第19話 秘密
「おや、リリーではないか」
ミルディン様が、入ってきたポピーママに向けて言った。ポピーママの名前はリリーというみたいだ。可憐な雰囲気がぴったりな名前である。
けれど、今の彼女はいつもの愛らしい笑顔は影を潜め、今にも泣き出しそうな悲痛な表情を浮かべていた。
私と目が合うと、ポピーママはベッドまで駆け寄ってきてギュッと抱きしめる。
「怪我はない? 体の具合は大丈夫?」
心配してくれているポピーママに心底安堵した。
でもどうしてだろう。
黒い影は見たはずである。もしかしたら、あれが闇の力だと気づいていないのかもしれない。だとしたら、そのまま気づかないでほしい。
「怖かったわよね。1人にしてごめんなさいね」
「ううん」
そもそも、しっかりポピーの手を握れていなかった私が悪いのだ。
ポピーママが気負うことはない。これ以上心配させないよう、私はこみ上げる涙を押し込め、精一杯の笑顔を作って顔を上げた。
「もう、すっかり元気ですよ!」
ポピーママからそっと体を離すと、私は元気だとわかるように腕を上げ下げして見せた。
「それより、ポピーママが悪い奴らをやっつけてくれたんですよね!」
あの強烈な蹴りと、投げナイフが見えたときには、朦朧としながらも驚いたものだ。ゴロツキたちはパニクってたとはいえ、ガタイもよかったし、華奢なポピーママが大の男を蹴り飛ばしたとは到底思えない。
「あら、見ていたのね」
ポピーママは困ったような曖昧な笑みをこぼした。
「私がちゃんとしていれば、怖い思いをせずにすんだのに……本当にごめんなさいね」
もう一度謝ると、ポピーママはふっと真顔になり、ミルディン様のほうへ向き直る。そして、いつもとは違う凛とした声で言った。
「この子は闇属性ですのね」
(――えっ!?)
やっぱりバレている!
「そうじゃよ? 何か問題でも?」
ミルディン様はあっさりと、さも当然のように頷いた。
私としてはバレたくなかったのに……。
今のミルディン様の発言で闇属性だと確定したわけだ。
ポピーママは、私を嫌悪するだろうか。今まで優しくしてくれたポピーママに、冷たい目を向けられたらと思うと、辛すぎて息が詰まりそうだった。
けれど、そんな私の不安は、あっさりと裏切られた。
ポピーママは「いいえ」と首を振る。
「言ってくださればよかったのに……少なくともノルトグレイ出身の私には、闇への偏見はございませんもの」
「ほんと?」
私は涙目でポピーママを見上げた。
心からホッとして、ポピーママにしがみつく。ポピーママはいつもの優しさで私をすっぽりと抱きしめ返し、励ますように言った。
「ええ、ノルトグレイにいた頃の友人にも闇属性がいるのよ。魔力は低くて、気配を薄めるくらいの能力しかないのだけれど」
ポピーママの友達に闇属性がいることに、安心感を覚えた。闇属性は希少ということだったけれど、私だけじゃないんだ。
しんみりとした空気に包まれる私たちの横で、ミルディン様が唐突に口を開く。
「諜報員仲間じゃな?」
「ミルディン様!」
ポピーママは私からバッと体を離すと、慌てた様子で声を上げた。
(諜報員――つまりスパイ!?)
衝撃の事実にビックリだ。
スパイに全然見えないけど、いやスパイってそういうものか……どうりでゴロツキに蹴りを入れたりできるわけである。
「モルガナの秘密も知ったんじゃ。お主の秘密も明かさねば不公平というものじゃろ」
それはそうかもしれないけど……本人の承諾も得ずに、そんな重大な秘密を勝手にバラしてしまって、ポピーママがかわいそうだ。
変に気まずい空気になるのを避けるためにも、こういう時こそ、子供の無邪気さを活用すべきである。
「わあ、諜報員すごい! カッコイイなぁ」
私はあえて、子供らしくあどけない感じで目を輝かせてみせた。
まあ、あの投げナイフも、もしかしてガーターベルトに仕込んであったり? なんて思うと、別の意味で目が輝いちゃうけど……。
「元諜報員よ。今はポピーちゃんのママだからね」
無邪気作戦は上手くいったようで、ポピーママは「ふふっ」と微笑む。
「じゃ、ウィンストンさんも?」
隙のない有能執事も実はスパイだったりするのだろうか?
「いいえ、彼は昔から旦那様の従者なのよ」
「ええ! スパイじゃないんですか?」
むしろウィンストンさんのほうがスパイっぽいのに……。
私があからさまに残念そうな声を上げたものだから、ポピーママはクスクスと笑って、私の頭を優しく撫でた。
「でもあの人のほうが、私よりよっぽど強いの」
スパイより執事のほうが強いって……ファンタジーものでよく異様に強い執事がいたりするけど、ウィンストンさんもそんな感じなのだろうか。投げナイフを飛ばして身軽に敵を倒すウィンストンさんを想像すると……とてもカッコイイ。
「素敵ですねえ」
思わず呟くと、ポピーママの頬がポッと赤く染まった。
「そうなの。ノルトグレイから旦那様の情報を探るために侍女として潜り込んだのだけれど、ウィンストンに見つかってね。彼に尋問されて……その姿が素敵で惚れちゃったんだけど」
(んんん? 尋問されて惚れたってどういうことかな?)
そこはよくわからないけれど、ポピーの変態さがママ似だってことは、なんとなくわかった。
それにしてもノルトグレイって、この国を狙って先王様に暗殺を仕掛けた敵国だよね。その上、闇の魔女をけしかけて、宰相様の命まで狙ったところだ。敵国のスパイを妻に迎えるなんて、ウィンストンさんも思い切ったものである。大恋愛だったに違いないけれど、主である宰相様からすれば大問題じゃないだろうか。
「あの……敵だったのに……宰相様は怒らなかったんですか?」
「ふふっ、もちろん旦那様もご存じよ。いろいろ大変だったけれど、最後は認めてくださったの。さすが旦那様よね」
宰相様の懐の広さに感動する。敵国のスパイを受け入れてくれるくらいなのだから、一時的な保護とは言わず、このまま闇属性の私もおそばに置いてほしいものだ。
「そういえば、そのウィンストンが……」
ポピーママはふいに、机の上に積まれている本の山を指さした。
「モルガナさんが闇属性だと勘付いてしまったようなの」
今朝はサンタさんよろしく枕元に本が積まれていたのに、その本が、いつの間にか机に移動されている。
移動させたのがウィンストンさんだとすれば……。
「バレると思ったんだよね!」
私は思わず叫んだ。
タイトルに『闇』がつく本を、ほかの本の下にわざわざ隠しておいたのに無駄である。
「……すまぬ、すまぬ」
ミルディン様は後頭部を掻いてヘラッと笑った。
「しかし、一番知られとうないやつに勘付かれてしもうたのう。屋敷の中でもあやつが闇属性を一番に警戒するじゃろう?」
「――ええ、確かに」とポピーママは頷く。
「ウィンストンは17年前の闇の魔女の戦いで、旦那様のそばにいましたもの」
『闇の魔女』に関わる人たちは、どうしても闇属性について警戒してしまうらしい。自分の主の命を狙われたわけだから、危険視するのはわかるけど……。
「お、そうじゃ。お主、吸収能力に長けておるんじゃ。ウィンストンの記憶も吸い取ることができるかもしれぬぞ! 知らんけど……」
「もう、適当なこと言わないでくださいよ! ウィンストンさんに嫌われて屋敷から追い出されたら、ミルディン様のせいですからね!」
「そのときは、魔塔で……」
私は全力で首を横に振って、ミルディン様の言葉を遮った。
「私は宰相様のそばにいたいんです! まだ恩返しだって、何もできていないのに!」
私たちの言い合いに、ポピーママが「まあまあ」と割って入ってきた。
「ウィンストンのことなら私がなんとかしますから。せっかくポピーちゃんと仲良しさんなのに、モルガナさんが追い出されるなんてこと、絶対にさせませんからね」
そういえば最後に見たポピーは泣き顔だった。私が地面に叩きつけられないように、受け止めてくれたし、怪我はしていないだろうか。
「ポピーは大丈夫ですか?」
尋ねると、ポピーママは困ったように小さくため息をついた。
「元気よ。モルガナさんのことすごく心配していて、看病したがってたんだけれど、ウィンストンがね……」
闇属性を警戒してるんだね。
あの時、ブレスレットを着けるのがもう少し遅かったら、ポピーも私の魔力暴走に巻き込まれていたかもしれないのだ。
「仕方ないですよ」
ポピーママは「いいえ」と小さく首を横に振る。
「とにかくウィンストンと話をしてみるわ」
「わしも行こう。元はといえば、書物を置いたわしが悪いのじゃからな」
そう言って、部屋を出て行こうとしていたミルディン様は、思い出したかのようふと足を止めて振り返った。
「ああ、ノスを置いておかねばのう。そういえば、ノスがえらく拗ねておるんじゃ。慰めてやってくれ」
「え? 拗ねてる?」
私は首を傾げる。
ミルディン様が指を鳴らすと、空中からノスがパッと現れてベッドの上に転がった。




