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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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特別講義

 数刻後、日はすっかり傾き、遠くに連なる山々に茜色の輪郭線を添えていた。天を衝く険しい峰々は、王国と帝国を隔てる天然の要害でもある。そんな話を思い出しつつ窓を眺めていたレーニンは、にゃっと短く鳴くと振り返って丸くなった。茶番の準備が整ったらしい。俄かに室内が慌ただしくなった。


 同居人の姿は後宮内の談話室にあった。急遽開講の決まった特別講義のためである。移動式の黒板と演台を運び込み、椅子を並べただけの簡素な講義室だが、集まっている面子は錚々たるものである。何と言っても王族一家勢揃いである。隅の方には宰相のレヴィナ師までちゃっかり座っている。そして、そんな中にエリオも放り込まれている。四方八方を偉い人に囲まれて、蛇に睨まれた蛙の如くじっとしている様が三毛猫には大変面白く映る。


 こんなことになった発端は、勿論サーラの持ち込んだ案件だった。国王との会食という口実だが、その実はいつも城の奥に押し込められて退屈しているディート姫の暇潰しである。どうも、従者から勇者の話を聞きつけたらしい。同居人の召喚に関して、特に箝口令は敷かれていないので当然の事理だった。


 家庭内情勢は複雑怪奇である。一国の王といえども、娘におねだりされると断りきれないらしい。お食事の大嫌いな同居人は勿論会食の誘いを断ったが、娘の前に面目を保ちたい国王と、職務上の失点を避けたいサーラを見捨てるほど薄情でもなかった。同居人が暇潰しのための特別講義を打診し、国王がそれを受ける形で、この催しが実現したわけである。


「さて、始めても構いませんか」


 登壇した同居人が確認する。講義にあたり、同居人は白い木綿のローブに萌木色のケープという魔術師風の格好に着替えている。この地における代表的な知識階級が魔術師なので、それに倣った格好である。


「うむ、よろしくお願いしよう」


 国王の返答を得て、同居人の講義は始まった。


 特別講義のテーマは、異界の地理である。旅行記などというものがあるように、遠い異境の見聞は格好の暇潰しネタなのである。もっとも、同居人の場合は、まず物理の話から入らざるを得なかった。


「その球体は一体何なのだ?」

「これが我々の世界なのですが」

「ふむ、平らなところが殆どないのだな」

「いえ、この表面に住んでいるのです。微視的に見ればそれなりに平らです」

「落ちないのか?」

「落ちません」


 お得意の幻影魔法で地球儀を作ってみたのだが、それが何なのかわかってもらえない。ここには万有引力の法則も、地動説もないのである。無理もない話である。

世界が球体であることを説明するために、同居人は率直に天体の運行から惑星間に作用する重力の存在を導き、その一般化としての万有引力の存在に言及した。要するに、ケプラーとか、フックとか、ニュートンの仕事をざっくり纏めたのである。結論として、巨大な質量を誇る惑星の中心に万物が引かれるから、人は巨大な球体の表面に住むことができるのである。


 同居人は、少なくとも我々の世界はそうなのだと付け加えることを忘れなかった。聴衆は皆半信半疑だが、まあそういう世界もあるのだろうと納得したようである。


 次に、同居人は世界の主要な地勢について述べる。5大陸と3大洋、南極と北極である。球体なので、世界に果てがないことを伝えると、皆一様に驚いていた。為政者である国王と宰相にしてみれば、別の驚きもあったようである。世界の探索が終了し、その大凡の形が判明していることの意味を悟ったのである。


 地勢の次は主要国の説明である。くるくる回る幻影の地球儀に勢力圏がオーバーレイ表示されてわかりやすい。南北アメリカ大陸とオーストラリア大陸、おまけに南アフリカあたりを抑えているのが世界の最大勢力オセアニアである。英国を除く欧州全土に加え、広大なロシアを抑えるのがユーラシア、日本列島と中国大陸、東南アジアあたりを抑えているのがイースタシアである。後は取るに足らない有象無象である。世界はこの三大超大国によって分割され、その対峙と均衡によって成立している。


 三毛猫は首を捻る。同居人の持ち出した大枠は、勿論オーウェルの1984年である。その細部は随分と異なるが、何にせよ想像の産物である。同居人が求められているのは異界の話である。ここは脳内にある異界の話で乗り切ることとしたらしい。


「勇者様の領地はどこにあるのかしら」

「この辺です」


 同居人は迷うことなく日本列島、関東のあたりを指差す。勿論、同居人の自宅所在地である。


「果物がとれます。葡萄とか、梨とか」

「豊かな土地なのね」

「人が豊かにしたのです。現代の農業生産は先人の知識と資産の蓄積の上にあるのです」


 そういうと、折角だからと同居人は故国について説明を始めた。


 極東の帝国イースタシアは万世一系のエンペラーを擁する伝統と王道の国家であり、邪道を行く他の超大国と対峙している。強国である。その強さの源は、臣民の忠実さと、死をも厭わない勇敢さにこそある。先の大戦でも『犠牲的活躍』によりオセアニア軍に痛打を加えたとされている。史実はどうあれ、アレは軍事的に意味があったという設定らしい。


 当然ながら、精神力だけで戦えるはずもない。同居人は機械化された装備群を示してイースタシアの強大さを喧伝することを忘れなかった。大洋を遊跋する鋼鉄の巨艦や雲霞の如く蒼穹を覆う攻撃機、地上を支配する鋼鉄の荒馬などである。具体的に言うと、アイオワ級とA-10とストライカーMGSである。どうも林檎まな板に入っている目についた映像を適当に披露しているというのが実情らしい。


「この、空を飛んでるものは何だ。どうやって飛んでいるのだ」


 意を決したように発言したのはレオ王子である。やはり空を飛ぶのは男の子の夢なのだ。


「基本的には鳥と同じ仕組みです。翼の上面と下面に気流速度の差を作り出して、揚力を得るのです」

「そんなもので飛べるのか?」

「とべちゃうのです。これが」


 そういうと、同居人はカカッと板書を始める。翼断面とそれに関するベルヌーイの式である。続く話は、式の適用条件とか、翼の近傍における流速はわりと経験知によるところが大きいとかいうものだった。


 有無を言わさない圧倒的な論述である。王子の額に汗が滲む。


「まあ、算術を究めれば、人間空だって飛べるのです」

「僕達でも飛べるのか?」

「十分な資金と時間があれば可能です。まあ、その辺は貴方達の努力次第といったところでしょう」


 同居人は虚空にA-10の虚像を作り出す。外形のみならず、内部の部品が透過的に示されたものである。一同がうわぁという表情を禁じ得ない。当然ながら、部品点数が多いのである。どうやってその形に加工していいのかよくわからないものもある。三毛猫は、その中に含まれるGAU-8の存在感にただ震えていた。


「この細々とした部品を作るのが、存外大変なのです」


 同居人はそう纏めると、林檎印のまな板で地球の都市の様子を示す。沿岸部に広がる工業地帯の絵である。縦横無尽に広がるパイプの束、精製所の高い蒸留塔が目につく。その巨大さが、イースタシアの国防を担う兵器群が何の結晶であるかを端的に示していた。


 一通り産業社会の威容を示した同居人は、後は適当に市民生活の現状を示してお茶を濁すことに終始した。何も兵器だけがテクノロジの使途ではないのである。縦横無尽に張り巡らされた舗装道路をひっきりなしに自走する鉄の車が往来し、日々膨大な人と物資を輸送する。通信とマスメディアの発展も印象深いところである。同居人の手にする薄い林檎まな板それ自体が、世界的に張り巡らされた通信網から情報を引き出す端末であると説くと、聴衆は驚きを隠さなかった。


 地味なところでは、冷凍庫の存在が反響を呼んだ。食物の長期保存という実利もさることながら、ある食物が関心を呼んだのである。


「あいすくりーむ?」

「乳脂肪と糖分を低温下で攪拌して製造する食品です。冷たくて甘いです」


 勿論、葉っぱ専門の同居人は、私は食べませんと付け加えることを忘れない。


「魔法で冷やした方が手っ取り早いのですが、そういう特殊技能を扱える人は稀なのです。氷と塩を使う手もありますが、面倒です。結局、現代では冷却装置を含む機材を用いるのが一般的なのです」

「その製法を詳しく教えて貰えないだろうか。なんというか、興味があるのだ」


 国王がちょっと恥ずかしそうに言う。厳つい見た目によらず、甘党であるらしい。


 国王の言はそのまま皆の総意でもあった。食べ物の話をした以上、可能ならば食べてみたいと思うのは人情である。ディート姫に至っては、炯々と同居人を見つめている。


「味は保障できませんが、真似事くらいはできるでしょう。それでよろしいのなら」


 そういうと、同居人は後ろに控えていた使用人に材料の手配を頼む。糖とクリームと牛乳という、実に大雑把な注文である。程なくして、原料がやって来る。蜂蜜の入った壺と、牛乳の入った壺である。どうも牛乳は生乳に近い状態であるらしい。表層には脂肪分の濃密な層ができている。原初的なクリームである。


「では、早く作ってしまいましょう」


 唐突に、虚空に二つの魔法陣らしきものが浮かぶ。上下に二つ、丁度円筒の端面を構成する位置である。青白い光の軌跡は実に神秘的である。これで意味ありげなルーン文字など浮かんでいれば雰囲気抜群だが、所詮は同居人の感性である。意匠はいただけない。二重の円の内周に浮かぶのは、例の扇を3つ組み合わせたような放射線管理区域標識、外周には率直に『管理区域 進入禁止』の文字が躍る。円筒領域の側面部では、空気中の埃が続々と何かに焼かれ、一瞬の輝きを放っていることが確認できた。きっと、直ちに健康に影響があるレベルなのだろう。


「それは一体何ですの?」

「お料理の前のちょっとしたおまじないです」


 ディート姫の素朴な疑問に、同居人は平然と答える。明らかにそういう次元ではないが、詳細を説明するつもりはないらしい。首を傾げる姫君をよそに、作業は着々と自動的に進む。魔法の驚異である。螺旋を描きながら壺から飛び出した原材料群は、そのまま剣呑極まりない管理区域に突入すると、そこで混合され、球体を形成する。球体は一見すると浮いているだけだが、よくみれば木星のようなめんどくさい渦を巻いて自転していることが窺える。原材料の攪拌がそこで進行しているようである。


「本当は暫く放置して原材料の熟成を行うらしいのですが、時間がかかるので省略します。まあ、さしあたり加熱殺菌くらいはした方が良いでしょう」


 同居人がそういうと、管理区域の中に赫々と輝くリングが出現する。見るからに輻射熱を放っていそうな代物である。そして、球体の赤道辺りから細い糸状のものが飛び出し、リングを経由して、新たな球を形成し始める。どうも瞬間加熱による殺菌を意図しているようである。工程は静かに、しかし、速やかに進行する。構成物質を引き抜かれた球体はどんどん縮小し、やがてすっかりなくなってしまった。


「後は原料を冷やしながら混ぜれば完成です」


 同居人が言い終えると、今度は青く涼しげな輝きを放つリングが、加工済原料球の赤道あたりに出現する。冷却工程を示すシンボルであるらしい。元の球体と同様に木星めいた自転運動をしていた球体は、しかし、冷却によって硬くなり、やがて、その表面にプレートテクトニクスを思わせる対流構造を表出し始める。間もなくそれは、見事なアイスクリームの惑星と化した。


 こうなれば、もはや食べるだけである。頃合いに達したアイスクリーム球は得体の知れない力によって経度方向に裁断され、そのまま用意された器の方に飛んでいく。


「上手いものだな。調理を成功させた魔術師など初めて見たぞ」


 一部始終を見守っていたレヴィナ師が賞賛を述べる。魔術による調理に挑む魔術師は存外多いが、繊細な制御が追い付かず失敗するのが常だという。この同居人、一朝一夕でそんな芸当をやってのけるのだから、器用なものである。


 素材の妙か物珍しさか、急造品ながら、アイスクリームの評価は悪くなかった。特に、国王陛下はこれを気に入ったらしい。もうちょっと魔術の才があればなぁとぼやいて、レヴィナ師に笑われていた。気付けば時間も頃合いである。結局、アイスクリームを食べ終わったところで、今回の特別講義は終了となった。



 *****



 同居人の撤収は迅速だった。元より講演会場の片付けは後宮スタッフの担当である。鋭い眼光で一瞥し、竦んで動けなくなった三毛猫を手早く回収すると、面倒事の起こらないうちにさっさと退出してしまう。周囲を偉い人に囲まれ、緊張を強いられていたエリオもこの機を逃さなかった。そっと席を立つと、そのまま同居人に追随した。


 光石の照らす白亜の回廊を、二人は足早に進む。


「貴方は残っていても構わなかったのですが」

「冗談はやめて欲しいな。どうして僕があんなところに居るのかずっと考えてたよ」


 むっとしたようにエリオが言う。無責任なレーニンは、ここで顔を繋いで将来の栄達の糧にでもすればいいじゃないかと思わないでもないが、所詮、彼は同居人の添え物である。出過ぎた真似をしても仕方がないのである。


「寧ろ、君はどうしてそういつも飄々としていられるんだ」

「これでも一応、故国では高位貴族なのです。多少のことで動じていては務まらないのです」

「何があれば動くの?」

「さあ、私の予想を上回る事を起こしてみてはどうでしょう」

「そもそも君は何を予想してるんだ……」


 不意に、レーニンはこの同居人が真顔で「その発想はなかったwwwww」などと打ち込んで、どこぞの電子掲示板に投稿していたことを思い出す。草を生やしちゃう程度では動じないらしい。思えば、この世界に召喚された時もあまり慌てていなかったので、それこそ小惑星が明日にでも落ちてくる程度の意外性がないとダメなのではなかろうか。現実には望み薄と言わざるを得ない。


 そんな話をしているうちに、同居人の部屋に着く。エリオは『塔』の近所、近衛魔術師隊宿舎在住なのでここでお別れである。


「明日も発電装置の検討の続きです。午前中には設立準備室に出頭するように」

「わかったけど、僕は一体何をすればいいんだろう」

「ふむ」


 素朴だが、もっともな疑問だった。同居人は、一瞬間を置いて、こんな提案をする。


「びりびり石片の加工などはどうでしょう。未加工のものがまだまだ残っています」

「手伝いたいところだけど、どうすればあんな精緻で複雑な術式を扱えるのかわからないよ……」


 エリオは俯きがちに答える。レーニンからみてもよくわからない同居人の謎薄膜成形技術は、現役の見習い魔法使いにも理解し難いものだったらしい。溜息ひとつ、少年は続ける。


「そういうわけで、教えて貰えるかな。正直に言うと、どうして君がそんなに器用なのか、ずっと気になっていたんだ」

「半ば感覚的なものですが、善処はしましょう。恐らく、数学力を充填すればどうにかなります」

「まあ、そうあって欲しい所だね」


 その謎の力について、エリオは深く問おうとしなかった。賢明なことである。話すことも尽きた二人は、そこで別れる。こんな調子で、勇者様稼業の初日は恙なく終了したわけである。


異世界の皆さんに地球の素晴らしさを説くお話。

素直に説いても仕方がないので嘘を混ぜたら、お嬢様の世界観が不安になる仕上がりになりました!

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