第12話 デザート
「それにしても」
宰相様のお声にハッとして顔を向ける。
さっきの笑みは消え、いつもの無表情に戻っていた。
「記憶は少しずつ戻ってきているようだな、モルガナ」
ショックで過去の記憶を失っているってことにしているのだった。そのくせ年齢も分かっちゃったり、プリンのレシピを知っていたり……もっとも、思い出しているのは前世の記憶なのだけど。
「自分でもよく分からないんですけど……何か、きっかけがあると思い出すみたいです」
嘘ではないが、騙しているようで申し訳ない気持ちになった。
でも、『モルガナ』の記憶を探っても、どうしても思い出せないのだ。
宰相様の話を聞く限り、モルガナは内乱のせいで、エルデレジアって国から危険な森を抜けて逃げてきたんだよね。見知らぬ土地で不安だっただろうに、そんな中で、捕まったあげく牢屋に監禁され、ろくな食事も与えられず……子供には壮絶すぎる経験だ。
小さな子供が耐えられるだろうか……もしかしたら、モルガナはすでに……。
悲しみを振り払うように、ぶんぶんと頭を振った。
気分を変えるため、私はプリンをひと口頬張る。
とろりとした濃厚な甘さが、沈んだ心にじんわりと染み込んでいった。
「おいしい!」
さすがは料理長、プロの仕事だ。子供達と一緒に作った最初のプリンよりも滑らかでおいしい。
私は宰相様とミルディン様にも、プリンを食べるよう勧めた。
真剣な話もしていたので、あまり見ないようにしていたのだが、プリンと宰相様という不似合いな組み合わせが可愛くて仕方がない。
早くプリンを頬張るお姿を見たいのだ。
「これは何という甘味じゃったかな?」
ミルディン様がスプーンでプリンをツンツンしながら言った。
「プリンです」
「ほう? ぷりん。わしも諸国の珍しい菓子をいろいろと買い求めてきたが、こいつは初めてじゃな」
「ミルディン様も甘いものがお好きなのですか?」
「いや、自分が食うためではないぞ。こやつにじゃ。甘いのが好きじゃろ」
私が尋ねると、ミルディン様は宰相様を指さした。
「研究のためにあちこち赴くこともあってな。その土地の珍しい菓子を見つけては、会えぬ代わりに送りつけておるんじゃよ」
(――ぐひっ! 宰相様に会えない代わりに、お菓子を送りつけてたとかっ!)
思わず、愛しき人のために必死にお菓子を探しているミルディン様を想像してしまった。
込み上げてくる興奮をグッと抑える。
(いやいや、落ち着け私……)
ミルディン様が宰相様に対して、好意を抱いていることは間違いないが、恋愛対象として見ているのかは、まだ確定していないのだ。
お菓子を送りつけているのも、友人としての行為かもしれない。なんでもかんでも、そっち方面に結びつけるのは腐女子の悪い癖である。
私が1人で悶々としているのをよそに、宰相様は目の前のプリンを見つめて呟いた。
「ミルディンが知らぬ甘味なら、大陸のものだろうか。ううむ。だとしたら、大陸と取引のある大商人の線が濃いかもしれぬな」
またモルガナの出自の推理を始めちゃって……宰相様、ほんとに真面目すぎる。
「さすがに大陸の菓子まで手が回らんのう」
そう言って、ミルディン様はひと口分のプリンをパクリと口へ放り込んだ。
その瞬間、困ったように下がっていた眉がピクリと上がる。
「ふむ! ほれ、お主も食べてみい」
ミルディン様がニヤニヤしながら、宰相様に食べるよう促した。宰相様がどういう反応をするのか気になるといった様子だ。私も同じである。
「うむ」
改めて眺めてみると、クリームとチェリーがのったラブリーなプリンと、渋くて厳格な雰囲気の宰相様。その何とも言えないミスマッチ感。
これぞ萌えポイントである。
その宰相様がプリンをゆっくりと優雅に口に運ぶ。
私も、そしてミルディン様もその姿を惚れ惚れした様子で眺めていた。
――が。
特に表情に変化はない。
何か反応があるのではないかと期待していたのはミルディン様も同じだったらしく、大きく溜息をついた。
「お主、相変わらず無反応じゃな。このうまさなら、さすがのお主も驚くと思ったのじゃが?」
「……驚いてはいるが?」
眉ひとつピクリともしなかったけど、驚いてたんだ。
「分かりにくいのう」
「うむ」
軽く頷くと、ミルディン様の文句に答えるように、宰相様は静かにもうひとすくいプリンを口に含む。
それから宰相様は軽く目を閉じ、しばしの沈黙のあと……。
「――ほのかに漂う甘い香りと、とろけるような滑らかな口当たり。卵の濃厚な風味と素朴な甘み、そこにこのほろ苦い蜜が加わり、見事な調和だ。深い余韻がいつまでも口の中に残る、上品な甘味といえる」
「「……!?」」
宰相様の流れるような食レポの披露に、私もミルディン様も口を半開きのまま、しばらく言葉が出てこない。そんな私たちに、宰相様は怪訝そうに眉根を寄せた。
「……なんだ、その顔は。私が何かおかしなことでも言ったか?」
私とミルディン様はブンブンと首を左右に振った。
その後、私たちから視線を逸らすと、宰相様は何事もなかったかのように3口目、4口目とプリンを食べ進め始めた。
「相当気に入ったようじゃのう」
ミルディン様はそう言って、ハハッと楽しそうに笑う。それから、ひと口食べただけでスプーンを置き、頬杖をついてプリンを食す宰相様を見守っていた。
その見守り方がやっぱり怪しい。どう見たって恋人を微笑ましく見つめる、それである。
やがて、ミルディン様はふっと目元を優しく細めた。
「おやおや、口にクリームがついておるぞ」
不意にミルディン様が身を乗り出して宰相様の顔を覗き込む。
(――!?)
私は思わず目を見開いた。
ミルディン様が宰相様の口元のクリームを指で拭って、自分の口に運んだのだ!
(――ぅううわああああ!)
その尊すぎる光景に、私は口を両手で覆い、声にならない悲鳴を上げて身悶えした。胸キュン王道展開を拝めるなんて……クリームのせてって言った自分、グッジョブだよ。
(てか、これ確定でしょ! ミルディン様、宰相様を恋愛対象として見てるよね!)
じゃないと、この行動の説明がつかない。前に言ってた『求愛』も、確実に告白してるんだよ。私の妄想じゃなくて、リアルにミルディン様が宰相様に片思い中なのだ。
私は、目の前でプリンに夢中になっているノスへそっと顔を寄せ、思い切ってコッソリ聞いてみることにした。違うと言われたらショックだからと、今まで聞けずにいたのだ。今回はさすがに間違いないと思うけれど、どうしても確証を得たかった。
「ねえ、ノス。ミルディン様は宰相様に、こ、恋してるよね?」
身をかがめ、2人に聞こえないよう小声で、ノスに問いかける。
ノスは咀嚼しながら、何を言ってるんだという感じでキョトンとしていた。
(あれ? まさかの勘違いだったかな)
とドキドキしていると……。
「当たり前ダロ。魔塔主になってからずっとあんな調子だゾ」
(あわわわ、なんてことぉおお)
『推しカプ』が、ほんとに公式だったなんて!
マイナーカプだと思って1人でひっそり萌えていたら、実は公式が最大手だったと知った時のこの衝撃と感動を、なんと表現すればいいのだろう。
とりあえず、全力でミルディン様を応援するしかない。
しかし、口元のクリームを拭った行為に対して、宰相様は耳を赤くする……なんてことは全くなかった。動揺する様子も、かといって嫌がるようなそぶりも一切ない。
「言えば自分で拭ったが……」
「そのクリームが食べたかったんじゃ」
「なぜわざわざ私の顔についたクリームを食べる必要がある? 自分の皿にまだあるだろう」
(――ド鈍感!?)
まさか、色恋沙汰に対してものすごく鈍いとか?
前に、ミルディン様の色仕掛けで宰相様が折れたように見えたことがあったけど、あれこそ単に私の腐女子フィルターが発動していただけ?
いや、でも確かに折れたように見えたんだけどな。あの時は顔同士が近かったし……もしかしたら、という淡い希望をひとまず抱いておく。
けれども、あの時ミルディン様は『わしの求愛すらすげなくあしらうくせに』とも言っていた。あれって冗談でもなんでもなく、直球で告白しても、宰相様に素っ気なくスルーされたってことだよね。
(……もしかして、この恋、とてつもなく難易度が高いのでは?)
それでもミルディン様はめげてないようだ。
「お主の顔についているのが、あまりにうまそうじゃったからな」
私が言われたら赤面して気絶してしまうセリフでさらに攻める。けれど残念ながら、宰相様には全く通じなかったようだ。
「同じ味だろう?」
宰相様は小さく肩をすくめた。
ミルディン様の恋の道のりは遠そうだ。




