第8話 プリン作り
「おやおや、何事だい?」
と、厨房に入ってきたのは料理長だった。後ろからトビーが続いてやってくる。トビーが母さんと言ったのは料理長のことだったようだ。
「こいつがさ、クッキー食べたら急に泣いちゃって」
「なんだって!?」
料理長が慌てて私の体を調べようとするのを、私は首を振って制止した。
「違うんです! クッキーが甘くて、とっても美味しかったから」
ひさびさに食べた甘さと懐かしさで、涙が出てくるなんて私自身もビックリだ。
「それで泣いたのかい! そうだよね、甘いのは食べさせてなかったから」
ごめんね、と料理長が私の頭を撫でてくれた。
その優しさに、急に溢れ出た心細さも少しずつおさまっていくのを感じる。
料理長は私の涙を指先でそっと拭うと、トビーが焼いたクッキーのお皿を少し遠ざけた。
「残念だけど、今のあんたがクッキーをたくさん食べるのは、負担が大きすぎるからね。甘いものだったら、うーん、ミルク粥はどうだい?」
このクッキー、バターをたっぷり使ってるみたいだ。美味しかったけど、ひと口だけなのに、確かにちょっと胃がもたれた感じもする。作ってくれたトビーには申し訳ないけれど、これ以上食べられそうもない。
料理長はミルク粥を勧めてくれたが、柔らかくて甘いのと言ったら……プルプルしたアレがいい。
「プリンが食べたいです」
「は? ぷりん?」
「黄色くて柔らかくてプルプルした甘いやつ……」
私の説明に、全員が分からないという感じで首を傾げた。
「卵と牛乳とお砂糖を混ぜて、プルプルになるまで蒸して固めるお菓子ですよ?」
「卵を蒸して固めるっていったら……肉や野菜のクズを卵液で蒸す庶民料理しか思いつかないけどね」
さすがに料理長なら作り方を言えば分かるだろうと思ったが、料理長は困った表情をしている。ただ知らないだけなのか、この世界にプリンが存在しないのか……。
ともあれ、クッキーを作れる材料はあるようだし作れるはずだ。『プリン』と口にしたら、食べたくて仕方がなくなった。
もうすっかりプリンのお口なのだ。
「プリン作ってもいいですか?」
前世ではお菓子作りが好きだった。鼻歌を口ずさみながらお菓子を作って、苦いコーヒーをお供に1日中ゲームをする至福の休日……。そんなことがあったのを、ふと思い出す。
「作れるのかい?」
料理長がちょっと驚いたように、目を見開いた。プリンを食べたい一心で、何度も頷く。
「うーん、私は今から温室で仕事があるから、トビー、あんた手伝ってやってくれるかい?」
トビーが不満そうに頷くと、料理長はパタパタと慌ただしく厨房を出ていった。
「ええー、ガキの面倒かよぉ」
お前もガキじゃん、と思いながら私は両手を合わせて「お願い」と上目遣いで媚びを売る。それに飛びついたのはポピーで「可愛いっ」と言って抱きしめてきた。
「作るの手伝ってやりなさいよ」
「もう。仕方ないな。分かったよ」
ポピーのひと睨みでトビーはタジタジだ。トビーを動かしたいときは、ポピーを味方にすれば間違いないようだ。
「卵と、牛乳と、砂糖だったっけ?」
「あとバニラエッセンスってある?」
「バニラビーンズがあるぞ。え? バニラビーンズ使うのか? これ、すごく高いって母さんが言ってたけど……」
「バニラビーンズがあったほうが美味しいのになぁ。ねえ、ポピーも美味しいの食べたいよねぇ?」
ポピーをキラキラの瞳で見上げ、とびきり甘い声で訴えた。
「トビー」
ポピーのひと言でトビーは肩を落とす。
「分かったよ! あとで母さんに怒られても知らないからな」
ちょっとトビーがかわいそうだけど、美味しいプリンを作るために仕方ない。プリンが完成したら、一番に食べさせてあげよう。
「コンロはどう使うの?」
この世界には、意外と現代的なものも多い。厨房を見渡すと、冷蔵庫やコンロ、オーブンまで揃っている。
「どういう仕組み?」
不思議に思ってコンロをガン見する。現代的なコンロならつまみがある位置に、石みたいなものがはめ込まれていた。魔力を注ぐところだろうか。そう思っていると、トビーがちょんっと触れただけで、火が点いた。
「おお!」
私が感嘆の声を上げると、トビーが真剣な顔で振り返る。
「ここに、魔力を込めるんだよ。あ、お前、魔力が多いんだよな? 絶対触るなよ」
「なんで?」
魔力封じのブレスレットをしているから、魔力を注ぐことはできないが、どう危険なのか純粋に気になって首を傾げた。
「魔力量の少ない俺でさえ、最初は上手く制御できなくて、天井燃やしたくらいだからな。お前がやったら大爆発するかもしれないだろ?」
そんな危ないものを、子供たちだけで扱って大丈夫なのだろうか。料理長が去って、ここには子供3人と子猫(使い魔)だけである。
「危なくない? 大丈夫なの?」
「平気だよ。俺はもう毎日手伝ってて、完璧に火加減できるから、任せとけって」
胸を張るトビーに、私は少しだけホッとする。
トビーはフライパンに砂糖と水を入れて煮詰めてくれた。毎日手伝っていると言ってるだけあって、とても手際がいい。やがて、香ばしいカラメルの匂いがしてきた。
「あ、そのくらいでいいよ。いい感じじゃん。トビーすごい!」
私が褒めると、トビーは「うるせえな、当たり前だろ」と口をとがらせたが、耳を赤くして照れているようだ。なんだかとっても微笑ましい。
私がトビーばかり褒めたからか、ポピーがトビーをムッと睨み、頬を膨らませた。
「私もお手伝いする!」
「じゃあ、卵を割って混ぜてもらおうかな」
卵を割る手つきを「上手だ」と褒めてやると、ポピーは眩しいくらいの笑顔で喜んでくれた。
(くっ、かわゆい)
枯れ専腐女子だけど、可愛いのだって大好きだ。子供たちに癒されながら、プリン作りが進んでいく。
褒めまくったからか、私は指示だけで、ほとんど2人がやってくれた。
* * *
ポピーが皿を覗き込んで首をかしげた。
「これが、プリン?」
完成したものを見ても、よく分からないようだった。
「トビーからどうぞ」
「え? 俺? 毒見かよ」
不服そうにしながらも、素直にプリンを口に運んでくれる。
「!?」
口に入れた途端、トビーは目をまん丸にした。
「うまっ! 何だよコレ!」
トビーの反応を見て、ポピーとノスもプリンを口にする。食べた途端、揃って『美味しい!』と大騒ぎだ。微笑ましくその様子を見ながら、私も自分の分をいただく。
「んー! これこれ! 美味しい!」
クッキーとは違って喉越しが良く、これなら弱った胃にも優しい。前世のプリンより美味しいかもしれない。これならどんな人も喜ぶだろう。
私はハッと閃いた。
――差し入れ大作戦。
連日の激務でお疲れ気味の宰相様に、このプリンを差し入れるのはどうだろうか。養女の座をもぎ取らなければならないのに、結局まだ何もアピールできていないのだ。まずは胃袋からである。
でも、宰相様は見るからに甘いものが苦手そうだ。カラメルを苦めにして大人な味に仕上げれば、きっと気に入ってもらえると思うのだけれど……。
プリンに舌鼓を打っていると、厨房に料理長が戻ってきた。高価なバニラビーンズを勝手に使ったことで大目玉を食らいそうになったが、料理長がひと口プリンを食べた途端――。
「……なんだい、このとろけるような甘さは……っ!」
怒っていたことなどすっかり忘れたように、うっとりと頬を押さえた。
料理長のこの様子を見ていると、ますます宰相様にも食べてもらいたくなった。この絶品プリンなら、宰相様の胃袋をしっかり掴めそうな気がする。
「これ、宰相様のおやつの差し入れに持っていきたいです。もし甘いのがダメでも、苦みを増やしたりして大人の味にできるし……。どうしても宰相様にも食べてもらいたくて!」
「旦那様にかい? 旦那様、甘いの好きだからね。気に入ると思うよ」
(え? 甘いのが好き? 甘党なの?)
宰相様がスイーツを食べている姿を妄想する。似合わない。似合わないけど可愛い。ギャップ萌えである。プリンを頬張る宰相様のお姿を、この目で拝みたい。
私は、なんとしてでもこのプリンを宰相様に食べてもらおうと、心に決めたのだった。




