第7話 懐かしのクッキー
(──うほ!?)
直接声を出さずに、脳内で留めた自分を褒めてあげたい。大変よき渋さで、私のテンションが一気に浮上する。
背筋をピンと伸ばし、両手を後ろで組んで立つその人は、いかにも執事らしい出で立ちだ。年齢は50代半ばぐらいだろうか。灰色の髪は隙なくオールバックに整えられ、腰あたりまである長い後ろ髪は大きな緑色のリボンで束ねられている。手入れの行き届いた立派な口髭がよく似合っていた。
「父様!」
ポピーが紳士に飛びつく。
(父様って、この人のこと!?)
ポピーのあの可愛らしい容姿から、この渋オジ執事が父親だなんて、とても想像がつかない。
穏やかな茶色の瞳が、娘であるポピーに向けられた。
「どうしましたか? ポピー」
「父様、モルちゃんとは初めましてだよね?」
「ええ」
ポピーの頭を優しく撫でてから、ポピーパパはこちらに歩み寄り、ニコリと微笑んで優雅に一礼する。
「執事のウィンストンと申します。お嬢さんとは初めましてですね。話は旦那様から聞いておりますよ」
さすが執事である。所作がめちゃくちゃかっこいい。
そして、宰相様とウィンストンさんが並んだ姿を思わず想像してしまう。そりゃ、推しカプは宰相様とミルディン様だけど、ウィンストンさんとも悪くないのでは? ひとつ屋根の下で一緒に生活してるんだもの、主従という関係からしても、執事×宰相はとても美味しい。
なんて妄想に浸っていると……。
「お前、なんか変なこと考えてないカ?」
頭上でノスが呟いて、ギクリとする。
どうしてバレた。ニヤけてたかな。鼻息が荒かったかもしれない。
私は頭にしがみついていたノスを引き剥がし、腕に抱きかかえると、その口を押さえた。内心の動揺を隠すように、ありったけの笑顔をウィンストンさんに向ける。
「あ、あの! 宰相様には助けていただいたご恩があります。私にも何かこの屋敷のお手伝いをさせていただけませんか? 例えば、宰相様のお部屋のお掃除とか!」
宰相様のお部屋と強調しておく。推しの部屋じゃないと意味がないのだ。やましい気持ちを悟られないよう、私はできるだけ純粋な子供の表情を作り、キラキラと上目遣いで見つめてみせた。
そんな私に、ウィンストンさんは驚いたように目を見開く。
「幼いながら、随分と丁寧な言葉を使われるのですね。記憶がないとのことでしたが、貴族の出だったのでしょうか?」
しまった。子供にしては言葉遣いが丁寧すぎたか。闇属性がバレてはいけないのは当然として、前世の記憶(しかも異世界)があるだなんて言い出したら、頭がおかしいと思われて、今度こそ魔塔に放り込まれかねない。
「おほほほっ、そうかもしれませんわね」
お貴族様っぽい笑い方と口調で、はぐらかした。
「お気持ちは大変嬉しく思います。しかし、まだ病み上がりですので、無理をしてはなりません。そのお言葉だけで十分ですよ、お嬢さん」
とてもやんわりとした、丁寧な口調だ。だけど、「旦那様の部屋には近づくな」と、暗に牽制されている気がする。私に向けられた茶色の瞳の奥に、ピシャリと見えない扉を閉められたような冷たさを覚えた。
仕方がない。ここで無理に食い下がれば、変に思われるだろう。屋敷の人たちに悪く思われるのは避けたい。
「じゃあ、私が元気いっぱいになったら、たぁくさんお手伝いさせてくださいね」
精一杯の子供っぽいしぐさで誤魔化してみたけれど、今度は大丈夫だっただろうか。ウィンストンさんの穏やかな笑顔からは何も読み取れなかった。
渋オジ執事の隙のなさに感嘆しつつも、油断したらいろいろバレてしまいそうで怖い。何か感づかれる前に、早々に切り上げたほうがよさそうだ。ウィンストンさんと別れ、私たちは厨房へと向かった。
* * *
「あ、お前……」
青い髪の男の子が、私を睨みつけている。
年齢はポピーより下っぽい。7、8歳くらいだろうか。エプロンをしているので、厨房のお手伝いをしているようだ。
「こら、トビー! なんでモルちゃんを睨むの!」
ポピーが私をかばうように、ぎゅっと抱きしめた。正直、苦しい……。
「だってよそ者じゃん。それに、今お前が着てる寝間着、俺のだからな!」
「もう着れないお古のやつじゃん」
ポピーが呆れたように言い返した。
どうやら彼のお下がりだったようだ。それでも私にはブカブカだった。
(私ってトビーより小さいってこと? あれ? 私っていくつだ? えっと……確か、王子の1個下っていう記憶があるんだけど……)
「ねえ、この国の王子っていくつ?」
「なんだよ急に。いくつだっけ?」
「トビー忘れたの? クライヴ王子は9歳だよ」
そうそう! 名前ってクライヴだったよね。私の記憶は『推し』関連が大半を占めているので、ゲームのメインキャラクターの1人なのにすっかり忘れてた。
王子が9歳ってことは……。
「私、8歳じゃん!」
「「えええええええ!」」
2人が驚愕の声を上げた。
「同い年!? どう見たって、俺より下だろ?」
「ごめんね、5歳くらいかなって思ってた」
私をジロジロと見るトビー。続けてポピーが申し訳なさそうに言った。
私も鏡を見て、それくらいかなって思ってた。牢屋に閉じ込められていたし、完全に栄養が足りてなかったんだな。もしかしたら、閉じ込められる前から、ちゃんと食べられてなかったのかもしれない。
「かわいそうにモルちゃん! たくさん食べなきゃ! トビー、ボーッとしてないで、何か出しなさいよ!」
「お? おう。えっと、確かクッキーが余ってたよな」
トビーが戸棚からお皿に入ったクッキーを出してくれた。さっきはあんなに睨みつけてきたのに、案外優しい。
「俺が作ったんだぜ! クッキー作りは得意なんだ」
同い年って言ってたから、8歳だよね。子供が作ったとは思えないほど、しっかりしたクッキーだ。
目の前に出されたクッキーの甘い香りが鼻をくすぐる。
そういえば、転生してから甘いものを口にしていない。ここに来てからはスープやお粥ばかりだった。胃袋がまだ重い食べ物を受け付けてくれないのだ。それでも、目の前のクッキーなら食べられそうな気がする。甘い誘惑には勝てない。
「いただきます!」
私は久しぶりの甘い食べ物に感謝の意味を込めて、パチンと手を合わせた。
「……モルちゃん、何してるの?」
つい前世の習慣が出てしまった。この世界に『いただきます』の文化はなかったか。2人は、私が急に手を合わせた意味が分からなかったようだ。
「えっと、食べ物とか、作った人に感謝の……挨拶? 今回はトビーが作ってくれたから、ありがとうって言ったの」
「え!」
トビーは一瞬目を丸くすると、頭をかいて照れくさそうにはにかんだ。
「もしかしてモルちゃんって、どこか他国の出身だったりするのかな。ここではそういう風習ないもん」
(──そういうことにしてもらおう)
今回みたいに前世のボロが出たとき、他国の風習という言い訳はいろいろと便利そうだ。
「ありがとうって挨拶して食べるのいいね。真似しようかな」
ポピーがパチンと手を合わせる。「俺も」とトビーもそれに続く。この屋敷で『いただきます』が浸透しそうだ。
私は改めて「いただきます」と言うと、クッキーを口に運んだ。
サクッと小さな音が鳴る。
「──!」
口の中に広がったのは、バターの豊かな香りと、素朴な甘さだった。
とっても美味しい。
前世でもよく食べた、馴染みのあるクッキーの味。
「……あれ?」
視界が突然歪んだ。
ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
クッキーの懐かしい味を口にした途端、無意識のうちに抑え込んでいた心細さが、一気にあふれ出してしまったようだった。
「モルちゃん大丈夫?」
ポピーが心配そうに顔を覗き込み、私の背中を撫でてくれた。その手のひらが、とても温かい。
「俺、母さん呼んでくる!」
青ざめた顔で、トビーがバタバタと厨房から飛び出していった。
「クッキーうまいナ!」
ノスはいつの間にか口いっぱいにクッキーを頬張り、モグモグとご機嫌な様子。1人(1匹)だけマイペースだった。




