殺伐とした地域に潜む、貴重な人間以外というところが大きいのかもしれない。一緒に居るだけで安心感を覚えるのだ。一方、ニルはといえば、ニューラのことを愛玩動物か何かと思っている節がある。優しい目で見つめる彼女の手元に視線を移すと、小さく手招きしているのが確認できる。


 誘われて断る云われもない。ニューラはそっと起き上がると、そのままニルに飛びつく。柔らかい感触。次の瞬間、腕を回されてぎゅっと抱きしめられる。


「さて、今日は何の用かしら?」

「いや、暇だから遊びに来ただけなんだけどね」

「といっても、この時間だと、私しか居ないじゃない」


 懇ろにニューラの頭を撫で回しながら、ニルは冷静に指摘する。ライデールよりはマシとはいえ、やはりこの地も異種族には生き辛いのだ。ニルが出歩くのは専ら日が沈んだ後、人目を忍んでのことである。


「いや、まあ、言われてみれば、ははは」

「本当に貴方、抜けてるね」


 作り笑いで誤魔化すニューラを、ニルは一層強く抱きしめる。流石にちょっと息苦しいが、素直に離してもらえるとも思えない。ニューラも素直にされるがままでいる。


「貴方を一人にしていくのはやっぱり不安かな。最近はちょっと物騒だし、一度戻ってきたら?」

「何かあったの?」

「だから不安になるの」


 時々妙に鋭い洞察を見せる割に、基本的なところが抜けているのがニューラなのである。これも巡りあわせらしい。溜息ひとつ、ニルはこの不思議な少女に最新の警戒情報を教えてあげる。深刻な話なのである。話が進むにつれ、ニューラの眉間にも皺が寄る。


「誘拐?」

「死体は見つかってないから、とりあえずはね」


 話の大要は、王都市内で人が攫われているというものである。全て市内の路上で暮らす孤児が被害者で、全て女子である。確証はないが、人身売買に絡む組織的誘拐という見方が大勢を占める。


 比較的容姿の優れた子供を攫って売り飛ばすというビジネスモデル自体はそう目新しいものではないが、狡猾なのは対象選択である。元より出入りの激しい孤児の実態などメフィル市政庁は把握していないし、王都の治安を管轄する王立騎士団としても、素性の知れない孤児が被害者では、本格的な解決に乗り出す動機が乏しい。そこを突いて犯行を繰り返すのが今回の特徴といえる。


 勿論、すぐに警戒情報が出回るのだが、残念なことに、人的関係に依存するこの地下連絡網は到達性に問題がある。ニューラだって知らなかったのだ。最初の事例が2週間前、つい最近では南の方と川沿いで被害があったと言われている。不案内な新参者か一匹狼的性向をもつ者が被害に遭い易く、元より治安の悪い川沿いの事例は前者の類型と推測される。


 対策は限られる。周囲への警戒を怠らない。怪しい人影を認めたら逃げる。公権力による保護や解決が期待できない以上、そういった基本的な心得に基づき自衛するより他ない。単独行動を慎むというのも有効とされる。ニルが戻ってこいと言っているのも、そういう理由である。


 結論すると、何とも野蛮な話だった。同族を大切にしないというのは、ニューラにはどうにも理解しがたい。そんな苛立ちを読み取ってか、ニルが優しく慰めてくれる。


 でも、大丈夫。


 そう返そうとしたところ、不意にニルに制される。そんなに一緒に居たいのかと一瞬嬉しくなったが、どうやら違うらしい。尖った耳がピクピクと何かを探るように動いている。


 ニューラも一緒に耳を澄ませる。ハーフエルフと比べてどうかは知らないが、聴覚は鋭い部類である。

息を潜めて集中すると、確かに何か聞こえる。擦過音のようである。しかも、段々大きくなっている気がする。何かが近付いてきているのだ。


「獣でも迷い込んだかな……?」


 元は下水道の付属施設である。小部屋の壁には、幾つもの配管が接続されている。そのどれかに何かが紛れ込んだのだ。そのように推測する。もっとも、その考えはすぐに修正を迫られた。音が大きくなるにつれて、布擦れの音が混じっていることが認識できたからである。相手は人間らしい。


 ニューラは消え入るような小声で詠唱を始める。万一の場合に備えてである。手に風の刃を纏わせて、一瞬ならばその手刀で鉄剣とすら打ち合える。一種の護身用魔術である。ニルも何かを唱えているが、彼女は魔術が得意というわけではない。牽制用に光球を準備しているといったところだろうか。


 やがて音は意識せずとも聞こえるようになり、唐突に止まる。訝しんだ二人はおもむろに視線を上げる。すると、壁の配管からすっと白い生首が伸びているのが見えた。淡い灯りに照らされるそれには、明らかに生気がない。怪奇現象である。


「いやーっ!」


 詠唱を放棄して、ニルが叫ぶ。両腕でしっかり抱き締めるものだから、ニューラも身動きがとれない。それに、驚きのあまり、一瞬どうしていいのかわからなくなったのだ。幸いにして、ニューラは生首に見覚えがある。しかし、どうしてアレがここに居るのかがわからない。


 対する騒ぎの元凶は、流石に困ったように眉を潜めて言う。


「うるさいのです。こんな狭いところで大声を出さないでください」


 その長い耳は少しでもゲインを絞ろうと、ピクピクと儚い抵抗を続けている。


「どうしたの?」

「先客が居ました。どうやら驚かせてしまったようです」


 二人が呆気にとられている間に、突然の闖入者は遠慮なく降りてくる。一人は長い金髪の少女で、もう一人はボブカットの銀髪少女である。少なくとも、ニューラには少女に見えた。街娘のような身なりだが、一体どこを進んできたのか、埃と汚泥と、色々なものに塗れてすっかり汚れてしまっている。


 あまりにも想定外の事態だった。レンブールの勇者様、まさかのご登場である。


 ニューラの背中に隠れて震えるニルも、ようやく相手がお化けの類ではないと気付いたらしい。肩越しに相手をちらちらと窺っているが、それでも、震えは止まる気配を見せない。


「ハ、ハイエルフ……?」

「エルフにハイとかローとか、そういう設定はないのです」

「ああ、そうなの……」


 それだけ言うと、ニルはまたニューラの後ろに隠れてしまう。いつも冷静な彼女がこれほど怯えるのも珍しいが、ニューラも、なんとなく事情は知っている。ダークエルフは(ハイ?)エルフが苦手である。そして、ハーフエルフは純血のエルフが苦手である。どちらも、理由はさっぱりわからないが、本能に根差したものらしい。類型的に苦手苦手で超苦手なのである。


 正直に言えばニューラもこの人形のような少女が怖い。勇者とか貴族とか、属性に対する恐怖ではない。もっと本能的な、存在に対する恐怖である。決して鈍くはないニューラの観察眼はきちんと認識してしまっていたのだ。彼女が出てきた配管、その出口にあったはずの鉄格子がどろりと溶けて流れ落ちている事実を。熱による融解ではない。冶金魔法による金属変性の結果である。本来ならば適切な陣と手順を用意して行使されるべき術式である。それを即興でやってくれるのだから、ちょっと格が違う。


 緊急報告に値する事実である。とりあえず、ニューラは深く脳裏に刻みこむ。


「しかし、おかしいのです。このまま地上に出る予定だったのですが」

「出られるわけないじゃないか! どうしてそんな風に考えたんだ、君は」

「疑問があれば言ってくれたら良かったのです」

「言った。8回くらい」


 向こうは向こうで何やら揉めていた。その超然とした振る舞いから察せられる通り、あの勇者様は他人の話など聞いていないらしい。一通り応酬を終えると、銀髪の少女は深く溜息をついて項垂れる。従者なのだろうか。変な主人をもつと大変である。


 やれやれと首を振った銀髪の少女は、それから、その青く澄んだ瞳で二人の孤児を一瞥する。さながら、狼に睨まれて動けなくなった子兎である。ニューラもニルもこの闖入者が怖いので、結局、お互い抱き合う格好となった。お互いの体温を感じることで、どうにか平静を保っている。


「怯えてる、みたいだけど?」

「失礼な。まだ脅していないのです」


 金色の勇者は首を傾げる。今が頃合いかと、ニューラは意を決する。


「あんたたち、一体何者なの!」


 叫ぶように、疑問を叩きつける。概ね素性は知れているが、何事も形式というものが大切である。交渉の糸口とするのだ。それに、その返答は現状を分析する基礎となる。


「王立第二常備軍設立準備室室長、ブラントリクス大公ヴィオル・マーラフェルトです」

「え、エリオ・ディ・ミーディア。秘書官だよ、一応」

「えっ、ああ、そうなのー……?」


 強気で当たって行くつもりだったが、早速気勢を削がれた。こうも正直に答えられるとは思わなかったのだ。ニューラは真実と知っているが、普通は誰が信じるのかという話である。実に調子が狂う。


「それで、貴方達こそ何者なのですか」

「私はニューラ、この子はニルよ。ここに住んでるの。何か文句ある?」

「なるほど、そういうことですか。これは失礼しました」

「わかればよろしい」


 意外にも勇者が引き下がるので、ニューラは横柄に威張って見せる。勿論虚勢である。負け犬がよく吠える理由が少しわかった気がする。こうでもしなければ恐怖に押し潰されてしまうのだ。


 そんな応酬をしているうちに、ニルも少し落ち着いたらしい。震えも収まった彼女は、きょとんと不思議な闖入者を見遣ると、静かに疑問を口にする。


「なんで貴族があんなところから出てくるの……?」


 いくらなんでも、突っ込まずには居られなかったのだ。


「それはですね」


 勇者は淡々と経緯を述べる。大要、街を見たいから城を出て、遠巻きに尾行する護衛が邪魔なので撒いたというものである。その過程で下水道に入り込み、脱出を試みているうちに現在に至ったらしい。細部には理解不能な点があるが、筋書きとしては王侯貴族の子女にありがちな退屈凌ぎのお忍び外出である。


「そういうわけで、出口はどこですか?」


 勇者は淡々とした、けれど、どこか切実な問いで話を結ぶ。


 何事かと思えば、結局この二人は迷子なのである。特に、従者の少女は忙しなく周囲を見回して出口を探している。残念なことに、利用している入口は廃材で作った跳ね上げ扉で塞いであるのだ。脱出の糸口を見つけられず、不安そうである。貴族という出自を思えば無理のないことだった。


 困っている相手ということなら、自ずと対応は定まってくる。それが相互利益に繋がるなら尚更である。ニルとニューラは不意に視線を合わせる。思うところは、どうやら同じようだった。ニューラはそっと顔を寄せ、ニルに囁く。


「私がこの子達を外まで連れて行くね」

「ありがとう」


 小声でニルが安堵を伝える。困った相手を見捨てられない性分だが、今はまだ自由に出歩ける時刻でもないのである。この不思議な闖入者の案内は、元よりニューラの役割だった。


「外へなら案内してあげられるよ。ついてきて」


 意を決して伝える。跳ね上げ扉を開いて出口を見せると、従者の少女が一瞬驚きを見せる。どうやら、こちらは素直な性分らしい。歳は違うように見えないが、上役の少女とは正反対である。


「感謝します」


 誘導に従い壁の配管に向かった勇者は、そこで思い出したように肩に下げた鞄から何かを取り出す。風車である。魔法が込められているらしく、風のない地下でも穏やかに回転を続けている。無害な代物だが、立派なマジックアイテムである。勇者はそれをニルに差し出す。


「これ、どうぞ。お騒がせしたお詫びです」

「あら、ありがとう」

「それでは、またいつか」


 それだけ告げると、勇者は壁の配管に頭を突っ込みもぞもぞと退出する。その秘書官が慌てて続いた。最後に出て行くのはニューラである。軽く手を振ってニルに別れを告げる。


 嵐は過ぎ去り、溜まり場は元の静けさを取り戻す。一人残ったニルはふーっと風車を吹いてみた。


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