第11話 ディナータイム②
やがて空になったお皿が下げられ、お待ちかねのプリンが運ばれてくる。クリームとチェリーをのせたプリンだ。
(キター! いよいよ宰相様とプリンの夢のコラボ! どんなお顔で食べるのかな)
私がワクワク待っていると、宰相様は真剣な顔つきで、そばに控えていたウィンストンさんを下がらせた。それから、ミルディン様に盗聴防止の魔法陣を展開するように言う。
とても今からプリンを食べる雰囲気ではない。
「それで――」
と言いながらミルディン様が人差し指をくるりと回すと、頭上に魔法陣が現れた。空中に浮かび上がった光の紋様に、私は思わず息を呑む。
目を丸くする私を見て、ミルディン様はクスリと笑ったあと、すぐに真面目な顔を宰相様に向けた。
「最近はどうじゃ。相変わらず忙しいようじゃが……」
「うむ。教会に関しては秘密裏に動いているがゆえに、時間がかかりそうだ。モルガナ、お前のことなのだが……」
自分の名前を呼ばれて、思わず背筋を伸ばす。
「孤児売買に関わっていた神官らは、辺境の街でお前を見つけたようだ。エルデレジアでは王位継承争いで内乱が起きている。最近では難民が魔の森を抜け、国境を越えてこちらの街へと流れてきているからな。教会は難民保護を隠れ蓑にして、売りさばくための孤児を見繕っていたようだ。……そう考えれば、お前がエルデレジアからやってきた可能性は極めて高い」
宰相様の低音ボイスに思わず聞き入ってしまった。さっきまで短い相槌だけだったのに、仕事の話になった途端めちゃくちゃ喋る。でも、内容は内乱に孤児売買と、とんでもなく重くてシリアスだ。
それにポピーママの言っていた通り、モルガナはこの国の人間ではないようである。
「魔の森を通ってまでやってくるとは……エルデレジアは相当荒れておるのう」
ミルディン様の驚いた表情から、魔の森を通るのは危険なのだと分かる。そこを通ってきた孤児を売りさばくって、あまりにも酷い。ヒキガエルの顔を思い出し、怒りがこみ上げてきた。
「……嫌なら話はやめるが?」
「へ?」
ヒキガエルの顔を思い出したものだから、不機嫌な表情になっていたみたい。素っ気ない言い方だが、私を心配してくれたようだ。
私は脳内からヒキガエルの存在を抹消する。心配してくれたのはありがたいけれど、ここで宰相様の濃厚ボイスを止めるわけにはいかない。
私は笑顔で「大丈夫です!」と答えた。
「そうか」と頷いて、宰相様は話を続ける。
「これまでの話し方やマナー、食事の所作を見るに、モルガナ、お前はそこらの平民の出ではあるまい。お前が調理方法を教えたこの見慣れぬ甘味についても、使われている材料は高価で、一般には出回らぬ品だ。そのことから推測するに、お前は貴族の令嬢か、大商人の娘といったところか」
名探偵かな。
まさかバニラビーンズから推測するとは……。しかも、食べ方もしっかり見ていたのね。ちょっと恥ずかしい。でも、それは前世の記憶からであって、『モルガナ』のことではない。
「内乱に巻き込まれたエルデレジア国内の貴族や大商人を中心に、身元を調査させようと思っている。だが、あちら側は酷く混乱しているからな。身元特定には時間がかかるだろう」
時間がかかるのは構わない……というか、好都合かもしれない。貴族の令嬢か大商人の娘って可能性もゼロじゃないけど、話し方もマナーも食事の所作も、全部『前世の私』のことなのだ。たぶん見当違いなところを探させちゃうことになる。
申し訳ないけど、むしろ身元なんて分からないままがいい。万が一、モルガナの両親が見つかったりしたら、ここにいられなくなっちゃう。
宰相様がミルディン様のほうへ向き直る。
「神官らは、孤児たちの魔力鑑定をしていた。わざわざ鑑定していたのは、大陸の魔塔に売りつけるつもりだったからのようだ」
ミルディン様はそれを聞くと、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「大陸の魔塔は非人道的じゃからな。忌まわしい実験の材料にするつもりだったのじゃろうて」
魔塔って、ミルディン様のところだけじゃないんだ。もしかしたら、私もその大陸の魔塔に売られてたかもしれない。闇属性は希少だっていうから、きっと高値がついただろうな。
「まさか、大陸の魔塔とまで関わっておったとは……光神教会は腐りきっておるな。先王が光の力で闇の魔女を討ち果たし、光神信仰が一気に盛り上がってからというもの、すっかりふてぶてしくなりおって」
「サヴォナ大神官が密告してくれなければ、発覚はもっと遅れていただろう。三大神官のうち、彼女だけがまともなようだ。現場にいた神官の報告のおかげでモルガナを救出することもできた。教会のすべてが腐っているというわけではない」
現場にいた神官ってキツネ男のことだよね。本当に感謝だ。彼の報告がなかったら宰相様に出会えてなかった。そんなことになってたらと思うと、ゾッとする。
ところで、ミルディン様の口から出た『闇の魔女』という言葉で、馬車の中で女性騎士のお姉さんが言っていたことを思い出した。私はハイッと手を挙げる。
「闇属性は希少なんですよね? 騎士のお姉さんが私は『闇の魔女』の血筋じゃないかって言ってたような気がするんですが……」
「ああ、シドニーか」
お姉さんの名前はシドニーというのか。シドニーさんは、私がまだここにいることを知ってるのかな。知ったら、怒るんだろうな。
「まず、『闇の魔女』とは髪と目の色が違う。それに彼女はノルトグレイの者だった。お前はエルデレジアの可能性が高いからな。『闇の魔女』の血筋である可能性は低いようにも思えるが……」
可能性もあるということか。今のところモルガナがエルデレジアって国の出身だという確証もない。
「直接の子供ということは年齢的にあり得ぬが……彼女に子供がいたのであれば、モルガナがその『孫』だという線も、考えられない話ではないのう。だとしても、17年も前の話じゃ。『闇の魔女』に関してはお主は気にしなくてもよいぞ」
「そういうわけにも……」
もしも『闇の魔女』の孫とかだったりしたら、さすがに宰相様のそばにいられないのでは、と不安になる。頻繁に出てくる『闇の魔女』は、先王様が討ち取るほど、悪いことをしたみたいだし。
宰相様が溜息をついた。
「シドニーのせいだろう。酷く警戒をしていたからな。すまんな、モルガナ」
(ふおおお! 宰相様が謝るなんて、恐れ多すぎる!)
私はブンブンと首を横に振った。
「シドニーさんが警戒したのは当然です。むしろ褒めてください。宰相様を守るためだったんですから」
私の言葉に、ミルディン様は「お主、どこまで健気なんじゃ……!」と急にダンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「元を正せば、モルガナを攫った教会のせいか。いや、王位継承争いなんぞしているエルデレジアか。『闇の魔女』をけしかけたノルトグレイか。わしがすべて灰にしてやろうか?」
(待て、待て! なんつう物騒なことを言ってるの!)
ミルディン様がどれほどの力を持っているのか分からないが、やれてしまいそうで怖い。止めてもらおうと目を向けた先で、宰相様は優雅にワイングラスを傾けながら、冷ややかな声で答えた。
「無関係の人間を巻き込まなければ、消してくれるとありがたいのだがな」
(いや、いいのかよ!)
心の中で盛大にツッコミを入れてしまった。っていうか、宰相様も冗談言うのね。しかし、宰相様の目がマジに見えなくもない。
(あれ? もしかしたら冗談じゃないかもしれない)
私は慌てて身を乗り出した。
「ダメですよ! 宰相様がお願いしたら、ミルディン様、本当に灰にしちゃいそうじゃないですか!」
私が必死に止めに入ると、宰相様はわずかに目を細めてから――。
「ふっ、冗談だ」
小さく口元を緩めた。
(冗談だった!)
宰相様の冗談、心臓に悪すぎる。しかし、本日2度目の尊い笑顔が見られて大満足だ。それはミルディン様も同じだったようだ。
「やっと、わしの冗談で笑ってくれたわい」
ミルディン様は機嫌よく椅子に座り直した。
宰相様の笑顔が見たいのは分かるけど、物騒な冗談はやめてほしい。




