第15話 恋愛相談①
「なんじゃ、どうしてそんな同情した目でわしを見る?」
先日聞いた、衝撃の事実。
見事な一方通行関係。
部屋に入ってきたミルディン様に、私はつい哀れみの目を向けてしまっていた。
そんな私に、ミルディン様は怪訝そうに眉をひそめる。
「こいつ、ウォルシングとエリアスのこと、聞いたみたいダヨ」
先王様は『エリアス』という名前なのね。脳内にメモをする。
ミルディン様はノスの台詞に、あからさまに嫌そうな表情をして、ため息をついた。
「聞いたのかね。ウォルが先王に……」
その先は言いたくないみたいで、ぐぬぬと顔をしかめる。
「……片想い」
私が代わりに言うと、ミルディン様は肩を落とした。
「料理長おしゃべりだよネ」
ノスがケタケタと笑う。
「マーサか……」
あ、料理長って『マーサ』なんだ。一応脳内名簿を更新しておく。
ミルディン様はもう一度深いため息をつきながら、ソファに腰を下ろした。
私が来たばかりのときは殺風景だったこの部屋も、ミルディン様が通うからとソファやテーブル、勉強用の机と椅子が入り、ずいぶん充実したのだ。
いつまでいるか分からない私のために、ここまでしてくれる屋敷のみんな、優しすぎるよね。
「まあ、まずは落ち着いてください」
前もってポピーが用意してくれた紅茶をミルディン様のカップに注ぐ。紅茶のいい香りが部屋に漂った。
ミルディン様は紅茶を口にするが……落ち着いたというより落ち込んだ様子だ。
「宰相様の片想いって、やっぱりその……『恋愛感情』なんですか? ほら、宰相様なら臣下としての『敬愛』とかあるじゃないですか」
ミルディン様の気持ちも、最初は『友人』なのか『恋愛』なのか分からなかったし。腐フィルターがかかりがちなので、自分の感覚は信用できない。
私が尋ねると、ミルディン様は複雑そうな顔で眉間を揉んだ。
「実際は、どうじゃろうな。本人にも分かっておらんのじゃろうて。ただ、傍から見れば、そういうふうにも見えたんじゃよ。まるで飼い主にまとわりつく犬のように、先王のそばにおったようじゃしな」
仕事人間の宰相様が誰かのそばにずっといるのだから、腐女子じゃなくても『恋愛感情』があるのでは? と思うよね。
「たまにわしが屋敷へ会いに行ったときでさえ、あやつのそばには大抵、先王がおったからのう。先王が邪魔で仕方なかったわい」
(待て待て、それって片想いじゃなくて両想いなのでは? 狩猟館を逢瀬の場所に使っていたのでは!?)
「わしとてあやつには気持ちを伝えてはおるんじゃ。何度もな。まあ……冗談に受け止められておるがな」
(そりゃそうだよ! そんな完成された2人の間に入れるわけないじゃん!)
と、心の中で全力でツッコんでしまった。
……が、少し冷静になって考える。
でも、料理長は『不倫なんてとんでもない、旦那様の片想いだよ』と言い切っていた。つまり、先王様は宰相様に対して『恋愛感情』は抱いていないってことだ。
それに、決定的な事実がある。
「先王様には奥様もお子さんも、お孫さんまでいるんですよ? あの厳格な宰相様が、ご家庭を壊してまでどうにかなろうとするはずないじゃないですか。だから、ミルディン様のほうが、圧倒的に有利ですよ!」
「もちろん、わしとて諦めてはおらん。この年で往生際が悪いが……諦めるくらいなら追っているほうがマシなんじゃ」
ミルディン様は普段から飄々としているから、無謀な恋は諦めてすぐ次にいっちゃいそうなのに……往生際が悪いと自覚しながら、それでも追うほうを選ぶなんて。
――切なすぎる。
ここはオタクとして、いや1人の人間として、この一途さは絶対に報われてほしい。
まあ、宰相様の片想いを聞いてから「推し」の恋を応援しようとも考えていた。
もし先王様の奥様が他界されていてフリーな状態だったなら、宰相様と先王様の恋もワンチャンあったかも、なんて妄想もしたけれど……あの真面目な宰相様が、忠義の一線を越えてまで、想いを遂げようとするとは考えにくい。
だからこそ『片想い』なのだろうし……。
だとしたら、やはり「推しカプ」を応援すべきだ。
ションボリしているミルディン様に、何かいいアドバイスはできないだろうか。前世の記憶を絞り出す。しかし、悲しいかな、私のオタク脳からは、漫画や小説の記憶しか出てこない。
確か前世で読んだBL漫画で似たような展開が……。
「そうだ! 先王様に宰相様を振ってもらうんですよ! はっきり言ってもらえば、宰相様も諦めて新しい恋と向き合えるんじゃないですか?」
「それは難しいじゃろう」
え、どうして難しいんだろう。やっぱり片想いではなく、両想いだったのだろうか。
(不倫? 不倫だったの?)
1人で勝手に心をザワザワさせていると……。
「もう死んでるのに、どうやって振ってもらうんダヨ」
――死。
(うわああああああ!)
私は思わず頭を抱える。
「まだご存命かとおおおお!」
まさか、すでに亡くなっていたなんて!
てっきり王位を譲って、どこかで悠々自適に隠居生活を送ってるんだとばかり思っていた。
「死人相手には勝てぬ。アレの中には永遠に先王が生き続けておるのじゃからな。しかし、生きておる間にそうしてもらえばよかったのう。だが、今さら後悔しても……」
ミルディン様は数秒の間、時が止まったかのように固まっていた。
それから弾かれたように立ち上がる。
「できる!」
「はい?」
「お主が提案した、先王にウォルを振ってもらうというやつよ」
先王様はお亡くなりになってるんだよね? 落ち込みすぎて、思考がバグってしまったのだろうか。
ミルディン様は向かいに座っている私のところまでやってきて、私の両手を握った。
「お主なら可能じゃ!」
私は首をかしげる。
「闇の力じゃよ。古い文献によれば、闇の力には死者の魂を一時的に呼び出す術があるらしい。わしもその術をこの目で確かめたわけではないが……かつて『闇の魔女』が死者の魂を操っていたのは事実じゃからな。闇属性が死者と繋がりを持つことは、間違いないじゃろう」
つまり、闇の力ってネクロマンサー的なことができるってことだろうか?
ゲーム上では、モルガナは王子の愛した相手に嫉妬し、最後には命を奪おうとする。そのとき闇の力を使うのだが、モルガナの背後に闇っぽいエフェクトが出る絵があるだけで、特にネクロマンサー的な表現はなかった。
王子が光の力を発現するきっかけになる大事なイベントなのだが、闇属性の詳細については語られていない。なにせBLゲームだし、2人の恋愛模様がメインだしね。
ゲームのことを思い出していると、ミルディン様は少し遠くを見るように目を細め、言葉を続けた。
「昔から、光は生者のための力、闇は死者のための力と言われておる。かつては死者の魂を弔い、正しくあの世へ導くことこそ、闇属性の役割だともされておったようじゃ」
それを聞くと、闇属性が国に災いをもたらすような邪悪な存在には思えない。光属性と同じような神秘的な力に思える。
死者を呼び出すなんて大層なこと、私にできるのだろうか。
(いや、やるしかない!)
宰相様のためにも、先王様のことは吹っ切ってもらって、ミルディン様と一緒になったほうがいいのだ。




