第27話 ブレスレット
汚れた体を綺麗にしてもらい、着替えを済ませて泥のように眠りこけていた私。
ふと目を覚ますと、すぐ近くで私を見下ろすミルディン様の顔があって心臓が飛び跳ねた。あろうことか、私のベッドの半分を占領するようにミルディン様が横たわっていたのだ。
彼は体を横たえたまま片肘を立て、頬杖をつくようにしてこちらを眺めている。
「なんで、ベッドにいるんですか! 夜這いですか?」
私は身を守るようにシーツをギュッと引き寄せ、顔を真っ赤にして叫んだ。
「お主、そんな言葉どこで覚えたのじゃ。お主のような幼子に興味はないわい。それに今は夜ではなく朝じゃ」
片肘をついたまま、ジロリと見つめてくるミルディン様は、どこか不機嫌そうな様子だ。
「……あ」
そういえば、魔力封じのブレスレットを勝手に持ち出したんだった。着替える前の服のポケットに突っ込んだままだったけれど、どこにいったかな?
焦ってあたりを見回すと、ミルディン様が「これを探しておるのか?」と見覚えのあるブレスレットをヒラヒラと掲げた。
私はバッと起き上がり、勢いよく土下座!……といきたいところだったが、体がだるい。のっそりとベッドに平伏し、正直に白状する。
「ごめんなさい! 売って街で暮らす資金にしようとしてました!」
ミルディン様はやれやれといった様子で首を振った。
「平民の街では売れぬじゃろう。高価すぎて、買い取れる店などないわい。これ1つで、立派な馬車が馬ごと買えてしまうからのう」
ひぃいいい! そんな高価なものがずっと腕についてたの?
脳内でとんでもない金額を弾き出してしまい、思わず言葉を失った。
「そもそも、屋敷を出るなど酷いではないか。お主がいなければ、わしがこの屋敷に通う口実がなくなって、ウォルと会えなくなってしまうじゃろう。今まで何かと理由をこじつけてここに来てはいたが、手間なんじゃよ」
愛しの宰相様に会いたいがための不満に、思わずキュンとしてしまう。それと同時に罪悪感だ。「交流も増えたからこれからだ!」と意気込んでいたのに、推しカプの恋路を邪魔するような真似をしてしまって、そりゃあ怒るよね。
「まあ、ウォルの部下が余計なことを言ったようだからのう。今度同じことがあれば、家出する前にわしを頼りなさい」
私が勝手に家出したのだけれど、そもそもシドニーさんが脅すのが悪いのだし……シドニーさんもミルディン様からお説教されればいいのだ。またあの人に何か言われたら、真っ先にミルディン様に泣きついてやるんだから。
そう思っていると、ミルディン様は今度は呆れたように息を吐いて言った。
「しかし、ノスが一緒でよかったわい。ただでさえ魔力枯渇症じゃろう。下手したら森で野垂れ死んでおったぞ」
「そうだゾ!」
ノスがドヤ顔をして、ミルディン様の肩口から顔を出す。
ちなみに居場所がバレたのは、ノスの告げ口ではなかった。
主であるミルディン様には、使い魔の位置が特定できるのだそうだ。告げ口したと疑ってごめん、と内心で詫びる。
「今とて、このまま放置しておけば、寝ている間に枯渇しておったわ。ノスがわしを呼ばなければ危なかったぞ」
その言葉に、私はハッと顔を上げた。
グルグルを確認してみると、だいぶ小さくはなっているものの、消えてはいない。寝ている間に、途中でミルディン様が魔力の減りを抑える魔法をかけてくれたようだ。どうりで体がだるいはずだ。
そういえば、花の魔力を吸ってから一度も補給してない。爆睡していたから、減ってるのも気づかなかったし……。
「あ、あの……もし寝ている間に魔力が底をついていたら、私……」
「最悪の場合、死んでおったかもしれぬな」
一歩間違えれば命に関わるのだと突きつけられ、ゾッと背筋が冷たくなった。
「ど、どうしたらいいですか? 寝ている時は補給できませんよ!」
「そのようじゃ。魔力が減り続けていても、無意識に魔力を吸うことはできないようじゃの。限界近くまで減った場合はどうなるか試したかったがな。お主の体に負担がかかるといかんと思って途中でやめたんじゃ」
つまり、私のベッドで添い寝状態になっていたのは、私が睡眠中に無意識にミルディン様の魔力を吸うかどうか、実験していたというわけだ。
宰相様が筋金入りの仕事人間なら、ミルディン様は生粋の研究オタクだよね。
幼女のベッドに無断で潜り込むのは、枯れ専の私としてはウハウハな状況だから問題ないとはいえ……下手したら犯罪になるので、ほどほどにしてもらいたい。
「そこでじゃ」と言って、ミルディン様は起き上がる。
「実は、今回のように、寝ている間の魔力枯渇を防げる便利な魔道具がある。熟睡していた場合でも問題なしじゃ!」
『今ならなんと、もう1つお付けしてこのお値段!』とか深夜のテレビショッピング的なノリの言い方で、ミルディン様が懐から、もうひとつのブレスレットを取り出した。
「ええ、そんなに便利な道具が? でも、お高いんでしょう?」
前世のネタなんて分かる人はいないのに、私は流れるように乗っかってしまう。
「なんと、貴族街のお屋敷まるごと1軒買えるお値段じゃ」
――っ高いよ!
「買えませんよ!」
「すでにウォルが払ってくれておるぞ」
宰相様ぁああああ!
私は申し訳なくて、ベッドに突っ伏す。
いつの間に払ってくれたんだろう。貴族街のお屋敷っていくらなんだ? 都会の戸建てを買うくらい? とにかくとんでもなく高いことは確かだ。
想像を絶する借金を前に、私がベッドの上で頭を抱えていると、「その価値は十分あるぞ」とミルディン様が私の頭を撫でた。
「このブレスレットは自分の魔力をある程度、貯めておくことができるのじゃ。魔力低下を感知して自動で補給してくれる便利な代物じゃぞ」
「……しかし」とミルディン様は言葉を続けた。
「この魔道具には欠点があっての。他人の魔力を注いで使おうとすると、それを異物とみなして体が拒絶反応を起こすのじゃ。本来は魔力枯渇症向きの魔道具ではないのじゃよ」
要するに、違う血液型の血を無理やり輸血すると、体がショックを起こすのと同じことだろうか。
「欠点があるならお安くしてくださいよ」
顔をゆっくりと上げ、すがるような目でミルディン様に懇願する。
がめついと思われようが、少しでも宰相様の負担を減らしたい。
「お主は吸収能力があるのだから、己の魔力を貯めておけるじゃろう? お主にとっては欠点にならん」
ぐっ、確かにそのとおりだ。
あわよくばミルディン様の魔力をブレスレットに直接チャージしてもらって、そこから自動補給できれば、魔力を吸う手間が省けると思ったのに。どうやら自分で地道に吸って貯めるしかないらしい。
私は小さくため息をつき、ミルディン様から手渡されたブレスレットを見つめた。
銀色の細工には、魔力封じのブレスレットと同じようにいくつかの石が嵌め込まれている。幅広で、女の子が着けるにはちょっとゴツゴツしていて可愛げがない。
「ん?」
どこかで見たことがあるような気がして、記憶を探る。前世の記憶……ゲームのどこかで……。
「あ!」
私は思わず声を上げた。
間違いない。ゲームでは宰相様が着けていたブレスレットだ。
やっぱりゲームの中では宰相様は魔力枯渇症だったんだ。
解毒剤で命は助かったものの、後遺症でこの病を患っていたに違いない。
ということは、体調不良のなか、このブレスレットで無理やり延命しながら激務をこなし……それなのに王子は仕事もしないでイチャイチャと……。
BLゲームだから仕方ないとはいえ、到底納得できない。推しオジの犠牲の上に成り立つハッピーエンドなんて、絶対に解せない!




