高みの見物
城内は俄かに慌ただしさを増していた。震源は敷地の北西に位置する王立騎士団本部である。庁舎の隣、練兵場を兼ねた芝生では、横隊を組んで整列した衛士が指揮官と思しき騎士から何事か説明を受けている。
似たような様子は規模の差こそあれ、他の王立騎士団詰所でも見られる。合計動員規模は数百人といったところか。話が一通り終わったところで解散して、二人で一組となって王都各所へと散って行く。
監視対象を見失ってから30分と経たないうちにこの対応である。彼らの練度はそう悪くない。薄い林檎ノートを通じて事態の動静を見守る三毛猫はそのように評価を下す。
Tactical Glider R3.
コンソールに示された名前からすると、滑空機らしい。何かの推進器を備えているらしいので、モーターグライダーといったところか。ともかく、同居人をして空に在る限り負けはないと言わしめた天空の瞳は、今、王都の全域を視界に捉えている。
機械としては釈然としないものを感じる代物だが、確かにシステムとしての能力は高い。例えば、オーバーレイによる豊富なメタ情報の表示が素晴らしい。どのレイヤーで処理しているのか不明だが、リアルタイムで脅威を検出し、視察画像にマーカーとして示してくれる。生の映像でも目立つ金髪のSubject Alphaと銀髪のSubject Bravoを見つけるのは容易いが、それらを追跡していたKN7とKN11、KN12、KN15は、レーニンにはおよそ検出不能の存在である。そんな連中を早々に強調表示し、白日の下に曝してくれるのだから、人工知能とはなんと素晴らしいものなのだろうか。
もうひとつ、レーニンにとって好印象なのは簡便なインターフェースである。本体制御それ自体はコマンドラインとスクリプトファイルによって支配される難物だが、視察装置の操作に関しては端末に手を触れる必要がない。視線検出による操作系なのである。見たい場所に視線を向ければ、その場所がセンタリングされ、凝視すれば拡大される。オーバーレイ情報の詳細項目へのアクセスも似たような要領である。キーボードもタッチパネルも苦手な三毛猫にとって、実にありがたい話である。
この強力な文明の利器を用いて、レーニンは二人の行程をのんびり観察していた。門番の兵隊さんを昏倒させるところも、二人で店を冷かしているところも、ばっちり捉えている。空から状況を概観しているからこそ、地下に逃れるというのが最善手だと理解できた。二手に分かれた追手は、油断なく同居人の退路を塞いでいたのである。何事もなかったように表通りへ戻ろうとすれば、伏せていた別働隊に捕獲されるのは必定である。
しかし、お陰で、レーニンからも二人の動向が掴めなくなった。無人航空機の限界である。如何にそのイメージングデバイスが優れていようとも、暗い地面の底に逃れられては捉えようがない。仕方がないので、現在は小休止である。組織力によって勇者捕獲に乗り出した騎士団の動向を横目に眺めつつ、同居人が蓄積したメタ情報ライブラリを適当に覗いて暇を潰している。
薄い林檎ノートの中には、既にあのもふもふ王には見せられないような情報が詰まっている。王都周辺に展開する兵力の分析は勿論、王都の治安を預かる騎士団に関して念入りに調べ込まれている。当該レイヤーを選択すれば、王城敷地内の王立騎士団本部は勿論のこと、市内5箇所の詰所、7箇所の市門、訓練施設や宿舎、そして、その間の動線が視察画像にオーバーレイ表示される。幾つかの需品納入業者や、非公式に利用される捜査拠点までマークされているのだから、一体どうやって調べたのかという感が強い。ともかく、騎士団の活動を概観することで、その活動の濃淡が見えてくる。
同居人が探しているのは、どうやら王都の治安を預かる騎士団の死角らしい。粗暴犯への対応ひとつとっても、街区によって対応は顕著に異なる。西の貴族街では5分と経たずに衛兵が駆けつけられるが、東の平民街では表通りでも事件発生から10分、裏通りでは30分以上もかかる領域が珍しくない。川沿いの倉庫街など、対応が放棄されている領域も見受けられる。
レーニンには今一つその真意が読めないが、空恐ろしいものを感じることは否定し難い。何と言っても、同居人は同時に金融拠点や物流拠点の解析を進めている節がある。あの性格である。その蓄積された知識がどの方向に向かって行使されるか、わかったものではない。
展開した騎士団の動向に目を遣れば、彼らはさしあたり、表通りの掌握に尽力する方針らしい。そうやって各街区を分断してから、裏通りに人員を送って虱潰しにしていくようだ。勿論、二人が地下構造物を使って移動していることも彼らは承知している。アラートが出たため慌てて画面を睨むと、賢い人工知能が影士隊の投入を教えてくれた。地下は彼らの領分らしい。
メタ情報ライブラリの捜索を進めて行くと、本格的に意味不明な情報も散見される。例えば、王城の西側、市壁の外側に広がる遺跡の街に、何かを示すマーカーが置かれている。分類は観測・通信とのことである。構造の石材を遺して腐り落ちたその廃墟は、もしかすると、ストーンヘンジに類する天体観測施設なのだろうか。そうだとしても、マーカーを付す意味が三毛猫には理解できない。
他にも、何かの出来事を示すマーカーが、平民街北部の川沿いと南東の住宅街に置かれている。両方とも、騎士団の活動領域分析によって、あまり手の行き届いていない、つまり、治安が悪いとされている領域に位置している。犯罪なのだろうが、どういう観点でこれに着目しているのかは判然としない。
肝心の魔王軍に関する事柄についても探してみたが、その種の情報はもっと別のところにあるらしい。コンソールを適当に叩けば見つかるのだろうが、猫の手ではキーボードを叩くのは難しい。うっかり薄い林檎ノートを壊そうものなら、怖い同居人にじゃぶじゃぶを超える極めて特殊な洗浄法のテストベッドにされそうなので、冒険などする気も起きなかった。
うにゃーと鳴いてレーニンは寝転がる。
文明の精華たる人工知能は未だ監視対象の存在を検出してはいない。あの二人はどうやら地下で遊んでいるらしい。メタ情報ライブラリを漁るうちに、あの地下通路が下水道であると知れて、流石の三毛猫も驚愕した。臭いのきついところはダメなのである。ついて行かなくて良かったと安堵した。
ライブラリ漁りも一巡して、三毛猫は長く欠伸をする。変化に乏しい画面を眺めていると、どうしても眠くなってくる。そろそろ潮時らしい。机の上をごろごろと転がり、そのまま机から転げ落ちると、空中で器用に体をひねって着地する。向こうがフィールドワークならば、こちらもフィールドワークの時間である。そんな努めてアカデミックな口実を用意して、三毛猫はお散歩に出かけることにした。




