第16話 恋愛相談②
「私が先王様の魂を呼び出せばいいんですね!」
呼び出せるものなら、今からでも呼び出す気満々である。
「……でもどうやって?」
「うむ、お主は魔力量も十分にあるしな。わしは可能であると思っておる。だが、極めて高度な技じゃろうな。お主はまだ闇の力が発現すらしておらぬし、修行をしてそれを極めたとしても、10年以上はかかるかもしれんのう。先王の魂を呼び出すのは……あくまで最終手段じゃ」
――10年以上!?
最終手段にするにしても長すぎる。
私が待てないよ!
ミルディン様は自分の席に戻ってソファに座り直すと、こめかみを押さえ、長く息を吐いた。
「せめて闇の魔女が生きておれば、お主の修行の手がかりになったじゃろうにのう。報告によれば死者の魂を操ったほかに、精神支配の力もあったらしい。生きておればいろいろ研究できたのじゃがな。だが、ウォルの命を狙っていたわけじゃし……」
「宰相様の命を狙ってたんですか!」
『闇の魔女』が宰相様の命を狙っていたなんて、初耳だ。
ただ、それを聞いてシドニーさんのことを思い出す。
彼女の警戒にはもうひとつ理由があったのだ。祖母の因縁だけじゃない。『闇の魔女』は、宰相様の命を狙った相手でもあったのだ。シドニーさんが『闇の魔女』と同じ闇属性の私を、宰相様のそばに置きたがらなかったのも無理はない。
だとしたら、私を屋敷に置いてくれている宰相様って、どれだけ懐が深いのだろう。普通の人だったら、闇属性と分かった時点で即魔塔へ追いやっていたに違いない。
私の我儘を聞いてくれた宰相様は、もはや神か何かなのだろうか。
1人で感動をかみしめていると、ミルディン様は「うむ」と頷いて話を続けた。
「昔、隣国ノルトグレイがこの国を狙っておってな。先王に刺客を幾度となく差し向けてきた。ウォルはことごとくそれを阻止したもんじゃから、今度はウォルの命を狙ってきたというわけじゃ」
先王様の暗殺を阻止する宰相様……かっこよすぎて、想像するだけで鼻血が出そうだ。知れば知るほど「推し」の沼が深すぎて、来世までずっと沈んでいられそうだ。
「そのときノルトグレイから送られてきたのが『闇の魔女』じゃ。魔力量の多い闇属性の者など希少も希少じゃからな。先王によって討ち取られたのが惜しいのう」
(ん? それって、宰相様は命を救われたってことだよね)
絶体絶命のピンチに颯爽と現れた人物に助けられて、恋に落ちるなんてあるあるだ。
「あ、先王様に助けられた宰相様は、そこで心奪われた……とか?」
突拍子もない私の発言に、「ぐっ」とミルディン様が唸る。
「いや、恋慕かはともかく、かねてより傾倒しておったようじゃがな……しかし、実際そうやもしれんのう。奪われたかもしれんのう」
私の発言にダメージを受けたらしく、ミルディン様はそのままテーブルに突っ伏して微動だにしなくなってしまった。
その頭にノスがピョンと乗る。ミルディン様は「うむぅ」と呻いた。
そんなに凹むとは思わず、私はフォローするために考えを巡らせる。
「あ、ほら、もし助けたのがミルディン様だったら、今頃、宰相様は惚れてたかもしれないですよ!」
「それ、今言っても何の意味もないヨネ」
ミルディン様の頭の上で、ノスが冷酷なツッコミを入れる。
しまった……傷口に塩を塗ってしまったかもしれない。
「……なにせ当時のわしは魔塔主ですらなく、まだウォルの存在すら知らなかったからのう」
ミルディン様が、消え入りそうな声で呟いた。
宰相様と先王様のほうが付き合いは長そうだ。
いや、長さだけの問題じゃない。他国に出入りするのに面倒な書類のやり取りが必要な魔塔主と、主君として常にそばにいたであろう先王様とでは、一緒に過ごした時間の密度が勝負にならない。
思わず「それ、条件が厳しすぎません?」と口から出そうになるのを、グッと飲み込んだ。
今度は傷口に塩を塗らないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「そうだ! ミルディン様も宰相様が絶体絶命の窮地に陥ったときに助けたら、絶対に惚れてくれますよ! ね?」
「優秀な護衛もついておるのじゃ、そうそう窮地に陥ることなんてあるまいて」
(いや、ゲームの『暗殺者×王子ルート』だと、将来その護衛ごと突破されて宰相様は殺されちゃうんだけどな……!)
けれど、それはまだ先の出来事だ。「将来、暗殺者に狙われますよ」なんて予言めいたことを今の時点で言ったら、間違いなく変な目で見られる。
というか、宰相様がピンチに陥る状況なんて起きてほしくない。
これ以上励まそうとしても、墓穴を掘りそうである。
私は話題を変えることにした。
「ミルディン様はいつから宰相様に惚れたんですか?」
どれだけ落ち込んでいても、好きな人の話はついつい語りたくなってしまうのが恋心。私の質問に反応して、テーブルに突っ伏していたミルディン様は「……ふむ」とゆっくり顔を上げた。
「魔塔主になったときじゃから……15年前くらいかのう」
――15年前!?
思った以上に片想い歴が長すぎて、推しカプ成就の難易度の高さに私が絶望する。
絶望している私をよそに、ちょっと調子を取り戻したミルディン様は、懐かしむように目を細めた。
「新任魔塔主として、各国に挨拶回りしておったときにのう、あやつと出会って……一目惚れしたんじゃ」
(きゃー! 一目惚れだって!)
だから、私が宰相様に「一目惚れ」って言ったときに共感して応援してくれたんだ。
「あやつが現れた瞬間……時が止まったかのようじゃった」
ミルディン様はそう言って、照れくさそうに頬をかいた。
(ぐふううううっ)
ミルディン様の台詞と仕草に、目の前のテーブルをバンバンと叩き割りたくなる衝動をなんとか抑え、その代わり脳内で激しくのたうち回った。
「まあ、少しずつ歩み寄ってはきたが……その後はあまり進展もなくてな。先王もおったしのう、あやつも忙しいじゃろ? わしも魔塔主の仕事があるし、頻繁には会えておらんかったんじゃ」
いわば遠距離片想いみたいなものだもんね。
ミルディン様は悲しげに、吐息混じりに笑った。
けれど、すぐにパッと顔を上げて調子を取り戻す。
「まあ、お主のおかげで、ウォルとの交流も増えたからな。これからじゃわい!」
15年もの片想いなのに、どこまでも前向きなそのお姿には頭が下がる思いだ。
宰相様とミルディン様はすでに熟年夫婦感があるのだ。もしかしたら、もう一歩なのかもしれない。それでも、亡き先王様という『永遠の存在』の壁は高い。
ただでさえ15年待っているのに、私の修行にさらに10年かかったら……片想い歴、まさかの四半世紀超え!?
いやいやいや、いくらなんでも過酷すぎる。
こうなったら、私が一刻も早く闇の力を極めて先王様の魂を呼び出し、先王様に宰相様をきっぱり振ってもらわねば……!
私は心に固く誓った。




