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ねこのレーニン  作者: るびー
1章 第二常備軍始動
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仕事始め

 目が覚めると、そこは湯の中だった。レーニンは脱出しようと試みるが、何者かに体を拘束され思うように動けない。暴れるうちに、異常に白い細腕が目に入る。どうやら同居人と一緒にお風呂らしい。


「昨日は埃っぽいところで埃っぽいことをしました。今ここで汚れを落とすと良いでしょう」


 同居人が粛々と告げる。勿論そんなものは大義名分で、その意が報復にあるのは間違いない。レーニンが見上げると、金色の人食い虎のような瞳がじっと三毛猫を見つめていた。怒ってはいないようだが、ここは暫く大人しく言うことを聞くべきなのだろう。


 仕方がないので、レーニンは適当に周囲の様子を窺う。


 浴槽はどういう設計意図なのか知らないが、居室の中央にあった。色鮮やかなタイルで彩られた円形の容器である。同居人の証言によると、このタイルの一部が魔法的な装置になっており、湯沸かしの機能を担っているらしい。レーニンが目を凝らしてみると、確かに赤いタイルが仄かな燐光を放っていた。


 同居人に宛がわれたこの部屋は、本来、側室の居室として用意されたものなのだという。調度や設備が無暗に豪華なのはそのためである。時代の変遷によって施設利用計画の前提が崩れるというのもよくあることで、長らく側室が置かれていない今は専ら賓客の宿泊施設として転用されているらしい。


「しかし、こう、電気が足りません」

「電気って、何です?」


 問いかけるのは例の特務部門所属のメイドである。丁度何かを持って部屋に戻ってきたところらしい。


「要するに雷のことです。コレの動力源です」


 同居人は無造作に林檎印の機材を示す。液晶画面の中ではグラスコクピット化されたコンセプトカーが快調に試験走行していた。


「魔法みたいなものですかねぇ」

「似たようなものですが、手順に従えば誰でも扱えるものです」

「それは便利ですねぇ」

「そういうわけで、電源の確保が急務です。ないと私が不便なのです」


 薄い林檎ノートも、林檎プレーヤーも商用電源から切り離されては長くはもたない。これら情報機器があの得体の知れない偵察機との通信インターフェースである以上、その維持は生命線とも言える。


「まあ、こういうものは王立魔術院の領分です。後で彼らに聞いてみることとしましょう」


 そういうと、同居人は風呂から上がる。じゃぶじゃぶ終了である。レーニンも歓迎の意向を示し、にゃーと鳴く。間を置かず、メイドが柔らかな布で水滴を拭ってくれる。至れり尽くせりである。


 昨日の会談の結果、同居人の扱いは勇者であると同時に大公の地位を有する貴族とされている。大公がどのような地位だか判然としないが、同居人曰く独立国の君主というわけではなく、公爵+といった格付けらしい。何にせよ宮中席次ではほぼ頂点に近い地位である。


 先方にそのような破格の高待遇を呑ませたのは同居人の功績だが、思わぬところでツケが回ってきた。メイドが着替えとして持ってきたのは、なかなか華美な装飾が施された子供用のドレス数点である。


「私の服はどこへ行ってしまったのですか……?」

「洗濯中ですが、あれの着用は色々とマズいんです。その、宮中秩序が」


 貴族たるもの、衣装でも格を示さなければならないらしい。辺境の貧乏貴族なら無頓着でも許されるのだろうが、同居人程の高位になると、ある程度気を使う必要があるようである。


「動き辛いではありませんか」

「そういう問題ではないでしょう!そもそも、勇者様の国ではどうしてあの服装が問題にならないんですか!」

「故国はあまり様式に拘らないのです」


 同居人はしれっと言うが、そこまで儀礼に無頓着な国家もないだろうというのがレーニンの偽らざる感想である。それでも、先方には調査手段がないから、同居人が押し切ってしまえばそれまでである。


「しかし、ずっと下着姿で居るわけにもいかないでしょう。ひとまず何か選んでくださいな」

「むう」


 結局この問題では同居人が押し切られる格好となった。同居人が選んだのは裾の広い緋色のドレスである。おまけに同色のケープまでついている。丈が長くて十分動き辛そうだが、これでも選択肢の中では装飾が控えめな方らしい。


 馬子にも衣装というが、容貌偏差値が元々高めの同居人が着ると、さながらどこかの姫君である。


「あらあらまあまあ、姫様より可愛いかもしれませんよ、勇者様」


 想像を超える威容にテンションが上がったのか、メイドがあらぬことを口走る。姫様とはレオーニ王の長女、ディート姫のことである。小レオ王太子に次ぐ第二位の王位継承権者であり、昨日の調査によればどうも脳味噌お花畑系の人物らしいと目されている。詩と音楽が好きらしい。


「そういう発言はここだけにしておいてください。面倒事は御免です」

「心得ておきましょう」


 同居人の無駄に長い髪を梳きながらメイドが答える。ついでに、金の髪飾りなどつけようとしてみるが、鮮やか過ぎる同居人の金髪に隠れて目立たないので、やめたらしい。代わりに大きな赤いリボンなどをつけてみる。同居人は諦めたのか、されるがままである。


「一応私は軍事指導者ということになっているのですが……」


 姿見を眺めながら同居人がぼやく。そんなこんなで、勇者様稼業の初日が始まった。




 第二常備軍設立準備室の部屋は、王政府庁舎内ではなく、王立魔術院の腐海の中に用意された。ハブられているのか、単純に建物を用意できるのがここだけだったのか、なんとも判然としないが、結果として二階建ての独立した事務所棟を手に入れることができた。三階建てのC研究棟の屋根の上という斬新な立地が若干不安だが、階下の住人曰く、無茶をしなければ大丈夫だろうとのことである。


 昨日、首尾よく兵隊さんの協力を取り付けておいただけあって、機材の搬入はすぐに終わった。さして広くもない板張りの事務室には、100インチの液晶テレビを筆頭として、お茶の間から搬出された品物が並んでいる。衣装が汚れてはいけないからと、同居人も抱えて運んで貰っていたのはご愛嬌だろう。


 昼前、第二常備軍設立準備室秘書官のエリオ君がようやく出頭する頃には、入口に2nd Royal Standing Army HQという看板まで掲げられていた。御影石を基材とし、文字は銀色の金属でできている。鏡面仕上げというやつなのだろうか。力強いゴシック体の文字は鋭く太陽を照り返していた。


 看板を作ったのは同居人である。その手順は明らかにおかしかったとレーニンは述懐する。材料は事務所の中に転がっていた廃品を適当に流用したものである。貴金属と思しき破片がその辺に転がっているあたり、魔術師のコスト意識の弛緩っぷりが垣間見える。


 同居人はこの貴金属片を基材に蒸着し、薄層を成形することによって文字を描いた。光の魔法による妙技といったところだろうか。どこからともなく伸びた二筋の光条は、一つが貴金属片への加熱を、もう一つが金属蒸気の流路制御を行っていたらしいが、何がどうなっているのか三毛猫にはさっぱりわからない。


 もの珍しそうに看板を眺めていたエリオが問う。


「綺麗な看板だけど、これ、どこの言葉?」

「英語です」


 ご飯のまずい島国の言葉ですと同居人が付け加える。さり気なく英国への誹謗を欠かさないあたり、この同居人、ドーヴァーの大陸側の出身なのだろうか。両者のやり取りを物陰から窺いながら、レーニンは思案する。


 看板談義も程々に、両者は片付けが終わったばかりの事務室に入る。室長用の机が一つと、大きな机で作った事務職用の島が二つ程度の、こぢんまりとしたレイアウトである。


「姫君が自分で事務仕事をしているっていうのも、なかなか斬新な光景だね」


 室長席で薄い林檎ノートを弄っている同居人を眺めながら、小さな秘書官は正直な感想を漏らす。


「好きで着ているのではないのです」

「似合ってるからいいじゃないか」

「動き辛いのです」


 そんな他愛もないやりとりも程々に、同居人は早速本題を切り出す。


「魔王軍の布陣の大要が判明しました。端的に言って、当面の王国への危険はありません」


 虚空に地図が浮かぶ。例のプレゼンテーション魔法である。


 魔王軍の侵攻領域は、さながら帝国に突き立てられた刃である。突破正面の幅は100㎞にも満たないが、侵攻距離は1000㎞を超える。戦力を結集し、ウェルネア回廊を一点突破した格好である。大胆とみるか、無謀とみるかは論者の感性次第だが、レーニンは後者の立場をとる。


 結論から言えば、彼らはこの無茶な形の戦線を維持するのに手一杯なのである。


 魔王軍の兵力は二か所に集中している。一つは帝都ニーヴァルンディ近傍の突出部最先端、もう一つは回廊中部、古都イルヴェアの周辺地域である。他に、連絡線を護るように小規模な部隊が分散配置されており、これら前進観測点からの情報を元に、主にイルヴェアの軍集団が機動防御を行っているらしい。


 異形の者どもからなる魔王軍の中でも、極めて特徴的な要素が飛竜の大規模な活用である。帝国軍にも竜騎兵隊が存在するが、数が一桁違う。大小合わせて2000体程度の飛竜が、輜重任務や兵員輸送任務についている。換言すれば、魔王軍は大規模な空中機動部隊を抱えているのである。用兵としてはヘリボーン空挺部隊に似る。この圧倒的な機動力が、魔王軍の機動防御を支えているのである。


 兵力の質と機動力で劣る帝国軍は、物量、飽和攻撃による消耗戦を企図した。昼夜を問わず、魔王軍の連絡線を脅かすことによって、機動打撃部隊の消耗と疲労を強いている。魔術師の集中運用によって、忌々しい飛竜の撃墜も試みているらしい。洗練されているとは言い難いが、大国らしい力勝負である。


 空からの視線が明らかにした戦争の諸相は概ねこんなところである。魔王軍が戦線を整理すれば状況が幾らか変わるのだろうが、どうやら魔王様は敵国の首都を脅かしているという状況の政治的価値を放棄できないらしい。結果として、魔王軍は防戦に力を割かれ、目立った新規攻勢を行えない状況にある。


「一晩でこんなにわかるものなんだね」

「R3の『魔眼』は特別製です。もう少し待てば更に詳細な様子がわかるでしょう」


 あの得体の知れないUAVの性能に同居人は自信を見せる。レーニンはやはり釈然としないものを感じるが、同居人をして、空にある限り負けはないと言わしめるだけのことはあるらしい。


「そういうわけで、我々には十分な時間があります。生産力を拡充し、軍備を増強するのに十分な時間です。そのための技術開発や人員獲得の方策を討議するのが今日のお題目なのですが、それ以上に重要な火急の案件があります」

「火急の案件?」

「発電機の徴発です」


 何と言うべきかわからなくて、少年はただ曖昧な笑みを返すしかなかった。


まさかの発電機編突入だよ!

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