第6話 お屋敷探検
どうやらここは、正真正銘、宰相様の屋敷らしい。
質素なこの部屋は客間で、人が泊まることはほとんどないため家具も最低限だそうだ。あまりに飾り気のない部屋に、宰相様の屋敷ではないのかもしれないって本気で思ったよね。
目が覚めてから6日。
宰相様とはあれ以来会っていない。宰相としての公務と、例の教会の件で大忙しのようで、屋敷に帰ってこない日もあるらしい。供給過多な出来事のあとだけに、ずっと会えていないとさすがに不足してくる。
それでも、とりあえず魔塔行きは回避できた。
しかし、これはあくまで一時的なものだ。ここの使用人たちに闇属性であることが知られてしまったら、即魔塔行きになりかねない。今は魔力封じのブレスレットもあるし、私が言わなきゃ気づかれないはずである。
屋敷の使用人はたった6人らしく(宰相家の使用人が6人だけって大丈夫なの?)、少人数だから、バレるリスクも低いよね。
ちなみに、今の私の扱いは『ショックで過去の記憶を失っている、素性不明の少女』ということになっている。
宰相様の忠実な部下の何人かには『闇属性』だって本当のことを話してるみたいだけど、他の部下たちにはヒキガエルの妄言だってことにしてくれたみたい。ミルディン様の説得があったとはいえ、厳格な宰相様に嘘までつかせてしまって本当に申し訳ない……と同時に、私のためにしてくれたご配慮に、感激のあまり拝み倒すことしかできない。
少しでも尊い推しのお役に立てるように頑張らなくちゃ。
とはいうものの、熱が上がったり下がったりで、ずっと部屋で療養中である。今のところ何の役にも立ててない状況だ。
かといって、ボーっと過ごしているわけでもない。
今は懸命に文字の勉強をしている。
療養中は暇なので、本でも読もうかと思ったところ、この世界の文字が読めないことが判明したのだ。そんなわけで、ツインテールの女の子——ポピーに文字を教わっている。
「モルちゃん、覚えるのが早いね! いい子! いい子!」
私が石板に文字を書き終えるが早いか、ポピーはギュッと抱きつき、頬ずりをしながらグリグリと頭を撫でくり回してきた。
居候の身であり、おまけにこんな悪役面の私を怖がるどころか、彼女はまるでぬいぐるみかペットを愛でるかのように可愛がってくれている。ちょっと過剰な気もするが……まあ、悪い気はしない。
「この調子だったら、すぐ本が読めるようになるよ」
ポピーが持ってきてくれた『赤き騎士と蒼き勇者』という本を、私は早く読みたかった。最初は反発し合いながらも困難を乗り越えて無二の親友となる、という冒険物語らしいが、そんなの腐女子目線で見ちゃうよね。騎士×勇者じゃん。
残念なのは、この屋敷にはこういった娯楽向けの物語本は1冊しかないということだ。本は高価らしく、ポピーも親からのお下がりらしい。屋敷にある書庫には、歴史や経営など難しい本ばかりだそうだ。
勉強が一段落したところで、ポピーが私を撫でながら(さっきから撫ですぎ)言った。
「そういえば、料理長が、体調が良ければ部屋から出てもいいって言ってた」
「やった!」
ここに来てから、まだ一歩も部屋から出ていない。
退屈しのぎに窓から外を覗いてみたりしていたが、見えるのは畑や古びた小屋、ガラス張りの温室、小川、森。やたらとマッチョな男の人がせっせと畑仕事をしていたり、大きくて灰色の犬が木陰でのんびりしている様子も見えた。
宰相様の屋敷だというのに、あまりにも庶民的な雰囲気だった。こうなると余計に、屋敷の全貌が気になってしかたがない。
「ノスも行く?」
「行くに決まってるダロ!」
私が声をかけると、ベッドの端で毛玉のように眠っていたノスが、バッと起き上がる。ノスは魔力を使えない私のために、ミルディン様が置いていってくれたのだ。
というのも、この世界では灯りや水道といった生活インフラは、たいてい魔力を注がなければ使えない。けれど、魔力封じのブレスレットを着けている私には、ランプを灯すことすらできない。いちいちポピーを呼ぶわけにもいかないので、ノスがいてくれるのは本当にありがたい。
毛玉を頭に乗せ、未知の世界への一歩に胸をドキドキさせて扉を開く。
ひょっこりと顔だけ出してみた。
「わっ!」
「なんダヨ!」
私が急に声を上げたので、ノスがビックリしたようだ。
「だって、あれ……」
私は部屋を出てすぐの、廊下の突き当たりの壁を指さした。大きな鹿の頭の剥製が飾ってあったのだ。
「なんだ、ただの剥製じゃン」
反対側に目を移すと、部屋の扉がいくつかと、その間に鹿の角が一定の間隔で飾られている。くすんだ絨毯が敷かれた廊下の奥は薄暗くてよく見えない。夜は怖くて一人で歩きたくない感じだ。
「2階は奥に書庫があって、あとはほとんど空き部屋。目の前の部屋は、魔塔主様が直通の転移魔法陣を張っちゃってる。モルちゃんの様子を見に通うからって、勝手に部屋を占領しちゃったんだよぉ」
ポピーが部屋から出てきて、やれやれと肩をすくめながら目の前の部屋を示した。
「転移魔法陣?」
「転移魔法陣って凄いんだゾ。超高度だから魔塔の上級以上のやつらしか描けないンダ」
(そんな凄いのが、目の前の部屋に……)
ミルディン様は、今のところ毎日来てくれる。ただ、様子を見に来ているというより、研究対象として扱われている気がする。血液や髪の毛を採取したり、石をずっと握らせたり、水晶に触れさせたり……ちょっとモルモット扱いされている感は否めない。もし魔塔に行く羽目になったら、解剖とかされそうで普通に怖い。
「魔力が多い人って大変だよね。暴走したりするんでしょう?」
ポピーが心配そうな顔をこちらに向けて言った。
どうやら使用人たちには、ミルディン様が通ってくる理由を『魔力量が多いから』と説明してあるらしい。
年齢にそぐわないほどの魔力量だと、何かと問題が起きがちなようだ。魔力が多いこと自体は事実なので、少し罪悪感が和らぐ。仕方のないこととはいえ、可愛いポピーに嘘をつくのは気が引けるのだ。
「下に行こう。1階はね、玄関ホールと応接間になってて、旦那様の執務室と寝室、食堂とあと厨房ね。私たちの部屋もあるよ」
ポピーに手を引かれ、ゆっくりと階段を降りていく。
降りてすぐのところは玄関ホールになっていた。あたりを見渡すけど、やっぱり宰相様の屋敷にしては、こぢんまりとしてる。ファンタジーに出てくる偉い人の家ってもっと大きくて豪華なイメージだったので、あまりの違いに戸惑う。
「もしかして、貧乏?」
思わず口に出してしまった私を見て、ポピーがキョトンとする。
「あ、宰相様のお屋敷にしては小さいかなって」
「旦那様はすごく倹約家なの」
いくら倹約家でも、貴族としての威厳を保つためには、もう少し大きな屋敷のほうがいいのではと余計な心配をしてしまう。
それより、下の階には宰相様の執務室があるそうだが、どこだろう。推し不足なのだ。せめて宰相様の仕事場を拝見したい。
私は立ち止まってキョロキョロと辺りを見回した。
「どうしたの? モルちゃん」
「ねぇ、ポピー。私、宰相様の執務室に行きたい」
私の言葉に、ポピーは困ったように眉を下げて「ごめんね」と言った。どうやら困らせてしまったようだ。
「勝手に入っちゃダメなんだよね……でも、父様なら……」
と言いかけたところで「おや、ポピー」と、廊下の奥から執事の格好をしたおじ様がやってきた。




