魔石であそぼう
設立準備室に戻ると、同居人は直ちにびりびり石の調査に着手した。この黄色い石英のような鉱物こそ、今回の発電機計画の中核部品であるが、その特性は明らかではない。触ると感電するという取扱い上の注意が喧伝されるだけで、電荷がどのように蓄えられているのかすら解明されていないのである。故に、この石の特性について、実物を用いて検討する必要がある。
とりあえず、同居人が最初に実施したテストは、びりびり石に触ってみることである。身に着けた電子機器類を机の上に置くと、躊躇なくこの危険物を素手で握った。すると、ばちんといかにも空中放電のような音が響き、魔石を握る手が眩しく輝く。
「良い電圧です。科学の鼓動を感じます」
「なんでもいいからその手を離してよ! 死んじゃうよ!」
「そうでしょうか。悪くても手が焦げるだけで済みそうなのですが」
「いや、手が焦げるのもマズいから!」
「その程度の犠牲すら厭うようでは、科学の進歩などありえないのです」
どうみても感電しているのだが、同居人の所作は平静そのものである。尚も制止を続けるエリオを無視して、同居人は掌で石を弄ぶ。楽しそうで何よりである。レーニンは棚の上で丸くなり、高みの見物と洒落込む。
同居人が体を張って何をしているかといえば、どうやらびりびり石の極性を探っているらしい。手が焦げるだけで済みそうというのは、要するに電流が全身を通っているわけではないことを意味する。これは、極端な電位をもつ石という仮説とは矛盾する知見である。想定と現実が異なるなどよくあることで、同居人も方針を改めたようである。
一通り弄り回して満足した同居人は、次のテストに移行する。魔力の印加試験である。大雑把に特定したびりびり石の極を導体で接続し、経路の途中に設けたギャップにおける放電を観察しようという試みである。導体には、倉庫に転がっていた錆びた剣が利用された。同居人は光の魔術で錆を削ぎ落すと、素手で刀身を捻じ曲げ、尖った先端部が刀身の根元を向くように加工する。尖った形状が放電極に丁度いいという判断らしい。刀身と先端の隙間にびりびり石を置くと実験の準備は完了した。
印加試験に用いる魔力源は同居人が担った。定量的な観測を目的とした実験ではないから、何故か魔術の取り扱いに長けている同居人ならば不足はなかった。魔力を印加するという行為がどのようなものか、傍目にはさっぱりわからないが、オペレータである同居人にとっては感覚的に理解し易いものなのだろう。
試験結果は概ね予想通りである。魔力を印加すると、びりびり石と剣の先端との間で空中放電を生ずる。最初はばちばちと音を立てていた放電は、より強い魔力を印加するにつれて太く静かになり、それに伴ってびりびり石自体も淡く黄金色の輝きを放ち始める。
びりびり石の反応が強まるにつれ、電路として用意された刀身にも変化が生じた。赤熱し始めたのである。材料の品質の問題か、或いは、予想以上に大電流が流れているのか。何にせよ、これ以上の続行は机が燃えそうということで、終了を余儀なくされた。
魔力印加試験により、びりびり石は案外馬鹿にならない出力を発揮することが判明した。では、自然界に通常存在するとされる魔力水準、即ち自然魔力における反応はどの程度のものなのだろうか。びりびり石発電機はこの自然魔力において駆動する想定なので、問いとして浮上する。
先のテストが示したように、びりびり石は触ると確かにびりびりする。しかし、これを自然状態として扱うには些か問題がある。理由は生物が帯びるとされる魔力にある。魔術師達による長年の観測により、全ての生物が魔力貯蔵容器として振る舞うことが経験的に知られている。レーニンは疑問なしとはしないが、自然魔力を取り込み、濃縮する作用が生物にあるとするのが一般的な理解である。このような生体魔力の影響によってびりびり石が駆動している可能性は否定できないのである。
この影響を回避するにはどうすればよいか。簡単である。要は、触らなければいいのだ。
同居人はどこからともなく2本の金属棒を取り出すと、片手に一本ずつ持ってびりびり石の両極に触れる。一瞬、ばちっと大きな音がするが、継続的に電流が流れることはなかったようである。
ふむ、と同居人が唸る。
何度か触れてみて電流が流れないことを確認すると、同居人は徐に箪笥を漁り、テスターを取り出した。電子工作のお供のアレである。テストリードで両極に触れると、アナログ式の指針がその性能を示す。数字としては、乾電池に近い水準である。また、暫く測定を続けると、値がじわりと増大することも確認できる。それなりの電荷を貯蔵できるようである。
一連のテストを経て満足な所見を得たのか、同居人は事の成り行きを見守っていた少年に指示を出す。
「さて、エリオ。ちょっと適当に砂を見繕ってきてください。砂浜にあるようなやつがいいです」
「いいけど、どのくらい必要なんだい?」
「持てる限りで結構です。たくさんあると嬉しいです」
「うん、わかったよ」
快く承諾すると、エリオは颯爽と設立準備室を発つ。仕事を貰えて嬉しそうな雰囲気である。そんな健気な少年に見向きもせず、同居人は次の作業にとりかかる。
作業それ自体は一瞬の出来事だった。同居人は魔術で光条を作り出すと、それでびりびり石を切り裂いたのである。拳大だったびりびり石は今や指先程度の多数の小片に分解していた。その中からひとつの欠片を取り出すと、同居人はその端点に金属棒をくっつける。どうも素材を光の魔術で熱して、無理矢理溶接しているようである。
小片はたくさんあるので、同居人はこの妙な部品を作り続ける。他にやることもないらしい。粛々と作業しながら、手伝えと言わんばかりの視線を向けてくるが、棚の上の三毛猫は当然の如くこれを拒絶した。にゃーと長く、諭すようにレーニンは鳴く。猫の手など借りるものではない。マニュピレータの性能が猿とは段違いなのである。悪い方向に。
暫くして、エリオが戻ってくる。抱えた木桶には、海砂っぽいものが山盛りになっていた。
「しかし、こんなもので何をするのかな」
「こうするのですよ」
同居人は徐に砂山に手を翳す。おまじないでもかけているという体である。数十秒そのままの姿勢で待機していたが、やがてゆっくりと手を上げる。すると、それに引っ張られるように、砂山の中から赤熱する球体が浮かび上がってきた。砂の溶融物なので、文字通り高温のガラス玉である。
「砂の主成分である珪素は、使い勝手が良い物質なのです」
「けいそ?」
「シリコンともいいます」
他愛のない会話を交わしながらも、同居人は浮遊するガラス球にビームを照射し、ガイドビームを用いて遊離した成分を先程作った部品に蒸着する。第二常備軍の看板を作った時と同様の、謎の薄膜形成技術である。相変わらず三毛猫には理解不能な手法だが、結果として透明な層を得ることに成功しているので問題はないのだろう。
単なる作業の段階に入ったためか、同居人は饒舌である。エリオが同居人の元素理解に疑問を示したため、簡単な化学の講義が始まっている。要するに、全ての物質はさしあたりそれ以上分解できないつぶつぶ、即ち原子の集合体である云々というやつである。義務教育における化学教育の程度である。
最初はそんな考え方もあるのかとのんびり構えていた少年だが、惑星型の原子モデルと周期律表が登場するに至って、自らがどんな沼に踏み込んだのかようやく理解したらしい。同居人は粛々と、原子核がどうとか、価電子がどうとか、丁寧かもしれないが無駄に情報量の多い論述を続ける。自らが招いた事態なので、少年としても、もう結構ですとは言い出せないらしい。そんな彼の窮状などとっくにお見通しである筈なのに、攻勢を緩めないあたり、この同居人は実に酷いやつである。棚の上の三毛猫はそう結論した。
そんなことをしている間にも、部品へのガラス蒸着は進む。同居人の狙いは要するに絶縁層の形成である。びりびり石の放電事故を防ぐため、丹念にビームを照射し、ガラスを盛っていく。1㎝程度の厚みになれば完成らしい。次の仕掛品を取り上げ、再び作業を始める。
「原子は結合することで異なる物質を形成することがあります。例えば、水は酸素と水素、砂の主成分は珪素と酸素の結合物です。鉄が錆びるのも、空気中の酸素と鉄がくっついてしまうからです」
ご丁寧にも、元素に言及するたびに浮かんでいる周期表の当該部分が強調される。しかし、この同居人、どれほどの量の虚像を同時に展開できるのだろうか。景気よく分子模型も展開するものだから、設立準備室の空間が徐々に埋まってきている。
「実際のところ、物質が単独の原子として存在することは稀です。大抵のものはくっついた状態で存在しています。これが所謂、分子と呼ばれるものなのです」
「くっついてるっていうことは、切り離すこともできるんだよね?」
「勿論。ちょっとやってみましょう」
同居人がそう言うと、どこからともなく眩い光が一閃し、浮遊する融解ガラスの球体に突き刺さる。実に網膜に悪そうな光である。刹那の後、ガラス球の反対から何かが飛び出す。ぱふっと砂山にめり込んだのは、金属光沢を放つ小石のような物体である。
「わー、本当に何か別のものが出てきた」
「それが純粋な珪素です。ちょっと力技で共有結合を叩き切ってみました」
共有結合って力技でどうにかなるものなんだなと、レーニンは清新な感動を得る。
その後も、作業の片手間に同居人は話を続ける。金属の自由電子と導電性の関係や、珪素の代表的な利用法である半導体の概念についてである。勿論、エリオの理解は定かではない。同居人の曲芸に感化されたこともあって、一応、頑張って聞こうとしていたらしいが、小難しい内容と、平坦な語り口とが相俟って、終始眠そうにしていた。
そのうち、この少年は立ったまま眠ってしまった。これも結構な離れ業である。元より彼の理解など気にしていない同居人だが、流石に、相手が意思能力を喪失したとあっては続ける気もないらしい。一瞬、困惑したような視線を棚の上に向けるが、薄情な三毛猫は欠伸で応じた。改めて同居人を見遣ると、その尖った両耳が心なしか垂れ下がっているように見えた。
エリオの寝息を聞きながらの作業は粛々と進み、最終的に、15個のびりびり石部品を得ることに成功する。文字通り、魔法の電源部品である。所詮は小片なので、個々の性能はそう高いものではない。しかし、意外なことに、単位体積あたりの出力は、明らかに向上していた。魔力を吸収して分極を生ずる石なのだから、ひょっとすると、その特性変化は表面積に比例するのかもしれない。
何にせよ、本当に発電の実現がみえてきた。そんな頃合いである。
「勇者様、いらっしゃいますかー」
しれっと扉を開けて入ってきたのは、メイドのサーラだった。
この手の話、読むのは好きなのですが、自分で書くのは苦しいものがあります。科学ってムズカシイネ。




