第28話 大人の味
このやるせない気持ちをどうしていいか分からず、ブレスレットを睨みつけていると「どうしたんじゃ?」とミルディン様が顔を覗き込んできた。
「いえ、何でもないです……」
とは言ったものの、声を上げたりしたのだから妙に思ったに違いない。
「お金……宰相様に申し訳ないと思って」
そう言ってしおらしく俯き、なんとかその場を誤魔化した。
「ゲームでの宰相様の扱いが酷くてムカついてた」なんて言ったところで、どうしようもない。事実、高価なものを買ってもらって心苦しいのは本当だ。
「だったら、闇属性の研究に協力するというのはどうじゃ? すでに色々やってもらっておるが、いつまでもタダ働きさせるわけにはいかないじゃろう? きちんとした仕事として、報酬を出そう」
ミルディン様のその心遣いに胸がいっぱいになった。大人になるまで稼げないと思っていたので、まさに渡りに船である。
「では、さっそくわしの魔力を吸って感想を聞かせてくれるかのう? お主、魔力に味を感じると言っておったじゃろう?」
ゴロツキの魔力は苦かったんだよね。花はほんのり甘かった。どうも魔力に味を感じてしまうらしい。この奇妙な現象に、ミルディン様は研究者として、興味津々なのだ。
「味を感じるということは、どうやって魔力を吸うのじゃ? やはり口からか?」
「ぶひっ!」
変な声が出た。
その声に反応して、傍らにいたノスがケタケタ笑う。
完全に私をからかってるよね。
ゴロツキの魔力を口から吸ってたらおかしいじゃない。あのときは体から黒い影が出てきたけど、集中させればどこからでも吸うことはできると思う。
「口はダメです! 手! 手からにします!」
「そんなに慌てることはないじゃろ。倒れたお主に薬を飲ませたとき、似たようなことは経験済みなんじゃし」
口移しで薬を飲ませてもらった時の記憶がよみがえって赤面する。
誰か料理長を呼んできて欲しい。止める人が必要だ。
ミルディン様って子供に対しても何かと容赦ないよね。中身が大人で良かったよ。
私が半眼でミルディン様を睨んでいると、ミルディン様は「冗談じゃよ」と言って頭をポンポンと撫でた。
「さぁ、始めよう……さて、わしはどんな味じゃろうな?」
頭を軽く振って、あらぬ妄想をなんとか振り払い、「こほん」と小さく咳払いをすると、気を取り直した。
「魔力を吸い取るとき、黒い影のようなものが出てくるみたいなんです。気持ち悪いかもしれません」
ゴロツキたちはそれでパニックを起こしていた。ミルディン様はそんなことないとは思うけど、念のための注意事項だ。
「ふむふむ」
予想通りというべきか、根っからの研究者であるミルディン様は『黒い影が出る』という私の言葉に、気持ち悪がるどころか、目を輝かせている。
「構わんよ。わしもそれを感じてみたいしのう」
「……」
魔力を吸うためにミルディン様と向かい合わせになるものの、なんか恥ずかしくて顔を直視できない。目を逸らしながら彼の両手を握った。
ともかく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「では、解くぞ?」
ミルディン様の言葉に、私が目を閉じて頷くと同時に魔法が解かれる。私の中のグルグルがじわりじわりと動き出した。私はミルディン様の魔力を少しずつ取り込んでいく。
「ほう」
しばらくしてミルディン様の感嘆の声が聞こえた。
私は気になって、閉じた目をそっと開ける。
黒い影がミルディン様の腕に絡みついていた。
「やっぱり、これ気持ち悪いですよね?」
「わしは気持ち悪く思うことはないがのう。初見なら驚くかもしれぬな」
だよね、とため息をつく。
いかにも闇属性的だし、自分でも気味が悪いなと思う。こんなんじゃ、人から魔力を吸うなんて出来ない。確実に、嫌われてしまう。枯らしてしまうのは申し訳ないが、植物を頼るしかないようだ。
「ふむ?」
ミルディン様がふいに首を傾げた。
「お主の感情が伝わってきた気がするんじゃ。今、悲しい気持ちになったじゃろう?」
私は頷いた。
「なるほど。これを応用すれば精神を支配することも可能かもしれぬな。闇属性には精神支配の力もあるからのう」
精神支配なんて使うつもりはない。シドニーさんに屋敷のみんなを操っただろうなんて言われてショックだったのだ。
「お? またしょげておるな? こういうときは、何か楽しいことや、好きなやつのことでも思い浮かべるんじゃな。わしならウォルじゃが」
(ぐふふっ、ミルディン様ったら!)
そんなの聞いたら、そりゃ悲しい気持ちなんか吹っ飛んじゃうよ。推しカプ妄想大爆発だ。
例えば、闇属性が私じゃなくて宰相様だったら?
ミルディン様の魔力を吸う宰相様とか……。
それこそ……口で?
私ったら、もう妄想しすぎ!
なんて、脳内ではしゃいでいたら、ふいにミルディン様が顔を伏せた。
「――っ!」
「どうしました!?」
握っているミルディン様の手がプルプル震えている気がする。
「お主……」
ゆっくり顔を上げるミルディン様は、ほんのり顔を赤らめていた。
「今、どんな感情を抱いておったんじゃ?」
ぎゃああああ!
やましい妄想をしてたことが伝わっちゃったよ!
「あ、それよりも味ですよね! 魔力の味!」
そう言って誤魔化してみる。
あらぬ妄想をしていたせいだろうか。
流れ込んでくる魔力の味が一段と濃厚で、絡みつくような、とろりとした甘みの……。
「……酒!?」
「酒?」
ミルディン様が怪訝そうに眉をひそめた。
――しまった!
つい言葉に出てしまった。私もビックリしたんだよ。酒の味がすると思わなかったんだから。もはや酔っぱらってしまいそうだ。
「お主……酒の味が分かるのか? 酒を嗜むには少々幼過ぎやしないかのう?」
私は明後日の方を向いて誤魔化した。
ミルディン様はやれやれと肩をすくめる。
「それにしても、わしの魔力は酒の味か。まぁ、年代物としてよく熟しておるからな。しかし、この味を嗜むにはちょっとばかり早いかもしれぬのう」
その後、闇属性データ収集として根掘り葉掘り話を聞かれたが、推しカプの妄想を爆発させていたことは、恥ずかしくて言えなかった。




