第4話 推しカプ発見
目を覚ますと、視界が真っ暗だった。
「……??」
何か顔の上に乗っている。モコモコした生暖かい何かのせいで、息苦しいし前が見えないのだ。
「こら! ノス! そこをどきなさい」
怒っているのだろうが、ひどく迫力に欠ける女の子の声。
顔の上の重みがなくなった瞬間、明かりが一気に目に飛び込んでくる。思わず顔をしかめていると、「ごめん、眩しいよね」と言いながらカーテンを閉めてくれた。
「熱は下がったかな?」
ツインテールの女の子が顔を覗き込んできた。オレンジ色の髪で年齢は10歳くらいだろうか。メイド服を着ていて、とても可愛らしい。
「まだ熱があるね」
女の子は私の額に小さな手を当てた。
「お前、お寝坊だナ」
女の子の声に続けて、別の可愛らしい声が聞こえる。お腹のあたりから聞こえたような気がして、私は気だるい体をゆっくりと起こし、声の主を探した。
「──!」
膝の上に黒いモコモコした子猫がいた。まん丸で大きな黄色い目。まるでぬいぐるみのように見える。
(ほわああ! かわゆゆゆ!)
子猫に触れようとした、その時──。
「起きたナ、クソガキ」
子猫がしゃべった。
私はポカンと間抜けに口を開けて固まる。
クソガキとは……こんなに愛らしい見た目から発せられたとは到底思えない言葉のチョイスだ。
「もう、ノスったら! ごめんね。この子お口が悪いの。あ、料理長呼んでくるね」
女の子は子猫がしゃべったことに動じていない。女の子にとって、これが日常らしい。ノスと呼ばれた子猫をポンポンと撫でた後、彼女は慌ただしく部屋から出ていった。
(どうして料理長? こういうときは医者なのでは? ご飯を持ってきてくれるのかな)
だとしても、気持ちが悪くて食べられそうにない。
それよりも頭が混乱している。
ここはどこだろう、と辺りを見回した。
太い梁がむき出しの天井。石積みの壁には暖炉がある。寝かされたベッドには天蓋があるものの、レースなどの飾り気は一切ない。ベッドとサイドテーブル、それに無骨な衣装棚が1つあるだけで、全体的に暗い色合いの殺風景な部屋である。
どうして私はここに!? 最後に覚えているのは馬車の中で──。
「そうだ! 私、宰相様のそばにいたくて……」
声が出る。
倒れる前は喉がかすれて上手く声が出せなかったのに、今は嘘のように調子がいい。これが『モルガナ』としての、私の本当の声。自分で言うのもなんだけど、高く澄んだ、とても可愛らしい声をしている。
「え? ウォルシングのそばにいたいッテ? でも、ミルディンが預かるって言ってたケド」
「……えっ?」
しゃべる謎の子猫に対する警戒心など、一瞬で吹き飛んだ。ノスの唐突な宣告に、頭が真っ白になる。寝ている間に、推しとお別れすることが確定していたなんて、嘘でしょ。
「ミルディンって誰?」
私の疑問に、ノスは信じられないといったように、大きな目をさらに見開いて驚いていた。
「ミルディン知らないのカ! 魔塔主だゾ!」
でた! 魔塔主! 馬車の中で宰相様が言っていた『アレ』だ。
よくよく考えたら、ゲームには『魔塔主』なんて出てこなかった。魔塔の存在すらなかったはずである。魔塔主ミルディンって裏設定のキャラクターなのだろうか。私が転生したことで何かが変わっちゃった?
ともかく、下手したら暗殺されちゃうかもしれない宰相様のもとを、離れるわけにはいかない。モルガナに転生したのだって、きっと宰相様を守るために違いないのだ。
「ヤダ! 私は宰相様のそばにいるの!」
「お前のようなヤツは魔塔に行ったほうがいいと思うヨ」
『魔塔』ってファンタジーものでよく見かけるけど、魔法を研究するところだよね。魔法の研究なんて興味ない。私が興味あるのは宰相様だけだ。
そもそもこの子、私が闇属性って知っているのだろうか。
ノスは可愛らしくゴロンと横になり、すっかりくつろいでいる。私を警戒している様子は全くない。
「ん?」
ふと自分の手首に違和感を覚えて視線を落とすと、そこには見覚えのない金色のブレスレットが光っていた。いつの間に着けられたのだろう。色とりどりの小さな石がはめ込まれている。
「これ何?」
「魔力をまるごと封じるブレスレットだゾ。今、闇の力が発現したら大変かもッテ。念のためにってミルディンが言ってタ」
つまり闇属性と判明はしているけど、力はまだ発現前ってことか。っていうか、魔力を封じるブレスレットって、要は手錠のようなものだよね。犯罪者扱いされているみたいで地味にメンタルが削られる。
──コンコン。
しょんぼりしているとノックする音がして、扉が開いた。先ほどの女の子が言っていた、料理長だろう。頭にきゅっと結ばれた三角巾からは、艶やかな濃い緑色の短髪が覗いている。30代後半くらいだろうか。はつらつとした、活発そうな女性が部屋に入ってきた。
「起きたんだね。3日間も寝てたんだよ」
3日間! せっかく推しと過ごせる時間を3日も無駄にしてしまったってこと? うあああ、と頭を抱える。「大丈夫かい!?」と慌てて料理長が私に駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫です」
「おや、声の調子はいいみたいだね。薬が効いてよかったよ。顔色もだいぶいいようだし。旦那様が心配していたんだ」
(え? 旦那様って宰相様のことだよね? 宰相様が私の心配を?)
だとしたら胸キュンである。推しが私の容態を気にかけてくれていたなんて、嬉しくて熱がぶり返しそうだ。
「さて」と言って、彼女は診察を始める。私の腕を引き寄せると、3本の指を静かに脈へと当てた。それから、下まぶたを軽く引き下げ、首元にそっと触れる。
(えっと……。この人、料理長なんだよね?)
「……少し貧血気味かな。とにかくひどい栄養失調だから、特別に消化が良くて温かいものを作ってくるよ」
医者兼料理長なのかな? 普通、お抱えの医者がいるものじゃないの? この殺風景な部屋も、宰相様の屋敷にしては質素すぎる気がする。
まさか、寝ている間に推しから引き離されちゃったの? 宰相様とはもう会えない? 『お前のようなヤツは魔塔に行ったほうがいい』って言ってたから、まだ魔塔ではないはずだ。
「あの、ここは……どこですか? 宰相様は?」
出ていこうとする料理長のスカートを掴み、すがるような気持ちで問いかけてみる。
「ここは……」
と言ったところで、扉が開いた。
顔を上げると、そこに宰相様の姿があって涙が出そうになった。
と同時に、彼と並んで入ってきたもう一人の人物に、私は雷に打たれたような衝撃を受ける。
年齢は60代か、もう少し上にも見える。波打つ長い髪は、神秘的な白銀から鮮やかな紫色へと変わるグラデーションを描いていた。顎の先にはヤギのようにシュッと整えられた髭。そして前髪の生え際からピョンと跳ねた一本の髪が、威厳ある風貌にどこか愛嬌を添えていた。
並んだ二人は、まるで夫婦のような身長差。感情を表に出さない宰相様に対して、茶目っ気たっぷりのお爺様という対比……。
私の内なる腐女子レーダーが、けたたましく反応している。
感動のあまり、思わず口元を覆い「誰!?」と叫んだ。
「彼こそが、魔塔主ミルディン様だヨ!」
まるで自分が魔塔主であるかのように、ノスは堂々と胸を張って言い放つ。そんな子猫の姿はとっても微笑ましいのだが、今はそれどころじゃない。尊くて震えちゃう。
料理長は一礼すると、「推しカプ」と入れ替わるように部屋を出ていった。
尊すぎる二人が並んでベッドに近づいてくる様に、私はたまらず俯いて肩を震わせた。
「おびえなくてもよいぞ」
重厚で、どこか温かみのあるお声で、ミルディン様は「よしよし」と私の背中を撫でてくれた。
どうやら彼は、俯いて肩を震わせる私を『おびえている哀れな子供』だと完全に勘違いしているらしい。
(ごめんなさい。怖いわけじゃないんです。尊すぎて萌え悶えているだけなんです)
ミルディン様の心地よい甘やかしに絆され、このまま彼について行くのもアリかもしれないと心が揺らぐ。
「そいつ、ウォルシングのそばにいたいんダッテ」
ノスの言葉に、ハッと我に返った。そう、私には宰相様を幸せにする使命がある。一瞬浮気してごめんなさい。
しかしバチが当たったのか、宰相様は氷のように冷ややかな声で告げる。
「そうもいかぬ」
その短く冷酷な一言は、私の胸を真っ直ぐに貫く。そうだった。彼は国のためには容赦しない「氷の宰相」なのだ。身元不明の怪しい子供を、しかも闇の力を持つ私を無条件でそばに置いてくれるはずがない。
しかし、本人から直接宣告されると、さすがに辛すぎる。
「闇属性だからですか?」
今度は違う意味で声が震えた。
宰相様は、微塵も表情を変えずに断言する。
「そうだ。お前が眠っている間に、今回特例として、魔塔主であるミルディンに直接鑑定させた。結果は、闇属性で間違いない」
推しカプ発見の喜びからの急転落で、情緒がグチャグチャになりそうだ。
ゲームとは違う展開になっちゃうの? ゲームのモルガナはどうやって宰相様の養女になることができたのだろう。私と彼女で何が違うのだろう。宰相様に見捨てられると思うと、たまらなく悲しくなった。




