第5話 供給過多
「私は……宰相様のそばにいたいんです」
懇願するように見上げた途端、涙がポトリとこぼれた。
そんな私をミルディン様が優しく抱き寄せる。
「ああ、違うんじゃ。いつも言葉が足りないんじゃから。あやつはお主を心配しておるだけなんじゃよ」
「でも私は闇属性だから……。闇の力って危険なんですよね?」
ヒキガエルは闇の力を「国の災い」と言っていた。闇属性と知ったときの周りの反応だって、まるで化け物を見るようだった。お姉さんはずっと私を警戒していた。
「この国の者たちは、光神信仰のせいもあるが闇を過剰に恐れる節がある。そんなところにいるよりも、魔塔のほうが安全じゃと、そう言いたいわけじゃ。魔塔はどの国にも属しておらぬゆえ、そういった差別はないのじゃよ」
(宰相様あぁあああ!)
号泣である。
さっきまでの悲しい涙はどこへやら、今度は推しの不器用な優しさという特大の供給に、涙腺が完全に崩壊した。
私の安全を第一に考えてくれていたのだ。
「……っ、行きません」
私はミルディン様の腕の中からズルリと抜け出すと、一直線に宰相様のもとへと向かう。
病み上がりのせいか、上手く歩けずフラフラとしながらも、必死の思いで宰相様の宰相様の脚にしがみついた。思わず抱きしめてしまった!
たぶん、宰相様のズボンは私の涙と鼻水で汚れてしまっただろうが、構うものか! 離さない!
「なに?」
「魔塔になんて行きません!」
困惑して私を引き剥がそうとする宰相様と、コアラのように脚に張り付いて絶対に離れまいとする私。ノスとミルディン様の笑い声が聞こえた。
「よいではないか。属性は隠しておけば問題ないじゃろう」
「隠すなど……宰相である私が意図的に隠匿すれば、国を……皆を騙すことになるのだぞ」
「お主は本当に生真面目な男じゃの」
ミルディン様はやれやれと肩をすくめると、宰相様の脚にしがみつく私を見て、ふっと目を細めた。
「じゃが、お嬢ちゃん。魔塔も悪いところではないぞ? ただ、1つだけ不便なことがあるがな」
「不便……?」
「うむ。魔塔はどこの国にも属さぬゆえ、他国に出入りするには事前の許可や面倒な書類のやり取りが必要になる。一度魔塔に入れば、そう簡単には外に出られん。つまり、ウォルに会いたくても、すぐには会いに来られなくなるということじゃ」
ウォルという愛称呼びにピクリと反応してしまったが、それどころじゃない。ミルディン様の言葉に、私はサアッと血の気が引く。
(面倒な書類の手続き!? それじゃダメじゃん。もしシナリオ通りの展開になったら宰相様は暗殺されちゃうんだよ? 魔塔にいたら守れないよね)
確かに、私の我儘で宰相様は周囲を騙すことになる。だからといって、宰相様から離れるわけにはいかないのだ。
「嫌です! 私は宰相様のそばにいなきゃいけないんです!」
「なぜ?」
宰相様は私を脚から引き剥がし、ベッドの上に座らせる。かがんで私に目線を合わせてくれているが、その瞳は射抜くように真っ直ぐで、一切の嘘や誤魔化しを許さない強さがあった。
思わずつばを飲み込む。
それから、私は意を決してゆっくりと口を開いた。
「一目惚れです」
本当のことだ。この目を見て嘘などつけるものか。さすがに「ここはBLゲームの世界で……」とか言ったら、頭がおかしいと思われるだろうし、そこまで正直には言えないけれど……。
「なんと!」
私の言葉に反応したのはミルディン様だった。
「お主は見る目があるの! 分かる、分かるぞ、ウォルの魅力に一目見て気づくとは! 魔塔に連れ帰ろうと思ったが……わしが全面協力しよう。ウォル、この子をそばに置いてやれ!」
えっと……ミルディン様も宰相様に惚れているという腐女子的解釈をしてもいいだろうか。
同志を見つけたオタクが如く興奮しているミルディン様をよそに、宰相様はこめかみを押さえた。
「一目惚れだと?」
「怖いところから助けてくれたから……今度は、私が宰相様を助けたいんです!」
これだって事実だ。必ず私が助ける。そんな気持ちを込めて宰相様の目を見つめた。
すると、宰相様はわずかに目を見開き、じっと私の顔をまっすぐに見据える。牢屋から救出されたときも、同じようなことがあったよね。私を見ているというより、私の向こうに何かを見ているような感じ……。
私がコテンと首をかしげると、宰相様はハッとしたように目を逸らす。
なんだか気になるけれど、今は聞きづらい。
しばらくして、宰相様は小さく息を吐いた。
「子供のうちは魔力漏出の可能性も高い。自己防衛本能で無意識に発動することもあるだろう。この国に留まるなら、10歳を迎えた際には鑑定の儀を受け、属性の登録をせねばならん」
「鑑定の詐称はわしに任せておけ! 造作もないことよ」
とんでもないことを言っている気がするけど、ここはミルディン様を応援だ。
「力のことが心配なら、わしが様子を見に来ればすむことじゃし。ノスも置いておく。それでもダメかのう?」
「……」
「この子は救ってくれたお主に報いたいのじゃ。その気持ちに応えてはどうじゃ」
宰相様は苦渋を滲ませるように眉を寄せた。困らせて申し訳ないが、ミルディン様、もう一押しだ。胸中でポンポンを振って応援する。
「なんじゃ。わしの求愛すらすげなくあしらうくせに、こんな小さな子の好意まではねつけるつもりかのう?」
──求愛!?
脳内で言葉を反芻する。
(んんんんっ。つまり、ミルディン様は宰相様に告白したという解釈でよいのかな。私が腐女子脳で勝手に変換してるだけ? でもここはBLゲームの世界だし……)
「わしの頼みでも、聞けぬか?」
ミルディン様が、スッと音もなく宰相様との距離を詰めた。先ほどまでの飄々とした響きは消え、低く艶のある声が落ちる。かがんだままの宰相様を上から覆うようにして、顔を覗き込むミルディン様。お互いの吐息すらかかりそうな二人の距離感。
脳内吐血。
ちょっと子供の目の前でどんな色気出してんのよ!
いいぞ、もっとやれ!
「……はあ」
宰相様が、重いため息とともに耐えきれないとばかりに目を逸らした。
「鑑定の詐称は不要だ。規則を破るようなことをするつもりはない」
「ということは、いてもよいということじゃな?」
「あくまで身元不明の子供として一時的に保護するだけだ。今の状態で魔塔に行っても面倒をみる者などいないだろうしな」
今のって……ミルディン様の色仕掛けで宰相様が折れたってこと? 私にはそう見えちゃったんだけど。鼻血が止まらないよ(脳内で)。
「そうじゃ、研究馬鹿だらけじゃからな。こんな衰弱した子供の面倒をみる者などおらんよ。よかったの、お嬢ちゃん。お主はしばらくここにいられるし、わしも『闇属性の経過観察』という立派な口実で、面倒な手続きなしにここへ通える」
私に向かってミルディン様がウィンクを投げる。私はいろいろな意味でノックアウトだ。ここにいられる嬉しさと、目の前で見せつけられた二人の尊いやり取りに、もう致死量ギリギリの萌えを摂取してしまった。
「ところでお主、名前はなんじゃ? わしは魔塔主ミルディン。こいつは使い魔のノス。あの怖いのがこの国の宰相でウォルシング・レギスガルドじゃ」
「あ、えっと……モルガナ?」
モルガナの名を口にするにはまだ抵抗があった。モルガナはゲームのキャラクターであって、自分ではない。まだ完全にこの世界に溶け込んでいない自分がいる。
自信なさげに言ったのが引っかかったのか、ミルディン様が首をかしげた。
「ん? お主、もしかして記憶がないのか?」
『モルガナ』としての記憶がないのは事実だ。私は頷き、名前以外は覚えていない、ということにして説明した。
「なんと、可哀想にのう。牢屋での出来事が相当ショックだったのじゃろう。さて、では念入りに仕上げておこうかのう」
そう言うと、ミルディン様は私の腕のブレスレットに人差し指を向ける。すると、魔法陣のような虹色の光が一瞬現れて消えた。
「名前を組み込むと、より強化されるからの。お主は魔力量も多いゆえ、念のためじゃ」
憐れんでくれたのに、手錠を強化するなんてどういうことだろう。全然嬉しくない。
私がムスッとしていたせいか、ミルディン様は「すまぬのう」と言って、なだめるように頭を撫でた。
「嫌かもしれぬが、闇属性は希少ゆえ研究不足でな。その力がどう体に影響するか分からんのじゃ。体が弱っている状態で暴走でもしたら、お主の命が危険じゃからの。寝ている間に勝手に着けさせてもらったんじゃ」
(そういうこと!?)
周りに被害を及ぼすのを防ぐための拘束具なんかじゃなく、私の体を気遣っての措置だったのだ。
ミルディン様の優しさに心打たれる。手錠のように思えていたブレスレットが、私を守ってくれる素敵レアアイテムに大出世だ。
思いがけずレアアイテムをゲットしただけでなく、ミルディン様というこれ以上ない心強い存在を得ることができた。『一時的』とはいえ、宰相様のそばにいられる。この期間を利用して、養女の座をもぎ取らなければならない。
ひとまず最悪のスタートから、ようやく一息つくことができた。




