第24話 森の中
ホーホーとフクロウの鳴き声。
悲鳴のように響く、木々が擦れ合う音。
どうやったら森の中に迷い込んでしまうんだろう。
馬車で通った道を進んだつもりだったのに、なぜか道を外れて森の奥に入ってしまい、右も左も分からなくなってしまった。
森の中には月明かりがほとんど届かず、暗い。
かれこれ30分は迷っているので、目はすでに暗闇に慣れてきている。とはいえ、鬱蒼とした森の中はやはり恐ろしい。
ノスを連れてきて心底良かったと思う。独りだったら心が折れていたに違いない。そのうえ湯たんぽ代わりになってくれるノスの体温と安心感には、体も心も救われる思いだ。
けれど、私が「ここさっきも通った気がするんだけど、どう思う?」と確認の意味で聞いても、「行きたい道を行けばいいヨ」と答えるばかりで、全然話にならない。ノスのせいにするわけではないが、もう少し真面目に向き合ってくれてたら、道に迷わなかったと思う。
休憩しながら、暗闇を進む。
こういう場合、明るくなってから行動したほうがいいのだろう。けれど、月明かりのあるところまで移動したかった。暗いところでジッとしているなんて耐えられそうもない。
「魔物とか出ないよね?」
ゲームにも魔物は出てきた。
魔物に襲われたところを助けたり、戦って怪我をしたところを手当てしたり……魔物はそういった恋愛イベントを発生させる重要な場面で出てくる。ゲームで見た魔物は、スライムやゴブリンなどいわゆるファンタジーの定番モンスターだった。
「王族の森だから、魔物はいないヨ。獣はいると思うケド」
魔物がいないことに一応は安心するが、獣がいるという発言に身がすくむ。
狩猟館があるくらいだから、狩りの対象になる獣はいるのだろう。それが、鹿とかウサギとか……可愛い小動物だけだったらいいなと願うばかりだ。
相変わらず体は怠いが、歩みを進めている自分を褒めてあげたい。とにかく暗い森から脱出したくて、半泣き状態で前に進む。
時々聞こえる狼のような遠吠えに怯えながら進むと、ふいに木々が途切れ、開けた場所に出た。
月の光に眩しさを感じる。
開けた空間の中心に、月明かりに照らされて神々しく輝く白い石造りの建物があった。円筒形で、丸みのあるドームの屋根。教会のようにも見えるが、それにしては小さい気もする。周りには紫色の小さな花々が咲き乱れていた。
「なに? これ」
「王家の霊廟ダヨ」
つまり、お墓というわけだ。
しかし怖さはない。むしろ神秘的で、心が落ち着く。張り詰めていた糸が緩むように、私はその場に倒れ込んだ。
倒れ込んだ拍子にノスがコロコロと地面を転がり、むくっと起き上がってからブルブルと頭を振った。
「……ノス、大丈夫?」
私は地面にうつ伏せの状態でゆっくりと顔を上げ、ノスに声をかけた。
「お前が大丈夫カヨ」
心配されたのか、単なるツッコミなのか分からないが、私は「大丈夫」とだけ言って、再び地面に突っ伏した。
「さすがにキツイわ」
体がすごく重い。
それと同時に、私の中のグルグルが、ほんの僅かだけれど、少しずつ減っていくのを感じた。
「あ、魔力の減りを抑える魔法が切れたみたいだゾ」
何かを感じ取ったのか、ノスが教えてくれる。
「そうだった……ミルディン様にいつ切れるのか聞くの忘れてた」
このタイミングで切れるとか最悪だ。
「動き回ったカラ、早く魔法が切れたんじゃないカナ」
おそらく、安静にしておけば朝まで持ったのだろう。まさかミルディン様も私が屋敷を出るだなんて思いもしないだろうし……。
(そういえば、ミルディン様が魔力は自然のあらゆるものに含まれてるって言ってたっけ?)
体が怠かったのは、魔力の減りを抑えているからだと思ったが、解けた今でも体がきつい。どうやら、魔力枯渇症の症状に加えて、歩き回って体力自体が尽きかけているようだ。
私は力を振り絞って起き上がり、吸えそうなものを探す。するとノスが「これ!」と霊廟の花々に前足を向けた。
私は花々にそっと両手を差し入れ、目を閉じて意識を集中させる。
吸収を始めると、ゴロツキの魔力を吸ったときとは違う感覚にほっとする。あの時は強引に入ってきた感じだけど、今回は包み込むような……体の奥深くへじんわりと染み入ってくる。ゴロツキの魔力は苦かったけれど、この花々からはほのかな甘みを感じた。
もう十分かなと思い、目を開けると……。
「は、花が……」
絶句する。
あんなに綺麗に咲き誇っていた花々が、すべて枯れ果てている。いかにも『闇の力』という感じの現象を目の当たりにして、私は普通にビビってしまった。そりゃ、闇の力を危険視する声があるのも、ちょっと分かった気がする。
「死んだわけじゃないカラ、また元に戻るゾ」
それを聞いてほっと胸をなでおろした。
枯れたままだったら、ここに眠っている王族たちに呪われてしまいそうだ。
それから、私は霊廟の壁に寄りかかり、ずるずるとその場に座り込んだ。それこそ、王族のお墓で休憩なんてしたらバチが当たりそうだけれど、これ以上動けそうもないのだ。
MPは十分回復した。減りはゆるやかなので、しばらくは何も犠牲にせずに済むだろう。
それにしても、今日は1日いろいろありすぎた。
ゴロツキに襲われ、ポピーママたちに闇属性だとバレ、宰相様が毒を盛られて、毒を吸い取って助け、そのせいで魔力枯渇症になり……そして、シドニーさんに脅されて屋敷を出ることになろうとは……。
「ちょっと休もうかな」
瞼が重くなってくる。
膝の上に乗ってきたノスを撫で「おやすみ」と言って、私はゆっくり目を閉じた。
* * *
高く響く馬のいななきと、荒々しい蹄の音で目が覚めた。
目を開けると――。
すでに日が昇っていて眩しい。
その輝きの先に、黒馬にまたがった宰相様のお姿。
しかも、寝間着にガウン。足なんて裸足で、風にはためくガウンと無造作に乱れた髪から、大人の色気がダダ漏れになっている。
――ヤバイ。これは何のイベントスチルだろうか。
レアすぎる推しのお姿に、前世からの枯れ専魂がざわめく。
もしかしたら、私はあのまま死んじゃって、ここは天国なのかもしれない。
宰相様は私を見つけると、すぐに馬から飛び降りて駆け寄り、私を抱きしめた。
(天国って最高!)
なんて思っていると、ノスが「ごほん、ごほん」と咳払いをして邪魔をする。そのせいで、温かい抱擁が解かれてしまった。
「ウォルシング、ノスの尻尾を踏むんじゃナイ」
「ああ、すまない」
――ぐっ。
抱擁の邪魔をしたのは許せないが、子猫に謝る宰相様も見れたのでヨシとする。
(というより、これ……現実か?)
ガウン越しに触れた胸の筋肉は引き締まっていたし、伝わってくる体温は驚くほど温かかった。
天国にしてはやけにリアルに感じた。
……現実。
目の前の眼福すぎる宰相様も、幻じゃなくて本物?
「ウヒッ」
感極まって変な声が出た。その声に反応してか、宰相様が「大丈夫か?」と言って、大きな手で私の冷えた頬にそっと触れる。
「大事はないか? 体調は?」
それはこっちの台詞である。料理長は「過労もあったからね」と言っていた。まだ万全じゃないはずだ。
「宰相様こそ! お体は大丈夫なんですか? まだ寝てなきゃいけないんじゃ?」
「……お前というやつは」
それから、すっかり冷えた私の体を抱き上げると、温めるようにその腕の中へ包み込んでくれた。心地よい温もりに、張り詰めていたものが溶けて涙が出そうになる。
間違いなく、これは本物の温かさだ。
嬉しくて、ぎゅっとしがみつく。
ふわりと漂う、落ち着いた宰相様の香り。
(……尊すぎて本当に天に召されそう)
なんて幸せを噛みしめていると、宰相様とは別の、甘い花の匂いが鼻をかすめた。下の方を見てみると、枯れていた花々が、元の美しい鮮やかな紫色の姿に蘇っている。
「花が……」
あまりに早い復活ぶりに、思わず声を上げた。
ノスが「死んだわけじゃない」とは言っていたが、まさかこれほどすぐに元通りになるとは思わなかった。
「ここは光の力が満ちてるカラ。花がすぐに復活するんだヨ」
ノスが説明してくれる。
王族の霊廟だから、光の力が満ちているということだろうか。そんな場所にいて、闇属性の私は滅せられるんじゃと思ったが、何も影響はない。むしろ体が軽くなった気がする。
私とノスの会話に、宰相様が首を傾げた。
私は魔力を吸いあげて、花を枯らしてしまったことを正直に話す。嫌われてしまうかもしれないと不安になりながら、恐る恐る彼を見上げた。
「枯らしちゃうなんて、闇の力って怖いですよね?」
今まで宰相様は闇の力に対して、警戒する様子はなかった。ノルトグレイという国の出身で、この国の人より偏見がないのもあるかもしれない。けれど、『闇の魔女』に命を狙われたのだ。シドニーさんやウィンストンさんみたいに警戒してもおかしくない。
宰相様は闇の力について本当はどう思っているのだろう。




