第14話 お屋敷の正体
「あんた、まだここにいたのかい」
料理長の声が聞こえ、ハッと顔を上げる。
『赤き騎士と蒼き勇者』にすっかり夢中になっていた。
聖剣に選ばれた平民の『蒼き勇者』と、王命により仕方なく彼のお供をすることになった名門貴族の『赤き騎士』が魔王退治に行くストーリー。身分も育ちも正反対の人は反発し合ってばかり。立ち寄った村で魔王の手先が……。最高の場面だったのに中断だ。
「外はまだ寒いだろう。また熱が出ちまうよ」
エルムが湯たんぽ代わりになっていたので、寒くはなかったのだが……。
「くちゅんっ!」
くしゃみが出る。
やれやれと、料理長は私から本を取り上げた。
「あうぅ」
今まさに2人が共闘しそうな最高の場面だったのに。未練がましく本へ手を伸ばす私をよそに、料理長は空いた手で私の額に触れ、熱がないことを確認して短く息をつく。
「大丈夫そうだね。せっかくだ、温室を案内しようかね。あそこには絶対に立ち入っちゃいけない場所があるから、今のうちにしっかりと覚えてもらわないと」
傍らに置いていた『魔法の基礎本』を持って立ち上がる。ちょっとよろめいたところを、エルムが体を寄せて支えてくれた。
「ありがとう、エルム」
私が言うと、エルムはバウと小さく吠えて、ノスを頭に乗せたままゆっくり歩き出した。温室に案内してくれるようだ。
ヨタヨタと先を行くエルムを見ながら、私は料理長に尋ねた。
「エルムってもうお爺ちゃんですよね?」
「そうだね、昔は狩猟犬として大活躍だったんだよ。エルムの家族は代々、ここが狩猟館だった頃からいるんだ。いわば、この屋敷の番人みたいなやつさ」
お屋敷の小ささについて尋ねたとき、ポピーは「宰相様が倹約家だから」と言っていたけれど、屋敷が狩猟館だったというのなら合点がいく。
「だから、廊下に鹿の剥製や角がたくさん飾ってあるんですね」
料理長が頷く。
「旦那様が先王陛下から公爵の地位と、この狩猟館を賜ってね」
「狩猟館をですか?」
公爵という最高位を与えながら、領地ではなく狩猟館だけ? 前世の漫画の知識だと、公爵といえば広大な領地と立派なお屋敷がお約束だ。それなのに狩猟館だけだなんて、先王様ってばケチなの?
私があまりにも露骨に「あり得ない」という顔をしていたからか、料理長は苦笑しながら肩をすくめた。
「狩猟館が欲しいと言い出したのは、旦那様のほうからなんだよ。こんな小さな屋敷を、なぜって思うだろう? でもね、ここは王族の私有地なんだ」
王族の私有地にある建物を欲しがるって、どういうことだろう。広大な領地や屋敷をもらうより、欲深いことなのだろうか。でも、王族の土地に住むってことは……。
「あ、影響力を強めるためですね?」
確かゲームでは、王は傀儡で、実質的な権力は宰相が握っているという設定だった。その権力あるお姿も萌えポイントだったんだけれど、実際の宰相様は権力を欲しがる欲深い人には見えないんだよね。
「難しいことを考えるんだね」
しまった。また子供らしからぬことを言ってしまったようだ。
「ミルディン様がいろいろ教えてくれるんです」
勝手に名前を使ってゴメンなさいミルディン様、と心の中で謝る。
すると、エルムの頭の上にいるノスが胡散臭そうな目をこちらに向けてきた。何かツッコミを入れてくるかと身構えたが、ノスはふいっとそっぽを向いてスルーしてくれた。私は密かに胸を撫で下ろす。
料理長も納得してくれたようだ。
「んー、影響力を強めるためっていうか……旦那様にとって、ここは先王陛下との思い出の場所なんだよ」
(んんん? それってもしかして、先王様と宰相様って……そういうコト!?)
さすが腐女子だなと自嘲してしまう。なんでもそっち方向で考えちゃうんだから、自分でも嫌になっちゃうほどだ。
だって、クライヴ王子という孫がいるんだから、先王様には妻も子供もいるわけで……。
…………。
……。
「え? 不倫」
思わず出てしまった私の言葉に、料理長は目を丸くした。
「あんた、そんな言葉どこで覚えたんだい! それもミルディン様から教わったのかい? まったく、よりによって先王陛下と旦那様をそんな風に勘違いするなんて!」
またしても巻き込んじゃって本当にごめんなさい、ミルディン様!
私ったら妄想が過ぎちゃって、厳格な宰相様が妻と子供がいる人と不倫関係になるはずないよね。
「不倫なんてとんでもない、旦那様の片想いだよ!」
――ブフッ!!!
思わず吹き出した。
「え? あ?」と、声にならない声で戸惑っていると、料理長はハッとしたように「いけない」と口をつぐんだ。宰相様の不名誉を晴らそうとして、つい口が滑ってしまったらしい。
「だ、旦那様には内緒だよ。こういうのは言いふらすもんじゃないからね」
料理長のばつが悪そうな顔に、私は必要以上に頷く。
衝撃的な事実に動揺しまくりだ。
先王様との思い出のお屋敷を所望する宰相様とか……最高級にエモすぎる。ゲーム上にない設定が、まさかこんなに尊いことになってるなんて! 私が二次創作で書いてたお話なんだったんだろうってくらい、公式が凄いんですけど……。
宰相様の片想いには興奮するけど、ミルディン様には同情だ。ミルディン様が相手にされないのも、宰相様が色恋沙汰に対して単に鈍いんじゃなくて、すでに意中の相手がいるからなのかもしれない。
尊さと切なさが入り混じる複雑な気持ちのまま、私は料理長の後を上の空で歩いていたらしい。
気がつくと、目的の温室にたどり着いていた。
温室の扉が開くと、たくさんの植物が目に飛び込んできた。地面から壁、天井までびっしりだ。それと同時に土や植物の匂いが鼻を刺激する。
「手前のほうは安全なんだけどね」
そう言って、料理長は温室の奥にある扉の前まで、私を連れて行ってくれた。
「この先は絶対に入っちゃいけない。薬草や触っただけで死んじまう毒草なんかがあるからね」
「毒草!?」
「毒草から薬を作ることもあるんだよ。もともと私は薬師でね。この奥は私の作業場にもなっているから、何か用があるときは厨房かここにいる。だけど、私を呼ぶときはノックだけして、絶対に勝手に扉を開けたらダメだからね」
開けるだけでも危険なのだろうか。
格子状のガラスがはめ込まれた壁と扉からは、奥の空間が透けて見える。背伸びして覗いてみると、部屋は植物で覆われ、棚にはたくさんの小瓶が並べられていた。まるで魔女の部屋といった雰囲気だ。
見た目からは、危険かどうかは分からない。
「料理長は薬師だったんですね。初めてここで目が覚めた時、ポピーがお医者様じゃなくて料理長呼んでくるって言ったのでビックリしたんですよ」
つい最近のことだが、ずいぶん前に感じる。
私の話に、料理長はワッハッハと豪快に笑い声を上げた。
「ここに来てからは料理をするほうが多くなってね。いつの間にか料理長さ。一応、今でも薬は作ってるんだよ」
プリンを作るときに温室でお仕事って言ってたけど、薬を作ってたんだな。
「料理も薬も作れて凄いですね! 宰相様は美食家だって聞いたんですけど、お料理、大変そうですよね?」
「そうでもないよ。食材の鮮度や火の通し加減、温度の管理なんかは、薬を作るのと似ているしね。旦那様は食材の質にはうるさいけど、他のお貴族様が食べる豪華で贅沢なものより、私たちが普段食べてる田舎の素朴な食事を好まれるから、作るほうは楽だよ」
そういえば、宰相様との夕食で並んでいた料理は、豪華というほどでもなかった。一般的な貴族が普段どんな食事をしているのかは知らないが、素朴な食事を好む宰相様に、さらに尊さを感じてしまう。
先王様のことといい、改めて推しの沼の深さを思い知らされた。




