第23話 真夜中の来訪者
コンコン――。
扉をノックする音で目が覚める。
目を開けると部屋は真っ暗だ。
まだ真夜中のようである。
様子を見に来た料理長だろうか。
「!」
扉が開いて、現れた人物に驚いた。
ランプに照らされた赤い髪と揺れるポニーテール。
「シドニーさん!?」
私は起き上がって、ノスを抱き寄せる。「万が一に備えて」とミルディン様が置いていってくれたわけだし……何かあったら何とかしてくれるかもしれない。私に剣を突きつけた彼女の冷たい眼差しを思い出して、無意識のうちにノスを抱きしめる手に力が入った。
シドニーさんは何も言わず、ランプをサイドテーブルに置き、ベッドの傍らにある椅子に静かに腰を下ろした。
「えっと?」
戸惑う私を観察するように見つめてから、シドニーさんはゆっくり口を開く。
「まずは身を挺して閣下を救ってくれたことに礼を言おう」
「あ、はい!」
頑なに私を警戒していたシドニーさんからお礼を言われるとは思ってもみなかったので、正直驚いた。
宰相様を助けたことで心を許してくれたのだろうか……なんて、少しでもデレを期待した私が甘かったらしい。
「毒を吸い取る君の力には驚いた。魔塔主様からも目をかけられているようだし、君は魔塔に行くべきだろう」
要するに、得体の知れない力を持つ私に「この屋敷から出ていけ」と言いたいのだろう。遠回しな厄介払いに、イラッとしてしまう。
「でも、私は――」
言い返そうとするが、射抜くように見つめられて言葉が途切れる。
シドニーさんが話を続けた。
「闇属性と知りながらも、この屋敷の者たちは君を気にかけてくれているようだが……」
シドニーさんの冷たい視線が突き刺さる。
「精神支配で操ったのではないか?」
ミルディン様が『闇の魔女』の力として「精神支配の力もあったらしい」と言っていたことを思い出した。
私は全力で首を振る。
そんな邪道なことをするわけない。けれど、シドニーさんは信じてはくれないみたいだ。
「そもそも、魔塔主様の鑑定で闇属性だと判明したにもかかわらず、ここにいること自体がおかしいじゃないか。まさか閣下まで操っているのではあるまいな」
それは、ミルディン様の応援と色仕掛けのおかげなのだが、そんなことを言っても通じなさそうだ。
シドニーさんは言葉を続ける。
「どう魔塔主様をたぶらかしたか知らないが、あの方まで巻き込んで、この屋敷にとどまるとは……」
今にも腰にある剣を抜きそうな勢いで怖い。
「なぜ君は閣下に執着する? 万が一、君が闇属性であると世間に知られれば、閣下に迷惑がかかるとは思わないのか?」
「……!」
ハッとする。
言い返せない。悔しいけれど、彼女の言う通りだ。
暗殺を阻止するため、宰相様のそばにいることだけを考えていたが、私のせいで立場を危うくしてしまう可能性もある。宰相様は今まで一言もそんなことを言わなかったけれど……。そんなリスクを承知で私を屋敷に置いてくれたってことだ。
「それに、君の出自についての調査結果が出たのだが……」
もったいぶるような重い沈黙に、嫌な予感がしてドクンと心臓が跳ねる。
「『闇の魔女』の孫だということが分かったよ」
「え?」
頭が真っ白になった。
「闇の魔女が閣下の命を狙ったのは知っていたか? 私はあの時そばにいたんだ。彼女が放った無数の怨霊たちが我々を襲ったとき――逃げ場のない恐怖と孤独、そして絶望に心を支配された。自分が自分でなくなっていくような、自分という存在そのものが壊されてしまいそうな……おぞましい感覚だった」
シドニーさんはそのときのことを思い出したのか、肩を震わせた。
彼女の震える声音に、実際に体験したわけでもないのに、その恐ろしさが伝わってくるような気がする。
私も思わず身をすくめた。
「先王陛下が光の力で浄化しなければ、閣下の命も危うかっただろう。それほど危険な血筋なんだよ、君は……」
明らかな敵意を込めて、シドニーさんが私を睨みつける。
「諦めて魔塔に行きたまえ」
彼女は冷ややかにそう言い放った。
あまりの衝撃に、返事をすることができない。言葉を失っている私に、シドニーさんは目を伏せ、短くため息をついた。
「とにかく、閣下のそばから離れることだ」
彼女はランプを手に取って、部屋から出ていった。
真っ暗になった部屋で、私はただただ呆然とする。
「なんダヨ、あいつ嫌ダナ」
ノスの呟きで、ようやく我に返った。
ただでさえ闇属性というだけで厄介なのに、よりにもよって推しの命を狙ったやつの血を引いてるなんて……。
――完全に詰んでるわ。
シドニーさんの言う通り、ここにいれば宰相様に迷惑がかかってしまう。かといって魔塔に行けば、移動の自由を奪われて暗殺から宰相様を守れなくなる。
ならば、選択肢は1つしかない。
「出よう」
街に潜伏して宰相様を見守る作戦で行こう。すでに街でゴロツキに向かって闇の力を使ってしまったのだ。バレて宰相様だけでなく、屋敷のみんなが非難されたら大変だ。
まだ体が重だるいが、暗いうちじゃないとみんなに見つかってしまう。屋敷を出るのなら今しかない。
準備をするため、明かりを点けようとして、止める。部屋が明るくなると誰かに気付かれるかもしれない。幸い、暗闇に目が慣れてきて、窓から差し込む月明かりで部屋の中がうっすらと見えてきた。
私は気力を振り絞ってポピーのお下がりの服に着替え、スカーフを頭に巻く。荷物を持って街まで歩く体力もないし、身一つで十分だ。
ふと、サイドテーブルに置いてあるブレスレットに目が留まった。
ミルディン様が「不要だ」と言っていたので、てっきり持ち帰ったものと思っていたが、どうやら置き忘れていったみたいだ。心苦しいけれど、背に腹は代えられない。街で暮らすための資金にさせてもらおう。
ブレスレットをスカートのポケットに突っ込んだ。
それから、置き手紙……紙がないので石板に『お世話になりました。急に出ていってごめんね』と書く。みんなのことを思い浮かべると涙が出てきそうで……簡単なことしか書けなかった。
最後はノスにお別れだ。
「じゃあね、ノス」
「ノスも一緒に行くに決まってるダロ」
ノスが頭に飛び乗ってくる。私はノスを頭から引き剥がし、両手で目の高さまで持ち上げ、ムッと睨みつけた。
「ダメ。だって、ミルディン様にバレるじゃん」
「ノスはお前のそばを離れちゃダメなんだヨォ!」
空中でジタバタと短い手足を動かして暴れる。
――可愛すぎる。
こんなに可愛いと連れて行くしかないじゃない。
「私の居場所を告げ口しない?」
ノスがうん、うんと頷く。
それでもミルディン様には見つかってしまいそうな気がするけど……。そのときこそ、ノスを置いて逃げよう。
私はノスを抱えた。
それから、今までお世話になった部屋を見渡し、部屋の扉に手をかける。
扉を開けたら、さよならだ。
一瞬躊躇したものの、シドニーさんの言葉を思い出し、私は意を決して扉を開けた。
まず廊下に出ると、暗闇と冷たさでさっそく心が折れかけた。恐怖を追い払うように首を振り、廊下に飾ってある鹿の剥製を見ないように、歩みを進める。
音を立てないようゆっくり、ゆっくりと歩き出した。
(闇属性には気配を薄める能力もあるんだよね?)
ポピーママが言っていたことを思い出す。今まさにその能力を使いたい気分だ。しかし、どう使えばいいのか分からない。なので、泥棒のように、抜き足差し足で歩くしかなかった。
屋敷は静まり返っていた。
みんな、眠っているようだ。下の階に着いたところで、ボーンボーンと時刻を知らせる鐘の音が響いて、寿命が縮むかと思った。
鐘の音は2回だった。深夜の2時だ。
丑三つ時だな、なんて余計なことを考えてしまい、恐怖感が増す。
震える手でそっと表玄関の扉を開き、恐る恐る外に出た。音を立てないように閉めるが……ギギギィ……と軋む音が響く。
バレただろうか。
しばらく様子をうかがう。
「……」
何も反応がないので、大丈夫だったようだ。本当に心臓に悪い。とりあえず、見つからずに屋敷から出ることに成功し、ホッと息をつく。
冷たい風に身震いする。季節は初夏だが、外はかなり寒い。着込んでくればよかったと後悔した。しかし後戻りはしたくない。
幸い、外は思ったより明るかった。月がちょうどまん丸だ。月明かりのおかげで、道ははっきりと見える。
関所まで馬車で15分くらいだったから、徒歩だと1時間だろうか。街まではもっとかかるだろう。しかも、体調が万全というわけでもない。休憩しながら行ったら、もっと時間がかかるに違いない。
私は覚悟を決めて、歩みを進めた。




