第2話 成敗(ざまぁ)
「子供をこんな所に閉じ込めるなんて」
「許せない。これは酷すぎる」
部下らしき騎士たちが口々に言う。あまりの悪臭に顔をしかめる者もいるが、宰相様は微塵も表情を崩さない。
「通報があった。この状況は、どう説明する?」
部下の1人がヒキガエルに問う。戸惑っていたヒキガエルだが、ゴホンと咳払いすると、調子を取り戻したように「これは悪魔です」と私を指さして堂々と答えた。
「悪魔、だと?」
宰相様が声を発した。
(ああ、なんて重厚感のある低音ボイス)
宰相様にそう呼ばれるなら、私は悪魔でも一向に構わない。
「闇の力です。そいつは闇属性なのです!」
その場に小さなどよめきが起きた。
そういえば、モルガナは悪役令嬢らしく闇属性だった。ゲームの中ではただの魔法属性の1つだったけれど、どよめきが起きるということは、この世界では嫌われているらしい。
「闇属性だと?」
誰かがかすれた声で呟いた。
宰相様以外の者たちの表情が一変する。哀れむようなまなざしは消え、得体の知れない化け物を見るような目つきに変わった。後ずさりし、腰の剣に手をかける者までいる。私が少しでも動けば、容赦なく斬り捨てられそうな空気だ。
嫌われているどころの話じゃない。あからさまに殺意を向けられている。あまりの豹変ぶりに背筋が凍った。闇属性ってそんなに忌避されるものなの?
「ご存じのとおり、闇の力は国の災いです。そんな者を野放しにするわけにはいきません。国を守るために必要な措置なのです」
「子供を閉じ込めることが、必要な措置だと?」
宰相様は牢屋の中を一瞥する。
ヒキガエルは動揺したような表情を見せたが、すぐに媚びを売るような営業スマイルになって答えた。
「弱らせることによって闇の力を抑えているのです、閣下」
もっともらしいことを言っているが、単に虐めていただけだよね。これ普通に犯罪だからね?
だというのに、部下の1人、ポニーテールを揺らした赤毛の女性騎士が、私に冷たい視線を投げかけて言った。
「閣下。闇属性が事実なら、この子は大変危険です」
まさか、ヒキガエルを擁護する気?
畳みかけるように、ヒキガエルが続ける。
「この者は間違いなく闇の力を持っております。孤児としてこの教会に保護された際、魔力鑑定を行ったのですが……なんと、闇属性を示したのです!」
どうだ、と言わんばかりのヒキガエル。
けれど、宰相様は私の姿を観察するように見つめたあと、冷ややかに言い返した。
「しかし、魔力鑑定の儀は10歳で行うと、国で定められている。この者はまだその年齢ではないように見えるが? そもそも孤児になぜ、わざわざ前倒ししてまで行う必要がある? それに……」
宰相様の冷たい双眸が、開け放たれた牢屋の中をすっと見渡す。
床に転がったまま、カビの生えた食べかけのパン。
そして、すっかり薄汚れて衰弱しきった私へと、静かに視線を移した。
宰相様の眉が、かすかにひそめられたのが見える。
「この状況を見る限り、闇属性が発覚してからずいぶん経つようだ。属性の発覚後は速やかに国へ登録する義務があるはずだが?」
「えっと……」
痛い所を突かれたのか、再び顔から余裕が消えたヒキガエル。
私の惨状を見れば、報告を怠り、何日もこの牢屋に閉じ込めていたことなど誰の目にも明らかだ。
それにしても、ここが教会だったとは信じられない。ということは、このヒキガエルは聖職者だ。ゲームのメインキャラクターにも聖職者がいたはずだが、この男のせいでイメージが台無しである。
「見つかりました!」
突然、奥のほうから声が聞こえた。眼鏡をかけた細身の文官っぽい男性が駆け寄り、何かの書類を宰相様に差し出す。それを見た途端、ヒキガエルの顔が醜く歪んだ。
「孤児売買の記録だな」
宰相様が静かに言った。
「ええ、売買を繰り返していた証拠です。告発した大神官が持ち出した暗号指示書と、こちらの出荷一覧……見事なまでに一致しました。これでもう、光神教会の連中も言い逃れはできませんね」
眼鏡のお兄さんは私をチラッと見て続ける。
「この子についても、海の向こうの大陸へ売りさばく手はずだったようです。密輸業者が来るまで地下に隠し、逃げられないようわざと衰弱させていた……というところですか」
突きつけられた決定的な証拠に、ヒキガエルはゲコゲコと喉を鳴らし、がくりとその場に膝をつく。
これぞ「ざまぁ」展開。
私がホッと胸をなでおろしていると、ヒキガエルがこちらをギロリと睨みつけ、「くそっ!」と私に向かって飛びかかってきた。
完全なる八つ当たりだ。
私はギュッと目をつぶり、身構えた。
「ぐぇえええっ!」
カエルが潰れたような悲鳴が響き、恐る恐る目を開く。すると、ヒキガエルの下半身が分厚い氷漬けになっていた。ヒンヤリとした冷気が立ち込める。
これは……宰相様の魔法!
宰相様は「水」と「風」の二属性持ちだ。その2つを組み合わせた「氷」の魔法を多用することからついた異名が「氷の宰相」。かっこよすぎるよね。
「捕らえろ」
(ぐあああ、本当にかっこいい! 鼻血が出そう。萌え死ぬ)
私が胸を押さえて悶えていると、「……大丈夫か?」と、目の前に宰相様のご尊顔。
どうやら心配して身をかがめてくれたらしい。薄暗い中でもはっきりと分かるほど、氷のような青い瞳が私を覗き込んでいる。思わず息を呑むほど美しかった。
「しゅき」
思わず、心の声が口から漏れ出た。
久しぶりに声を発したので、カスカスの声でうまく言葉にできなかったけど……。
「は?」「え?」と、周囲の騎士たちが耳を疑うような声を上げる。
「今、しゅきって聞こえたけど?」
「好き?」
「まさか、閣下に向かって好きって言う子供がいるわけないだろ」
(言うよ! 言いましたけど!? ていうか、宰相様に失礼だろ!)
私は心の中で激しく地団駄を踏んだ。
チラリと宰相様を見上げると、彼はじっと私の顔を、射抜くように見つめている。
なんか、ドキドキしちゃうくらい見つめられてるんだけど……。
(もしかして私の想いが伝わった?)
と思ったが、どうもそういうわけでもなさそうだ。
どうしたのだろう?
よく見れば青い瞳が、ほんのわずかに揺らいだ気がした。
「閣下」
部下の呼びかけで、宰相様はふっと我に返ったように私から視線を逸らす。
「連れ帰る。魔塔主を呼んでおけ」
そう言うと、宰相様は私をふわりと抱き上げた。
(ふああ!)
急に抱き上げられて、心臓が飛び出そうなくらい恥ずかしい。絶対に顔が真っ赤っかだよね。照れくさくて今の表情を見せられない。だからって、宰相様の胸に顔を埋めていいの? いいよね? わー、すごくいい香り。あ、でも今の私めちゃくちゃ臭いけど大丈夫かな!?
頭の中は大混乱だ。
「閣下、安全が確認されておりません。その子は私が……」
私を危険だと言ったポニーテールのお姉さんが、慌てて手を伸ばしてくる。
私は宰相様のそばがいいのだ。今の私はどう見ても幼い子供である。多少暴れたところで誰も違和感なんて覚えないだろう。ならば、全力で駄々をこねさせていただく!
「ヤー! ヤー!」
カスカスの声で「ヤダ! ヤダ!」とはっきり言うことができない。声がダメなら、態度でどうにかするしかない。体に力が入らないが、ありったけの力を振り絞って抵抗をする。
そんな私を、お姉さんは「大人しくしなさい」と必死になだめようとしてきた。
言うことなんて聞くもんか! ここだけは絶対に譲れない。
「閣下に懐くなんて、信じられないなあ」
孤児売買の証拠を持ってきた、あの眼鏡のお兄さんだ。指先でフレームを押し上げながら、しげしげと私を観察してきた。
お姉さんはついになだめるのを諦め、私を睨みつける。
このお姉さん、ちょっと怖い。
「私が連れて行く。トマス、あとの処理は任せたぞ」
「御意」
トマスと呼ばれた眼鏡のお兄さんが、深々と頭を下げた。
重たい鉄格子を背に、宰相様は私を抱えたまま静かに歩き出す。
その体温が、じんわりと心地よく伝わって、私は幸せを噛みしめた。




